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音楽で乙女は救えない  作者: ナツ
第二章 中学生編
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スチル25.アドバイス(紅・中学生)

 学校行事が目白押しな10月。

 体育祭では相変わらず、木之瀬くんと三原くんが活躍していた。三原くんっていうとすごく違和感あるなあ。たっくん、という小さい頃の呼び名が抜けない。直接呼んだことはないのにね。

 意外なところでは、銀髪ピアスホールの田崎くん。私が知らなかっただけで、バスケ部の彼はかなり人気があるみたい。勉強はかなりアレだけど、スポーツ出来る子って女子に好かれやすいんだ。

 男子のリレーや棒倒しなんて、黄色い声援が飛び交いまくってて、私はしみじみ女子中学生のパワーに感心してしまった。

 

 松田先生は二人三脚に出てて、養護の若い女の先生と一緒に走っていた。

 羨ましい。相手が転んだりしないように気を遣って走ってるのが分かって、またしてもキュンときた。

 そしてそんな私に、神様からのご褒美イベントが!

 障害物競争で1位を取って、自分のクラスの場所に戻ろうとグラウンドの端を歩いてたら、ちょうど松田先生が向こうからやって来たんです。ジャージ姿って新鮮だなあと胸をトキめかせる私に気づいた先生は、目元を和ませ――

 なんと「頑張ったな」と肩を軽く叩いてくれたんですよ!

 その場に倒れ込まなかった自分を褒めてあげたい。


 

 木之瀬くんも三原くんも、先輩たちの間にまでファンがいるらしく、朋ちゃんは浮かない顔をしている。2年にも3年にもそれぞれアイドル的な人気を誇ってる男子がいるんだから、下の学年にまでちょっかい出してきてんじゃねえ! と咲和ちゃんは毒づいていた。朋ちゃんと同じクラスの彼女によると、実害も出てるらしい。


「この間の美術の移動教室の時なんて、すれ違いざまに朋ちゃんに肩ぶつけてきてさ。『全然似合ってない』とか『つきまとってんじゃねえよ、ブス』とか言ってきたんだよ。もう~、ムカつく~! ましろん、狂犬モードになって先輩たちをやっつけて来てよ!」


 できるか!

 狂犬モードって、何年も前の黒歴史をまだ覚えちゃってるわけ!?


 それにしても、木之瀬の野郎は何をやってるんだ。


 その話を聞いてすぐ、私は放課後6組の前でヤツを待ち伏せした。


「あれ、ましろ? どうしたんだよ」

「ちょっと顔貸して」


 腕を組んで不穏な空気を漂わせている私の周りには、結界が張られたかのように誰も近づかない。木之瀬くんも近づきたくないみたいだったけど、しぶしぶ私と一緒に歩き始めた。


 みんなが帰るのとは反対方向の階段の踊り場で、私はおもむろに口を開いた。


「朋ちゃんが女子の一部の先輩に嫌がらせされてるの、知ってる?」

「え? マジで?」


 端正な顔が、みるみるうちに曇っていく。


「……あー、ちょっと前に告られて断った先輩がいるから、その辺りの仕業かも。トモは何にも言わないから、教えてもらって助かったわ」

「そういうことをいちいち愚痴るような子じゃないからさ。仕方ないんだけど、もっとちゃんと守ってやってよ」

「ん。悪い」


 まあ、知らなかったんだし、木之瀬くんはいい人だから後は任せて大丈夫かな。


「部外者の余計なお節介かもしれないけど、2人とも大事な友達だから。上手くやって欲しいって思っちゃうんだよね。時間とらせてゴメンね」

 

 この後部活なんだろう、大きなスポーツバッグを斜め掛けした木之瀬くんに謝ると、彼は苦い笑みをこぼした。


「全然。あとさ、トモにも言っといて。もっと俺を頼れって。今、直接言うと、キツい言い方になりそうで恐い」

「了解! じゃあ、部活頑張ってね!」


 手を振って、階段を駆け下りる。

 家に帰ってから、朋ちゃんに電話してみたら、電話口で泣かれてしまった。

 『ありがとう……ましろちゃん』

 何度もそう繰り返す朋ちゃんを、ぎゅっと抱きしめてあげたくなった。

 恋する女の子は、いつでも不安なんだよね。


 

