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音楽で乙女は救えない  作者: ナツ
第二章 中学生編
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Now Loading その39

 制服が皺になるといけないから、ダッシュでジーンズに着替えて紅さまのところに戻った。適当にクローゼットから引っ張り出した長袖のシャツにスニーカー姿の私をじろじろ見て、紅さまは溜息をついた。


 「俺とドライブデートだっていうのに、その恰好はないんじゃない?」

 「じゃ、行かない」

 「冗談だよ、拗ねるな。ほら、乗って」


 拗ねてないよ!

 本当に面倒くさいな、この人。


 運転席の水沢さんに「お久しぶりです」と挨拶すると、にっこりと微笑んだ彼に「またお会い出来て嬉しいです」と返してもらえた。ああ、その大人の余裕が眩しい。誰かさんと違って、話しててホッとできるんだよね。

 ハンと鼻を鳴らした紅さまには、私の考え全てが透けて見えてるんじゃないかとちょっと怖くなった。



 紅さまの指示に従って、水沢さんは目的地もなくゆったりと車を走らせる。

 自分が誘った癖に、紅さまはなかなか口を開こうとしなかった。


 「蒼を傷つけたこと、怒ってるんだよね。ゴメン」

 

 ここは年上の私が折れておくか、と口火を切ると、紅さまはいや、と首を振った。


 「蒼から一通りの話は聞いた。紺からも。お前の取った行動には、怒ってないよ。もっと他にやり方はあったんじゃないの、とは思ったけどな」

 「うん……後から考えたら、もっと優しく諭せば良かったのかなって思う。でも、家を捨ててチェロだって止めてもいい、って言葉で、私もパニックになっちゃって」


 思い出すだけで胸が痛かったけど、私より蒼との付き合いが長い紅さまには聞く権利がある。訥々と話す私に、紅さまは黙って耳を傾けていた。


 「紺ちゃんから、ドイツに行ったって聞いたよ。それで良かったって思うけど、紅くんも寂しくなっちゃったね」


 明るく言い切った私の頭を、紅さまは乱暴に引き寄せた。

 不意打ちに、されるがままになってしまう。

 ふわり、と香る甘い匂いに思わず息が止まった。

 

 「本当に寂しいのは、お前だろ。……無理しやがって」


 そのあまりにも優しい口調に、一気に涙がこみ上げてきた。

 寂しい。会いたい。ずっと笑ってて欲しかった。

 蒼には言えなかった言葉が、次々と生まれてくる。

 だめだ、泣くな。


 「っく」

 「泣きたいなら、泣けばいい」


 甘く切なげな声が耳の傍で聞こえる。

 

 ――慰めてくれるヤツになら、誰だって縋り付く軽い女。

 陰で笑う紅さまの声が聞こえてくる気がした。

 どっちが本当? 私には分からない。


 自分の膝に爪を立てて、きつく掴む。


 「お願いだから私で遊ぶのは、もう止めて」


 必死に涙を堪え、体をよじって紅さまの腕を振り払うと、彼はたじろいだように身を引いた。

 目の前にいる紅さまと『ボクメロ』の紅さまが、ごちゃ混ぜになって頭の中をぐるぐる回る。


 「……そんなに俺が嫌なのか」

 「どこまでが演技で、どこまでが本当かなんて考えるの、面倒なんだよ。紅くんはそういう駆け引きが好きなんだし、それに付き合ってくれる子と遊べばいいと思う」

 「ましろ」

 「蒼はもういないんだよ? 私に構うメリットは何?」


 まっすぐに紅さまを見つめた拍子に、ボタボタととうとう涙が零れてしまった。ぐい、とシャツの袖で拭って、うすい涙の膜越しに驚いている紅さまを見据える。


 「心配することさえ、許さないってわけ」


 紅さまは、小さく呟いた。

 苦しげなその声に、わけがわからなくなる。

 どうしてそんなに傷ついた顔をするの。

 それさえもゲームのうちなんだとしたら、私はいつかあなたを憎むようになる。


 「友達だと本当に思ってくれてるなら、今はそっとしといて」


 ようやくそれだけを言えた。

 紅さまは、しばらく唇を噛みしめていたけど「分かった」と言ってくれた。


 「水沢。こいつの家に向かってくれ」

 「かしこまりました」


 会話は全部聞こえていたはずなのに、何事もなかったかのように穏やかな声で返事をする水沢さんにまた泣きたくなった。どうして私は、いちいち感情が揺れちゃうんだろう。どうしてもっと、大人な対応が出来ないんだろう。

