赤い糸
「あんたも触りなよ!ご利益あるんだからっ」
最近のパワースポットブームとかで、バス旅行にも神社とかお寺の参拝が組み込まれている。
「私は良いよ」
それでもお寺はまだ良い。寺で私欲を押し付ける者も少ないし仏が救うのは仏のみだから。
「信じてないな〜、ここの御神木が凄いってネットで話題なんだよ!」
見えないって幸せだと思う。もうはや御神木とは名ばかりの得体も知れない依り代から邪念を憑けて満足している。私欲が強い人ほど念の糸を引いて行く。
「…私は良いよ」
ゾッとする。
一体何と契約してどんな代償を払うのか。神様と呼ばれる神体はただ見守るだけのようだ。人の私欲に一喜一憂したり怒ったりするのはその神様を護る眷属の方で俗に言う狛犬の仕事らしい。
そして御神木に宿る叶え主は狛犬に馴れなかった何かみたいだ。
まぁ、大体は憑いても判らないで小さな喜びと小さな怪我程で離れるようだからそれ程害は無い。
「うちの御神木は本物らしいですよ」
「らしいって時点で怪しいですけど…」
ふいに後ろから話しかけられたから咄嗟に嫌味を言ってしまったけど、振り返って見ると結構なイケメン神職が立っていた。
「確かに。」
「いやでも立派な大木で御利益ありそうではありますよね、うん」
「何でも見た目じゃ無いでしょう」
やっぱり神職だから見えるのだろうか。本当の御神木はそれでは無くその後ろにある若枝に宿移りしている事を。
「…何してるんですか?」
「この小木、神木の邪魔だから引っこ抜くんです」
「罰当たりますよ!」
宿移りした御縁を抜こうなんてやっぱり神職だからと言ってもろくでもない。
「罰?」
「…これが2代目御神木ですよ」
「小さすぎるでしょ」
「何でも見た目じゃ無いでしょう?」
最近は氏子が減りつつある神社は生き残るのに必死で人集めに無理矢理話題を持ち上げる。パワースポットなんてのはその骨頂で、本来の神域は平素は静かな場所が多い。
それでも御祭り好きな神様には信心は最大の御布施でもある。私欲しか払わない信者であっても来てくれた事に喜び少しでも居てやろうと心を繋ぐ。
「確かに。でも邪魔って言われるんだよね〜」
「…まぁ私はどっちでも良いけど」
そう立ち去ろうとた時に頭上からほぉうと何かが吐息した。神様なのかその声がどういう意味か判らない。
旅先でたまたま行った神社の事を私はそれきり忘れた。
「どうしたの?その腕」
「一昨日階段で転んで骨折した〜」
一緒にバス旅行に行った友人が右腕を骨折した。腕に糸を引いた何かが乗っている。
「誰か呪ったのかよ」
「えっ?何」
ライバルでも蹴落とそうとしたのか中々キツい代償だ。
「別に」
「そういえば旅行で行った神社の御神木、この前の台風で倒れたらしいよ〜。だから私も怪我したんだよ」
御神木のおかげ御神木のせいとなんて都合の良い事だろう。糸が切れてないあたりまだ災難がありそう自業自得。
「…御神木倒れたの」
「そうそう!ほらちょっと斜面だったし雨で地盤が緩んだんだって。それ以外は被害無かったから御神木の御利益だって言ってたよ〜。いやいや御神木折れる時点で駄目だよね!何か怪しいと思ってた!あっほらほらあれ見てよ」
ちょうど電気屋の前を通りかかると話題の御神木倒壊のニュースが映っていた。
「…あっ」
折れた大木をアップで映した時、その後ろにか細く立つ小木が映し出された。
抜かなかったんだ。そう思った瞬間また吐息が聞こえた。
「抜かなかったんですね」
「…貴女が言ったでしょう。これ2代目だって」
何となくまた来てみただけ。
小木の周りにはきちんと結界が張られていつかのイケメンが四苦八苦しながら注連縄を巻いていた。
「手伝いましょうか?」
「お願いします。小さすぎて結ぶのも小さい人しか出来ないみたいです」
悪気は無いのかも知れないけど言葉の知らない人だなと思う。良く言えば素直なのだろう。
「あっしまった…」
結び終える時にうっかり木に触ってしまった。小指に糸が絡み付く。
知ってか知らずかイケメンが私の手を取るとその小指にも糸が流れ絡む。
「大丈夫傷は無いです。新しい御神木に触れた人第一号ですね。良い御縁がありますように」
「…ゾッとします」
私と彼の小指にしっかり絡んだ糸を見て私は身震いした。知らず知らず御縁を切望していたのかも知れない。
「信じてない割りに来るんですね。あー僕目当てですか?判ります」
「私が1番嫌いなのは自信過剰なイケメンとゴキブリです」
「1番なのに2つありますね」
心の中で舌打ちすると頭上からほぉうと笑う吐息が聞こえた。
赤い糸って本当にあるのかも知れないと初めて思った。
そもそも赤い糸の由来ってなんでしょうか。