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音楽で乙女は救えない  作者: ナツ
第二章 中学生編
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Now Loading その44

 紺ちゃんが目を覚ますのを待っていたら、12時近くになっていた。

 ノボル先生のレッスンは4時からだから、一度家に戻ろうと思ったんだけど紺ちゃんと紅の2人に引き留められてしまう。


 「でも、レッスンバッグとか何も持ってきてないし」

 「ちょっと早めに出て、ましろちゃんの家を回ってから行けばいいじゃない。ね?」

 「そうしろよ、ましろ」

 「う……ん」


 すっかり血色のよくなった紺ちゃんを見て、今日の補習のことをようやく思い出した。 13時30分からだから、今からダッシュで帰ればちょっとの遅刻で滑り込めるかもしれない。


 「学校の補習に行きたかったんだけどな」


 ポツリとこぼすと、紅は目を見開いた。


 「まさか、お前……」

 「赤点じゃないからね。自慢じゃないけど、中学レベルのテストで赤点とかありえないから」


 この人に見下されるのだけは我慢できません!

 むきになって言い返した私に、彼は訝しげな視線を向けた。


 「じゃあ、なんでわざわざ学校に行くわけ」

 「そ、それは」


 動機が不純すぎて、口にするのが憚られるな。

 松田さんに夏休み中一回も会えないのは寂しい。ちょっとでもいいから、顔が見たかった。

 ピアノをやってなければなあ。松田先生が副顧問をしてるバドミントン部に入って、毎日のように会えたのに。


 そこまで考えて、自分で自分にびっくりした。

 ピアノと比べるなんて、どうかしてる。

 

 知らないうちに頬が赤くなっていたらしく、紺ちゃんは華やかな笑みを浮かべた。それはそれは嬉しそうに、私と紅を見比べる。


 「もしかして、学校で好きな人と待ち合わせしてる、とか? それだと引き留めるのも悪いよね」

 「ち、ちがうよ! 好きっていうか……とにかくそんなんじゃないから!」


 紺ちゃんには敵わない。

 思ってることが全部透けて見えてるんだろうか。

 私はぶんぶんと首を振って、彼女から目を逸らした。


 ところがソファーの隣に座っていた紅に距離を詰められ、頬を両手で挟まれてしまう。強引に自分の方を向かせ、紅は私の顔を覗き込んできた。


 「ましろ。今の話は、本当?」

 「ち、ちがうって言ってるじゃない」

 「高校までは、彼氏は作らない。そう言ってたのはお前だろう? どういうつもり」


 どういうつもりか聞きたいのは、こっちだよ!


 「なに。もしかして紅ってば、私のことが好きなの?」


 ストレートに聞いてやった。

 ――馬鹿言うな。

 きっとそう言い返してくると思ったのに、紅は一瞬眉を顰めて視線を落とし、それからおもむろに私を見つめた。菫色の瞳に濃い影が落ちて、紅の表情が切なく曇る。演技だと分かってるのに、私は思わず彼に見入ってしまった。


 「そうだ、と言ったら?」


 ほら、きたよ。

 いつもの駆け引き開始ですよね。

 その手には乗らないって、何べん言ったら分かるんだろ。


 「質問に質問で返すような人の言葉は信じません!」


 むりやり彼の大きな手を引きはがし立ち上がる。

 私たちのやり取りを息を詰めて見守っていた紺ちゃんは、大きなため息をついてソファーの背にもたれ掛った。

 

 やっぱり、帰ろう。

 紅と遊んでる場合じゃない。今日を逃すと、またしばらく松田先生には会えないんだもん。


 「ごめんね、紺ちゃん。やっぱり帰る」

 「分かった、能條のながに送らせるわね」


 紺ちゃんは玄関まで見送ってくれ、「お昼に食べて」と可愛い紙製のランチボックスまで持たせてくれた。紅は何が気に入らないのか、眉間に皺を寄せた顔で紺ちゃんの隣に立っている。


