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音楽で乙女は救えない  作者: ナツ
第二章 中学生編
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 冬休みは、いつもの長期休みと同じく勉強したりピアノを弾いたりしてるうちに、あっという間に過ぎて行った。

 小学生の時と比べて社交的になった私は、玲ちゃんと一緒に映画を観にも出かけたし、絵里ちゃん達とスケート場に遊びに行ったりもしましたよ? 「脱引きこもり、万歳!」とお姉ちゃんにはからかわれている。

 もちろん来年のコンクールでの優勝という目標は変わってないわけだから、遊んでる暇なんてないんじゃないかな、という焦りは常にある。

 でも前みたいにそれで精神的に不安定になったりはしない分、大人になったってことなのかも。

 

 三井さんは、お姉ちゃんと一緒に初詣でに出かけた後、うちに寄ってくれた。父さんも随分打ち解けてきたみたいで、一緒にTVで駅伝を見ながらビールを飲んだり仕事の話をしたりしていた。


 「早いものね~」


 父さん達の様子を眺めながら、私達女性陣はダイニングテーブルでおせちの残りを片付け中。紅白のかまぼこに箸を伸ばしながら、母さんがポツリとこぼした。


 「なにが?」


 キョトンとした表情で花香お姉ちゃんが問い返すと、母さんはふふ、と微笑む。


 「お姉ちゃんが生まれて、1人っ子で大事に育ててきて。手が離れたかな、って思った頃に真白が生まれてまた慌ただしくなって。裕福な家じゃないから私も働きに出て、あなた達にも随分寂しい思いをさせちゃったけど、あっという間だったな、って」


 しみじみとしたその口調に、胸がぎゅうと締め付けられた。


 

   『あっという間ね。もう……も大学生になっちゃうなんて』

   『合格すれば、だよ? プレッシャーかけないでよう』

   『……なら、大丈夫だよ。なあ、母さん』


 

 知らないうちに、ぽたぽた、と涙を流していたらしく、母さんとお姉ちゃんにぎょっとした顔で見られてしまった。


 「ど、どうしたの、ましろ!」

 「馬鹿ねぇ、泣くことないでしょ。はい、ティッシュ」


 母さんの差し出してくれた箱ティッシュから何枚か抜き取り、涙を拭うついでに鼻もかむ。いや、自分でもびっくりした。涙腺緩すぎる。

 だけど、さっき一瞬すごく切ない感じがしたんだよね。

 今の、何だったんだろう。


 「ごめん、ごめん。でもそんなこと言い出すなんて、母さんこそ寂しいんじゃないの?」


 私のからかうような口調に、母さんは目元を和ませた。


 「そんなことないわよ。あなた達が結婚して家を出ちゃったとしても、大事な娘には違いないんだし。子育てが終わったら、父さんと一緒に海外旅行にでも行こうかって話してるの。それはそれで楽しみなのよね」

 「はいはい、ご馳走さま。でも結婚なんてまだまだ先ですよ。そんなに早く追い出そうとしないで~」


 お姉ちゃんが情けなさそうな声を上げたので、私も母さんも一緒になって笑った。



 そして3学期。

 始業式で久しぶりに見かけた松田先生は、相変わらずクールな表情で端に立っていた。寒がりなのか、車から降りてくる時はダウンコートに加えもこもこのマフラーで完全防寒してる松田先生。学校内では他の先生と足並みを合わせてスーツ姿なんですよ。

 教室は暖房が利いてるからまだいいけど、体育館はかなり底冷えがする。本当は上になにか羽織りたいんじゃないのかなあ。

 彼は寒くなんてないよって顔で壇上の校長先生に体を向けてるんだけど、よく見ると前で組んだ手を時々こっそり擦り合せていた。それを目にした私は、思わずニヤニヤしてしまう。


 教室で玲ちゃんにそのことを話して、「ね! すごく可愛くない? 寒いの我慢してるんだよ」と同意を求めてみた。ところが玲ちゃんには、可哀想な子を眺めるような目で見られてしまった。


 「――朝、松田先生が車降りてくるとこ、見てるんだ。」

 「うん、だって教室の窓から見えるんだもん。絶好の観察ポイント、二学期からすでにゲット済みですが何か」

 「……いや、もう何もいうまい。蓼食う虫も好き好きって言葉、私ようやく理解できたわ」

 「えー。あんなに素敵なのに」


 がっくりした私の肩を、玲ちゃんはポンポンと叩いて励ましてくれた。


 「ごめん、ごめん。そんな君にとっておきの情報をあげましょう」

 「ん? なに?」


 玲ちゃんは瞳をキラキラ輝かせながら、声をひそめた。


 「バド部の子から聞いたんだけどさ。松田先生って、日曜日の部活ない午後はよく駅前のショッピングモールにいるらしいよ」

 「そうなの?」


 悪いことを話してるわけじゃないのに、思わず私の声まで小さくなる。


 「本屋さんとか、電気屋さんとかが主な出現スポットみたい。彼女とか友達とかいないの? って感じだけど、1人でうろうろしてるみたいだよ」


 彼女は分かんないけど友達はちゃんといるよ、って擁護したくなった。

 松田さんは大学のサークルの子達と今でも付き合いがあるんだって。夜も時々一緒に飲みに行くって三井さんが教えてくれた。ただ、「学校の先生ってすごく忙しいみたいでさ。なかなか学生の時みたいにはいかないわ」とも残念がっていた。

