僕の未来を占って!
琴音駅から伸びる商店街のアーケードは全長二百二十メートル。そのアーケードの奥に秘邦館という占いの館があって、その中の一番奥のブースに私の占いのスペースがあった。この場所は、お客様からの人気投票で一番にならなければ入れない。その私の前に、クラスメイトの男子がぬっと立った。
「お、お願いします!」
その男子の名は佐藤聖君。彼は、高校二年生で私のクラスメイト。地元の中学でも一緒だった。私は彼の手を両手で握って、手のひらの皴をたんねんになでた。
「あ……」
「動かないで」
「あはっ」
くすぐったいのか恥ずかしいのか、私が手を動かすたびに彼はくねくね身体を動かす。
「動かないでくださいね」
「は、はい」
「はい、わかりました。恋愛の相談ですよね。今回の恋は成就せず。ありがとうございました。料金は千円です」
なんというか、恋に悩んでいる人は一目でわかる。顔が黄色っぽくて赤っぽい光を引いている。恋愛というのは、相手があるから本人が一生懸命でもダメなときはダメで、スパッとあきらめて新しい恋を探した方がいい。それを私は手助けする。
「次の方、どうぞ」
ブースの外に並ぶ中学生らしい女の子に声をかけると、
――タッタソレダケ?
と、聖君は呆気にとられた顔をした。
「は?」
「たったそれだけでわかるの? 人の運命が。ちょっと手を見ただけで」
「……じゃあ、何時間も占った末に答えを出せば納得するの? 早く答えが出るのはいいことでしょ。あなたは新しい恋を探しなさい。悩むのは時間の無駄だから」
「言い方が、冷たい気がして」
「はあ?」
聖君は私の前から去ろうとしない。たしかに優しく言う配慮が足りなかったかもしれないけど、占い料金は十分で千円だから、お客様にとっても早くて正確な占いはメリットがあると思う。
「もう一回、占ってもらうことはできない?」
聖君は、納得できない顔で私の前で手のひらを広げる。
「もう十分過ぎますよ? お金を貰えたら、私は何度でも占うけど」
「お金の問題じゃないし」
私は、ブースの入り口に一歩入って困った顔をしている女の子に、「ごめんなさい、もうちょっと待ってね」と声をかけて聖君の方を向いた。
「じゃあ、誰が好きなの? ピンポイントで占ってみましょう」
「……名波沙紀さん。僕たちのクラスの」
聖君は、黒のフードを被る私の顔をじっと見つめた。室内は暗いけど、やっぱりクラスメイトの私に気付いているようだ。
「名波沙紀さん?」
そうか、聖君はああいうお嬢様タイプが好きなんだ。
さっきの手相占いでは直近の恋愛運を占った。今度は名波沙紀さんと聖君の運命を占う。私は彼の手を握って力を込めた。
「あっ、光った!」
「見えたの?」
たまに、私の手から出る紅の炎が見えるお客様がいる。お客様は、錯覚……? と、その程度に思うだけだけど、ぱっと広がる炎が聖君にも見えたようだ。
「な、なんか光った。赤いやつ」
「ふーん。この炎が見えるってことは、聖君にも占いの才能があるのかもしれない」
「才能が?」
「はい、結果が出ました。聖君と沙紀さんとの恋は成就せず。告白しても傷付くだけだから、他の恋を探してください」
「ほんとうに……」
がくーん、と肩を落として、聖君は料金の二千円を払って帰って行った。
次の日、学校で会った聖君は、まだ落ち込んでいるようだった。
「聖君、おはよう」
声をかけても寂し気に笑うだけで元気がない。聖君とは、同じ中学出身ということで、入学当初は新しい生活が始まる不安で話しをすることがあったけど、あれ以来、それほど仲良くもしていなかった。
「そんなに沙紀さんのことが好きだったの?」
私は小さな声で聖君に聞いた。とうの沙紀さんの席は聖君のとなりで、運命の人がとなりの席に座っているなんて、そんなラッキーなことはめったにない。そんなこと、誰にもわかりそうなものなのに。
「聖君って惚れっぽい?」
意味がわからないのか聖君は首をひねった。
