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第一話 遥かかなたのさらなる異界の門

皆さん、はじめまして。これからよろしくお願いします。

 二〇三八年 五月九日――。

 天候――大雪。

 ここは、見渡す限り山々に囲まれた山脈なのだが、今は横殴りの暴風雪によって目の前ですら一歩先に何があるかがまったく判然としない状態だ。


 俺、的場思乃《まとばしの》は、片腕で額に庇を作りながら、前進するのに悪戦苦闘していた。

 南極探検家さながらの、厚い防寒着を身にまとっているにも関わらず、凍えるような寒さだ。呼吸も難しい。

 俺の前方で、この大雪をものともせず歩いている白銀と漆黒の大きな体躯を持つ狼のうちの、黒いほうが振り向き、鼻で笑うような口調で言った。


「おいおい、ちんたらと遅せえぞ人間。何回こうやって立ち止まりゃいいんだ?」

「・・・・・・」

「はあ、返事も出来ないってか? たくっ、人間はよえーなぁ」


 随分と口が悪いが、そもそも何故狼が口を利くのかは、また後で説明するとして。

 漆黒の狼、シュヴァルツに向かって(勿論、姿は朧げにしか見えないが)俺は辛うじて声を発した。


「弱いってな……。山岳地帯に住んでるお前らと、俺ら人間を比べるなよな。それに、いくらお前らだって、こんな大雪だぜ? 辛くないのか?」


 俺の問いに答えたのは、シュヴァルツではなく白銀の狼、グラキエースだった。


「大丈夫。それより、わたしは思乃くんの方が心配だわ……。大丈夫なの? 良かったらわたしの背中に乗せてあげるけど……」

「……いや、大丈夫だ。心配かけて、すまん」

「そう……」


 グラキエースの、心配そうな眼差しを感じる。彼女は、優しい年上のお姉さんといった感じで、ついつい、甘えそうになってしまう。


「余計な心配なんざ、しなくて良いんだよ。こんなんでへこたれてたら、俺は、人間を主になんてしねーよ」

「そんな事言って、本当は、シュバ君、思乃くんのことが心配なんじゃないの?」

「は、はぁ!? ふざけんな。俺はな、こいつがそんなにやわ《・・》じゃねえって言ってんだ」

 シュヴァルツは、そこで自分が言っている事に気付いたようだ。すかさず、グラキエースが茶々を入れる。

「ふふ、ほんとシュヴァ君って、ツンデレさんね」

「くッ……。おまえな……」


 まんまと本心を吐かされてしまったシュヴァルツは、憎々しげにグラキエースを睨む。実のところ、この白銀と漆黒の狼は、双子の兄妹なのだ。今のような、軽い口喧嘩はしょっちゅうなのだが、だいたいシュヴァルツが言い負かされるのだ。

 にしても、こいつらは本当に余裕だな。今まで、地形的困難にはほとんど根をあげてこなかった。それは、頼もしい反面、どっちが主なんだか、と己の弱さに失望する。

 それほどに、この世界は、厳しく、人間にとって生きづらい所なのだ。

 大丈夫と言ったが、正直なところ、もう身体は限界に近かった。

 何とか、一歩一歩足を前に出す。今日は、それそろ帰還《リターン》しようか……。


 俺が、疲労を理由に冒険を終えようか思案していたその時――。


 突如、周囲が晴れ渡った。

 先程までの、視界をほとんど覆い隠していた大雪が嘘のように、今では、遥かかなたの白銀の山々が見渡せる。

 俺は遥かかなたの絶景に気を取られていたため、前方のシュヴァルツとグラキエースが、ある一点を注視して黙しているのに気付くのに遅れてしまった。


 驚いた事に、彼らの足元の一歩先は崖になっていた。突然、大雪が止んだだけではなく、それがおよそ50メートル程落ちこんだ崖の手前というのは、ここにきて、俺の頭の中で、何か、それが良いものか悪いものかは分からないが、大きな謎として燻《くすぶ》りだしていた。

 そして、どうやら彼らの視線は崖下の奥まった方に向いていた。

 俺が雪で歩きにくい地面を、逸る気持ちを少しでも抑えながら向おうとしたとき、シュヴァルツは不敵な笑みを浮かべて言った。


「ふッ……。おい、人間。見ろよ。これは面白くなりそうだな」

 