 「じゃあ、また後でね。学校の正門前で待ってるから」

 「うん、補習頑張ってね。今日は本当にありがとう」


 紺ちゃんと喋った後、紅の方に向き直る。

 紅は無言で私の言葉を待ってるみたいだった。

 甘えさせてくれたこと、そして落ち着かせてくれたことには、一応お礼を言っとかないと。パニックがすっかり治まったのは、紅が何も言わずに抱きしめてくれてたおかげだもんね。彼の対女子スキルの高さに、あの時ばかりは感謝した。


 「紅」

 「なんだよ」

 「ありがと。紅がいてくれて助かった」

 「……ああ」


 紅は私の言葉に驚いたように目を丸くした。

 そっけない返事とは裏腹に、耳がほんのり赤く染まっている。

 

 うわあ。

 女慣れしてる俺様の垣間見せるギャップ狙い!?

 そこまで計算で出来ちゃうなんて、恐ろしい子。

 伊達に小さい頃から女の子をはべらせてないわ~。

 

 細かな演出に感心しつつ、バイバイ、と手を振って豪華な玄関を出る。

 背後から紺ちゃんのクスクス笑う声が聞こえてきた。



 家で紺ちゃんが持たせてくれたランチボックスを大急ぎで食べて、歯磨きを済ませ、鏡に全身を映してみる。夏の制服は半そでの白いセーラーです。透けないように裏地のついてるプリーツスカートは暑いけど、結構可愛くて気に入っている。最後に水色のタイを整えてから、玄関に向かった。本当はシャワーを浴びて、髪の毛をブローしてから行きたかったけど仕方ない。

 

 学校まで行くと、ギリギリ間に合ったみたいで、まだ先生は来ていなかった。補習対象の子が10人ちょっと。それ以外の子もチラホラいるみたい。

 

 「よ、島尾。なんでお前が来てんの?」


 教室に入った途端、同じクラスの男子に声をかけられた。長めに伸ばした銀色の髪、耳に空いたピアスホール。いかにもな恰好の田崎くんだけど、根はいい子みたいでいつもフレンドリーに話しかけてくれるんだよね。


 「勉強しにですよ、もちろん」

 「はあ!? マジかよ!」


 嘘だよ。

 って言ったら、驚くだろうなあ。


 「ほんと、ほんと」


 笑いながら答え窓際に席を取り、ガラスにおでこをくっつけるようにして下を覗いてみた。

 この教室からは、ちょうど先生たちの駐車場が見える。

 グッドタイミングで、青色の国産車が入ってきた。丸っこいフォルムが可愛い普通車が松田さんの愛車みたい。うちの父さんと同じで、物を大事にする性質なのか、車はいつもピカピカに磨かれている。


 運転席から降りてきた松田さんに、胸は大きく高鳴った。

 やっぱりこれはアレだな。

 だって、恋じゃなきゃ説明がつかない。


 昨日はお休みで夜更かししてたのか、もうお昼過ぎだというのにちょっと眠そう。あ、耳の後ろの髪に寝癖がついてる。

 ごしごしと手をグーにして瞼を擦るとか、大人なのに可愛い仕草は反則です!


 玲ちゃんが見たら「冴えねえ~!」と一刀両断されちゃうだろう、そんな素の松田さんでさえ愛しい。これが恋じゃなくて、何だというんだろう。私の自慢の花香お姉ちゃんを、ずっと好きで居続けてるという部分は、そりゃあ少しは切ないけど、だからこそ彼を「いいなあ」と思ったのかもしれない。


 両想いになりたい、とかそんな身の程知らずな野望は全くない。ファン、というのが近いのかな。毎日機嫌よく過ごしてくれたらいいな、と遠くから願うような気持で、私は先生を好きになった。

 


 「ほら、席に戻れー。さっそく始めるぞ」


 それからどれだけもしないうちに、松田先生が教室に姿を見せた。

 固まってお喋りしてた子たちも、それぞれ好きな席を選んで座っていく。


 「真白ちゃん、だよね? ここ、いいかな」

 「もちろん。美里ちゃん、だっけ」

 「うん、覚えててくれたんだ!」


 私の隣には、オレンジ色のショートヘアの女の子がやってきた。玲ちゃんと同じソフトテニス部で、木之瀬くんと同じ6組の子だったと思う。何度か玲ちゃん絡みで話したことがあった。


