第10回 世界平和と元担任教師のいまの活動
で、なんで英雄教の話をしたかというと、
最初の登校日にもうひとつヘンテコなことがあったからだ。
「偽りの英雄、佐倉ユウタこそ、この世界を再び暗黒に陥れる存在だ!」
転生者の一件があって、午後に予定していた全校集会は中止となった。
学校側は警察と連携をして今後の対応を、といいたいところだけれど、いつどこで転生が起きるのかがわからないのだから、対策もあったもんじゃない。
でも、少なくとも今日は落ち着いてひとところに生徒を置いておくことができるほど学校の先生たちも度胸はないようだ。
校内放送で帰宅指示が流され、まゆちゃんが明日の伝達事項の話しをしているとき、外から大勢の人間の声が響いてきた。
「登校初日に転生者が現れるなんて、佐倉ユウタがいるからだ!」
誰かが大声で叫ぶと、それにかぶせるようにそうだ、そうだ! と大勢の声が響いた。
「偽りの英雄に裁きを!」
「裁きを!」
「われわれの平和を脅かす存在を許すな!」
「許すな!」
窓のそとをみると、校門のあたりに10人ぐらいのひとたちが集まって、シュプレヒコールをあげていた。ご丁寧に看板や横断幕を持っている。
彼らが何者かは改めて考えることもなかった。だって、こんな光景は何度もみていたからだ。
世界のために頑張る集団、英雄教だ。そして集団の先頭で声をあげているひとりの中年男性を、クラスメイトはみんな知っていた。
このクラスの担任、真壁正先生だ。
というか、いまも先生をやっているのかな?
どうやら、転生者騒ぎをいち早く聞きつけて、それがぼくの通うこの学校だったというから、勇んで集まってきたらしい。
普段は駅前や商店街で活動をしているようだけれど、この街にもけっこうな数の英雄教信者がいるって話しを聞いたことがある。
転生者に続いて英雄教というやっかいごとに慌てて校門に駆け寄った教頭とほかの先生たちが必死に騒ぎを沈静化させようとしている。それに大声で反論しているのが真壁先生だ。
「だからあなたたちはダメなんだ!」
とか、
「厄災の芽は早く摘み取るか、徹底的に監視をしなければならぬのだ!」
とかを叫んでは、片手に持った旗を大きく振ってみせた。
事態はなかなか収集のめどが立たないようだ。
「おい、あれ、真壁だぜ」
「まじかよ。うわー、なんかだせえ」
真壁先生は、まあ、あんまり評判のいい先生ではない。というか、ぼくは苦手だった。ずばり言ってしまえば、嫌いだった。
もともとへんてこな正義感を持っていたひとだったけれど、世界崩壊の危機に瀕して、強烈に英雄教の教えに傾倒し、全校閉鎖の半年前には教員の職務を放棄して、教団の活動に熱をあげていた。
ぼくとかえでを教団メンバーに紹介したのも、真壁先生だった。そしてくるりと手のひらを返すのがもっとも早く、もっとも唾棄の対象として見たのもまた真壁先生だった。
「み、みんな落ち着いて! ほら、着席してください!」
「でも、あの集団が校門にいたら、下校もできないですよね」
まゆちゃんはおろおろとしながら、クラスのみんなを落ち着かせようとしていたが、ほのかがばっさりと言い捨てると、「あの、その……」と一層声のトーンを落とした。
であるからしてええ! と真壁先生の野太い声が響いた。
「我らが未来の重要な人材である学生のなかにいい! あのような悪魔がいることがああ! あなたがたの正気を疑うのですよおお!」
「ざけんな、うっせええんだよ、真壁!」
がらりと窓を開け、ほのかが叫んだ。
あまりに突然のことで、ぼくをはじめクラスメイトはぽかんと置いていかれていた。
「外側でぎゃーぎゃー文句いうなら誰だってできんじゃねえか! 失せろよ、バーカ!」
応援団長を渇望されるぐらいの声量だ。真壁先生の上ずった大声よりもはっきりと、クリアに、明瞭に校内に響き渡った。途端にあたりの教室からどっと笑い声が聞こえてきた。
高校生に、ましてや元教え子たちに笑われた真壁先生の心中は、そりゃあ、穏やかなはずがない。校門のフェンスに乗り上げ、こちらをゆびさしながら叫んだ。
「吉田、貴様、担任教師に向かってなんて言い草だ!」
「だれが担任だって? あたしらの担任はここにいるまゆちゃん先生だ! 早々にわけわかんねえ神様に助けを求めて生徒を見捨てた奴が、担任名乗んじゃねえよ、タコ!」
もういいよ、止め止め、ほのか!
ぼくは慌てて彼女の手を引いた。いや、もちろん嬉しいさ。でも、言えばいうほど、英雄教の人たちはヒートアップしていく。
「悪魔が!」
「やっぱりあいつがいると生徒に悪影響が!」
と三々五々、英雄教のひとたちが騒ぎ立てている。
ほのかもどちらかというとかえでに近いタイプだ。ちょっとした火の手にガソリンを投下するようなことをあっさりとする。「だってそっちの方が燃え尽きるのに早くない?」とか言いだしそうだからなおさら大変だ。もちろん、ぼくのために怒ってくれているのはわかるのだけれど。
英雄教のひとたちは一層大声で騒ぎ立てていたけれど、近所のひとが通報したのだろう、1時間前に帰って行った警察車両のサイレンが遠くから響いてくると、ひとりふたりと集団から離れて行き、最後は真壁先生がぎりぎりまで吠えたあとに、逃げるようにして学校をあとにした。
ほのかは満足気だったけれど、ぼくの直感はやっかいごとにならなければいいな、と告げていた。
まあ、お判りのとおり、その直感はしばらくして当たることになるのだけれど、それは別の話しだ。