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音楽で乙女は救えない  作者: ナツ
第二章 中学生編
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Now Loading その47

 結局、紅が手配してくれた楽譜が届くまでベーゼンドルファーで練習させてもらい、18時過ぎに帰宅した桜子さまに捕獲され、夕食までご馳走になってしまった。


 「是非また来てね? 真白ちゃんがいるとすごく明るくなるんだもの。紅もいつもより機嫌がいいし」


 ちらり、と桜子さんが紅に視線を送ると、彼は「そうかな。いつもと同じだと思うけど?」とサラリと躱した。こういう対応を見る度、紅は大人びてるなあと感心してしまう。


 「いつも良くして頂いて、ありがとうございます」

 「私の方こそ、無理を言ってしまってごめんなさいね。それにしても、主人は悔しがるでしょうね。今日は真白ちゃんと一緒にご飯を食べたって、自慢しちゃおうっと」


 玄関先までお見送りしてくれた桜子さんに、最後はギュっと抱きしめられてしまう。


 「ああ~、早くうちにお嫁に来てくれればいいのに」

 「母さん!」


 スラリとしているように見えるのに、桜子さん、何カップあるんですか!?

 豊満な胸にぎゅうぎゅうに押し付けられ、苦しさのあまり私は口をパクパクさせた。紅は、不機嫌そうに顔を顰め、桜子さんから私を引きはがした。


 「行こうぜ。あんまり遅くなると、ましろのご両親が心配する」

 「う、うん……お邪魔しました!」


 挨拶もそこそこに紅に腕を引っ張られ、車に押し込められる。

 てっきりそこで別れると思ったのに、紅は私の隣に乗り込んできた。


 「送ってくれなくてもいいのに。水沢さんがいるんだし」

 「いや、少しでもお前と」

 

 紅は何かを言いかけてハッと口を噤み、それから「何でもない」と首を振った。

 車が動き出してからも、何故か浮かない顔をしている。

 はっはーん。

 桜子さんの『お嫁にこい』発言で、憂鬱になっちゃったとみた。

 勘違い女につきまとわれるのが、何より嫌いな紅だもん。ここは安心させてあげとこうかな。


 「警戒しなくても大丈夫だよ」

 「……いきなり、何?」

 「紅をからかいたくて、桜子さんがあんな風に言ったんだってちゃんと分かってるってこと」


 紅は目を丸くして私を凝視し、それから盛大な溜息をついた。


 「全く分かってないじゃないか」

 「分かってるよ。冗談を真に受けられたら迷惑なんでしょう? 私に限ってそれはないから、安心してよ」

 「……はぁ。もう何も言わないでくれる?」


 ぐっ。

 可愛くないなあ。

 

 私は紅の機嫌取りを諦めて、窓の外に目を向けた。街灯や家の明かりが流れていくのを見ているうちに、なんだか眠くなってきてしまう。うつらうつらし始めた私を、紅はまたしても不機嫌そうに見つめてきた。視線が痛いけど、もう面倒だから気づかないふりでやり過ごす。

 ――いつまで見てんだ!

 眠気も吹っ飛び苛々し始めた頃、ようやく家に到着した。


 「水沢さん、ありがとうございました。紅も色々ありがとね」

 「ましろ!」


 そそくさと降りようとしたところで、紅に声を掛けられた。


 「なに?」

 「文化祭、頑張って」

 

 天変地異の前触れか! ってくらい驚いてしまいましたよ。

 本当にこの人、紅だよね。

 二度見したわ!