「笑顔であいさつしてくれた。嫌な顔せず消しゴムを貸してくれた。そんな小さな優しさを掛けられて好きになっちゃうとか」
それは安っぽい恋の始まりだけど、聖君はおとなしいし、近視的な感受性が高そうだから、いかにもありそうだと思った。私はいつもお客様を占って「恋愛成就せず」を冷たく宣告するけれど、その後のお客様の様子を見たことがなかったから、落ち込む聖君が軽くショックだった。実らない恋を追いかけても時間の無駄で、お役に立っていると思っていたら、傷が癒えるのには時間がかかるようだ。
「傷付いたら、どうすれば立ち直れる?」
少し潤んだ瞳で聖君は私に聞く。
「次の恋を探すとか」
「次の……」
ぼんやりと聖君はクラスを見回す。だから、クラスメイトに運命の人が居る確率は低い。もっと遠視的視野で運命の人が見つかればいいと思う。学校を卒業してから運命の人と巡り合う可能性も高い。
でも、沙紀さんのことを忘れるのには少し時間がかかりそうだった。沙紀さんは、聖君のとなりの席に着いて、鼻筋の通った綺麗な横顔を見せている。こんな場所で好きな子を忘れるのは、大変には違いない。
その夜、また商店街の外れの秘邦館に聖君が現れた。「また来たの?」とは、私は言わなかった。
「どうぞ」
と、私の前に座るようにうながす。お客様は大切だ。
先に述べたが、私のブースは秘邦館では特別な場所だ。一番奥で一番格式が高い。秘邦館を経営しているのは私の母で、私のためにこの場所があるのだとも言える。私の一族は占い師を代々続けていて、この世界では知らない者がいない。
「君の占いってすごいんだよね?」
「そうなりたいって思ってるけど」
「学校で噂になっていたんだよ。君がここで働いていて、的中率がもの凄い。神憑り的で、ほとんど未来予知だって」
「噂になってるの?」
それは意外だった。顔を覆う魔女のようなフード姿で私は働いているのだけど、知り合いが来ると隠してもばれてしまうことがある。
「これは内緒ということで……」
私は人差指を唇に当てた。あまり目立ちたくない。
聖君は声を潜めて、
「うん、わかってる。秘密は誰にもあるからね」
「秘密といえば私、聖君の好きな子の名前を知っちゃった」
「名波沙紀さんのこと? 実は、彼女は僕の二番目に好きな人だったんだ。今度は本命で占ってもらおうと思って」
「いいけど」
「いや、ダメなんて言わないで。……え? いいの?」
「誰が本命?」
聖君は戸惑った顔をして顔の汗を拭く。別に好きな人が二人居ても私は叱らない。それよりも、十分以内に収めてあげようと私は急いだ。行列も解消しなければならない。すでに夜の九時を過ぎている。聖君も私の前に来るまでに相当の時間を待っていたはずで、疲れているだろうし、早く帰してあげたい。
「クラスメイトの小田川めぐみさん」
恥ずかしそうに聖君は言った。
「そうなのね……」
ああ、小田川さんもストレートの黒髪が綺麗なお嬢さんタイプだ。聖君は、ああいう見た目の娘に心をやられてしまうようだ。聖君はサッカー部のキャプテンだから、お嬢様系はなんとなくお似合いの気がした。
「あ……」
私が聖君の手を握ると、恥ずかしそうに聖君はその手を引っ込めようとした。
「そのままで……。はい、出ました。恋愛成就せず」
がっくーん、と聖君は真っ青な顔になってうなだれた。
「絶対にそうなる……?」
「うん。なる」
残酷だけど、そう答えるしかない。
手相占いということになっているけど、私は相手の手を握ることでその人の未来を見る。私の母も祖母も、そのまた母もそうだったらしい。私たちの一族は代々占いをして、迷えるお客様の行く先を照らしてあげる。人の一生とは、アサガオが萎れる時間ほどに短くて、遠回りをしている暇はない。特に恋愛の失敗というものは心を傷付けるばかりで、時にはその人を死へも追いやる負の力を持っている。その障害は回避できるのであればそうする方がいい。
「君の占いって的中率はどのくらい? 数字的には」
学生らしい質問を聖君はした。