 一体、彼らは、何を見ているのだろう。俺はその時不安と期待の綯《な》い交ぜになった感情で、それでも、それを表に出さず冷静さを装おうとした。


――だが、しかし。それは失敗に終わった。


「! これは……」


崖下の広い空間は、100メートル程前方に、こちら側崖と相対するように崖が存在していた。しかも、あちら側の崖は、今俺達がいる崖より遥かに高い。

 そして、俺と、白銀と漆黒の狼が目を釘付けにしているのは、前方に聳え立つ崖に取り付けられている巨大な黒い扉だった。


「す、すげーな……」


 俺は思わず感嘆の声を漏らした。過去3年間、この世界で旅をしてきて数々のギミックを見てきたが、これほどの大掛かりでしかも、荘厳なオーラすら感じるオブジェクトは見たことが無い。インターネットでも、そのような情報は一切流れていない(といっても、後述の理由で、例えそれらしき物を見つけたとして、よっぽどの世間知らずか何かでない限り同じ攻略グループ以外に、解《・》に繋がる何かを流出させることは有り得ないのだが)。

 

 おそらくこれが――。

 そうなのかもしれない。これが、解《・》なのか……?

 だとしたら、これはすごい発見どころではない。何せ、全世界の人々が調査に乗り出しているにも関わらず、未だこの世界のほとんど全てが謎に包まれているのだ。此処とは、違う現実の世界が、依然混乱の中にあることがそれを示している。


 グラキエースが訳知り顔で、訊ねる。


「ねえ。わたしたちはこの世界の住人だから分からないけど、この扉って、思乃くん達たちが来た世界にとって、スゴイものなんじゃない?」

「……。多分……。そうかもしれない」

いや、違うのかもしれない。なんたって、もしこれがそう《・・》なら、俺は世界の英雄になれたりするかもしれないのだ。違ったら、恥ずかしすぎて死んでしまう。

 だけど……。もしこの先に、今の現実世界を救う道が繋がっているなら。

 とにかく、確かめよう。あれが、ただのはりぼて《・・・・》なのか、それとも栄光への一歩を閉ざす扉なのかを。


「うん。それじゃあ、早速下に降りて確認して見ましょう」

「え? お、降りるって……、どうやって?」

「おいおい、俺らを舐めてるのか? こんな崖降りるくらい、俺らには楽勝すぎるぜ」

「ふふ。思乃くん、わたしの背中に跨って」

「え……?」


 俺は、不覚にも赤面してしまった。跨るって――。

 俺は、グラキエースさんの獣人化した、あのお姿を知っているというのだ|《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》。ああ、あの獣耳はやばかった。


「けッ。おいおい、なに顔赤くしてんだよ、こんな奴に」

「思乃くん、かわいい」


 だ、だめだ。グラキエースの魔性で、顔がドンドン熱くなっていく。

 恥ずかしいけど、今はグラキエースに頼るしかあるまい。なにせ、シュヴァルツは俺を背中に乗せるのはプライドが許さないだろうし。


「それじゃあ……。よろしく……」

「ちゃんと、つかまってね?」


 俺は、俯きながらそう言い、ままよとばかりに、グラキエースの背中に手をかけ、背中に飛び乗った。


「・・・・・・」


 なんというか、すごくふさふさして暖かかった。


「ちょ、ちょっと……。くすぐったいわ、思乃くん」


 はっ!? しまった。俺としたことがついつい『わさわさぬくぬく』をしてしまった。


「おい、人間。お前、クールな奴だと思ってたら、存外むっつりだったんだな。てかレベル高くね?」


 シュヴァルツから、何か意味深な事を言われたような気がするが、スルーする。

 

「んじゃあ、行くぞ!」


 シュヴァルツはそう言うや、崖下へ颯と飛び降りていった。間髪入れず、グラキエースも動き始めた。

 直後、身体がふわっと浮いた。そして、そのまま急降下。って――


「うわあああああああああああっ!」


 しまった! グラキエースのジャンプが頂点に達した時、俺はグラキエースから手を離してしまった。ふわってなって、うっとえづいていて、一瞬気を失いそうになったのだ。はげしいよ、グラ姉《ねえ》……。