 「まさか真白ちゃんが来てるとは思わなかった。びっくりしちゃったよ」

 「いや~、家だとなかなか集中できなくて」

 「私も! 分からないところあったら教えてもらっていいかな?」

 「うん、あんまり頼りにならないかもだけど、私で良かったら」


 美里ちゃんはふにゃり、と笑ってくれた。

 

 先生は手早く出席を取り、お手製の数学プリントを補習対象者に配り始めた。

 すごく基礎的な問題ばかりのプリントだったけど、先生の自筆プリントなんだもん。ここはゲットしておかねばなるまいよ。


 「ん? 島尾もいるのか?」

 「はい、欲しいです」


 私が即答すると、松田さんはちょっとだけ首を傾げて「お前には物足りないと思うがなあ」と呟いた。


 「まあ、いいか。解けた奴から持って来い」


 最後の言葉を全員に向かって言い、先生は教壇に戻っていってしまう。

 私は早速、プリントを解くことにした。


 ほ、ほんとにチョロかった。

 3分経ってない……。


 横目で美里ちゃんを見ると、まだ半分くらいのところだった。田崎くんは「わっかんねえ!」とすでにお手上げ状態みたい。この空気の中で、私一人が先生のところにプリントを持っていくのハードル高いかも。

 どうしよう、と途方に暮れていると、前から視線を感じた。

 松田先生が可笑しそうに私を見ている。

 ほっぺが熱くなるのが分かった。


 ちょいちょい、と指先で手招きされたので、素直に立ち上がり先生のところまでプリントを持っていくことにした。


 「まじかよ!」

 「つか、教えろ!」


 教壇にたどり着くまで、男子たちがぶーぶー文句を言ってくる。

 

 「お前らはいいから、黙って解け」と呆れた声を上げる先生に、無言のままプリントを見せる。松田さんは、すっとプリントに視線を走らせ、手慣れた様子で丸をつけていった。

 全問正解のプリントに very good と赤ペンで書き込んだ先生は、その後少し考え、プリントの裏に新しい問題を書いてくれた。


  


 ※ a、b、c、d、eは1から9までのいずれかの自然数で、下の2つの条件 (ア)(イ)を満たしている。

  (ア)a>b>c>d>e

  (イ)(a+e)(b+c+d)=273


 この時、①a+e の値を求めよ。また②dの値を求めよ。


 

 問題を書き終え、先生はにっこり微笑んで私をもう一度見つめた。

 いたずらっ子みたいな無邪気な笑顔に、私も思わず微笑んでしまう。


 難しい問題を出して、手こずらせてやろう、っていうんですね、先生。

 でもこのくらいの問題では、困ってあげませんよ?


 

 ①273=3×7×13

  a+e=13の時、のこりの3つの和は21になる。

  よって答えは13

 ② 条件 (ア)より、aとeの差は4以上であるから、a=9、e=4になる。

  b+c+d=21より、b=8、c=7、d=6になる。

  よって答えは6


 迷わず答えを書きつけると、松田先生は眉を上げ、それから音を立てないように小さく手を叩く真似をしてくれた。それだけで嬉しくて、胸が弾む。


 「残り時間は宿題でもなんでも好きに勉強しなさい。ないとは思うが、数学で分からない問題があれば持って来い」

 「はい、先生」


 快活に返事をして足取りも軽く席に戻った。

 私を待ち構えていた美里ちゃんにこっそり「先生と何をやり取りしてたの?」と尋ねられたので、プリントの裏を見せてあげた。

 先生と私の秘密のやり取りが気になったみたい。

 もしや、美里ちゃんも松田先生ファン?


 ところが問題と答えを見るなり、美里ちゃんは「聞かなきゃ良かった」と机に突っ伏した。


 ええ~。

 ここ、お茶目な先生に萌えるところだよ!!



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