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音楽で乙女は救えない  作者: ナツ
第一章 小学生編
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スチル19.修学旅行(紅&蒼)

 「本当に、すいませんでしたっ!」


 バスを降りてすぐ90度のお辞儀をした私を見て、木之瀬くんはふはっと噴き出した。


 「なに、急に」

 「まっすぐ寝ようと思ってたのに。思ってたのに~!」

 

 気がついたら、バスは京都に到着。

 そして気がついたら、木之瀬くんの肩に頭を預けて思いっきり爆睡してたんです、私。昨日振ったばっかりの男の子にしていい振る舞いじゃなくね? どんだけビッチなの。

 昼食を取ったサービスエリアまでは、うとうとしつつもまだ起きていられたんだけどね……。

 へこへこ謝る私に「じゃあ、夜ホテルでジュース奢って」と木之瀬くんは笑ってくれた。そのくらいお安い御用ですよ。班のみんなには、残念な子を見るような目で見られた。


 「島尾って、もっとツンとしたお嬢キャラかと思ってた」

 「俺も」


 高田くんと溝口くんにまで、そんなことを言われる。っていうか、ツンとしたお嬢キャラって! バリバリ庶民なのに態度だけ高飛車なんて、すごく痛々しくないか。地味にへこむわ。


 ホテルに荷物を預け、先生から注意事項を説明された後、班別行動に移る。

 もう夕方近いから、急いで回らないとね。

 私達は駆け足で、最寄りのバス停に向かった。

 かなりの本数が出ているので、そんなに待たないうちにバスはやって来た。

 教科書に載ってた通りの金閣寺を見て歓声を上げ、竜安寺の枯れ山水にしんみりする。どうやってこんなに綺麗に掃き清めてるんだろうね~と朋ちゃんと感心しながら、縁側に腰を下ろした。ひんやりとした風が気持ちいい。休日はすごい人なんだろうけど、平日だからかゆったり回れた。

 「修学旅行?」「いいわね~、楽しんで!」

 乗り合わせたバスの中で声を掛けられる。私達はニコニコしながら「ありがとうございます」とそれに答えた。

 景色は綺麗だし、建物は重厚かつ玲瓏だし、自分たちであらかじめ調べた通りに移動出来たことにも達成感がある。来て良かったなあ、と浮き立つような気持ちで、私はみんなとお寺巡りを満喫した。


 

 そして、すっかり忘れてしまってました。

 ここが『ボクメロ』の世界だってことを――。


 

 19時から宿泊ホテルのレストランで班ごとに夕食を取った。

 そのあと各自部屋で入浴を済ませて、21時半まで自由行動ということになっている。他の階にいくことは禁止されていたけど、他の部屋に集まって遊ぶのは許可されていた。3人一部屋で、15階が女子、16階が男子という分け方だ。

 レストランを出て、じゃあ解散だねと話していたら、班長の木之瀬くんがクマジャー先生に報告に行くと言い出した。それに私もついて行くことにする。一緒に先生のとこまで行って、帰りにジュースを奢ってあげればいいかな、と思ったんだよね。フロントの近くにちょうど自販機があった気がする。


 「また後でね、ましろん」

 「うん。1503室だったよね」

 「そうそう。先にお風呂入ってる。鍵かけとくから、チャイム鳴らしてー」


 おっけー、と朋ちゃんと麻子ちゃんに手を振り、木之瀬くんのところに戻る。


 「俺一人でもいいのに」

 「ジュース奢る約束したじゃん」

 「忘れてなかったか。偉い、偉い。んじゃ、一緒にロビーで飲もうぜ」

 「えー、私はお腹いっぱいだもん。部屋で飲みなよー」


 気の置けないやり取りを交わしながら、レストランのすぐ脇にあるラウンジで待機中のクマジャー先生のところへ足を向けた。簡単に報告を済ませ、班のしおりの一日目にハンコを押してもらう。


 「そうだ、島尾。ちょっといいか」


 そのまま自販機に向かおうとした私を、クマジャー先生が引き留めた。なんだろう、悪戯っぽい顔してこっちを見てる。


 「このラウンジにある、あのおっきなピアノな。20時から1時間だけなら弾いてもいいって、ホテルの支配人に許可を貰ったぞ。ただし、ホテルにはお客さんがいるから、練習曲じゃなくってちゃんとしたピアノ曲を弾くなら、って条件付きだけどな。どうする?」


 私は一瞬ポカンとして、クマジャー先生の顔を見つめた。

 グランドピアノを弾かせてもらえる? このホテルで?

