桃太郎-PEACH!!- 【5】
長い眠りが浅くなり目を覚ますと暖かい布団の中にいた。
起き上がりぼぅっとしていたが着ている着物がボロから新品になっているのに気づけば柄を眺める。
黒地だが袖口などは青とシンプルな仕上がり。綺麗になった肌は昨日まであったはずの傷跡はなく、綺麗な透き通る肌になっていた。
それを見ると頬が緩み嬉しくなると布団から出ようとした時、ガシッと何かに掴まれる。
「離れるな…」
丁度真横に姿が見える。白い身体に大きな一つ目。そこにいたのは昨日、自分を連れ出した邪鬼だった。
「な、なんでいるの…?」
「なんでといわれてもそれは一緒にいるからだろ?」
「一緒に…?」
一緒。その言葉を使うのは初めてかもしれない。自分は今日から彼の花嫁として此処に住まう事になった。
しかし、何をすればいいのかさっぱり。家事ができるわけでもない、何一つ取り柄のない自分がいていいのだろうかと時に憂鬱になりそうになる。
それでも純粋なその一つ目を怖いとは思わず、こてんと横になれば身を小さくして目を瞑る。
まだ明け方。日が昇り始めた頃合。もう少しだけ寝ようと小さく呼吸を繰り返す。
次に目が覚めたのは太陽が昇り始めの頃。緩い光が地面に当たり辺りを明るくする。
開けられた障子から見える縁側の景色を眺めているとのそのそと後ろで邪鬼が掟は顔を出す。
「もう起きたか……。どうだ?布団は」
その問いにぼぅっとしている事もあり、なんと答えるべきかと思考が停止していたがどこからともなく美味しい匂いがすればのそのそと布団から出ては卓袱台に近寄る。
卓袱台の上に置かれている物を見れば目を輝かせてすぐに座布団に座る。
色鮮やかな食卓、まるで旅館の朝食のようにお盆に乗った小皿などを見れば邪鬼を叩き起こすことなく手をつけようとした時、止められる。
「箸を使って食べるんだ」
行動に気づいて起きてきた邪鬼は額に布をつけ目元を隠せばどてっと向かいの座布団に座ると四本の指で器用に箸を持ち食べ始めるのを見ては真似するように此方も持つもぎこちない上に食べにくい。
それに気づけばすぐに箸で食事を取ると自分の口元に運ぶ。
「ほら、食べろ。いいから」
「え…あり、がとう」
口にし食べれば母親のように喜び世話を焼いてくる邪鬼を見ると小さく笑みがこぼれる。
「おいしいね」
――妖島 海岸
食後の後、邪鬼は稽古があると口にして後にした。
一人になったあとも残った食事を相手に箸の練習を繰り返しているとおみんに呼ばれ今日は屋敷ではなく妖島を探索する事になった。
「どうですか?慣れましたか?」
「…慣れた、というのはまだないですけど…」
明るく気さくに話してくれるおみんは邪鬼と似た雰囲気を感じ取れる。生まれつきか、他人の雰囲気を見るだけで何を考えているのかが薄らと分かる。
これも神と関係あるのか、そうこう考えているうちに海岸にたどり着き海を見渡した。
そこに見えるのは一面青の海、太陽の光を浴びて煌びやかに輝く。
遠くに薄らと人の住む島が見え、空には形様々な雲がゆっくりと流れる。
昨日は疲れていた事もあり、よくは観察しなかったがこれほど綺麗なのかと感心しているとおみんは嬉しげに笑う。
「辰ノ刻に此処に来ると海はとても綺麗でしょう?僕のお気に入りなんです」
「…綺麗、ですね」
辰ノ刻とはすなわち、午前八時。太陽が昇り少し見上げた先にあるのを確かめようとすれば眩く光、それを見惚れているとおみんは海に近寄り靴を脱ぎ素足になると着物の裾を手に軽くあげながら水につけた。
その様子に気づき静かに見ていると寂しい事にも雲の流れにより、太陽は覆われ綺麗な海は見えなくなる。
小さなため息を吐くとおみんは上がり靴を履けば次の所に向かい、島の探索を続けた。
丁度森に入り大きな湖に来ると神秘的なそこは何処か、異質の雰囲気を漂わせ何処か嫌な予感がした。
「ねぇ、桃太郎さん」
「…なんですか?」
「……何故、神を食してまでなろうと思うのでしょうか?」
「…意味が、わからないんですが」
「そうですね…今はわからなくても何れ分かるでしょう」
背を向けたおみんはそう口にすれば踵を返し、振り返ると僕を見て笑う。
何れとはどういう事だろうか…そう考えている間に夕暮れとなり帰路を辿り屋敷を一人でぶらつく事になった。
おみんは自室にいるという事らしいが聞くにも気が引け、一人で歩いているだけでも何処か不安で疎外感があった。
「…何れ?…今の僕では……?」
ぼそぼそと呟きながら歩いていたが急に空気の流れが変わる。
それは細く長い通路。先は暗く何があるのか分からない道だ。
壁には絵画が飾られており、それを近くで見ると不気味なほど
血塗られた神と切られた桃が描かれている。
嫌な予感が更に強まる。
寒気がし、逃げたほうがいいような。此処から離れようと思い歩き出すもどうした事か、歩いても暗闇から逃れられない。
無限のような廊下、息詰まり恐怖につぶれそうになった時、銀色の何かが見えた。
黒の頭巾を深く被り、顔の見えないその人であろう人物を見ていると後ずさるもドンとその人の背にぶつかれば振り返り警戒する。
「…誰ですか」
いつもより低い声をあげればその人は口角上げて小さく笑う。
「ふふ…、お久しぶりですよ、"若"」