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世界平和に不都合なぼくたち  作者: さんかく
第三話 独裁者さん、お断り
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第99回 世界平和とスケープゴート①

 一年よりもうすこし前のはなしだ。


「カッコいいタバコのすいかたってしっているかい?」


「コクサイ的に非喫煙へと向かっている中で、推進派の考えるカッコよさなんてあんまり興味ないですね」


「いやな返答ありがとう。興味ないのか、タバコ」


「ぜんぜん」


「最近の子どもはおとなに憧れないのかね」


「憧れるおとながいないんです」


「あこがれのおとながいない、タバコもすわない。そんな人生でいいのかね」


「すくなくとも、健康的ではありますよ」


「つまんねえこというね、死線を乗り越えてきた英雄が」


 おとこのひとは口にくわえたタバコをすい、空にむかってケムリをたなびかせる。白く、ゆらゆらと、やがて風にながされて消えていった。あたりに匂いだけがのこった。


「むかしは男も女も、老いも若きもすっていたんだぜ? ガンの原因ってアメリカが発表して以降、どんどんタバコの肩身がせまくなっていった。でもよ、平和なご時世でもいつ死ぬかもわかんない、ましてやいまは戦時中だ。タバコで数十年先に死ぬよりも、明日モンスターにやられる可能性ばりばり」


「つまり?」


「ミライより、イマを生きようぜ、少年!」


「最初の」


「ん?」


「カッコいいタバコのすい方ってなんです?」


「お? 知りたいか? 知っちゃう?」


「べつに」


 ぼくは放り投げたつま先がいちばんの関心ごとだとばかりに、視線を注いだ。実際、最大の関心ごとだった。丈夫なはずの軍用シューズが裂けている。最近もらったばっかなのに。そんなにはげしい戦闘したっけ?


 いや、うん、はげしい戦闘だった。


 ぐるりとまわりをみる。


 ロシア戦線はなんとか終結した。


 ながったらしい名前の魔王が放った氷の魔法は、敵の巨大戦艦を海に沈めた。

 真冬の極寒の海でも、魔法のすさまじいまでの冷気で、海面には湯気が立っていた。


 なにが起こったのかと、軍部でも議論が割れた。


 とある意見、敵軍の魔法が暴走して動力が停止した。


 とある意見、神さまが我々をまもってくださった。


 とある意見、佐倉ユウタとかえでコンビが艦内に忍び込んで、破壊した。


 味方に強力な魔法使いがいるんじゃないか、って意見がでなくてよかった。それが事実だからこそ、そして最大級にひみつにしなくちゃいけない。だれにもばれちゃいけない。


 おとこのひとが新しいタバコに火をつける。

 ぼくは不思議だった。なんでこのひとがここにいるのかな、なにか用かなって。順繰りに記憶をたどって、そういえばナナミさんといつもいっしょにいるひとだなって思いだした。でも、だからってなんか用があるのかな?


 そうかんがえていると、おとこのひとは手持ちの鉄製のラターの表面にナイフで線をきざみはじめた。


「それ、なにやっているんですか?」


「数をかぞえているんだよ、おれが倒したモンスターの」


 そういってぽんっとぼくに手渡した。比較的おおきなライターの表面には4つの縦線と、それをまとめるように斜め線がひとつでワンセット。そのセットがびっしりときざまれていた。


「これぜんぶ、あなたが?」


「ん、テキトー」


 適当かよ。


「でも、そんぐらいやっつけたんじゃないかな。うん、やった、うんうん」


 そういって、へらっとわらった。


 ただ、嘘をついているようじゃない。たぶんほんとうなんだろう。


「つよいんですね」


「きみにくらべりゃ、屁みたいなもんだ」


 ライターを返すと、おとこのひとは二、三度表面を親指でなぞる。その表情をぼくはうまくよみとれなかった。それはしばらくぶりに雲間からのぞいた太陽のひかりがまぶしかったからかもしれない。おとこのひとの顔がぼやけてみえた。


 さてと、とおとこのひとは立ち上がった。


「じゃあ、いくわ」


 ほんとうに、このひとはなにしにきたんだろう? ぼくはそう思いつつ、はい、とうなずいた。

 ふたたび思考を靴にむける。どうやってナナミさんにいって、あたらしい靴を支給してもらおうかな。これじゃあ、踏ん張りもきかない。


 おとこのひとはしばらく歩くとぼくの視界の範囲内で、またぴたりと立ち止まった。そうして顔だけこっちにむける。


「なあ、英雄」


「はい」


「カッコいいタバコのすいかたっていうのはさ……」


※ ※ ※


 あけみさんの電話がなった。


 ほんまか!


