桃太郎-PEACH!!- 【6】
「え……?」
いきなりの言葉に呆然とした。若という言葉は聴きなれておらず、僕にはそういった人は周りにいない。
どういう事だろうと追求しようとした時、甘い吐息、細いものの男らしいゴツゴツとした指が頬を撫でる。
「綺麗なことで……ああ、どうかされましたか?寝付けないのですか?」
知らない、こんな人。そう考えてもどこか懐かしい。
名前すら知らない人に懐かしいという表現はどうかと思うもののそれが正しく、頭を撫でられると幼い頃を思い出す。
それは朧で正確ではない、しかしそこと今がよく似た光景で……。
「…鎖之?」
口から零れ落ちるように出た言葉は名前。知らないはずの名前を口にしては彼は頭巾を外して喜んだ。
釣りがちな赤目は優しく笑い、透き通るように綺麗な銀色の髪は長く胸元まである。
その姿を見るとぼんやりと昔の記憶を呼び覚ますと感動したように口元を押さえて喜んだ。
「若に覚えていただけ幸いです…」
優しい言葉に嬉しくはしゃいでいると懐かしみを帯びたはずの雰囲気は些細な事で崩れる。
頬に触れた指はするりと髪を梳き、瞳を奪うようにして甘く囁く。
「私と来ませんか?
――桃太郎よ」
一気に現実に引き戻すような言葉にどういう意味か、すぐに理解できなかった。
しかし、一つだけ言える事は身体がふわりと軽くなり瞼が重たくゆっくりと下ろす。
身体の自由を奪われ鎖之の手中に収まると彼は嬉しそうに喉を鳴らして笑う。
「ようやく手に入った」――そういって鎖之は僕を連れて踵を返した時、背後に感じ取れる光から小さな蒼き魂が見えた。
「貴様、我が花嫁に何している」
低く唸る様な声、それはいつも彼とは違う。
小さな眩い光を放つ魂は蒼白く光る度にみるみると怒りに燃えているのが手に取るように分かる。
少しずつ意識が狭くなり最後は眠りにつくようにして小さな寝息を立てた。
――――
ゆらゆらり
微睡みの中、見た事もない夢を見た。
それは古臭いセピア色ながらも人の生きた人生を描いたお話。
青毛の青年、僕とはさほど変わらない彼は皆に"桃太郎"と呼ばれていた。
彼は小さな人里に訪れては話し聞いて回っていた彼はある日、訪れた村は妖怪に襲われたと告げた。
寛大な心で無謀ながらも彼は「妖怪を倒します」と村の人に言葉だけの約束を誓い、旅に出た。
それから彼は一人で本拠地を捜している時に"妖の導き"に出会い、無事に妖島に辿りついた。
しかし、彼を歓迎する者はおろか敵対する者が多数いる島。
彼は笑顔でかの敵対者に挨拶した。
『私は戦の終焉を打ちに来た者です』
誰もが彼の言葉に耳を向ける事なく、案の定捕虜になった。
それでも彼は優しい笑みを浮かべて時を待つ。その重たい空気の流れは百年を経て切り替わった。
その年に生まれた妖怪の中に一つ目の子がいた。容姿は人間に近い子で大人しい子。
その子は妖刹と名付けられ、後に天才児と呼ばれるようになった。
妖刹は小姓のおみんと共に妖島に建てた屋敷に住んでいたが屋敷の地下にある牢獄に不死身の人間がいると聞いて会いに行った。
狭い牢獄の中、食事も十分に与えられずただ拘束されているように扱われた桃太郎はガリガリに痩せ細り長い髪を結ぶ紐は切れていた。
それを見た妖刹は条件付きで開放すると申し出た。その内容は……
『俺の花嫁になれ。それなら開放してやる』
妖刹の申し出に嬉しそうに頷き、弱々しい小さなか細い声で
『ありがとう』
と桃太郎は泣きながら笑った。
それから二人はすぐに付き合い打ち解け大勢の人が祝福した。しかし影で彼らを疎ましく思う者も少なからずいた。
その筆頭となるようにして存在したのは鎖之――彼は妖刹と共に生まれた兄弟。いわば血の繋がった家族。
しかし、固体に差が出来てしまい鎖之は見放され孤児となった。
そんな彼は妖刹を疎ましく思い、とある計画を練ればある人物と共に行った。
その計画とは
儀式の時、桃太郎を妖刹から引き離し我が物にする――
それは成功に至ったが肝心の桃太郎はショックが大きすぎた結果、永い眠りの中に堕ちてしまった。