「そうね……。恋占いが私の専門ということになってるけど、それに限ったら九十九パーセントってところかしら」
「そんなに」
本当は、私の恋占いの精度は百パーセント。私どころか、一族千年の恋占いで外れたことはほとんどない。外したら、昔は命を絶つか足を洗って一人でひっそりと暮らさなければならなかったらしい。「百パーセント」と言うと返って怪しくなるからと、母から九十九パーセントと言うように指導を受けていた。恋占い以外でも、ほぼ、当たる。
「やっぱり、僕ってダメなんだよなあ……」
髪の毛を掻き毟るように聖君が苦しみだした。見れば、うっうっ……と泣いている。
「ちょ、ちょっと、自信を持って。聖君ってサッカー部のキャプテンでしょ? ちょっとモテそうに見えるし、聖君を遠くで見守っている女の子もきっと居るから」
「そ、そうかなあ……」
嘘だった。
正直、聖君はモテそうには見えない。見た目が悪いわけではないけど、自信なさげにいつも俯いているのがダメだ。モテなくてもサッカー部のキャプテンなんだし、今はスポーツに打ち込んで、勉強を一生懸命やるだけでも十分な気がする。実る恋はいつかやってくる。人は、人生で総合的に成功すればいいのだ。ひとつの恋が終わったからといって、くよくよ悩むことはない。
それから、聖君は秘邦館をちょくちょく訪ねてくるようになった。昔、好きだった女の子とか、ちょっと興味がある女の子が出来ると、その女の子の名前を私の前で言って、
「恋愛成就せず」
の言葉を聞いて落ち込んで彼は帰る。
なんて気が多い……と、情けなく思う気持ちが私にはなかった。彼は自分に自信がなくて悩んでいるのだ。誰かと付き合いたいわけではない。いいえ、付き合えたら最高なんだろうけど、自分が女の子に否定され続ける人生が、これから先も展開され続けるのかと自暴自棄になっている。僕は一生、誰とも添い遂げられないのか……? そういう悩みの淵にはまってしまっている。そんなに熱心にここに来たら、お金も大変だろうけど、並ぶのも大変だろうに……。
「占いに嵌ってるみたいけど、部活はちゃんと頑張ってるの?」
学校で、疲れた顔の聖君に私は聞いた。
「うん……。うちの部、三年生はもう部活を卒業したけど、僕ら二年生が五人居て、一年生は八人。人数が少ないから、がんばらなくっちゃって」
「聖君、キャプテンだもんね」
「うん。僕、間違えてキャプテンに選ばれてさ。そんな能力なんてぜんぜんないのに」
「キャプテン、かっこいいじゃない」
「うーん、大変なことばっかりだよ」
私は聖君が部活に励む姿を放課後に見学に行ってみた。グラウンドで、聖君が大声を出して部員を引っ張っている。私の前で自信なさげに俯く彼とは別人だった。
「そこ、サポート遅い!」
「休憩の時間じゃないぞ!」
きらきら汗を流して聖君はサッカーボールを追いかけている。走り回る聖君がすがすがしくて、私は練習終了まで見学してしまった。
意外……と言ったら聖君に悪いけど、彼は根性の人で、取れそうもないボールを追いかけて、ついにはボールを奪ってしまったりする。頑張る姿がかっこよくて、本当にどこかで聖君を見つめる女の子が居そうな気がしてきた。あんなに熱心に占いに訪れるのも、ボールを追いかけるつもりで必死にやっていることなのだろう。ただ、運命はボールではない。どうあっても奪えない。
「ど、どうして最後まで見てるの!」
練習が終わって、聖君は驚いたように私に駆け寄った。なぜか少し怒る感じ。
「かっこよかったから」
「ほんとうに?」
「大丈夫だと思うよ。彼女、きっとそのうちに出来るから」
他の部員に聞こえないように声を潜めて言うと、みるみる聖君の頬は朱色に染まった。
「僕って、影では女子に『キモい』とか言われてるんじゃないかなあ」
「そんなことぜったいにない!」
それは真っ直ぐ目を見て言えた。でも、もうちょっと自信を持った方がいい。秘邦館にはもう来ないで欲しかった。今の彼には総合的な恋愛運がなくて、何度来ても、