 その声におどろきがふくまれる。


 あの踊り場に置いてきたぼくの意識が、ようやく追いつく。

 くるまはまだ大通りを走っていた。関三市から避難するひとの群れに、道路はごった返していた。

 こんな緊急時に逆に走るくるまなんていないだろうって、逆走も多い。そのせいもあって、ぼくらのくるまは右へ左へ、ハンドルの切り返しがすごかった。


 冗談やないんやな? だれかそこに張り付いている……おい、ビッグニュースやんか!


「なにがあったんですか?」


 ぼくが身を乗り出してたずねると、あけみさんは手早く指示をだして、


「新しいヒーローの誕生や」


 と、喜色満面にこたえた。「たったひとりで巨竜型に立ち向かっているバケモノがおる」


 たった……ひとり?


 そのことばにぼくのあたまのなかには、すっくと立ち、余裕の笑みをうかべるもうひとりの英雄、かえでのすがたが思いうかんだ。世界最強が間に合ったのか?


 だけど、あけみさんはいった。新しいヒーローって。となると、かえでじゃない。


「だれなんです?」


「わからん。せやけど、すさまじいたたかいぶりらしい。巨竜型を押し返してる」


 リンカ、メイ……もしかしてエリカ? あたまのなかをぐるぐると名前が思い浮かぶけれどどう考えてもちがう。


 押し返している。


 被害はすくなくおさえられているのか?


 それでも討伐の話じゃない。いつまで持つかはわからないんだ。

 ぼくの考えは顔に出ていたのかもしれない。

 あけみさんは、もっと急げないのか、と運転手さんにきいた。運転手さんは低くうなる。最速で運転してくれているのはあきらかだ。くるまは蛇行しながら、速度を保っている。事故を起こせば、取り返しのつかないことにもなる。


 そう、あたまでは理解していても、こころが急かす。


 はやく、はやく、はやく!