 嬉しいけど、でも、そんなことしても大丈夫なのかな。


 「先生……いいんですか?」


 恐る恐る聞いてみると、クマジャー先生はポンポンと私の肩を叩いた。


 「4年の時は、島尾の頼みを聞いてやれなかったからな。今年は、先生、いろいろと根回し済みだぞ! びっくりしただろう」

 

 ブハハハと豪快に笑う先生を見てるうちに、鼻がツンと痛くなってきた。

 私にとってピアノがどんな存在かなんて、どうせ分かってもらえっこない。そんな風に思い上がっていた自分が恥ずかしい。きっと校長先生や教頭先生、他にも沢山の人に私のことを頼み込んでくれたんだろうな。

 「ありがとうございます!」と涙声でお礼を言った私を見て、クマジャー先生は顎をぽりぽり掻いている。そこまで感激されると思ってなかったのか、照れてるみたい。なにそれ、可愛いんですけど! 先生に思わずギャップ萌えを感じてしまいましたよ。

 傍で私達の会話を聞いていた木之瀬くんに「ごめん、ジュース明日でもいい?」と許可を求める。彼は「もちろん。っていうか、俺もましろのピアノ聞きたい!」と喜んでくれた。

 

 木之瀬くんにはラウンジで待っててもらって、とりあえず先生と一緒にフロントへ挨拶をしに行った。支配人さんだという50過ぎのダンディーなおじさまは、私を見てにっこりと微笑んだ。


 「島尾さんですね。実は私、あなたのピアノを一度聞いてるんですよ」


 支配人さんの言葉に、私は大きく目を見開いた。

 ええ~! いつ、どこで、どうやって!?

 思ったことが全部顔に出てたのか、先生も支配人さんもクスクス笑い始めた。

 なんでも、亜由美先生の大ファンである奥様に引っ張られて、去年の発表会をわざわざ聴きに来て下さったそうだ。そこで、私と紺ちゃんのピアノにいたく感動した、と言ってくれた。


 「あれからまた、上達されたのでしょうね。楽しみです」


 にこやかな笑みを絶やさない支配人さんに、グランドピアノのところまで案内してもらう。

 シロヤマのSXアルファは、発表会の連弾で私が使ったピアノの姉妹モデルで、中規模用のコンサートピアノ。音の立ち上がりが素直で響きが明るいのが特色なんだって。触るのは初めてだ。


 「さっそくいいですか?」


 ポーンとCの音を出して響きを確かめ、椅子の高さを調節した私に、支配人さんは「いつでもどうぞ」と鷹揚に頷いた。

 ちらほらとロビーに点在するお客さんが、ピアノの音に気付いてこちらを見てくる。木之瀬くんは、近くまで来てゴクリと息を飲んでいた。


 何を弾こうかな。

 まずは、ブラームスで指慣らしといこうか。


 間奏曲 作品118の2

 ゆったりとしたリズムに乗せて、優しい主旋律を囁くように奏でる。情熱的になり過ぎないように、遠く離れた恋人に送る手紙をイメージして鍵盤を撫でていく。右手の高音は綺麗に響かせ、左手は温かみを帯びさせるように繊細なタッチで。途中の展開部は、たっぷりと揺らす。そして最後再び現れた主題を高らかに歌い上げた。


 「素晴らしい!」


 支配人さんは思わず手を叩いてしまったみたい。

 コンサートじゃないんだから、曲と曲の間の拍手はいらないのに。

 それでもやっぱり嬉しくて、ふふと笑みがこぼれてしまう。

 木之瀬くんとクマジャー先生を見てみると、唖然とした顔でこっちを凝視していた。

 あ、あれ? ブラームスは嫌い?

 じゃあ、分かりやすくショパンはどうかな。


 エチュード Op.10―4 嬰ハ短調

 鍵盤の上を腕が舞い踊るように行き来する。ディナーミクを十分にきかせて、さざ波のような装飾音は一音一音を際立出せるように。フォルテッシモの部分は体全体を乗せて深い音を響かせる。最後の部分は思い切りよくダイナミックに。二連続の和音で締めると、いつの間にか周りに集まってきていたお客さんたちから大きな拍手が起こった。

 

 「すごいわね」「どこの子なのかしら?」「名前は?」


 囁き声が耳に入ってきて、ちょっと驚いてしまう。

 えーと。なんだか大事になってきてませんか……ね。


 このまま弾き続けていいのか分からず、縋る様な気持ちで支配人さんを見上げたんだけど、頬を紅潮させた彼は「もっと」というように身振りで促してくる。いいから弾けってことだよね。支配人さんがいいって言うならいいのかな。

 

 それにしても聴衆の反応があるって、こんなに素敵なことなんだ。

 普段の練習よりうんと、集中力が研ぎ澄まされる。

 心は凪いだ海のように静かで、私の耳の奥には音楽だけが鳴り響いた。


 ベートーベンのピアノソナタ第17番Op.31―2「テンペスト」


 このソナタを作曲した頃、ベートーベンは悪化する難聴に絶望し、自殺さえ考えていたという。「テンペスト」というのは、お弟子さんがこの曲をどう解釈すればいいか尋ねた時に、ベートーベン自身が「シェイクスピアのテンペストを読め」と言ったという逸話に由来するんだって。

