第104回 世界平和とわたしとダンスを
「お嬢さま、天の岩戸はアマテラスが開けるのを待つものです」
わきからメイド姿の女のコがひょっこり顔をのぞかせた。手にはドアノブの残がいを持って、これ、なおせますかねー、と首をかしげていた。
「あら、メイ。それぐらい知っているわ。でも、あんなすみっこでグジグジしているのがアマテラスなんて、日本神話に対する侮辱。それにわたくしがいるほうが太陽に照らされた世界に決まってますわ」
世界の女王はぼくに視線を投げつけ、ふふーんっと自信げに笑ってみせた。
「そうじゃありませんこと? 佐倉ユウタ」
「リンカ、なんでここに?」
世界の女王・リンカは片手に持った巨大な木づち(まじで木づちだった……)を軽々と持ち上げ、ずかずかと部屋に入ってくると、ぼくの横をするりと抜け、カーテンを力まかせにひらく。夏の陽射しが部屋と、不法な侵入者のすがたをてらして……そして、ぼくはおどろかせた。
逆光で見えていなかったけれど、リンカのまとっているものは、アイノース航空隊の軍隊服だった。太陽に照らされてあらわれたのはまさに終末戦争でよく見知っていた、戦時下の女神だったリンカのすがたであった。
「その格好は……」
「質問にこたえてもらっていませんけれど、まあいいですわ」
息を吸う。かなりひかえめな胸をはり、かたくにぎったこぶしでポンっと叩き、たからかにいった。「たたかいですもの。これは、わたしたちの」
たたかい。
ぼくはことばをうしなった。そのことばがとつぜんとぼくの耳を撃ちぬき、あたまのなかを跳躍して、あたりをつらぬく。
いつかのずっとむかし、おんなじようなことがあった。
それは2回目の魔王討伐のための世界会議だった。主要国だけでなく、全世界の首脳が一堂にかいして、議論がなされていた。ぼくとかえでもいた。無理やり参加させられたんだけどね。誰もがスーツを着て、ネクタイをしめ、自分の品を高める(とおもっている)宝飾品に身をつつんでいた。ぼくらも借りてきた衣装に身をがんじがらめていた。
そんな中、リンカはひとり軍服に身を包み、大国の老人たちが嘲笑を浮かべるなかで軍隊式の敬礼をして、会場を睥睨したのち、かたりだした。
「これはたたかいです、わたしたち人類の過去と現在と未来をかけた、たたかいなのです。会議はおどりません。たがいの国がたがいをみて、足さばきのかれいさを競うダンスではありません。わたくしはさいわいにして、戦争を知りません。ですが、たたかうべき時であることはわかります。わたしたちは戦争ということばに本質をおおいかぶされてしまっているのではないでしょうか。これはたたかいです。わたくしたちの祖先のきずきあげた文明文化をまもり、わたくしたち子孫にそれをひきつがせるための。そして、なによりもわたくしたち自身の人生のためのたたかいなのです」
演説を聞いてあっけにとられていた各国のおえらがたの後方で、かえでが立ちあがり、ひときわひびく拍手で「いいぞ、もっといえー!」とさけんだ。
リンカは夜叉の表情で、かえでのいるあたりをじろりとにらみつけた。ただ、それはかえでだけをにらみつけたわけじゃないと、ぼくは思っている。
このときの演説は、なぜか「ドレスを捨て、たたかいへ」というニュースになって世界をかけめぐった。いってなんかないのに。
そして、いまーー。
リンカは凛としてすっくと立ち、ぼくをみつめていた。でもそれは、射すくめるものじゃなかった。子どもがじぶんのちからで立ち上がるまでをみつめる、そんな眼差しだった。
「どうやら貝になり果ててしゃべりかたも忘れてしまったようですわね」
「……たたかいって、なにとたたかうんだ?」
「むろん、J国とですわ」
それは。
たたかいなんだろうか?
リンカはやれやれとばかりにため息をひとつつく。
「巨竜型の討伐をたすけてもらって、マオウ熱のワクチンを開発して、隣接する巨大国家から制圧と征服にさいなまれている国との向き合いがたたかいなのか。と、佐倉ユウタ、もしあなたが問いかけたとしたら心底見そこなって、知的レベルを地の底の底としてタイコバンを押してさしあげるわ」
と、ちらりとメイを見て、「タイコバンの使い方はいまのでただしい?」と問いかけた。「あおり文句としてかんぺきです。リンカさま」とメイド兼日本語指南役ははれやかな笑顔でおや指を立てる。っていうか、リンカの毒舌はメイ仕込みなのかよ。
んんっ、とリンカはせき払いをしてつづけた。
「おそまつな政治策略に、三文オペラ。メイからのまた聞きでもそろそろアクビがもれる頃合いです。あなたの役割は政治でぶざまをさらすピエロじゃなくてよ。佐倉ユウタには、佐倉ユウタとしてのピエロの役割があります。たたかいかたがあります。ダンスの仕方があります。そのためには」
そういって、ちらりとエリカの部屋との壁を見た。「こんな冷房の効きすぎた部屋ではうまくおどれやしませんわ」
ダンスだって? ぼくはわらってしまった。だって、世界のお歴々の真っ正面からおどっているばあいじゃないと喝破したその口からとびでてくるとはおもわなかったしね。
そういうと、リンカは、あら、とあざけるようにほほえみをたたえた。
「政治、ビジネス、戦争。あらゆるものはダンスですわ。あいてが右足をだせばこちらは右足をさげる。でも、あいての舞台でおどる必要はないんじゃなくて? こちらの舞台におまねきする、有無をいわせずに。ふつうのダンスとの違いはそこですわ。これがお祭りじゃなくてなんだというのです? しばらくはいぶき銀の浪花節でしたけれど、そろそろ曲調を変えましょう?」
そういって、しなやかにのびた、うでを手をぼくへと差しむけた。
戦時下の女神はにぱーっと会心の笑顔を炸裂させた。
「シャル・ウィー・ダンス?」