 「う、うん。えっと、頑張るね」


 驚きすぎて、どもってしまう。

 

 ちょっと前から、紅はおかしい。

 蒼がいなくなったのが、そんなに大ダメージだったのかな。

 でもまあ、紅に関していえば深く考えても無駄だよね。うっかり乗っちゃうとそれが彼の思う壺、ってオチも十分あり得るから怖いんだよ。

 私は気を取り直し、玄関のドアノブに手をかけた。





 そして、文化祭当日。

 合唱コンクールの後、結果発表までの間に私の演奏は挟まれていた。

 なんとなく場繋ぎ的に利用されてる気がしませんか、これ。


 腑に落ちない気持ちで、壇上に上がる。

 合唱の時に端に寄せられていたシロヤマのピアノは、先生たちの手によって中央に引き出されている。生徒たちの間からは、ざわめき声が上がり始めていた。


 「え? なに。何が始まるの?」

 「あの子、あれじゃん。ピアノやってて部活免除の子」

 「ああ、一年でトップだっていう新入生代表の子だよな」


 教頭先生が、簡単に私が演奏することになったいきさつについてマイクでアナウンスしてくれた。

 ペコリ、と頭を下げ、ピアノの前に座る。

 ついさっき、伴奏で弾いたばかりの子だったから、どんな音が鳴るのかはすでに把握しているんだよね。調律が少し甘い気もするけど、まあ何とかなるでしょ。


 おもむろに鍵盤に手を置き、まずは5度のシンプルなコード進行のアルペジオに、トリルをあしらった主旋律を乗せていく。それからシンコペーションを多用して、3度と7度のコードをベースにオープンとクローズのヴォイシングを織り交ぜて、アレンジしたメロディを浮き立たせた。

 ジャズのリズムに乗ることで、有名なフレーズが大人っぽく甘い囁きに変わっていく。

 

 「あ、これ知ってる~」

 「キラキラ星だよね?」

 「カッコいいじゃん!」


 聞いているみんなの間から、声が上がり始めた。

 私は嬉しくなって、弾く速度を上げ、アドリブも挟むことにした。

 左手で奏でる力強い和音。16分音符と半音階を駆使した右手のパッセージ。頭の休符をうまく使うと、よりjazzyな演奏になるんだよね。

 二拍子から三拍子に変わって更に盛り上がるフィナーレ部分を、音数を増やして華やかに弾きあげると、広い体育館がワッと歓声に沸いた。


 椅子から立ち上がり、ペコリとお辞儀をして舞台袖にひっこもうと思ったんだけど、なんとアンコールの声が上がり始めてしまったんです。3年生の中でも目立つ悪ガキグループの子たちなんて、指笛を鳴らしてる。先生たちが注意に入ってるんだけど、手拍子はなかなか収まりそうになかった。


 えー。これ、どうしよう。


 助けを求めるように職員の列に目をやると、松田先生と目があった。小さく笑みを浮かべもっと弾いてやれ、というように親指を立ててくる。なんなんですか、その可愛い仕草は! このまま降りちゃおうかなと思っていたのに、先生の為に弾きたくなった。

 

 もう一度ピアノの前に腰掛け、今度は『星に願いを』を弾いてみることにした。こっちは全然自信がない。練習の合間の息抜きに、耳コピして好き勝手にアレンジしながら弾いてる曲なんだもん。でも、メロディは有名だからアンコールにはいいかな?


 まずは、基本のメロディを素直なコード進行で弾いてみる。

 女子生徒を中心に「知ってる!」の声が上がった。聴き入ろうとしてくれるのか、ざわめきもすぐに収まって、私の奏でるピアノの音だけが響いていく。一巡した後からは、メロディをアレンジして全然違う音に変えていく。原曲とコード進行を同じにしておけば、そう大きく外れることはないんだよね。CからDマイナーへの以降部分にA7やG7を挟んで、メロディ部分に装飾音を付け足したり、リズミカルに休符を挟んだり。好きなように音を足して遊べるのがジャズの楽しいところかも。コードがCならドミソの音を中心に弾くのが基本だけど、そこに黒鍵を足してCマイナーの音を入れてみたりとかね。 

 しっとりした曲だったこともあって、みんな静かに聴き入ってくれたので、落ち着いて演奏を終えることが出来た。


 結局、予定時間を大幅にオーバーしてしまった。

 壇上から降りた後、校長先生に怒られるかな? とびくびくしたんだけど「島尾くんの演奏で、一杯やりたいなあ」と褒められてしまいましたよ。……褒め言葉、だよね?