 11月に入り、次の行事である文化祭がやってきた。

 合唱コンクールでは伴奏を担当することになっている。

 7組は1年の中では纏まってる方じゃないかな。照れくさいのかちゃんと歌わない男子が多くて、玲ちゃん達がキレたり……とかはあったけど、まあ、思春期なんだしそういうもんだよね。

 文化部系の発表の場でもあるので、吹奏楽部や美術部の子たちはすごく忙しそうだった。

 うちの吹奏楽部は、コンクールにも出ないのんびり系の部活で、演奏する曲もポップスやアニソンなんかが多いらしい。放課後、開け放たれた窓から聞こえてくるトランペットの音に、私は思わず指を動かしてしまった。


 どの部活にも入ってない私は、完全傍観者の立ち位置から彼らの準備を眺めてたんだけど、いよいよ明後日が文化祭という日の放課後。突然校長室に呼び出された。


「ステージ演奏、ですか?」

「PTAの方から、部活免除の子にも日頃の成果を発表する場が与えられるべきじゃないか、という声が上がってね。今、この学校で部活免除になってるのは島尾くんだけなんだよ。ピアノは体育館にもあるわけだし、一曲披露してもらえないだろうか」


 そういうことは、もっと早く言おうよ!

 中学生が、大人しくクラシックピアノなんて聴くと思う?

 先に分かってたら、有名なジャズナンバーとかその辺りをメドレーに編曲して、生徒受けする曲を準備したのに。


 文句を言いたい気持ちをグッと抑え込み、私はとりあえず了承した。


「そうか。持ち時間は10分だ。よろしく頼むよ」


 校長先生にペコリと頭を下げ、私はとぼとぼと学校を後にした。

 

 亜由美先生に相談するにしても、時間がない。

 自転車を押して歩きながら、うーん、うーんと頭を捻る。ショパンあたりが無難かなあ。でも10分でしょ。幻想即興曲じゃ短いし、英雄ポロネーズも10分はなかったような……。すごく好きな曲だし、もうそれにしちゃおうかなあ。


 考え事に熱中していたせいで、私は隣を伴走していた黒いベンツに気づくのが遅れてしまった。


 軽く鳴らされたクラクションに驚いて、自転車を倒しそうになる。

 な、なに!?

 辺りを見回した私は、後部座席の窓を下ろして顔を覗かせた紅とばっちり目が合った。


「やっぱりお前か。どうしたんだ、その顔」


 前半部分はこっちの台詞。 

 あと、顔のことは放っといてよね!


「びっくりしたな~。紅も学校帰り?」

「ああ。自転車、パンクでもしたのか?」

「違うよ。ちょっと考え事してただけ」

「そうか」

「うん。……それだけなら、もう行っていい?」

「いや。あの、さ」


 珍しく口ごもった紅に、私は無性に苛立った。

 半分以上は八つ当たりだ。タイミングが悪いというか何というか。

 私と彼の星の巡り合せは、最悪な気がする。


「用事があるなら早く言って? こんな場所に路駐とか、他の車に迷惑だし」


 紅は短く溜息をつき、気を取り直したように口を開いた。


「この後何もないなら、うちに来ないか。何か悩み事があるなら、聞くけど?」


 迷った挙句、紅の言葉に甘えることにする。

 青鸞生の紅なら、なにかいいアイデアを持ってるかもしれない。ベーゼンドルファーの美麗な姿もぷかりと浮かぶ。


「ありがとう。とりあえず、自転車と鞄を置いてくるね」

「分かった。じゃあ、先に家まで行ってる」


 ベンツが走り去っていくのを追いかけるように、自転車にまたがりペダルを踏んだ。

 どうしてだろう、さっきまでの憂鬱な気持ちはいつの間にか消えていた。


 

 

 成田邸に来たのは、本当に久しぶり。

 小学5年のクリスマス以来じゃないだろうか。

 