 くるまが逆走で押し寄せる避難の波をぬけ、関三市の標識を越えたときだった。


 空をつく、けたたましいまでのモンスターの声がくるまのなかまで響いた。それが十重二十重と呼応する。


 いっしゅん、運転手さんがその声に身をすくませ、車体がガレキに乗り上げた。くるまはおおきく傾き、壁に深く鼻先をつきさしてしまった。


「なにしとんねん!」


「すんません!」


 鼻息つよくあけみさんが声を差し込んだそのとき、ふたたびモンスターの声が響きわたった。


 こんどは思わず、あけみさんも身をすくませる。

 これだけの音量だ。モンスターは、近い。


 ぼくがドアを開けようとすると、あけみさんが先にドアから飛び出て、あたりをキョロキョロと見渡す。モバイル端末をかまえて、写真を撮りはじめた。


「あけみさん、外にでないで、くるまにもどって! すぐに安全な場所へ!」


「アホぬかせ! こんなどでかいヤマ、みすみす逃せるか!」


「死んじゃいますよ!」


「死ぬ予定はぜんぶキャンセルしとる」


 そううそぶくと、ひょいひょいとガレキのやまを飛び越えていく。


 ぼくはあわててその後を追う。


 すでに暴れたあとなんだろうか、真新しい破壊のあとがそこかしこにある。あたらしく舗装のほどこされた道路にも、無数のブロック片がちらばっていた。


 モンスターの声がだんだんと近く。


 あけみさんが不安定な足元に体重をかけたのか、がたっと体勢を崩したときだった。


 ターンッ、ターンッと銃声が響く。そのあとに、モンスターの叫ぶ声だ。


 ぼくとあけみさんはガレキと化したブロック塀に体をかくし、そっとその銃声の先をみた。


 ……信じられないっていうのは、こういうことを言うんだろう。


 三体の巨竜型モンスターに囲まれて、おとこのひとがひとりで立ち回っている。


 銃を構え、モンスターの顔を正確に捉える。


 特に、目。


 それも、1匹だけ。


 巨竜型の目は数少ない的確な弱点だ。だが、的がちいさい。高性能のライフルでも、射抜くことは難しい。


 おとこのひとの弾丸も、けっして貫いているわけじゃない。それでも着実に目の周辺を弾丸がおそう。狙われるモンスターの疲労がます。その雄叫びが怒りから悲鳴に変わる。


 すると、残りのモンスターたちが仲間を助けようと、おとこのひとへと走らせた。


 ガレキを押しのけ、からだごとで体当たりをする。


 だけど、目が小さく、周りを暑い皮膚におおっている。窪んだ眼球がとらえられる視野はせまい。おとこのひとは的確にモンスターの死角にからだをはこぶ。


 文章で書くとなんてことはないんだけど、時速50キロで突っ込んでくるのだから、見切るちからも、そしてそれにおくさない胆力もひつようだ。


 このままなら、たったひとりでも、巨大な竜のバケモノを退治することだってできる。


 このまま、なら。


 だけど、そうはいかなかった。


 とつぜん、おとこのひとの足取りがもつれると、口から吐瀉物が吐き出され、はげしく咳き込み、やがてどうっ、と地面に倒れ込んだ。


 まるで、糸が切れたマリオネットが、もう遊べなくなって、その場に投げ出されたような、そんな倒れ方だった。


 攻撃を与え続けられたモンスターが、あたまをふり、ちいさくても獰猛な黒い目で、そのおとこのひとのすがたをとらえた。


 ふたたび、おとこのひとへと三頭のモンスターが襲いかかる。


 でも、彼らにとって残念だったのは……ぼくが間に合ったことだ。


 銃弾に体力と冷静さを奪われた一頭の鼻先に飛びかかる。

 時速50キロだ、モンスターだって急には止まれない。

 ちからを入れることはない、その向きをそらすだけでいい。モンスターはおとこのひとをそれ、脇のがれきの山へと突っ込んでいった。


 一頭が活動を再開するわずかな時間をかせげた。


 それだけでも大きい。


 それだけでも、じゅうぶん。


 近くの折れ曲がった鉄柵をつむと、こんどはぼくへと走りこんでくる1匹を狙う。

 巨竜型が突っ込むとき、あたまをさげ、体勢をひくくしてはしり込むかたちとなる。

 だから、あたまを狙うのはむずかしくない。そして、遠方のライフルではねらえなくても、距離30センチなら、どんなにちいさなまとでもはずさない。


 くるりとたいをかわし、ぼくは巨竜型の頭をつかむ。体当たりをするんだ、はげしい衝撃を緩和させるために、ひたいはひどくかたく、そして、緩衝材なのか、豊かな毛並みがある。その毛をつかめば、いっきにからだは安定する。


 モンスターはいたがるようにさけび、あたまをふる。そりゃあ、ニンゲンだって髪の毛をつかまれたら激痛だ。モンスターだっていたいんだろう。


 でも、そんなことおかまいなし。


 やらなくちゃ、こっちがやられる。


 体勢を立てなおすと、両足で巨竜型のあたまをはさむ。

 視界もからだもモンスターのうごきと連動して、めちゃくちゃめまいがしそうだけど、ねらいはさだまった。


 ぼくはありったけのちからをこめて、鉄柵の先端を突きさした。


 ぎゃおおおおおおおおおおおおおあああああっ!


 まさに、断末の叫びがあたりに響き渡り、モンスターは大きく体を仰け反らせたかと思うと、その途端に重力に身をあずけ、ずうぅぅん、と沈んでいった。かすかに地面が揺れるほどだ、どんだけ重いんだ。


 激突させた一匹に目をむける。まだ、再起していない。


 いまたたくべきは、もう一匹だ。


 同じ手をつかうか、目を突き刺して?