 

 クラスに戻ると、興奮した玲ちゃんに「すごい、すごいよ!!」と飛びつかれた。他のみんなにも口々に「良かったよ」と声を掛けられ、単純に嬉しくなってしまった。

 選曲を悩んだ甲斐があったなあ。紅にもメールでお礼をいっとかないと。

 楽譜を貸してもらった例の青鸞のお嬢様に、頑張って愛想を振りまいてるだろう彼の姿を思い浮かべ、心の中でそっと手を合せておきました。

 合唱の方では惜しくも2位だったけど、すごく思い出深い文化祭になった。



 男子のモテポイントが「スポーツが出来る」だとしたら、女子のモテポイントは「ピアノが弾ける」ってことなのかな。そんな風に邪推してしまうくらい、あの後、何人かに告白された。物好きな人もいるもんだ、と感心してしまう。

 大人っぽい雰囲気の3年生に、放課後誰もいない教室で「好きだ」ってストレートに言われた時なんて、かなりグラっときたけど、何とか踏みとどまりましたよ。

 とっさに紅と蒼の顔が浮かんでしまったんだよね。悪い意味で、だけど。

 

 『ボクメロ』のゲーム進行から完全に外れたと確信出来るまでは、彼氏を作るのは危険な気がする。

 恋愛ゲームは傍観者としてプレイするから楽しいんだな、と改めて思った。下手に主人公ヒロインになってみてごらんなさい? バッドエンドの恐怖と隣り合わせの胸キュンなんてリスク高すぎるわ!



 そして12月。

 二学期最後の期末テストもほぼ満点で1位だった私は、朋ちゃんと木之瀬くん、そして間島くんとの賭けに勝ったので、ケーキセットを奢ってもらえることになった。

 早帰りの水曜日。学校帰りの寄り道は禁止だから、一度家に帰ってから駅前のカフェに再集合した。ジーンズにタートルネックの黒いニット。ダッフルコートにマフラーを巻いただけの私と違い、朋ちゃんも絵里ちゃんも可愛いワンピース姿だった。好きな男の子とのお出かけだもん、そりゃ気合も入るよね。


 「私、関係ないのに一緒に来ても良かったのかな?」


 奥まった席に腰を落ち着けた後、絵里ちゃんは居心地悪そうに身を竦め、私と間島くんを見比べてきた。


 「なんで? 全然いいよ。っていうか、絵里ちゃん抜きで間島くんとここに来る方がありえない」

 「俺もそう思う」


 中学になって更に大人びた間島くんが、眼鏡越しに絵里ちゃんを優しく見つめる。


 「えへへ。良かった」


 絵里ちゃんはホッとしたようにふにゃりと笑った。か、可愛いなあ。

 そんな絵里ちゃんも、一時期女子の妬み攻撃にあってたらしい。

 間島くんって、独特の雰囲気のある子なんだよね。明るくカラッとしたスポーツ少年の木之瀬くんとはまた違ったタイプの素敵男子だから、人気があるのも頷けるんだけど。

 木之瀬くんと違うのは、自ら火種を消しに動いたところ。

 どうやって女の子達に釘を刺したのかは分からないけど、今ではすっかり公認カップルになっちゃってる。その話を聞いて、彼だけは敵に回したくないなあと真っ先に思った私です。


 「さあて。好きなものを頼んでいいんですよね? 御三方」


 私がにんまりすると、木之瀬くんも間島くんも不本意そうに頷いた。朋ちゃんだけがニコニコと「今回は自信あったのになあ」なんて言ってる。


 「じゃあね~。アップルパイと、フォンダンショコラと、キャラメルプリンと」

 「そ、そんなに食うの、ましろ」


 木之瀬くんが引いているのを見て、私は重々しく頷いた。


 「この日の為に、3日前からカロリー計算してダイエットしてたもん。朝ご飯もお弁当もセーブしたし、たーくさん食べちゃうもんね!」

 「どんだけ用意周到なんだよ!」


 テーブルに突っ伏した木之瀬くんの頭を、朋ちゃんがよしよしと撫でている。

 ほらね。

 こんなに甘い彼らを前にして、ぼっちの私に出来ることなんて食べることくらいですよ。お代わり持ってこーい!


 

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