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音楽で乙女は救えない  作者: ナツ
第二章 中学生編
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 表彰状とトロフィー、副賞の金一封などを抱えて、私はひとまず控室に戻ることにした。記念の写真撮影は終わったけど、この後ロビーで新聞社と音楽雑誌の取材があるみたい。

 着替えてきてからでいいよ、と関係者の人に言われてホッとした。

 早く、気楽なワンピースとペタンコのストラップシューズに替えたいです。

 

 体は疲れ切ってるはずなのに、優勝できた喜びでハイになっちゃってる。スキップしたくなるほど浮かれた気持ちで廊下を歩き、控室のドアを開けた。

 そこには、客席から駆けつけてきてくれた父さん達と亜由美先生、それに紺ちゃん、紅、美登里ちゃん。更には千沙子さんと桜子さんまで揃っている。

 そんなに広くない部屋が、人と大量のお花でぎゅうぎゅうになってるよ!


 「おめでとう~!!」


 まっさきに飛びついてきたのは、花香お姉ちゃん。

 ずっと泣きっぱなしだったのか、ファンデーションが崩れてよれちゃってる。マスカラはウォータープルーフのものを使ったんだろう、かろうじてパンダさんにはならずに済んでるけど。


 「お姉ちゃん、ありがとう」


 私も思い切り抱き返したかったんだけど、今にも手に持ってる荷物が落ちてしまいそう。

 あたふたしている私を見かねたのか、紅が近づいてきて、「おめでとう。とりあえず、テーブルに置いといたら?」とトロフィーなんかを全部受け取ってくれた。

 首にしがみ付いてまた泣き出してしまった花香お姉ちゃんの背中を撫でながら、「ありがとう」とお礼を言う。こういうよく気の付く所に、ファンクラブの子達はますます夢中になるんだろうな。

 紅は頬をゆるめて、私の頭に軽く手を置いた。それはほんの一瞬だったんだけど、すごくホッとしてしまった。トビーの大きな手の感触を上書きするかのような紅の手に、ふにゃりと締まりのない顔になる。紺ちゃんはそんな私と紅を見比べ、嬉しそうに微笑んだ。


 「ましろちゃん。本当に頑張ったわね!」


 亜由美先生の手は、しっとりと湿っていた。いつもサラッサラの先生の手を知ってるだけに、それだけ私のことを心配してくれたんだって伝わってくる。先生に指導してもらえなかったら、きっとここまでくることは出来なかっただろう。


 「私の方こそ――本当にありがとうございます」


 亜由美先生の右手を両手で握って、深くお辞儀した。

 先生は言葉に詰まったみたいに、ただ何度も頷いてしっかりと握手を返してくれた。

 その後、順番にみんなの祝福を受けて、ようやく所狭しと溢れかえっているスタンド花に言及できました。さっきからずっと突っ込みたかったんだよ!


 「あのー。このお花って……」

 「え? だって優勝したんですもの。花輪は必須よね?」

 「そうよ。実は前もって注文してあったの。絶対にましろちゃんが勝つと思ってたから」


 セレブママーズが声を揃えて答える。

 紺ちゃんはそれを聞いて、額を押さえて唸った。

 白、紫、薄いピンク。彩どりの胡蝶蘭を惜しげもなく使った豪華すぎる2段スタンドに、私も頭を抱えたくなる。しかも種類違いで5つもあるんだよ? どこぞの政治家の事務所開きか!

 値段は聞かないでおこう。うん、そうしよう。


 美登里ちゃんは携帯で誰かと話しているみたいだった。

 私と目が合うと、にんまり笑って「はい」とその携帯を渡してくる。相手が誰なのか分かった気がして、恐る恐る受け取り耳にあてた。


 「――もしもし?」

 『……おめでとう』


 耳に響いた懐かしい声に、ぐっと喉が詰まった。

 蒼だ! やっぱり、蒼だったんだ!!