「恋愛成就せず」
を宣告して、彼の自信を削ってしまう。
実は昨日、聖君が秘邦館に来たとき、戯れに彼と私の運命を占ってみた。こっそりと……。お客様の運命を勝手に占ってはだめだけど、これは私がらみだから私の意志でやってもかまわない。結果は、
「恋愛成就せず」
私は告白されたわけではないから結果は当然だけど、この人の恋愛運が、どこまで恵まれていないか逆に興味が出てしまった。
「は、早く占いの館に行きなよ」
聖君は、私をグラウンドから追い出すような仕種をした。
「なによ」
「いつもなら君はもうあそこで働いてる時間だよ。今頃、行列が出来てすごいことになってる。これじゃあ僕の番がいつ来るかわからないから」
「それで慌てていたの? あそこに来るつもりなら、ここで占ってあげるよ」
「そういうのもあり?」
「クラスメイト特典ね」
「じゃあ、お願いします!」
私たちは校舎の影の方に移動した。そこで私は彼の手を握った。また自信をなくさせてしまうかもしれないけど、もしかしてということもある。
「今日は誰で占う? いっそ、将来に付き合う女の人が、この地球上に居るのか占う?」
「そんな占いができるの? でも、それは怖すぎる」
うん。怖いだろう。運命は知り過ぎない方がいい。恋占いは無駄な遠回りの時間を省くため。短い人生の時間を有効に使い、不思議な世界もあるのだと、精神世界の存在に気付くきっかけになるだけでいい。目の前の恋の行方を占うくらいがちょうどいいんじゃないか。一生で、付き合う人が一人も居ないなんて結果が出たら、顔を上げて生きていけなくなる。
「じゃあ、誰との恋愛運を占うの?」
「今日は南先生で」
「音楽の?」
生徒にも人気の南あや先生。なんだか綺麗な人は手あたり次第ってかんじだ。私は手に力を込めた。
「あ……」
聖君は何度こうしても慣れないのか、照れ臭そうにもじもじする。
「はい、出ました。南先生との恋。恋愛成就せず」
「やっぱし……」
結果には慣れたのか、聖君は軽く嘆息して情けないような笑顔を浮かべただけだった。
「どうせなら学校の女子全員と占ってみる? 学校中の女子とダメなら、運命の出会いは高校を卒業してからってことで、部活と勉強を今はがんばるのよ」
「学校の女子全員とか……」
「へたな鉄砲数うちゃあたる。もしも聖君が告白したとして、OKをくれる女の子で占ったらどうかな? 誰かいたら自信になるでしょ」
「へたな鉄砲……。さらっと酷いことを言うね。でも、それでお願い。あ……」
また私は聖君の手を両手に包むようにして握った。赤い谷、黒い谷と青い谷。三つの空が合わさって、虹の光の中に答えがある。私の目の前にぐるぐる運命の光が展開した。私は聖君の運命を覗く……。――
「さすがに人数が多いとたいへん……。うん、出ました。まだ占っていない学校の女子生徒は全部で三百八十二人。聖君が告白して、OKを出す女の子は四人と出ました」
「四人……?」
「ええ」
三百八十二人に告白したとして、聖君と付き合うことを好しとする女の子は四人だけ。正直、少ない気がした。だが、聖君は感動したようで、うんうん頷いて私を見つめる。
「い、いるんだ! 僕と付き合ってもいいって人がこの学校に!」
「一人目の名前はね」
だが聖君は、ストップ! という感じで手のひらを私に向けた。
「いや、名前はいい。それがわかっただけで十分!」
満足そうな顔を聖君はしていた。
その日から聖君は秘邦館に現れなくなった。クラスで聖君の様子を観察しても変わっている様子はなく、部活に励む聖君もいつものままだ。
「ねえ、探してるの?」
放課後のグラウンドで汗を流す聖君に小走りに近づいて、並走しながら私は聞いた。運動不足か、ちょっと走ってもきつい。
「探す?」
聖君は不思議そうな顔をする。
「学校に居る運命の四人が誰かを地力で探すつもりでしょ? 私、そういう無駄な時間を省くために占いをしてるんだよ。はいこれ。名前を書いてきたから」