 だけど、だめだった。

 目への攻撃を警戒して、そいつはからだを起こしていた。

 起こして、はじめて知った。巨竜という名にふさわしいほどに、巨体だった。ゆうに10メートルはある。


 そして、警戒をするように、ぼくを見下ろしている。


 竜型は飛翔・人型と比べて知能がひくい。それは彼らの進化の過程で後頭部が思ったほど成長しなかったせいだろう。人型全体がめんどくさいのは、直立歩行の体勢から後頭部が発達して、高度な知能を獲得していることだった。


 でも、竜型はちがう。そんなことをしなくても彼らは果てしなく強かったし、生存するのに、知能は必要なかったんだ。


 ただ、なかには知能が発達したヤツもいる。

 そいつはほかのモンスターよりも体躯が大きく、ボス然とした風格を漂わせる。

 凶悪でほんの少しでも知能が高ければ、そりゃあ、天下だろう。彼らよりも強い存在がいないことを前提にして、ね。


 巨竜型につかみかかった。

 ゴツゴツとしたウロコはその奥の肉体にまで到達することは難しい。

 刺しても、弾丸で撃ち抜いても、攻撃はウロコを貫通しない。なら、次は? 押してダメな扉なら引いてみればいい。ウロコの一片をつかむと、ちからいっぱいに引っぱった。ウロコは幾重にも織りなす層を作っているけれど、肉体との接続はそんなにつよくない。引きちぎることができる。ただ、ぼくなら、って注釈付きだけど。


 バリバリバリバリっ、と引き剥がす。


 血が吹き出す。


 異臭がたちこめ、言語化できないさけびでぼくの耳をつんざく。だけど、やめない。はたからみたら、なんておぞましい光景だろうとおもう。いくら凶悪なバケモノでも、だ。あけみさんにも、ほんとうなら見られたくない。でもそんなことに気を回していられる余裕なんかなかった。


 モンスターは巨体を揺らし、からだにへばりついて皮膚をやぶろうとする害虫(つまり、ぼく)をはがそうとする。勢いよく壁にぶつかり、つぶそうとするけれども、全然だめだ。


 バリバリバリバリっ、と、やがてむきだしになった巨竜型の急所にむけて、ぼくは先端するどい長い標識を突き立てた。


 残った壁にぶつかって気を失っているモンスターにとどめを刺すと、おおきく息をすった。とたんに生臭いにおいが鼻腔を満たし、むせかえった。最後がどうにも、カッコつかない。


「ユウタ!」


 振り返ると、あけみさんがふらふらとした足取りでこっちに近づいてきていた。左手にはモバイル端末を構え、記録を残そうとしていたみたいだ。でも、目にはいっぱいのなみだをうかべ、くちのまわりはてらてらと濡れている。どうやら、気分をわるくして吐いてしまったんだろう。


「きっしょいたたかいみせんな。ゲロったじゃねーか」


 うーわ、ゲロ申告したよ、このひと。スルーしようと思ったのに。


「つーか、んなのはどーでもええんや。あのおとこのことや。グズグズすんな!」


 そうだった。ぼくはあけみさんが指さすほうへ向かった。ガレキが重なり、わずかに小高くなった場所におとこのひとはいた。


 たおれこんで、地面につっぷしていたはずだけど、いつのまにかうなだれるようにして座っていた。細かい擦過傷はあるかもしれないけれど、遠まきにケガをしているようすはない。だけど、あらためてみて、あのたたかいのすがたとあまりにもちぐはぐなばかりに細い肢体に、ぼくはとまどった。


 いったいどこにそんなパワーがあるんだ?


「来るんじゃねえ!」


 30メートルくらいまでに近づいたとき、かすれた声が響いた。「来んなよ、お前ら、来たらコロスぞ」


「あほか! ばったーんと倒れたやつほおっておけるか!」


「余計なお世話だ」


「なんやと! あー、鬱陶しい! さっさといくで、ユウタ……」


 そういって、振り返ったあけみさんは、きっとぼくの惚けたマヌケヅラをみたことだろう。「ユウタ?」


 ああ、じょうだんでしょう?


 ぼくはぼうぜんとした。なんなんだ、きょうはいったいぜんたい?


 あのひとはここにいられるわけがない。あのひとがここでこんなたたかいなんてできるわけない。なのに、それは、見まごうことない事実だった。


 竹下さんが、ぼくらを睨みつけている。

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