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音楽で乙女は救えない  作者: ナツ
第二章 中学生編
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スチル21.入学式(紅・中学生)

 中学の制服は、紺色のセーラーだった。えんじ色のタイを前で結んで、髪は手早く編み込む。

 後ろに下がり鏡に全身を映して、真新しいスクールバッグを片手に下げてみた。

 うん、なかなか可愛いじゃん。

 リップを塗って、日焼け止め塗って、ハンドクリームを塗って。

 気づけば洗面台を占領しちゃってたみたいで、ふと顔を上げると鏡の端に父さんが映ってた。


「ひっ! ご、ごめん。歯磨き?」

「ううん。真白も中学生になっちゃったんだなあ、と思って」

 

 どういう意味、と首を傾げたら、「花ちゃんもそうやって毎日制服姿をチェックしてたから」との答えが返ってきた。「思春期かあ」と眉尻を下げた父さんに、慌てて手を振る。


「違う、違う! 色気づいてるわけじゃなくて、私、式で新入生代表の挨拶するの」


 そのための身だしなみだと説明すると、父さんは余計にヒートアップした。


「代表の挨拶!? そ、そんなの早く言ってくれよ、ましろ~。もっと早く分かってたら、有給取ったのに!」


 それが嫌だから黙ってた、とは言いにくい。

 両親揃ってやってきて、皆の前できゃあきゃあ騒がれると恥ずかしいんだよね。

 ――あれ、これ思春期じゃね?


「ごめんね、父さん」


 反抗期、という言葉が脳裏をよぎって怖くなった。やめてー。

 

 後から行く、という母さんに一声かけて、外に出た。

 ちょうどいいタイミングで絵里ちゃんもやって来る。

 小学生までは徒歩通学だったんだけど、中学からは自転車通学オッケーなんだよね。学校自体は同じくらいの距離にあるのに、中学生の方が楽できるシステムです。



「おはよー、ましろ」

「おはよう」


 中学生になったんだから、と言って、絵里ちゃんは『ましろん』呼びを卒業することにしたみたい。


「間島くんって大人っぽいじゃない? だから私も、ましろみたいなお姉さんキャラになりたいなあって」

「お、お姉さんキャラ」

「うん。だから、私が子供っぽいこと言ってたら、『そこは違うよ』って突っこんでね!」


 今、まさしく『違うよ』な感じがします。


 

 私の通う公立中学校は、多田小学校と多田北小学校の二つが合わさる形で構成されてる。

 新入生は、全部で250人くらい。

 私と絵里ちゃんは、真っ先にクラス分けの掲示板を見に行った。

 1年1組から8組まであって、かなりの人だかりが出来ている。


「おっはよ、ましろ! 7組だって!」


 先に来ていた木之瀬くんが人ごみから抜け出してきて、早速教えてくれた。

 

「おはよう。クラス表、見てくれたんだ、ありがとね」

「木之瀬くん、おはよー。ねえ、私は?」

「戸田は、3組。間島も一緒だった」

「やったー! 木之瀬くん、ありがとうっ!」


 感激した絵里ちゃんは、木之瀬くんの手を掴んでぶんぶん振っている。

 学ラン姿の木之瀬くんは、小学生時代より更に大人びてイケメン度合いが増してるもんだから、他の女子の目がピカンと光った。これマズイんじゃ。

 絵里ちゃんの背中をつついて教えてあげると、ハッと我に返ったみたいで慌てて手を放してる。


「ごめん、つい嬉しくて」

「俺はいいけど、間島に睨まれんのは困るかも」

「も、もう~!」


 ほっぺを真っ赤に染めた絵里ちゃんは、本当に可愛い。

 思わずこっちまでニコニコしてしまう。

 

「今日は機嫌いいんだな、ましろ。新入生代表挨拶、頑張れよ!」

「あ、そのことで琳に文句言いたかったんだよね」

「俺は6組。隣のクラスだから、困ったことがあれば言ってこいよな」

「今、言いたいんだけど」

「あ、平戸だ。じゃあな!」


 くそう。逃げたな。


 本当はクマジャー先生に挨拶を頼まれたのは、木之瀬くんの方だった。

 児童会の役員とか色々やってた木之瀬くんにその話がきたのは分かるんだけど、そこで彼はなんと私に話を振ったらしいのだ。


 『島尾がこの学校で一番の才媛だからってな。確かに、そうだ。島尾、頼むな!』


 ガハハハと豪快に笑うクマジャー先生に頼まれたら、嫌って言えないよ。

 しかも、卒業式で男泣きに泣いてた先生を見た後じゃ、とてもじゃないけど無理。

 多田小と北小で交互に持ち回りする新入生挨拶。

 そんなわけで、私がやることになった。

 


 全校生徒と新入生の保護者が列席する中、厳粛に式は進んでいく。

 入場する時、並んだ三年生の男子生徒を横目で見て、私は正直驚いた。

 みんな、で、でかい……。

 180センチ近い子までいる。女子生徒も、三年生は一味違った。子供らしさが抜けて女性っぽいというか何というか。

 

 前世の私から見れば、それでも3つも年下のはずなのに、何故か気圧された。

 内心首を傾げながら、暗記してきた挨拶を読み上げる。


「7組の、島尾真白だって」

「賢いのかな」

「分かんない。でも結構可愛いよね」


 多田小の子たちは、私の変人ぶりを知ってるので無言のままだ。ひそひそ喋ってるのは北小の子なんだってすぐに分かる。

 わりと好意的に受け入れてもらえそうで、ちょっとホッとした。


 式が終わった後、そのまま体育館に一年生だけ残された。

 そのまま、一年生の学年主任。クラス担任。教科担任の順に紹介される。


「数学担当の松田 友衣です。よろしく」


 あ、本当に松田さんがいる!

