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音楽で乙女は救えない  作者: ナツ
第一章 小学生編
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Now Loading その37

 紺ちゃん達と海に行った次の週、今度は絵里ちゃん達と市民プールに行くことになった。木之瀬くんと平戸くんも合流して、いつもの7人で楽しく遊ぶ。

 「また来ようぜ」と木之瀬くんが誘ってくれたけど、炎天下の中、水遊びするとすごく体力使うんだよね。遊んだ日は夕方勉強してても、ついウトウト舟をこいでしまう。

 なので「ごめん、沢山やることあるから」と丁重にお断りした。絵里ちゃん達は、私の付き合いの悪さには慣れっこなので驚きもしない。みんなのそういう所、すごく好きだ。

 好意を押し付けがましく主張したりせず、相手のペースを尊重してくれる友人って貴重だよね。

 せっかくお姉ちゃんがバイト代で新調してくれた水着は、結局二回しか出番がなかった。それはホントに申し訳ないと思う。


 夏休みの終わりには、久しぶりに家族で花火大会を見に行こうか、と父さんが提案してくれたんだけど、お姉ちゃんは先に三井さんと約束済みだった。


 「ごめん!」


 すっかり拗ねた父さんを拝むお姉ちゃんを見て、私は苦笑してしまった。


 「いいじゃん。たまには3人で行こうよ」

 「ましろも、紺ちゃんと約束してるんじゃないの?」


 台所で揚げ物をしながら母さんが声を上げる。そうなのか、と更に肩を落とす父さんに、にっこり笑いかけてみる。


 「してないよ。ね、連れてってよ、父さん」

 「しょうがないなあ。ましろがそんなに言うなら、3人で行くか!」


 私の言葉に元気を取り戻した父さんを見て、母さんはクスクス笑っていた。

 父さんと母さんが機嫌よく笑ってると、すごく嬉しい。胸がほんわり温まる。

 それから、何故かちょっとだけ切なくなる。

 今はもういない誰かを惜しむような感情。名前も顔も思い出せない誰かを。

 

 


 二学期が始まり、体育祭が終わってすぐ。

 秋の遠足の代わりの修学旅行がやってきた。


 行先は、京都。

 一度は行ってみたかった日本の古都ですよ~。前世でもしかしたら行ったことあるかもしれないんだけど、全く覚えてない。

 ピアノのことがなければ、もっと楽しみだっただろうな。

 はあ、と一つため息をついて大きな旅行バッグに着替えを詰めていった。去年の年末、温泉に持っていった紙製鍵盤も忘れずに入れておく。

 亜由美先生にピアノを触れなくなることをボヤいたら「心の柔らかな時期に綺麗なものをたくさん見て、心の中の引きだしにその時味わった感情をためておくのは、ましろちゃんのピアノにとって大事なことよ」と諭されてしまったのだ。クマジャー先生の言葉はふーんって感じで聞き流した私だけど、亜由美先生の言葉は素直に胸に沁みた。……ごめんね、クマジャー先生。

 

 紅葉は、まだ色づき始めたところかな。丸山公園、高台寺に清水寺。そして、二条城、神泉苑、壬生寺。金閣寺に銀閣寺。嵐山に嵯峨野。

 見たい場所は、きりがない程沢山ある。


 班は6人編成だった。

 うちの班は、女子が私と麻子ちゃんと朋ちゃん。男子が木之瀬くんと高田くんと溝口くんの6人だ。高田くんと溝口くんは、木之瀬くんとサッカークラブが同じみたい。

 「よろしくな」と爽やかに笑ってくれた二人は、平戸くんタイプの子たちみたいで、班別学習計画を立てる時はいつも「地図の見方とか、時刻表とかマジでわっかんねー。島尾たちで決めてくれよ」と机に臥せっていた。

 頭を使うと痛くなるんだって。そのまま放置しとくと悪化の一途を辿るよ、と心の中で警告しておく。


 「寺? 興味ねー」な二人を除く4人で話し合って、一日目の班行動は金閣寺~竜安寺~仁和寺を巡る洛西コース。二日目は、銀閣寺~哲学の道~南禅寺を回る洛東コースを選んだ。最終日の午前中に、清水寺と高台寺に参拝してお土産を買う予定。


 「これでバッチリじゃない?」

 「うん。上手く組めたよね!」


 拝観料も調べたし、バスの時刻表も手に入れた。乗り換え時間なんかも全部調査済み。地図はもちろんすでに頭に入ってる。麻子ちゃんと木之瀬くんは、途中からわけが分からなくなったみたいで、ボーッと私達の摺り合わせを眺めていた。

 ようやく出来上がった完璧な計画表を眺める朋ちゃんと私を、残りの4人は拍手でねぎらってくれた。


 