 時間もあることだし、私は第一楽章から通して演奏することにした。

 切迫した緊張感に満ちた主旋律。時折姿を見せる柔らかで静かなフレーズは、絶望の中、垣間見える希望のようだ。

 怒涛の激しさを見せる第一楽章から一転して、第二楽章。ソナタの定石を踏まえて、ゆったりとした美しい導入部から、まるで子守唄みたいに温かな展開部。立って聞いていた人たちが、それぞれ近くのソファーに腰を下ろし始めた。脚を組んで、リラックスして耳を傾けてくれている。

 そして第三楽章。

 連続する16分音符が切ない主旋律を構成する。テンペストといえば、この第三楽章を思い浮かべる人が多いんじゃないかな。スタッカートは鋭く研ぎ澄まし、低音は重々しく響かせる。ト短調からイ短調、ニ短調、ハ短調、変ロ短調、変イ長調、そして再び変ロ短調、目まぐるしく転調を繰り返しながら主題が何度も提示される。美しいメロディの中に絶望とそして諦めきれない音楽への渇望を詰め込み、私は鍵盤を追った。意外なほどあっさりと終わる最後の音から指を離す。


 「流石、マシロ。ますます上手くなったね」

 「なかなか聴かせるテンペストだったじゃないか」


 大きな拍手の波の中、聞こえてくるはずのない二人の声が飛んできて、私は椅子から飛び上がった。


 「ええっ!? な、なんでここ、ここ」


 あわあわと慌てる私を可笑しそうに見つめながら、優雅に歩み寄ってくるのは、どこからどう見ても紅さまと蒼だ。なんでこんなとこにいるわけ!?


 「落ち着け。お前は、にわとりか」


 相変わらずの紅さま節にムカっときた。

 おかげでちょっと落ち着いたけどね。

 それにしても、どこにでも湧いて出てくるなあ、と痺れた頭でぼんやり考える。ピアノを弾くと寄ってくる仕様なのかな。ボクメロの正式タイトルって『僕に聞かせて君の音楽』だったっけ。攻略キャラ、ぱねえ。

 

 「島尾。お友達か?」


 クマジャー先生が助け舟を出してくれたので、私はすかさずピアノから離れ、先生の傍に避難することにした。


 「えっと。一応、そうです」

 「一応?」


 紅さまの秀麗な眉がピクリと上がる。クマジャー先生の影に隠れるように身を寄せた私を、木之瀬くんが「大丈夫?」と小声で気遣ってくれた。うう、常識的なその優しさが身に沁みるよ。


 「ま、まぶだちです。仲のいい友達です」


 紅い悪魔のあまりの恐ろしさに急いで言い直したんだけど、紅さまは冷ややかに私を見下ろしてきた。

 それから、おもむろに手を伸ばして私の腕を掴むと、有無を言わせず自分の傍に引き戻す。

 力強く引き寄せられ、思わずよろめいた私を、隣から蒼が支えてくれた。

 そんな蒼も、挑戦的な表情で木之瀬くんを見ている。

 胃が! 胃が痛いです、先生!!


 「僕たち、青鸞学院の生徒です。新しいコンサートホールのこけら落とし公演に招待されて、京都に来たところなんです。こんなところで、友人に会えるなんて驚きました」


 紅さまは私から氷の視線を外し、打って変わった優等生面でクマジャー先生に挨拶した。僕って。鳥肌立ったじゃんか。

 青鸞、の名前に先生も警戒心を緩めたのか、「そうだったのかー。青鸞にも友達がいるなんて、島尾はスゴイな! ピアノの腕前にも驚かされたけど、先生さっきからびっくりしっぱなしだぞ」なんて笑っている。

 木之瀬くんは困惑したように「え、でもましろ、怖がってないか?」と聞いてきた。


 「ましろ、ね」


 紅さまの微かな囁き声が耳を打つ。

 ドス黒いオーラが蒼からも立ち上り始めている。

 ひー、もう勘弁して。バッドエンドだけは許して。


 「そ、そんなことないよ。ここで会えると思ってなかったから、驚いただけ。えーっと。ちょっとお話してから、部屋に戻るね」

 「ん、分かった。じゃあ、明日な」

 「おやすみ、琳」


 あっさり引いてくれた木之瀬くんにホッとして、思わず言葉が口から転がり出てしまった。


 「りん、ね……」


 今度は蒼がボソリと繰り返す。


 ああ、詰んだな。


 思わず遠い目になった私の背中を紅さまがそっと促した。

 そして。

 「ましろ、あっちでゆっくり話そうな」とそれは美しく微笑んだ。


 

◆◆◆◆◆◆



 本日の主人公ヒロインの成果


 攻略対象:城山 蒼 & 成田 紅

 イベント名:君の音に誘われて


 無事、クリア




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