桃太郎-PEACH!!- 【3】
ゆらりゆらゆらり。
海面が波を立て、曇天の空からはぽつぽつと雨が降り落ちる。
いつもなら日中は潮汐が起こり、地面が現れる"妖の導き"という道が今日に限って閉ざされている。
これでは「帰れない」と途方に暮れる部下にも目もくれず、邪鬼はそっと僕を抱きしめていた。
「少しだけ」と言ったのにも関わらず、抱きしめる姿は残念な事にも子供が親に抱きつく姿に見える。
「どうする…?」
ゆらりと風に靡いて布が揺れ、への字を浮かべる口元を見ると邪鬼を見ればそういう。
不意な言葉に「ああ」と思い出すような声をあげれば此方を見るなり、どこか陽気そうな雰囲気をかもし出す。
「大丈夫だろう、いずれ引くさ」
そう簡単に言えば周りの者は「これだから邪鬼様は」と呆れる一方、くつろぐ者もいた。
浜辺で軽い休息を得たかのように皆、くつろぎ始めたのは言うまでもない。
しばらく待って時は30分。
「桃太郎さんっていうんスね!」
「あっ、はい」
「何歳ですか!?」
「それが…わかんなくて」
「あんな所にいたって言うんだ?」
「…わからないですっ」
「妖刹様が捜してたって人かー、そりゃあすげぇ人なんだよな?」
「へ…?よーせつ…様?」
ワイワイガヤガヤと部下に囲まれて質問攻めを受けている時、聞きなれない名前を耳にした。
妖刹……人の名前だろうか、そう思っている時、邪鬼が来た。
「こらこら、質問攻めにするな。困るだろうが」
「へい!」
皆、よく邪鬼の言葉には従う。その姿はまだ幼い子供のように見えるものの、彼はそれ程身分が高いのか、
誰しも彼に気軽に声をかけない。その姿はまるで地位の高いお偉いさんともいえる。
そうこう考えている僕はいつの間にか彼の小さな姿に見惚れていた。
「悪かったな。部下が迷惑をかけて」
「あ…いや、その…っ」
言葉が詰まる。久しぶりに話しかけられどうしたらいいのか分からない上に聞きなれない名前になんだろうかと混乱したからだ。
そんな自分を彼は布越しに優しい声をかける。それは妖には見えない穏やかな雰囲気だ。
薄らと見える彼から漂う気を目にしながら息を飲み、自然と重くなっていた肩が軽くなるようにまともな返事がやっと口から出た。
「…大丈夫」
そういって邪鬼を安心させると嬉しそうに笑えば問いかけた。
「そういえば妖刹様って誰…?」
問いかけた時、一瞬だけ邪鬼の雰囲気が変わる。どこか重たげな雰囲気。
聞いてはいけなかったかと視線を反らすと何事もなかったかのように邪鬼は話し始めた。
「私の父だ。妖島の神たる存在。皆、父を慕っている」
「……神?」
「…そう、神だ。神になれるものは聖水を手にした物のみ。聖水とは血の涙で濡れた神の生き血だそうだ」
邪鬼は静かな声で言えば僕は口元を軽く押さえた。
生き血と聞かれるとすぐに遠まわしだとわかった。どこか言いにくそうにしているのを見ればどういう意味だろうかと口を抑えたまま後ずさる。
身体は自然と下がる。何かが逃げろと頭にぶつけるように言ってくる。
自分には関係ないはずなのに何かが…自然と逃げろと叫ぶ度に身体は震える。
「桃太郎といったか?……神とは、桃を孕み落とす神の事。皆、それを―桃太郎―と呼ぶそうだ」
そう言われた時、悪寒を感じた。
腹の中で何かがもがくようにして暴れ、口元に当てていた手を下ろした頃には周りには部下が逃げないように包囲していた。
「…そういう事?その、生き血になるのが僕なの…?」
「…そうだ。だから、せめて痛い思いをしない程度に済ませてやろうと思った。許してくれ」
「ゆ、許してくれって!僕に素直に死ねっていうのか!?そんな事聞くわけ…」
何かが揺らいだ。
大きく風が吹き始めていつしか、"妖の導き"は道を作り島へと案内していた。
逃げたくなった。此処で死ぬのなら僕は遠いところへと行きたい。
そう思えば何とでもなるような、そんな気がしたんだ。
「神になるって、いいことなんですか」