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音楽で乙女は救えない  作者: ナツ
第二章 中学生編
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Now Loading その42

 中学生になって変わったことは、沢山あった。

 亜由美先生の家まで自転車で通えるようになったし、お弁当を自分で作ってもいいという許可も出た。母さんの負担をちょっとでも減らせることが、単純に嬉しい。冷蔵庫にあるもので簡単に作るお弁当なんだけど、一人分も三人分も一緒だから、父さんと母さんの分も作ることにした。2人とも大げさなくらい喜んでくれて、何だかこそばゆかった。


 あとは、携帯かな。

 スマホの方がいいのかな、と店頭で迷ってる父さんと母さんを尻目に、さっさとガラケーに決めた。毎月の使用料とか考えたら、少しでも安い方がいいに決まってる。

 自分だけの連絡手段を持ったことで、学校の友達とまめに連絡が取れるようになった。まあ、あくまで前よりは、だけど。絵里ちゃん達とはクラスが違うのに、メールのやり取りのおかげで疎遠感は全くない。紺ちゃんとも、一日一回はメールをやり取りしてる。大概はピアノのことで「今日はどうだった?」「ここまで進んだよ」とかそんな感じ。

 

 

 7月に入ったある日、紺ちゃんからアドレスを聞いたのか、紅さまからもメールがきた。

 どんだけ俺様なメールか見てやろう! と意気揚々と開いたんだけど、すごく普通でびっくりした。直接会ってる時より礼儀正しい文章って、どうなの。


 【何かあれば、いつでも頼って欲しい】


 最後の一文をしばらく眺めて、それから手早く返信を打つ。

 携帯を持ってまだ3か月くらいだけど、結構なスピードで打てるんだよね。花香お姉ちゃんには一度「指! こわっ!!」と残像を残しそうな速さで動く親指を凝視されてしまった。


 【メール、ありがとうございます。

  優しいお言葉、痛み入ります。

  ないとは思いますが何かの折には、どうかよろしくお願いします】


 まあ、こんなもんだろう。

 ご満悦な気分で送信してみたら、速攻電話がかかってきた。


 「ましろ?」

 「……こんにちは」


 着信のところに表示された名前を見て、私は思いっきり顔を顰めた。


 「なに、今のメール」

 「何が」

 「お前は、友達にあんなメールを送るのか?」

 「ちゃんとした丁寧なメールだったでしょ」

 「どこが! 二度とメールしてくるなって意味の嫌味かと思った」

 「うん。それで合ってる」

 「合ってるのかよ!」


 しばらくギャアギャアとお互いの非常識さについて文句を言い合い、フンとばかりに通話を切る。

 切った後で、ちょっとだけ笑った。

 蒼がいなくなってから、紅さまとこんな風に言い合ったのは久しぶりだったから。

 それから、紺ちゃんの話を思い出した。


 


 『私が青鸞に入ったせいで、紅にはかなり無理をさせてるの。双子の妹ってことは周りに言ってあるんだけど、それでも紅を好きな子たちの反感は私に集まりやすいから』


 どういう意味だろうと首を傾げた私に、紺ちゃんはあのね、と言いにくそうに話し始めた。


 『今まで適当にあしらってた子たちを、順番に相手してるみたい。一緒に帰ったり、買い物に付き合ったり。学校である程度発言力のある女の子達を平等に構うことで、バランスを取ってるんだと思う』


 うわ~。大変!

 その話を聞いて真っ先に、私は紅さまに同情してしまった。

 

 『ボクメロ』でも、成田 紅は女の子皆に優しいフェミ男設定だった。あれにはそういう理由が隠されていたのかもしれない。自分を好きな女の子達が揉めないように、気を使っていたのかも。

 前に見かけた青い髪の美少女も、その取り巻きのうちの一人だったのかな。

 

 あまりにゲームが難しすぎて、彼を最後まで攻略したことのない私には、本当の理由なんて分からない。主人公を見かける度に優しく声をかけてくれる王子様みたいな成田 紅しか知らなかった。

 一方的なイメージを紅さまに押し付け恋をしたつもりになって、理想と違ったから嫌いになった。なんて勝手だったんだろう、と自分でも思う。

 かといって、紅さまを前みたいに盲目的な気持ちで好きになることはあり得ない。

 

 紅さまは自分を好きな女の子はキライなんじゃないかな。

 うわべだけの甘い言葉を自分の都合のいいように解釈する、そんな女の子を彼はとても警戒している。私に構う理由は分からないままだけど、きっと彼は私が好きになった瞬間、鮮やかに手のひらを返すに違いない。


 ――まさか、俺の言葉を本気にしたの? ボンコ

 

 嘲るような口調で、酷薄な光を宿したあの綺麗な瞳で追いつめられたら、私はきっと彼を刺す。心の奥の一番柔らかな部分を土足で踏みにじられて、泣き寝入りするほど人間出来てない。

 紅さまだって刺されたくないだろうし、私だって犯罪者になる未来なんてごめんだ。

 だから今くらいの距離が、ちょうどいいんだと思う。

 

 蒼からは、絵葉書が届くようになった。

 宛名以外、何も書いてない絵葉書。

 愛らしい少年少女のイラストのもの。綺麗な教会のステンドグラスの写真。天使が描かれた宗教画みたいな一枚。どこかに出かける度に、一枚ずつ色んな種類の絵葉書を買う蒼の姿が浮かんだ。

 私は届いたハガキを、部屋のコルクボードに一枚ずつ貼っていった。

 時々思い出したように眺めて、ドイツに想いを馳せる。

 元気にしてるかな。

 ちゃんと食べてるかな。

 ……本場のソーセージって美味しいのかな。


 