聖君と運命で繋がっている四人の女子の名前を書いたメモを渡そうとした。
「これか……」
断るのかと思ったら、聖君は意外とメモを受け取った。その受け渡しの時、私は故意に聖君の手に触れて、あることをこっそり占った。
「よし、連続ダッシュ! 喜田、さぼるな!」
サッカー部員に練習の指示を送って、聖君はメモに視線を戻す。そして、たたまれたそのメモを、開くことなく私に返した。
「うん、ありがとう。もういいんだ。僕を受け入れてくれる人が、地上に一人でもいるってわかったから」
「一人くらい居るに決まってるじゃない」
「うん。それがわたっただけでもういい。じゃあ、秋季大会が近いから」
聖君は右手を上げてグラウンドに駆けて行った。四人の名前を確認するのを恐れていたような……。
聖君の率いるサッカー部は、秋季大会の一回戦で負けて敗退する。
メモの受け渡しの時に私はそれを占った。本当は依頼されたこと以外の占いをしないし、それを母からきつく止められているけど、必死に汗を流して練習する聖君が気になって、私は勝手に占ってしまった。だから、練習なんてしても意味がない。人生の時間は限られているのだから、意味のないことは止めて、英単語の一つでも覚えた方が人生は有意義になる。
「もう一回! 死ぬ気でやれ!」
聖君の声がグラウンドに響く。彼らは意味のないことに汗を流し続ける。出来れば練習を止めたかった。
久しぶりに聖君が秘邦館に来た。
「いらっしゃいませ。久しぶりね」
「今は、サッカー部の練習が忙しくて」
「秋季大会でしょ。試合の結果を占う?」
すでに結果を知っている私は、それを伝えたくてうずうず。
「聞かなくてもわかる。どうせ一回戦負けだよ」
「あら……」
「でも、もしもってことがあるから頑張ってる。知らなくていいことだってあるし、悪い結果だとわかったら頑張れない」
「そうだけどさ」
占いの全否定を食らったようで私は不機嫌になった。
聖君は自信なさげに、
「……前にも言ったけど、僕はサッカー部のキャプテンに間違って選ばれたんだよ。ダメな自分が恥ずかしくて、少しでもキャプテンらしくなろうって頑張ってる。でも、やっぱりぜんぜんだめで、一回戦を突破できなかったら、僕のせいだ」
「違うんだよなあ」
「なにが?」
私にも努力という美しさが少しはわかる。
「聖君って、自分のことをダメダメ言うけど、そうやって期待されるとがんばっちゃうじゃない。そういうがんばり屋の性格をみとめられて、聖君はキャプテンに選ばれたんだよ。聖君は間違ってキャプテンに選ばれたんじゃない。みんなに必要とされているんだよ」
「まさか」
聖君は満面の笑みで笑い、少しも私の話を信じていないようだった。十分が経過して、聖君は千円を払って帰ろうとする。
「占わないの?」
「今日はいいんだ」
聖君は背中を見せて去っていった。次の日にも聖君は秘邦館に来た。
「なに? わざわざ並んでお金を払わなくても、学校で私たちって毎日会ってるじゃない。占いが必要なら学校で占うし」
「うん。ありがとう」
聖君はにこにこして雑談を始める。そして十分すると帰って行く。私は鈍感かもしれないけど、さすがに聖君の来訪の意味がわかってきていた。私に会いに来ているのだ。
私もなんとなく聖君のことが気になって、秘邦館に行く前にサッカー部の練習を見学することが日課になった。相変わらず、意味のないことに彼らは汗を流している。私は、彼らが一回戦で負けることがわかっているけど、時間があるときは部室の掃除をしたり着替えの準備をしたりして、マネージャーの真似ごとをするようになっていった。負けるとわかっていても、「もしかしたら」に期待して頑張る聖君に影響されて、意味のないことを私もしてしまっていた。
「どうして?」
聖君は不思議に思ったようだ。
「がんばってるから、私もお手伝いを」
「ふーん。じゃあ、僕らもがんばらなくっちゃ!」