 

 だけど、そんなこと玲ちゃんには言えない。

 松田さんがお姉ちゃんの彼氏の親友だってこと、同じ学校の子達にはなかなか打ち明けづらいんだよね。玲ちゃんや絵里ちゃん達を信用してないわけじゃないけど、万が一よそに漏れて、贔屓してるとかされてるとか、変な噂が立っても申し訳ないなあって。


 そうだ、今度紺ちゃんに話してみようっと。

 気になってる人がいるんだよ、って打ち明けたら、どんな顔するかな。ちょっとびっくりして、その後いつもの優しい笑顔で「どんな人か見てみたいな~」ってふんわり笑うかな。

 紅でも蒼でもなく私の味方だと言い切ってくれた彼女になら、どんなことだって話せる気がした。

 紺ちゃんの反応を想像して、気持ちが明るくなる。


 「玲ちゃん、ありがとう! 今度モールに行くことあったら、探してみるね」

 「いいってことよ。上手く見つけられるといいね」


 私は何も分かってはいなかった。

 後から思い返す度、胸をかきむしりたい衝動にかられる。

 紺ちゃんは愚かな私の為に、いつも心を砕いてくれていたというのに――。

 数年後、激しい後悔に身を焼かれることになるなんて、この時の私は想像もしていなかった。



 ショッピングモールに行く日は、案外早くやってきた。

 紺ちゃんから携帯に電話がかかってきて、バレンタインデーのチョコを一緒に買いに行くことになったのだ。


 『どうしよう。ソルフェージュの後にする?』


 紺ちゃんの提案に一瞬迷い、私は思い切って口を開いた。


 「日曜日でもいい? 予定ある?」

 『ううん、ないよ。日曜日に何かあるの?』

 「えへへ。それは、会ってから話すね」

 『分かった。じゃあ、日曜日ね。迎えに行くから』


 通話を切った後、浮かれた気分で携帯を胸に当てる。

 今年も父さんには手作りチョコをあげるつもりだけど、松田先生にいきなり手作りは重いから、市販のチョコを買いに行こうと思ってたところなんです。ナイスタイミングで電話をくれた紺ちゃんに感謝しつつ、あれこれと思いを巡らせる。

 

 お酒が好きって言ってたから、ウィスキーボンボンみたいなのでもいいかな。

 あ、いつもお世話になってるから水沢さんと能條さん、紅パパさんと紺ちゃんパパさんにも買おうかな。紅は沢山貰うから市販の義理チョコなんていらないだろうし、蒼には送れない。

 あげる相手の平均年齢がヤバイくらいの高さになってる気がするけど、しょうがない、うん。


 玲ちゃんの話通り、松田先生に会えたらどうしよう。

 声かけるくらいなら、迷惑じゃないよね。

 本当に会えたらいいのになあ。


 鼻歌を歌いながら、机に向かう。

 テンションが上がったからか、いつもの倍のスピードで問題を解くことができた。恋する乙女の力はすごいんです。……前世でもそうだったっけ、とちょっと思い出しかけ、ぶるぶると首を振る。 

 二次元はノーカウント! 


 

 その日はあいにく、雪が降っていた。

 お姉ちゃんはもう出かけていたので、自分なりに精一杯のお洒落をして、紺ちゃんを待つ。変じゃないかな、と何度も鏡をのぞいて、馬鹿みたいだと自分で自分におかしくなった。

 松田先生に会えるかどうかなんて分からないのに、舞い上がっちゃって。


 オフタートルのざっくりしたニットワンピにロングブーツ。大人っぽく見えるように、と髪を結ぶのはやめて、カーラーで巻いてからふんわり下ろした。

 チャイムが鳴ったので、こけないように気を付けながら玄関を出る。

 行先が駅前のショッピングモールだからか、お迎えの車は大人しめのレクサスだった。真っ先に紅が乗ってないことを確認した私は、悪くないと思います。


 「ごめんね、紺ちゃん。無理言っちゃって」

 「全然大丈夫。天気悪いからどうかなって思ったけど、あちこち回らなきゃいいんだし」


 足早に車に乗りこんだ私の頭を、紺ちゃんは大判のハンカチでそっと拭いてくれた。


 「雪が。はい……これで大丈夫。せっかくの可愛い髪形が、濡れたら台無しだもんね」


 今日の紺ちゃんは、アンサンブルのニットにバーバリーチェックのボックスプリーツのスカートを合わせている。編み上げブーツがすごくキュートだ。


 「2人で買い物なんて、久しぶりだよね」

 「そういわれてみれば、そうだよね。いつもコウに邪魔されてた気がする」

 「確かに。今日は、紅は家なの?」

 「ううん。たぶん、いつもの接待じゃないかな。美術館に宮路さんたちと行くって言ってた気がする」

 「接待って! 休日までお疲れ様です、だね」


 そうやって自分の首を絞めてるんだから、もうほっとくことにしたの、なんて笑ってる紺ちゃんはすごく楽しそうだった。


 「そういえば学校でもね――」


 松田先生のことは、向こうでお茶する時に話せばいいや。

 そう思った私は、普段より饒舌な紺ちゃんの話に相槌を打ちながらニコニコ笑っていた。




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