 とか考えているうちに、どんどん地面に近づいていく。まあ下は雪だし別にいいか。案外、気持ちいいかもしれない、雪面ダイブ。

 俺は、着地に備え、身構え――


 ドスっ。ワサっ。そいいえばグラキエースはいつも優しかった。


「ありがとう、グラキエース」

「ケっ。悪かったな、あいつじゃなくて」

「え……? って、うわあ!?」


 いやもう、全然グラ姉じゃなかった。どこまでも真黒なシュヴァ兄だ。でもグラキエースに比べ随分剛毛だ。気持ち良くない。


「っと。おい大丈夫か? っておい!、お前その気持ち悪そうな顔、落下によるものじゃないだろ、え?」

「い、いや……」


 着地と同時に声を上げ、俺の安否を確認するため、俺の方を向くや、物凄く凄んできた。いや別に、雄の狼に乗っかった位、別になんとも無いんだが。

 シュバ兄も確認済みだし、獣人化。なんか、恥ずかしい。


「あらあら、シュバ君、思乃くん仲良さそう」

「うるせえ!」

 グラキエースは、ご満悦のようだ。普段は冷たいお兄さんの優しいところが見えて嬉しいのかもしれない。

 俺は、シュバルツから飛び降りると彼に、


「いや、でもありがとう。雪だるまにならなくて済んだよ」

「ふんッ。それより、あの扉だ。てか、今まで考えてなかったが、あんなでけえ扉どうやって開けるんだ?」

「え? さあ?」

「人間、お前ってとことん使えねえぞ」

「うぐっ」

「シュヴァ君、ひどい!」


 シュヴァルツの言葉は心に刺さったが。貫かれたが。

 確かに……。この扉を開ける方法か。そもそも、開けば、だが。全然検討もつかない。


「と、とりあえず、押してみる、とか?」

「あほか!?」

 一蹴。


「とりあえず、あそこに向かってみましょう、考えるのはそれからね」

「そうだな……」


 正直に白状すると、俺は選ばれた人間であり、俺が扉の前に行くと自然に扉が開くという痛い推定をしていた。

 しかし、別段そんなことはなかった。


「おい、人間。その顔が俗に言う『輪廻転生から解脱して心が穏やかになった』って奴か?」

「シュバ君、茶化しちゃ駄目でしょ。すべての男の子が通る道なんだから」


 フォローになってねえ……。

 俺は決意した。意地でも、開けてやる。


 ともかく、何か扉を開けるヒントはないのか? 俺は、扉を見上げた。

 すると、俺は扉全体に、何か文字が書いてあるのが確認できた。

 その文字は、一瞬異国の文字に見えたが、次の瞬間には何故か日本語として理解されていく。これは、あれだ。言語統合システム。これもまた後で述べるとして。


「『ここに記すは規則にあらず、禁忌なり。シナイより生まれしその見立ては汝に愛の言葉と共に汝の御手を求む。愛の言葉とは、万能なる御手によってなされる食事の場で最も注目を集めるものなり』」


「はあ? シ、シナイ? なんだそりゃ? これってどう考えても暗号だろ? 意味がわかんねー」

「わたしも……。思乃くんはどう? ……思乃くん?」

 この暗号はシュヴァルツ達には解けるわけが無い。それは、現実社会でしか、意味が通じない言葉が含まれるからだ。そのことが意味するのは、この扉は、俺達のような現実世界の人々が通る事のみを念頭に置いているのであり、この世界の人々が、先に入ると不都合なのだ。これはもう、きまりなのではないか?

 とにかく、暗号解読に思考を戻してみる。この暗号の中で、不自然に一文字だけ具体的な言葉が出で来る。

 『シナイ』だ。シナイという言葉で最初に連想されるもの。それは、シナイ山で、モーセがヤハウェから授かった十戒だ。そして十戒をベースに思考を広げてみる。

 十戒、ユダヤ教、キリスト教……。


「ああ、なるほど」

「はああ!? 何が、なるほどだよ。この扉を押して開けようとしたした奴が、俺の解けない暗号が解けるわけ無いだろう?」


 確かに。けれど、自分で言うのもなんだが、俺は頭を使うことは割と得意だったりする。実のところ、この俺の特技は、この扉にありつけたのに幾分かは寄与している。もちろん、この二頭の狼が俺の移動力をして他の追随を許さざらしめたのがかなり大きいが。


「ねえ、思乃くん……。暗号解けたの?」

 グラキエースの心配そうな問いに対して、俺は目の前に立ちはだかる扉に手を当て、答えた。


「イエス」


 直後、扉は轟音と共に開き始めた。


 これが、すべての始まりだった。俺と、仲間たちとの異界と地球をまたに架ける大冒険の――。



 








 





 


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