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ちょっとホラーな民俗学  作者: 尾崎 鈴
3/3

御守

木には気があり 再生の象徴でもあります。


「はぁ、仏像に?えぇまぁ少し小振りにはなりますが出来ますよ」


知り合いの住職が相当古い棒切れを持ってきて仏像にしてくれと言う。


材質は桜か…形から言って昔の槍か旗差しだろうか。うっすらと漆の名残があるから武具だろうとは思う。


木には気がある。


「随分と…思い入れのお品でしょうな」


「家宝だ。訳あって折れたので供養仏にしてやってくれ」


思い入れと言うか因縁と言うか、兎にも角にも凄味の気があるのだ。


「判りました。心を込めて彫らせて頂きます」


供養仏なら地蔵が良いのか、いやいや家宝だったならお釈迦様だろうか。心を込めて一振り一振り、魂が籠らない程度に丁寧に。


「おっと…」


古い木は乾燥具合ですぐ崩れてしまう。少し湿らせてからにしようかと湿度を与えて一休み。


梅雨時期の柔らかい風の昼下がり。ついでに昼寝でもしてしまおうと横になる。


うとうと微睡み始めると微かに聞こえる笛の音。満開の桜の木の下で何処かで見た尼僧が横笛を吹いている。


「笛も巻きを変えれば鳴るのです」


「巻き?」


ふっと目を醒ますと縁側に掛かるように雨が降っていた。静かに微かに聞こえる雨の音。笛と思ったのは雨の音だったのだろうか。あの尼僧は誰だったかな…


「ふぅ…出来た」


簡素で良いと言うので、仏像は三日の内に出来た。迷った挙げ句に阿弥陀様にした。少し細長いが愛嬌があって良いだろう。


「この樺も使えそうだな…」


棒切れの先の部分に桜の樺が着いている。装飾か実用かは判らないが漆に金粉の名残は当時なら随分と立派な柄が着いていたのだろう。


その時また笛の音が聞こえた気がした。


「あっ樺巻き…」


巻きとは笛の樺巻きの事かも知れないな。


満開の桜の下の…


「…あぁ」


昔々に見た縁起巻きに出てきたあの尼僧だ。満開の桜の下で笛を吹く尼僧。繊細で斬新でこの世に在らざる美しさ。


木には気がある。


出来上がった仏像を寺に届けると、わざわざすまんねとそんなにすまなさそうでも無い住職に笛の話を持ちかける。


「えっ笛?…あー、御蔵の中に縁起物の笛が納められてたかもねぇ。鳴らないけどね」


「笛も巻きを変えれば鳴るのです」


「あっそう?…換えたいの?」


無償で良いので笛の巻き直しを引き受ける。笛は専門外だが尼僧の頼みは断れない。見よう見まねに笛をメンテナンス。頭を詰め直し漆を塗り直し樺を巻き直した。笛等吹いたことが無いから音が出るかは判らない。


「見た目は完璧でしょ」


縁起物だから見映えすれば飾れる位にはなるかも知れない。寺にある縁起の桜は青葉を溢れさせて静かに雨をしたためている。


木には気がある。


仏像になった桜の棒切れは立派に御守の勤めを果たしている様で、不動産に悩む旧家が使えない土地を数億で売却したらしい。


そのおこぼれを貰った笛は800年ぶりのいにしえの音色とちょっとした発見の文化財となり、いまの世を謳歌している。


笛のお陰で再び縁起が注目されて寺の御守である尼僧の面影が息を吹き返す。


来年は満開の桜の下で笛による観桜会を催すらしい。立派な桜だし賑やかになるだろう。


そういや、あの旧家の起源と縁起の起源は同じ頃だろうか。袖振り合うも多生の縁と言った所かな。


木には気がある。そして再生の象徴でもあります。




木には気があり、再生の象徴でもあります。

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