聖君は気合いを入れた。練習の手伝いをする私を見て、秋季大会で活躍する自分たちを想像したのかもしれない。でも、私の占いの結果は一回戦敗退。彼らは意味のない練習をして、私は意味のないお手伝いをする。サッカー部は人数が少なくて、見学していても手順が悪いことにすぐに気付く。だからつい、気になって手伝ってしまうのだ。休日など、時間がもっとあるときは、練習着の洗濯もしてあげた。練習着のほころびも、慣れない針仕事で修理した。
「――やっぱり、一回戦で負けちゃったよ」
聖君は、秋季大会一回戦のあと、秘邦館に来て嘆息した。
私もこっそり見に行ったから結果は知っている。見に行かなくても占ったから知っているけど、あんなに頑張ったのだから、占いが外れることを祈って、私は両手を握りしめて試合を応援した。けれど、私の占いの的中率は百パーセント。絶対に外れない。
結果を知っていたはずなのに、私はものすごく試合結果が残念で、もうサッカー部の占いをしないことに決めた。年が明ければ別の大会があるそうで、それまで私は練習のお邪魔をしてサポートしてあげたい。サッカー部の部員たちとも仲良くなったし、結果を知らないで彼らと頑張ってみたくなった。近頃は聖君の口癖が移って、
「がんばらなくっちゃ」
が、私の口癖になっている。
「お金が大変だから、もうここには来ないで。占って欲しかったら、学校でただで占ってあげるから」
私は聖君に怖い顔で言った。システム的に、来店したらお金を取るしかない。
「いや、僕はお客さんだから」
「雑談して帰るのに?」
「占ってもらおうか、いつも悩んでるんだよ」
きた……。
その占って欲しい内容を私は知っている。
私との恋愛運のことだ。学校中の女生徒との相性を占っても、彼は私とのことは占わなかった。前に占った、学校中の女生徒で自分と付き合う運命の人が四人だけいる。その四人に私が入っていることを密かに期待している。メモを見る勇気もないくせに……。
私と彼とはすでに「恋愛成就せず」と、結果が出ている。ここでお客様として聞かれたら、その答えを正直に答えるしかない。答えたら、せっかく仲良くなれたのに、すべてが壊れてサッカー部に応援に行ったり、お手伝いしたりが出来なくなってしまう。答えたら、もう友達ではいられない。私の表情なり態度なりを見て聖君に悟ってほしかった。ついに、その言葉を聖君は言おうとしている。その言葉を私に言うのに、彼は初めてここに来てから二カ月かかった。
「ぼ、僕と君の相性を……。僕と、見島麻那さんの相性を占ってください!」
意を決したように聖君は私の名前を言った。真っ赤な顔をして、乾いた唇が震えている。
「それなら手を……」
もうダメだ。失恋するのは聖君のほうなのに、なんだか私が失恋するような気がした。彼の辛さを思うと胸が軋む。
差し出された聖君の手を両手で包むように握ると、びくっとして聖君は俯いた。
血脈の間に想いが巡る……。
占いの結果はやはり同じ。恋愛成就せず。百パーセントの的中率だから、結果は何度やっても同じ。
結果を言う前に私は聞いた。
「……聖君、どうして嘘をついたの? 最初に来た時に占った名波沙紀さん。それに小田川めぐみさん。彼女たちのことは好きじゃなかったんでしょ?」
「……うん。ここに来たら勇気がなくなって、それでつい」
「勇気がなくて、いつもここで無駄話をしていたの?」
「僕って、本当にダメなやつだから」
「今からでも、勇気を出してちゃんと言って。がんばらなくっちゃ」
ああ、私は彼に何を言わせようとしているのか。もっと彼を傷付けてどうするのだ。
「ずっと好きだった。僕は麻那がずっと好きだった。僕と付き合ってください!」
聖君がそう言うと、握った手からぱっと汗が飛び出した。聖君のものではない。私のものだ。人の運命はおおむね決まっている。けれど百パーセントではないことを私は知った。
「――はい!」
私は答えた。私の胸から赤い炎がほとばしる。素直で、がんばり屋の彼のことが、少しずつ好きになっていった。運命が変わる瞬間もあるのだと私は知った。〈了〉