桃太郎-PEACH!!- 【2】
自分に向けてかけられたもっともまともな言葉はいつぶりか。
ギギィと音を立てて鉄格子をいともたやすく開ける妖怪の子である邪鬼と名乗る者は手を伸ばす。
それにゆっくりと立ち上がり手伸ばす。元から背丈が小さいのか、落っこちそうなぐらい身体を乗り出して手を伸ばす邪鬼を見ているとはらはらするも無事、手が触れ身体がふわりと軽くなりゆっくりと引き上げられる。
大地の香り、そして僅かながらも遠くから臭う血臭
それよりも初めて地面に身体が触れた事に喜びを覚え、ペタペタと地面から生え茂る草花を触り乾ききっていたはずの目からは大粒の涙が零れ落ちる。
「嬉しい……すごく、嬉しい…!」
込み上げる喜びという感情。口元を押さえそう口にすると邪鬼は隣はどことなく嬉しそうにしている。
「それはよかった。……美味しいご馳走を用意している、来ないか?」
「ご馳走?……いく!」
長年何も食わず生きてきたこの身体は長らくして久しい食事を迎える事になった。
それは妖島という妖怪が住まうこの国から離れた離島での事……。
――離島 妖島入り口
時刻はいつ頃だろうか。
自分より背の低い子供のような邪鬼と一緒に牛車に乗っていた。
ガタンゴトンと左右に僅かに揺れるものの、それが斬新で目をキラキラと輝かせ、布で隠された客室から外の景色を時折ちらちらと見ていた。
「久しぶりか?外は」
丁度歩いているところは山道。キラキラと輝く海が近くに見え少しずつ西の方面から太陽が昇るのが見える。
感動に浸る中、邪鬼の問いかけでようやく我に返ると邪鬼を見るもその容姿に何処か安心すればふにゃっと緩い笑み浮かべる。
「ああ、凄く久しぶり。もう何年いただろう……」
あの檻の中にいたのは何年ぐらいだろうか。物心つく頃には既に入っており、一度だけ村の村長らしき人物に言われた事がある。
『アンタは村の守り神なんだよ。いつか熟した時はこの村のご神木になってもらうからね』と――。
しかし結局はならず、あれから百年近く経過したか、そのぐらいの時にこの邪鬼に助けてもらった。
何を考えているか分からないものの、声の発音と同じくして頭部の金色の髪はゆらゆらりと揺れる。
「邪鬼様ー!浅くなっていませんぜー!」
揺れに身を預け、いつの間にか邪鬼の膝に頭を乗せて寝ていた。四つの指がべたつく髪を撫で汚れた頬を撫でる。
うつらうつらと微睡みに飲まれかけている時、ふと客室の外から部下であろう人物からの声に気づくと目を覚ましては顔を上げる。
「浅く……?」
そう声を出すと顔を上げてどことなく、険しい表情を浮かべているような、そんな感じがする邪鬼を見る。
なんだか、辺りで不穏な雰囲気が流れると邪鬼は僕を置いて一人出て行く。
「邪鬼!?置いていかないで!」
一人になる怖さ、昔はそうでもなかったのに優しくしてくれる人がいるような、そう不確かさだけが心に残り邪鬼の行動の妨げとなる。
それでも邪鬼は僕を気遣ってか、ゆるりと優しい手つきで手を取る。
「大丈夫、我は置いていかない。ほら、行こう」
その手は白く、それでもなおかつ人肌ぐらい暖かくほんのりと何処か懐かしみを思い出す。
「邪鬼、少しだけ……こうしてくれないだろうか」