 「そういえば、二日目の自由行動ってどうすんの?」


 いよいよ明日出発、という日の昼休み。

 体育館での持ち物最終検査の後、木之瀬くんにこっそり聞かれた。

 初日と最終日は、移動で時間を取られるから、自由行動があるのって二日目の班別行動の後だけなんだよね。


 「絵里ちゃんたちと一緒に回るつもり。京都駅か四条河原町をぶらぶらするって言ってたよ。木之瀬くんは?」

 「……あのさ。今日の放課後、時間もらえない?」

 「ちょっとだけならいいよ」


 言いにくそうに視線を逸らす木之瀬くんを見て、私はとりあえず頷いた。

 修学旅行前に告白する子って多いみたい。絵里ちゃんも間島くんに当たって砕けるって意気込んでたし。まずその意気込みからして切ない。上手くいけばいいのにな。

 木之瀬くんは4年の時から、それとなく私に好意をアピールしてきてた。中学生になる前に、けりをつけようと思っててもおかしくない。

 全然違う話かもしれないじゃん、と先走る自分を諌めてみる。恥ずかしいよ? 勘違いだったら。

 でも、残念なことに私の予想は当たってしまった。


 「もう知ってると思うけど、俺、ましろのことが好きだ」


 放課後、誰もいなくなった教室で、私は木之瀬くんと向かい合った。

 まだ4時過ぎなのに、もう夕日は傾いてきている。オレンジ色の光に照らされた木之瀬くんは、ひどく大人びてみえた。


 「気持ちは嬉しい。本当に。でも、私は木之瀬くんをそんな風に見たことない。だから……ごめんね」


 胸が引き絞られるように痛んだ。木之瀬くんの綺麗な目には、私の言葉と共に深い悲しみが穿うがたれていく。その傷をつけたのは私。中身と外見がちぐはぐな私だ。

 残念ながら恋愛感情じゃないけど、かなり長い時間を一緒に過ごしてきた彼には、私だって情が湧いている。去年なんて特にお世話になったし。

 でも、木之瀬くんと同等の感情を返せないのなら、ざっくり切らなきゃダメだと思った。


 「――分かってたよ」


 木之瀬くんは、前髪をくしゃりとかきあげ、苦い笑みを浮かべた。


 「ましろが俺のこと、友達以上には見てないって知ってた。でも、気持ちだけでも伝えたかったんだ。……あー、スッキリした!」


 最後の言葉は、私の為に言ってくれたんだよね。いい男だよ、木之瀬くん。

 泣きそうになるのを必死で堪え、私は何とか笑みを浮かべた。


 「友達にはなれない? 図々しい?」

 「いや、全然。むしろ、助かる」


 木之瀬くんは手を伸ばし、乱暴な手つきで私の髪を撫でた。


 「んな顔すんなって。自由行動だけど、俺も平戸と一緒に参加するから、友達としてよろしくな」

 「うん。ありがと」


 それから、途中まで一緒に帰った。

 友達なんだから、リンでいいよ、という木之瀬くんを私は初めて名前で呼んだ。

 ましろ、琳、と呼び合いながら、私達は二人の間に流れる感情を、なだらかにならす作業を繰り返した。



 そして、いよいよ修学旅行に出かける日がやってきた。

 長袖のチュニックに細身のジーンズ。歩きやすいスニーカーを合わせてカーディガンを羽織る。日中は暑いくらいかもしれないけど、夕方からはちょうどよくなるはず。


 「ましろん、おっはよー!」


 大きな荷物を抱えて家を出ると、満面の笑みを浮かべた絵里ちゃんが待っていてくれた。


 「おはよ。エリちゃん上機嫌だねー。……あ、もしかして」

 「えへへ。実は、昨日告白したんだけどー。」

 「だけど?」

 「――付き合ってもいいって!」

 「やったじゃん!!」


 きゃあきゃあ手を取り合って飛び跳ねる。

 幼馴染のエリちゃんが嬉しそうに笑ってるので、こっちまでニヤけてきてしまう。

 こんなに可愛くて素直な子を泣かしたら、ぼっこぼこにしてやるからな、間島。

 心の中で固く決意して、私は「頑張ったね」とニコニコ笑う絵里ちゃんの頭を撫でてあげた。


 集合場所についてすぐ、イツメンを集めて昨日の木之瀬くんとのやり取りについて素早く打ち明けた。変にツッコまずスルー推奨、と頼み込んでおく。

 「ましろと木之瀬くん、お似合いだと思ってたのになあ」と咲和ちゃんは残念そうだったけど、事情を聞いた皆はしっかり頷いてくれた。内緒話を終えて、マイクロバスに乗り込む。


 「ましろ、こっちだよ」


 すでに乗り込んでいた木之瀬くんが手を振ってくれる。班で固まって座ることになってるので、隣に来いってことなんだろう。私が木之瀬くんと一緒に座れば、麻子ちゃんと朋ちゃん、高田くんと溝口くんが隣同士で座れるもんね。


 「早いね~。よく眠れた?」

 「ましろは、眠そうじゃん」


 ピアノにはしばらく触れないから、昨夜は紺ちゃんのとこの離れで遅くまでピアノを弾かせて貰ったんだよね。心配した父さんが22時過ぎに迎えに来るまで、5時間くらいぶっ通しで練習してたから、その疲れが残ってるんだと思う。

 正直に打ち明けたら、木之瀬くんは目を丸くした。


 「すげえな。いいよ、寝てて」

 「んー。でも前も琳にもたれて寝てたことあったよね。今度はちゃんと起きてるように頑張る」

 「ましろは色々気にし過ぎ。俺も嫌だったらちゃんと言うから」


 優しい木之瀬くんのお言葉に甘え、私は移動のバスでは殆ど寝て過ごした。

 彼にもたれてぐっすり眠りこんだ私を見て、後ろの席の麻子ちゃん達は「……これで付き合ってないとか」「ねえ」とひそひそ話していたらしい。


 

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