 覚えてないかもしれないなと思っていたのに、田宮さんは私の顔を見るなり嬉しそうに頬をゆるめた。


「これはこれは、島尾様。お久しぶりで御座います」

「ご無沙汰してます、田宮さん。またお邪魔しちゃいました」

「島尾様ならいつでも大歓迎ですとも。奥様にも旦那様にも、そのように申し付けられておりますし」


 田宮さんは目元の皺を深くしてにっこり笑ってくれた。


「何より私がお会い出来ると嬉しいので」

「やだ~! そんなに褒めても何も出ないですよう~!」


 ダンディーな執事さんにそんなこと言われたら照れてしまうではないですか。

 頬を染めてもじもじした私を、紅は物凄く冷たい目で一瞥した。

 ふ、ふん。

 ちょっとくらい、はしゃいでもいいじゃんか。


 二階の音楽室に入ってすぐ、私はグランドピアノに駆け寄った。

 相変わらず、艶めいてて綺麗な子だな。


「ちょこっとだけ弾かせて! ダメ?」

「言うと思った。……それより先に話してくれないかな。何に悩んでたのか」


 あ、そうだった。

 つい目の前のベーゼンドルファーに気を取られちゃった。

 私はダメ元で文化祭のステージの話を打ち明けてみた。


「何かいいアイデアない?」

「よく分からないな。普通にお前の好きな曲を弾けばいいじゃないか。レパートリーがないわけじゃないんだし」


 紅は腑に落ちない、という表情で首をひねる。

 私は田宮さんの運んできてくれたカフェ・ラテのカップを両手で包み込み、説明を続けた。

 しっぽがクルンと丸まった猫のラテアートが可愛いくて、心が和む。「私が描いたんですよ」なんて言われたらどうしよう。惚れてしまう!


「天下の青鸞とうちの学校を一緒にしないでよ。普通の中学生でクラシック好きな子なんて、ほんの一握りなんだから。せっかく演奏するのに、聴いてもらえないのは悲しいじゃん」


 カップにゆっくり口をつけると、ほんのり甘く馥郁ふくいくとした香りが口一杯に広がった。


「ふうん。ましろのピアノを聴かないなんて、勿体ないことするね」

「お世辞は結構!」

「たまには素直に褒められたら?」

「今更、むり」


 軽口の応酬をしながら、思わず笑いだしてしまう。

 紅のしかめっ面が、あんまり可愛かったから。

 彼は表情を元に戻し、しょうがないな、といわんばかりの優しい眼差しで私を見つめた。

 そんな風に見られると、お腹の辺りがムズムズしてしまう。


「じゃあ、キラキラ星変奏曲のジャズアレンジは? ちょっと前にピアノ科の子が弾いているのを聴いたけど、かなり変則的で華やかにアレンジしてたよ。あれなら難易度的に物足りないってこともないし、聴き映えもするんじゃないかな」

「う~ん。いい選曲だとは思うけど、ジャズアレンジの楽譜なんて持ってないし、音源もないし。明後日までに自分でアレンジするのは無理かな」


 キラキラ星なら誰でも知ってるし、モーツアルトの変奏曲をもっと複雑にアレンジした曲なら簡単過ぎるってこともない。

 せめてあともう2日あればなあ。

 はあ、と溜息をついた私を見て、紅は眉を顰め、それから嫌そうにスマホを操作し始めた。


 


「もしもし? ――ああ。分かってくれたんだ。嬉しいな」


 打って変わって甘い低音で、電話の相手に話しかけ始めた紅に、私は虚を突かれた。

 な、なんなの、急に。

 紅の話し方で、相手が女の子だということは分かるけど。


「この間のキラキラ星の楽譜、手元にある? 家の者を向かわせるから、少しの間借りられないかな。――もちろん、埋め合わせはさせて貰うよ。……ありがとう、じゃあまた学校で」


 ポカンとしている私を尻目に、紅はあっさりと電話を切った。

 冷めた目でスマホの画面を確認し、そのままテーブルの上に置く。

 その表情で、すごく不本意な電話だったんだって分かった。

 

「ちょっと待ってろ。すぐに水沢をやらせて、楽譜を持ってきてもらうから。ピアノ、弾いてていいよ」


 言い残して、紅はソファーから立ち上がろうとする。

 私はとっさに、彼のシャツの袖をつかんでしまった。


「ん? どうした?」

「えっと……」


 自分でも何がしたいのか分からない。

 

 どうしてそこまでしてくれるの?


 口を開きかけ、思い直す。

 たとえどんな返事が返って来ても、彼の言葉を鵜呑みには出来ない。


 それなら、聞かない方がいい。

 パッと手を離し、ゆるく首を振った。


「何でもない。……紅、ありがとう」

「こんなことくらいなら、いつでも」


 紅はかすかに目を細め、それから嬉しそうに微笑んだ。

 

 ――その笑顔が、ウソじゃないって信じられたらいいのに


 胸の奥がズキリと痛んだ。




◆◆◆◆◆◆



 本日の主人公ヒロインの成果


 攻略対象:成田 紅

 イベント名:君の為に出来ること


 無事、クリア




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