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音楽で乙女は救えない  作者: ナツ
第一章 小学生編
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Now Loading その38

 看守二人に見張られながら、支配人さんにお礼を述べたら、明日も弾いて欲しいと頼まれた。即答で了承した後、紅さまと蒼くんかんしゅどもの間に挟まれ、ラウンジ奥のボックスシートに連行される。


「マシロ、もしかしてさっきの奴と付き合ってるの?」


 腰を下ろした途端、小さなテーブルを挟んで向かい側に座った蒼くんが、直球で尋ねてきた。ちなみに蒼くんの隣の紅さまは長い脚を組んだまま、一言も発そうとしない。余計に怖い。

 プレッシャー面接状態の私は、思い切り首を振った。


「まさか! 仲のいい友達ですよ。それに付き合う付き合わないって、私達まだ小学生なのに早くないですかね。いや、早いと思うな~」


 アハハと笑ってみたんだけど、二人はニコリともしなかった。そんなにピリピリすんなよ~とも言ってみたいが、空気を読んで黙っておく。


「ふうん。マシロには何人の『仲のいい友達』がいるのかな。あちこちで相手に気を持たせて回るのは楽しいかい?」


 ぐっさー。

 口調だけは優しげな紅さまの強烈な皮肉に、思わず膝を突きそうになった。突きそうになったんだけど、いや、待てよ、と踏みとどまる。

 蒼くんがヤキモチを妬いて木之瀬くんのことを聞いてくるのは、まだ分かる。一回告白されてるし。

 でも、紅さまは関係なくない?


 考えたことが全部顔に出てしまったのか、紅さまは憎々しげに私を睨んできた。

 あ、関係はありますよね。ボンコの癖になに調子に乗ってんだ、潰すぞ系の苛立ちを感じていらっしゃるんですよね、分かります。

 でもこれだけは言わせてもらうけど。


「気は持たせてません。私はピアノ一筋なの!」


 きっぱりと宣言してやった。これでもう何も言えまい。

 ところが、蒼は眉をひそめ「この先ずっと? マシロはピアノしかいらないの?」と深追いしてきたのだ。


「いや……とりあえず、高校までは」


 蒼の後ろにしゅんと垂れた尻尾が見えるようで、思わず私は本音を洩らしてしまった。青鸞で素敵な王子様を見つけるぜ計画が、ふと頭をよぎっちゃったんだよね。

 私だって恋したいよ! いずれは年の釣り合うまともな人と! お金持ちじゃない一般人だとなおベスト。内部進学じゃなくて特待生枠を探せばいいんだもんね。


「高校までは、か。やけにリアルな設定だね。でも……蒼にとっては良かったんじゃないの?」


 紅さまは意味深に蒼を見つめた。

 蒼は黙ったまま、軽く首を振った。


 「お前はピアノ以外ではどこか抜けてるから、もっと周りを警戒しろ」と紅さまに懇々と説教されてから、ようやく部屋に返してもらえた。

 警戒しろって言うけどね、私の最重要警戒対象は君ですよ!


 そんなことがあったせいで、二日目三日目と、私は周囲を警戒しまくりながら旅程をこなす羽目になった。

 だって、どこから湧いてでてくるか分からないんだもん。いつまで京都に滞在するのか聞けば良かった! 後から悔やんだんだけどもう遅い。

 高田くんには「ヒットマンにでも狙われてんの?」と聞かれる始末。

 木之瀬くんは、何事もなかったかのように接してくれた。ホントにいい子だ。私の挙動不審ぶりを眺め、麻子ちゃんと朋ちゃんはただ笑っていた。

 溝口くんが「島尾って変わってるな」というと、彼女たちは「何を今さら」という顔をした。うん……ご理解ありがとう。


 帰りのマイクロバスに乗り込んだ時には、心底ホッとした。

 また隣になった木之瀬くんに「今度は寝ないから」と宣言して、座席に腰を下ろす。


「ピアノ、凄かった」


 途中、こっそり木之瀬くんは褒めてくれた。私がホテルでピアノを弾いてたことは皆が知ってるわけじゃないから、周りに聞こえないようなひそひそ声で。


「私の方こそ、聴いてくれてありがとね」

「いや……あいつらも楽器やってるんだろ? 青鸞って言ってたもんな」


 あいつら、というのは紅さまと蒼くんのことだろう。私がコクリと頷くと、木之瀬くんはフッと口元を緩めた。


 「先にきっぱり振られてて良かった。あんな奴らに太刀打ちしろっていう方が無理」


 そのさばさばした口ぶりに、私は何と返していいか分からずただ曖昧に微笑んだ。

 何となくだけど、言いたいことは分かる。なんだかんだ言いながらも音楽で結ばれてる私達との間に、距離を感じてしまったんだろう。

 

「琳、ごめんね」

「謝んなって」


 中学に入って好きな奴出来たら、協力しろよな、と木之瀬くんが茶目っ気たっぷりに言ってくれたので、私はホッとしながら「任せて!」と笑った。


 

 


 六年生最大の行事が終わり、なんだか皆の気がいっぺんに抜けてしまったようだ。早送りされたかのように、あっという間に二学期が終わりを告げる。

 

 今年の成田邸でのクリスマスパーティは、参加するのを断った。

 お姉ちゃんがデートの後、家に彼氏を呼ぶというので、家族みんなでおもてなしをすることになったのだ。朝から母さんと一緒に、三段重ねのクリスマスケーキを作った。固く泡立てた生クリームでデコレートし、奮発したイチゴをふんだんに乗せる。