 

 「朝早いの、大丈夫だった?」


 普通に話そうと思うのに、どうしても声が震えてしまう。じわ、と目に涙が浮かびそうになって、慌てて瞬きを繰り返した。


 『うん、全然大丈夫。……上手くなったな、真白。すごくいい演奏だったよ』


 一度ビデオで見せてもらってて、良かった。あれがなかったら、大人の声になってしまった彼をすごく遠くに感じてしまっただろう。話し方も落ち着いてて、私の記憶にある可愛らしい蒼ではなくなってしまっていた。

 うん、うん、と相槌を打ちながら、2人の間にある距離と流れてしまった時間を想う。あの頃、あんなに近くにいたことが嘘みたいだ。寂しい、と痛烈に感じた。


 「美登里ちゃんに演奏前に教えてもらって、すごく心強かったよ。そ……城山くんが、聴いてるなら、下手な演奏できないなって励まされた」

 『――真白』


 苦しくなるような切なげな声で、蒼は私の名前を呼んだ。

 ちょっとの間が空いた。じっと耳を澄ませていると、彼は小さく溜息をつき『なんでもない。ホントにおめでとう。美登里には代わらなくていいから、このまま切って』と言ってきた。

 すごく名残惜しかったんだけど、国際電話の通話料金のことが瞬時に浮かぶ。あわわ! これ、美登里ちゃんの携帯じゃないですか!!

 慌てて「じゃあね、また手紙書くから!」とだけ言って通話を切った。


 「それだけ? っていうか、城山くんって……」

 「電話、代わってくれてありがとうね。久しぶりに話せて良かった」


 蒼を城山くんと呼んでいる理由を、美登里ちゃんには上手く伝えられない気がした。ちゃんと説明しようとすると、あの雪の日の話もしなきゃいけない。それはどうしても嫌だった。


 「あなたの仕業?」


 美登里ちゃんは不満げに唇を尖らせ、何故か紅の方を向いた。

 彼女の視線を受けとめ、紅は両手を軽く挙げる。


 「まさか。こいつが単に不器用ってだけだろ。俺は何も言ってない。――まだ、ね」

 「ふん。どうだか」


 美登里ちゃんは紅が苦手みたい。

 大抵の女の子は、紅のルックスと甘い言動にうっとりするものだと思っていたから、なんだか新鮮だ。――紅と美登里ちゃんか。黙って並んで立ってれば、すごく絵になる2人だよね。

 思わずニヤニヤしてしまった私を2人が同時に見咎めた。


 「なんなの、マシロ。その気持ち悪い目」

 「どうせまた見当違いなこと考えてるんだろ」

 

 冷ややかな視線の二乗に、ぐっさりやられてしまいました。

 うう。私の考えてることって、なんで皆にすぐに見破られちゃうんだろ。


 

 


 全員に席を外して貰って着替えた後、ロビーに向かった。

 先に着いていた富永さんに挨拶し、一緒に取材を受ける。「今の気持ちは?」とか「弾く時は緊張した?」とかセオリー通りの質問に、交互に答えていったんだけど、私が先週富永さんに尋ねたことと殆ど同じだったので、思わず顔を見合わせて笑ってしまった。


 「ずいぶん仲良いよね? ピアノ教室も学校も違うみたいだけど」


 一人の記者さんが不思議そうに私達を眺めた。

 なんて答えよう、とちょっと考えていた時。


 「高校からは同じになるかもしれませんよ」


 富永くんの傍に、トビーが立った。


 「山吹理事!」


 控室では会わなかったのか、富永くんは嬉しそうにトビーと握手を交わしている。私は、手袋を脱いでヤツの顔面に叩きつけたい気持ちで一杯になった。……手袋はめてないけどさ。


 「どうも。青鸞学院の理事を務めております、山吹です」

 「ああ、あなたが! お名前はよく知ってますよ」


 人誑しな笑みを浮かべ、トビーが名刺を差し出す。いきなり始まったマスコミ各社との名刺交換会に、富永くんも困惑の表情を浮かべた。

 それが終わると、まるで保護者のような親しげな仕草で、トビーは私達の肩を叩いた。身体は正直なもので、彼が背後に立った瞬間、総毛だってしまう。立ち上がって走り去りたくなるのを必死で堪えた。


 「島尾さんには、特待生として青鸞学院に入学してくれないかと交渉中なんですよ。それに実は、彼女のことは小さい頃から個人的に知っていたものですから、ファイナルはどちらを応援するべきか、非常に悩みました」


 嘘つけえええ~!!