 紅さまの気まぐれなんて、今日に限ったことじゃないのに、過剰反応してしまった自分が恥ずかしくて堪らない。


 「紅くん。――ごめん。ごめんね」

 「もういい。お前を追いつめるつもりはなかった。……悪い」


 13歳の紅さまに気遣われ謝られ、私はその辺に穴を掘って自分を埋めたくなった。

 どうしてか分からないけど今の言葉だけは、紅さまの正直な気持ちなんだと思えたから余計に苦しい。情緒不安定過ぎる私は、本当に思春期なのかもしれない。

 


 家に帰って、まっすぐに二階に上がる。

 心を空っぽにして、新しい教科書を整理しようと机の前に立った。


 机の上には、一通のエアメールが置かれていた。母さんがポストから取ってきてくれたんだろう。

 

 しばらく触れなくて、じっと表書きを見つめる。

 ドイツ……。蒼からだよね。

 

 思い切って封を切ると、そこには『立体の蛙』の折り紙が入っていた。

 一瞬ポカンとしてしまった。

 私を責める内容か、さよならを改めて告げる内容の手紙が入ってると思っていた。

 最後に見た蒼の冷たい瞳を思い出し、釈然としない気持ちで封筒の中を覗いてみる。

 ……これだけだ。

 他には何もなく、ただ折り紙だけが入っていた。


 うちに最後に来た時に、挑戦していたヤツだよね。とうとう折れるようになったんだ。結構難しいのに、頑張ったんだなあと感慨深く思いながら手に取った。丁寧な折り目が、蒼らしい。


 なんで、わざわざ折り紙? しかもカエルって。


 そうか。

 ――帰る、か。


 ドイツに行かなきゃならない事をどこかで覚悟して、この折り紙を練習してたの? 蒼。

 ――『ましろのところに、きっと帰るから』

 今にも蒼の柔らかな声が聞こえてきそうな綺麗な折り紙に、私はただ首を振った。なんで、許しちゃうの。あんなに酷い言葉で傷つけた私を、どうして。


 もうダメだ。

 どいつもこいつも、私を泣かそうと全力か。

 フラグかどうかなんて、もうどうでもいい。


 「くそー。紅も蒼も、反則でしょうが!」


 ばかー! と叫びながら私は泣いた。

 中学生活初日。ボロボロのスタートでした。





 どんなに悲しかろうが切なかろうが、時間は容赦なく過ぎていく。

 それが救いになることもあれば、絶望になることもある。

 私にとっては、前者だった。

 

 めそめそしてる場合か! と自分を叱咤する。

 中二のコンクールは10月。

 それまでに私は、自分のピアノの音を磨き上げなければならない。



 「あれ、真白は部活に入んないの?」


 GW明け、玲ちゃんに不思議そうに聞かれた。

 うちの学校は、部活動は必須なんだよね。必ずどれかに所属しなきゃいけない。玲ちゃんは北小の仲良しさんたちとソフトテニス部に入る、と張り切っていた。

 絵里ちゃん達も、みんなもうどの部活に入るか決めてるらしい。

 木之瀬くんと平戸くんはサッカー部に入るんだって。

 

 「真白もどう? 見学行ったけど、テニス楽しそうだったよ~」


 日焼けするのが怖いけどね、と笑う玲ちゃんに私は事情を説明した。


 「私は部活免除なんだ。ピアノやってて、そっちのスケジュールがきついから」


 亜由美先生の口添えもあって、学校の許可も下りてる。

 コンクール出場予定、というのがポイントだったみたいだから、ますますプレッシャーがかかってるんだけどね。


 「真白、ピアノやってるの?」

 「うん。実は、結構真剣に」


 玲ちゃんとはすっかり仲良くなっていたから、本当のことを打ち明けた。ピアニストなんて無理でしょ、とからかったりせず、彼女は真面目な顔で聞いてくれた。


 「そっかー。だからいっつも放課後、すぐに帰っちゃうんだね? メールの返信も遅いし、私のこと本当は迷惑だったりして……ってちょっと心配だったんだ」

 「違うよ!! それだけはない!!」


 慌てて手を振る私を見て、玲ちゃんはうん、と頷いてくれた。


 「今の話で納得した。応援する! 頑張れ、真白」

 「うん、頑張る!」


 玲ちゃんもテニス頑張ってね、と続けると、嬉しそうに親指を突き出してくる。そっとそこに私も親指を当てた。


 「とーもーだーちー」


 通りかかった男子が、私たちを見てそんなことを言うもんだから、顔を見合わせて大笑いした。

 人差し指でやり直しましたよ、もちろん。


 


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