閑話⑥
★紺の厄日★
Lacrimosa dies illa,
qua resurget ex favilla
judicandus homo reus:
Huic ergo parce Deus.
pie Jesu Domine,
Dona eis requiem. Amen.
モーツァルトのレイクエム?
そう、涙の日だ。
朦朧とする意識の中、私はうっすらと目を開けた。
金色の髪をかすかに揺らし、あの男が枕元に腰掛け、まるで子守唄を歌うかのように口ずさんでいる。
天使のように澄み切った声。
あまりの皮肉に、思わず笑みが浮かんでしまう。
「気が付いた?」
コクリと頷くと、彼は私の体に手をかざした。
「すごく素敵だったよ、コン。マシロもね」
あの子に、なにを――!
飛び起きようとしたのに、体が動かない。
声も出なかった。
「ふふ。絶望だよ、コン。激しい痛みと未来への絶望が、ワタシを満たしてくれた。お礼を言わないとね」
ギリギリと睨み付ける私に、彼はわざとらしく溜息をついた。
「コンが悪いんだよ。契約を破ろうとするから。ゲンミツに約束は守らないと、この世界を保てなくなる」
ワタシだって契約の元にいるんだから、と彼は首を振った。
「あと、5年。たった5年しか遊べないなんて、残念だなあ」
彼は私の髪に優しく触れ、トビーにそっくりな碧色の瞳をまたたかせた。
「紅い王子様には君の加護がある。蒼の騎士様にも、別の加護が。さあ、どうなっちゃうかな」
くつくつ、と肩を震わせ、彼は愛しげに私を見つめる。
「そうそう、愛しい君の恋人も、ちゃーんと呼んである」
ゾクリ、と背筋を悪寒が這い上がった。
……なんて真似を。
巻き込まない約束だったのに。
あの人はもう関係ないのに!
心の中で詰ると、彼はにっこりほほ笑んだ。
「仮初の姿だよ、もちろん。同じ世界の人間と、二重契約は許されてないからね」
彼とは2度と会わないと決めていた。
こちらの世界でも、同じことだ。
「本当に、そう言える? 今の彼を見ても、本当に?」
金色の髪をサラリとかきあげ、彼はスッと消えた。
「起きたのか?」
隣の続きの間から、コウが現れる。
その後ろから、おずおずとましろちゃんも顔をのぞかせた。
なんて酷い顔色。
涙の跡も痛々しい。
あの男……。
絶対に、許さない。
私がきつく唇を噛みしめたのを見て、二人とも酷く慌て始めた。
「まだ辛いなら、横になって」
「そうだ。無理するな」
「違うの、もう平気よ」
まるで嘘みたいに全身を炙っていた痛みは消えていた。
「ごめんね、心配かけて」
でも、大丈夫。
――18になるその日まで、私も彼女も「死」からは守られている。
涙の日:対訳
涙の日、その日は
罪ある者が裁きを受けるために
灰の中からよみがえる日です
神よ、この者をお許しください。
慈悲深き主、イエスよ
彼らに安息をお与えください アーメン
オペラ対訳プロジェクトより
http://www31.atwiki.jp/oper/