 いけしゃあしゃあとそんなことを言うトビーに、沢山のフラッシュがたかれる。

 こうやって私の優勝まで、自分の学校の宣伝に結び付けようっていうんだから、大した玉ですよ。腹が立つやら感心するやらで、複雑な気持ちになる。


 「高校は青鸞に? うわ、それは楽しみだな」

 

 富永さんはトビーの言葉を聞いて、パッと明るい顔になった。あなたのその無邪気さが、眩しいです。お腹まっくろけの人に、これ以上近づかない方がいいですよ。腹黒菌は感染力が高そうだ。


 「ふふ。どうかな、島尾さん。僕の提案を受けてくれる?」

 「そうですね。両親がいいと言ってくれたら、是非。なんでも授業料だけじゃなくて、制服や教科書などの必需品も全て無料だそうですから、すごく魅力的な話です」


 もちろん、そんな話は聞いたことがない。

 公然とした私の強請りに、トビーの口元が微かに引き攣った。ふははは! ざまあみろ!

 って、腹黒菌に感染しちゃったのは私かも。


 「では、青鸞学院の特待生制度の見直しがされるということですね? これは朗報だ」


 一斉にメモを取る記者さんたちに、トビーは「まだ本決まりではないので、オフレコでお願いします」などと口止めしている。

 私は優雅に足を組み替え、トビーに向かって最上級の猫かぶりスマイルを披露してやった。


 


 まだ中学生の部しか終わっていないので、入賞者による記念コンサートの詳細は後日送付する、と事務局の人に説明された。交響楽団との協演は、大学生の部の入賞者だけの特典なんだって。

 そこも紺ちゃんノートとは異なっている。そもそも、優勝は『リメイク版ヒロイン』一人のはずだったし。

 ボクメロのゲーム進行とはどんどん違っていってるんだな、と改めて感じた。ずいぶん昔に、紺ちゃんがそのことについて何か言ってた気がする。なんだったっけな……。

 とにかく、この世界がどんなものであれ、今を必死に生きていくしか方法はないんだ。


 

 取材も説明も終わったので、富永さんにだけ手を振り、私はロビーを後にした。

 そういえば、千沙子さんたちが打ち上げいこう! って盛り上がってたっけ。みんなでご飯食べるの楽しそうだな。

 軽い足取りで会場の外に出ようとした私を、トビーが追いかけてきた。

 来るだろう、と予想していたので、足を留め無言で振り返る。

 トビーはさっきまでの胡散臭い笑顔を消し、まっすぐに私を見つめてきた。


 「本当に優勝おめでとう」

 「ありがとうございます。富永さんも優勝したので、理事も安心されたのでは?」

 「――いいや」


 トビーは長身を屈めて私に素早く耳打ちした。


 「優勝は富永くんで決まりのはずだった。だってそういう風に根回し済だったから」

 「……え」


 予想もしてなかった台詞に、私は棒立ちになった。

 優勝者はあらかじめ、決まっていたっていうの?


 「サディアはファイナルでも、君にだけAをつけた。女性ピアニストは扱いづらくて困る」


 トビーは苦々しげに呟き、体を起こした。


 「だから、優勝おめでとうってこと。……ねえ、休戦しようよ、マシロ。特待生でうちにおいで」

 「考えておきます」


 もう二度とあんな無様な姿を、あなたにだけは見せない。

 私は軽く会釈をして、トビーの隣を通り過ぎた。



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