 あとは、チキンとコールスローのサラダ。パスタ各種にミートローフ。味見と称してつまみ食いしてたので、お昼は食べなくてもよくなった。

 そして、夕方5時を回った頃、ピンポーンと玄関のチャイムが鳴った。


 父さんが慌てて新聞を掴んでソファーに座る。素知らぬ顔で新聞をめくり始めてるんですけど……。

 今まで台所で一緒にお箸並べたりしてたのに、どうしちゃったの。母さんはそんな父さんを見て、細かく肩を震わせ笑っていた。


「今日はお邪魔してすみません。すごいご馳走ですね! 良かったらと思って持ってきたんですが、あの、飲まれます?」


 今日の三井さんは、白いシャツに黒のストレートのパンツ姿。カジュアルめのジャケットを羽織った格好だ。親受けを狙ってか、髪の毛もきちんととかしつけている。

 手に提げてきたのは、本物ビールの6本パック二つ分だった。三井さんがひょいと掲げたその袋を見て、父さんの目が分かりやすく輝き始めたので、花香お姉ちゃんも安堵したみたい。

 めずらしく強張った顔をしていたのが、ふにゃりと崩れた。


「良かったね、父さん」

「ふ、ふん。まあ、飲まんこともないな」


 ツンデレ化してる父さんを挟んで、みんなで乾杯した。もちろん私とお姉ちゃんはジュースだ。


「三井さんは入社して一年になるんですよね?」


 話を膨らまそうとして私が尋ねると、彼はうん、と目元を和ませた。


「うん。研修期間がけっこう長くって、ようやく秋から配属されたとこだけどね」


 三井さんの勤めている会社名を聞いて、父さんも母さんも感心したように頷いた。

 そこそこ名の知れた飲料メーカーで、営業部に配属されたみたい。人当たりがいい三井さんには適職な気がする。そう言うと、「そうだといいな。せっかくここまで育ててくれた親にも申し訳ないし、途中で辞めるなんて真似は出来ないから、頑張るよ」とビールを飲みながら快活に答えてくれる。

 「今時珍しいくらいまっすぐな子ねえ」と母さんが感心し、父さんも満更でもない顔をしていた。

 流石は、お姉ちゃん。見る目があったっていうことだ。


「そういえば、今日は松田さんは?」

「いや、卒業してからは、流石にそこまでベッタリじゃないよ」


 三井さんが苦笑すると、お姉ちゃんはそうだ、と大きな声を上げた。


「友衣くん、先生してるんだよ。ましろの行く中学校じゃなかったっけ?」

 

 いつの間にか下の名前で呼んでいる。今でも三人で遊んだりしてるのかな、とちょっと気になったんだけど、その後の言葉に私は目を見開いた。


「多田中学校に?」

「ああ、確かそう言ってたよ。ましろちゃん、来年はトモの教え子か~。月日が経つのって早いな」


 今時イケメンの容姿に似つかわしくない三井さんの老成した口ぶりに、私達はみんな笑い出してしまった。


「シンちゃんってば、おじさんっぽい!」


 花香お姉ちゃんがそれは嬉しそうに笑っていたので、私達はみんなほっこりしながらクリスマスの夜を楽しんだ。三井さんが帰った後、久しぶりのビールにほろ酔いになった父さんは、ソファーに横になって何度も「いい奴じゃねえか、ちくしょう」とつぶやいていた。



 


 そして、年が明け。

 このまま何事もなく私は三学期を終え、そして中学生になるんだと思っていた。

 

 そんなある日の下校途中、私は久しぶりに蒼と出くわした。


 例の歩道橋の上で、蒼は出会った日のように思い詰めた表情を浮かべ、手すりに凭れていた。

 あの頃と違うのは、手すりの位置が随分低くなってるということ。

 背が伸びて大人っぽくなった蒼は、もう泣いてはいなかった。ただ彼の横顔には濃い影が落ちていて、私の胸は嫌な予感で満たされた。

 誰かに滅多打ちにされたみたいな沈鬱な表情。バクバクと心音だけが鼓膜に響く。


 どれくらいそこに立っていただろう。

 私に気づいた蒼が、今にも泣きだしそうに瞳を歪めて「マシロ」と唇を動かした。


「久しぶり。いつドイツから戻って来たの?」


 何でもないような顔をして、隣に並ぶ。


「冬休みが20日までだったから、昨日」

「あ、じゃあ今日が始業式だったんだ」


 うん、と頷く蒼の唇は、真っ白になっている。

 始業式、ってことは昼前には学校は終わってるんじゃないの?

 今は、もう4時過ぎだ。


「……もしかして、ずっとここで待ってた?」


 聞こうか聞くまいか迷ったんだけど、私は聞いてしまった。

 だって、放っておけない。

 この気持ちがただの庇護欲だとしても、蒼と過ごしたこの4年間は私にとって特別過ぎた。

 一緒に笑って、音を合わせて。

 恋じゃないのなら、突き放さなければ、と思ったことも何度もあるのに出来なかった。

 大事だった。

 私の大事な蒼だった。


「マシロ。――俺は、マシロと離れたくない!」

 

 蒼は両手を伸ばし、ランドセルごと私をきつく抱きしめた。

 ねえ、いつのまに、こんな堅い身体になっちゃったの?

 頬が痛いよ。


「ずっとこんなとこにいるから、すっかり冷えちゃってる。うちに来て、落ち着いて話そう?」

「外がいい。今、二人きりになったら、マシロに酷いことしそうだ」

 

 歯を食いしばるように、蒼は言った。

 私は蒼を連れて学校近くの公園に引き返した。

 

 朝はあんなに天気が良かったというのに、いつのまにか重く雲が立ち込め。

 雪と呼ぶにはあまりに頼りない細かな欠片が、私達二人の周りを舞い始めていた。


 

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