 夏休みが近づき、学校の雰囲気が浮き立ったものに変わり始めた頃、期末テストの日程が発表になった。

 保健体育と技術と美術が心配だった私は、朋ちゃんと一緒に図書館へ行くことにした。同じ中学に通ってる3年生のお姉ちゃんから、一年の時の過去問をもらった、と連絡があったのだ。日曜日の午前中、図書館まで自転車を漕いでいくと、入り口前には朋ちゃんだけじゃなくて木之瀬くんもすでに来ていた。


 「木之瀬くんも来たんだね」

 「まあね。宮野と同盟結んでるから」

 「ん? 朋ちゃんと?」


 朋ちゃんは恥ずかしそうに肩まで伸びたまっすぐな髪を耳にかけた。どちらかと言えば地味なタイプだった彼女なんだけど、中学に入ると同時に眼鏡をコンタクトに変え、髪の毛も伸ばし始めている。

 最近すごく可愛くなってきたんだよね。

 今の仕草なんて、同性の私でもドキっとしたもん。


 「ましろちゃんから1位を奪おう同盟だよ」

 「そういうこと」


 ねー、と二人で顔を見合せている。

 いつの間にこんなに仲良くなったんだろう。

 私はワクワクしながら、木之瀬くんをじーっと見つめた。


 「な、なんだよ」

 「琳の名前呼び、止めた方がいいのかなあと思って」

 「ばあか!」


 おお。ちょっと赤くなった。

 私と木之瀬くんのやり取りに、朋ちゃんはニコニコしている。

 でも、その笑顔にはちょっぴり影が落ちていた。

 胡麻化せると思ったの?

 伊達に長いこと友達やってないよ、朋ちゃん。


 「あのさ。過去問、コピーさせてくれない?」

 「え? いいけど、一緒に勉強しないの?」

 「どう見ても、私がお邪魔虫でしょう~」


 うりうり、と朋ちゃんと木之瀬くんの肩を拳でつつく。

 

 「ち、ちがうよ!! 邪魔なのは、私の方で!!」


 真っ赤になった朋ちゃんから、半ば無理やり過去問を奪い取り、図書館の一階にあるコピー機に向かうことにした。


 「木之瀬くん。そういうこと、朋ちゃんに言わせてていいの?」

 「……いや」

 「ちょっとそこで待ってて。ダッシュでコピーしてくるから」


 念の為、持ってきていた小銭入れからお金を取り出し、急いで過去問をコピーする。コピーしながら、こみ上げてくるニヤニヤを押さえることが出来なかった。

 

 朋ちゃんはいつから木之瀬くんのことが好きだったのかな。

 もし小学校の時からだとしたら、随分悲しい思いをさせてしまった。

 朋ちゃんは、賢いし、優しいし、穏やかですごくいい子なんだよね。そんな朋ちゃんを見つけた木之瀬くんを、最高にいい男だと思った。

 万が一すぐに余所に目移りして朋ちゃんを泣かせたら、思い知らせるけどね。ふふふ。


 ふはははは。

 心の中で高笑いしながら2人の元に戻ったら、何故かドン引きされた。

 

 「ましろちゃん、すごく悪い顔になってるよ」

 「俺も思った。なに、今回のテストも楽勝だなってこと?」

 「ちがいます!」


 朋ちゃんに過去問を返し、こそっと耳打ちする。


 「どうなったか、後でメールしてね。頑張ってよ、朋ちゃん」

 

 朋ちゃんは瞳を潤ませ、コクンと頷いた。

 うわっ。ホントに可愛い。

 木之瀬くんも朋ちゃんを優しい眼差しで見ている。

 うまくいくといいな~と思いながら、私は2人に手を振った。


 ――中学に入って好きな奴出来たら、協力しろよな

 

 木之瀬くんがそう言ったのは、去年の秋だったっけ。

 約束、守ったよ。


 自転車を漕ぎながら感じる夏の風は、どこまでも気持ち良かった。


 

 その日の夜に判明したんだけど、朋ちゃんは、なんと四年生の頃から木之瀬くんが好きだったみたい。

 【あ、でも、ましろちゃんと上手くいくといいなって本当に思ってたよ?】という健気過ぎるメールを見て、私はベッドに倒れ込んだ。べっちんを抱きしめ、ごろごろ転がる。

 いいなあ。

 甘酸っぱいなあ。

 木之瀬くんからは【彼女出来た。ありがと、ましろ】という短いメールが来た。万感の思いを込めて【よくやった】というねぎらいメールを返しておいた。【軍曹か!】という突っ込みメールはさらりと無視しておく。



 期末テストの結果は、五教科と音楽で満点、残りの三科目も90点越えだった。

 私から一位を奪おう同盟は、まだまだ続くみたいです。


 「くそー、次は見てろよ!」

 「俺も、参戦。二学期は絶対に抜かすから」


 悔しがる木之瀬くんに、間島くんまでが加わってる。

 昼休み、うちの教室まで押しかけてきて、私に宣戦布告をかましていったモテ男子2人に、玲ちゃんは目を丸くしていた。


 「ま、ましろ。今の、何?」

 「私から一位を奪う同盟だって」


 まじか! と周りからどよめきが起こる。

 私は玲ちゃんとクラスメイトに、ちっちっと指を振ってみせた。


 「誰かに勝とうなんて、ナンセンス! 一位が欲しいのなら、全教科100点を取ればよかろう!」

 「よっ。ましろ、かっこいい!!」


 玲ちゃんが絶妙な合いの手を入れて、みんなが一斉に笑い出す。

 島尾ってこんな奴だったんだ、と同じ班の桐谷くんはポカンとした顔をしていた。




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