 

 びっくりして思わず凝視してしまった私に気づいたのか、松田さんの方もチラとこっちを見た気がした。

 長めだった黒髪は、さっぱりと短くなってる。

 ひんやりした硬質な雰囲気は、ここが学校だからかな? 

 もっと柔らかな感じの印象があったのは、花香お姉ちゃんや三井さんが一緒だったからかもしれない。


 それから私は教室に行っても帰る間も、ずっと松田さんのことばかり考えていた。

 

 あの人のこと、すごく気になる。

 それが何故なのか分からなくて、もやもやする。



 7組の担任は、沢島さわじま先生。社会担当の女の先生だった。

 しゃきしゃきしてて、さっぱりした雰囲気に好感を持った。

 同じ多田小の子がクラスの半分を占めているというのに、仲のいい子は誰もいなかった。でも普通に挨拶出来る子はちらほらいるから、まあ大丈夫かな。どうかな。


「島尾さん、すごいね、新入生代表挨拶って!」


 新しい教科書をいっぱいに詰め込んだバッグを抱え、よろよろと教室から出ようとしたところで、一人の女の子に声を掛けられた。

 あ。この子って、私の後ろの席の子だ。自己紹介で「趣味は時代小説を読むことです」って言ってたから強烈に印象に残ってる。


「確か、杉下さん、だよね?」

「うん。レイでいいよ。私も真白って呼び捨てにしてもいい?」


 元々社交的なのか、にこにこ笑いながら話しかけてくる。

 紫の綺麗なセミロングを片側でまとめた、大人っぽい女の子だった。


「うん、みんなそう呼んでるし。仲良い子達とクラス別れちゃったから、ちょっと不安だったんだ」


 声をかけてくれてありがとう、と言うと、杉下さんは茶目っ気たっぷりに肩をすくめた。


「一緒、一緒。んで、クラスで誰かいないかな~って探してたら、真白を発見したってわけ」


 気持ちいいくらいまっすぐな言い方をする杉下さんに、私はすぐに好意を持った。

 しばらく他愛もないお喋りをしてたら、先生に教室を追い出されてしまった。

 母さんはもう先に帰ったみたい。絵里ちゃんは、間島くんと一緒に帰ると言ってたので、自転車置き場まで杉下さんと一緒に行って、そこで手を振った。


「じゃあ、明日からよろしくね、真白!」

「バイバイ、玲ちゃん!」

 

 呼び捨てでいいって言われたのに、恥ずかしくて呼べなかった私を見て、玲ちゃんは笑ってくれた。

 中学生活一日目。

 なかなかいいスタートを切れた気がする。


 鼻歌を歌いながら、自転車を漕いで家路についた。

 もうすぐ自宅、というところで、黒のベンツに気が付く。

 家の前に横付けにされてるあの車は――


 

「帰ってきたか」


 小学生の時とはデザインが違うブレザー姿の紅さまが、後部座席から降りてきた。


「紅くん……」


 もう紅くんにも会えない、と紺ちゃんに言伝を頼んだのは、一月の半ば。

 だからこうして彼を見るのは、3か月ぶりってことになる。

 制服が変わったからなのか、ちょっと会わないうちにまた背が伸びてるからなのか。

 

 紅さまは、私が昔一目惚れしたファンブックの成田 紅にすごくよく似てきた。

 その事実に、胸が苦しくなる。

 あんなに好きで好きで、音楽を一生懸命勉強した昔の自分のことだけは、何故か忘れていないからだ。その記憶だけは、はっきりと私の胸の奥に刻まれている。


「会えないって、紺ちゃんから聞いたでしょ」


 それだけ言って、玄関に駆け込もうとする私の腕を、紅さまは素早く掴んだ。


「納得できない。ちゃんとした理由を言えよ」

「それは――」


 蒼にあんな仕打ちをしておいて、彼の親友である紅さまに合わせる顔がないと思ったのと、会ったら蒼が嫌がると思ったからだ。

 

 それに何より、蒼を思い出してしまう。

 三人で音を合わせた日のこと。

 一緒にご飯を食べに行った日のこと。

 海に行った日のこと。


 紅さまがいるところに、蒼もいた。


「ちゃんと、話すから。そしたら、納得してくれる?」

「内容次第だな」


 偉そうに言い放った紅さまに、思わず笑ってしまった。

 自分だって、蒼がいなくなって寂しい癖に。


 そう思って、ふと気が付く。

 そっか。紅さまだって、寂しいんだ。

 私まで避けたことに、もしかして傷ついたのかもしれない。


「じゃあ、家に上がる?」

「いや、突然邪魔するのは悪い。適当に流させるから、車で話さないか」

「分かった。荷物おいて、母さんに言ってくる」


 ちょっと待ってて、と言い残し、玄関に入ろうとした私の腕を、なかなか紅さまは放そうとしなかった。


「紅くん?」

「っ! ……悪い」


 いぶかしげに見上げると、パッと手を放してくれる。

 酷く混乱してるような複雑な表情を浮かべ、紅さまは自分の手を見つめていた。




◆◆◆◆◆◆


 本日の主人公ヒロインの成果


 攻略対象:成田 紅

 イベント名:待ち伏せ


 無事、クリア





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