スチル17.花火大会(鳶&紅)
高台にあるいかにも高級そうな料亭には、桜子さんだけではなく、なんと紅さまと亜里沙さん、そしてトビー王子までやって来た。
「え!? どうして……」
珍しく紺ちゃんが動揺している。桜子さんが合流することは知っていたけど、他のゲストのことは聞かされていなかった。
「これってイベント?」
こっそり小声で尋ねてみると、紺ちゃんは勢いよく首を振った。
「分からない。でもこんなイベント、ゲームにはなかった」
前から気になっていたんだけど、私達のボクメロ経験ってあんまり役に立ってない気がする。
とうの昔にフラグを折ったはずなのに、紅さまにも蒼くんにもかなりの頻度で遭遇してるし。
私に関してはリメイク版を未プレイだからって理由も考えられるけど、紺ちゃんまで先が読めなくなってるなんて、びっくりだ。
「もう、私達の知ってるボクメロ世界じゃないってことなのかも」
私が重ねてそう言うと、紺ちゃんは考え込むように視線を落とした。
ほぼ同時に到着した私達は、ぞろぞろと連れ立って離れの一室に移動した。
案内してくれた若い女性は、トビー王子と紅さまを交互に眺めゴクリと息を飲む。
うん、つい見ちゃうよね。分かる、分かる。
トビー王子はカーキ色のサマージャケット姿。緩めに結んだタイがよく似合っている。
紅さまなんて、麻の長襦袢に小千谷縮の長物をサラリと着こなしていた。低い位置で結んだ帯といい、軽く結わえた髪といい、絵から抜け出てきたような和服男子っぷり。
悔しいけど、胸がドキドキした。
この子は11歳。どんなに大人っぽく見えても11歳の子供。よろめかないよう、自分に言い聞かせる。
ぶつぶつ言ってる私を、紅さまは胡乱な者を見るような目つきで眺め、一歩距離を取った。
失礼な!
「4人だけだと寂しいかしら、と思ってお客様もお呼びしたのよ? 山吹さんご姉弟とは、去年のクリスマスパーティ以来かしら」
何十人も入れそうな広い離れに着いてから、千沙子さんは、彼らを呼んだ理由をそう説明した。
トビー王子との突然の再会に戸惑っている紺ちゃんが「うちうちの食事だと思っていたわ。もっと小さな部屋で良かったのに」と小声で文句を言うと、千沙子さんは「だって、この部屋が一番眺めがいいんですもの」と目を丸く見開いた。
なにいっちゃってるの、という表情だ。
お値段、そして広さより眺望を最優先なんですね……。
私と紺ちゃんは、こっそり顔を見合わせ溜息をついた。
「お招き、嬉しいですわ、おばさま。花火は大好きなんです。アユミも来られたら良かったのに」
半袖のカシュクールワンピース姿の亜里沙さんがにこやかに挨拶すると、トビー王子も如才なく千沙子さんと桜子さんに招かれたお礼を述べていた。
その後、私たちに視線をうつし、宝石のような碧眼をまたたかせながら「You look stunning! 着物、すごく似合ってるね」と大げさに褒めてくれる。
トビー王子は5月の発表会にも来ていたようで、紺ちゃんとその時の話をし始めた。
「アユミの発表会は、いつも聴きごたえがあるんだけど、今回は特に当たりだった。卒業したら、青鸞に来るって言ってたよね。あそこは、うちが運営してる学校なんだよ」
「そうなんですか? 兄から学校の話を聞いて、今から楽しみにしてるんです」
「君みたいな才能の持ち主が来てくれると、学院にも箔がつくよ」
「ご期待に添えるといいんですけど」
王子様然としたトビーさんと微笑みあう超絶美少女。
傍から見る分には垂涎ものの美しい光景なんだけど、事情を知ってるだけに『腹の探り合い』という文字が浮かんできてしまう。紺ちゃん、目が笑ってないよ……。
私はそっとその場を離れ、桜子さんに勧められるまま、部屋の奥まで進んでいった。
腰高窓からは、大きな川が一望でき、打ち上げ花火の準備をする職人さんたちまで見える。
正座に慣れていないトビー王子たちを気遣って手配したのか、畳の上には絨毯が敷かれ、大きなテーブルとイスが設えられていた。
良かった! 足の痺れは心配しなくて済みそう。
私が物珍しげに窓の外を眺めていると、後ろから紅さまがやってきた。
「こんばんは、ましろ。着物姿も意外といいね」
振り返った私に、いつもの調子で話しかけてくる。
「こんばんは、紅くん。ひとこと余計だと思うな」
「そう? 朝顔柄の帯は、叔母様の趣味かな。よく似合ってる。これは、蒼が悔しがるだろうな」
ふわり、と微笑んで彼は手を伸ばし、ほつれた髪の毛を私の耳にかけてくれた。
着物に合わせてアップに結って貰ったんだけど、まとめきれなかった細い髪の毛が落ちてきちゃったみたい。
紅さまってば、一体何を企んでいるんだろう。少し前から、私に対する態度が怪しい。
もしかして、まだあのゲームを続けてるんだろうか。俺に堕ちてこいゲーム。自分で名づけておいてなんだけど、背筋が寒くなった。
「ありがと……それにしても紅くんって、蒼くんをからかうの好きだよねえ」
あんまりいい趣味じゃないよ、と窘めてみる。
紅さまは「反応が面白いんだ。普段は何があっても自分には関係ないって顔で飄々としてる癖に、お前のこととなると人が変わったようにムキになるから」と肩をすくめた。
仲がいいからこそなんだろうけど、私をダシにしてじゃれ合うのは止めてもらいたい。
「とにかく。蒼くんにわざわざ今夜の話はしないこと。いい?」
「じゃあ、俺たちだけの秘密ってわけだね、ましろ」
紅さまは、私のすぐ脇の桟に手をつき、両腕で囲い込むようにして私の瞳を覗き込んできた。
「そういうの、ドキドキする」
吐息混じりに耳元で囁かれ、私の頬は熱くなった。
好みの声すぎて、条件反射的にトキめいてしまう。だけど、こんな強引さは好きじゃない。
「いい加減にして!」
紅さまの胸元に手をつき、思い切り押すと、あっけなく彼は離れてくれた。
「どうしたの? 頬が真っ赤だよ」
わざとらしく驚いた表情を浮かべた紅さまに「そういうのが悪趣味って言ってんの!」と注意する。
トビー王子から離れ、私たちの攻防戦を見守っていたらしい紺ちゃんが深い溜息をついた。
「紅。ましろちゃんを苛めるのは止めてって言ってるでしょ?」
「まさか。可愛がってるんだよ。そんなに怖い顔をするな」
紅さまは楽しげに微笑み、最愛の妹の艶やかな髪を撫でようとする。
紺ちゃんは首を振って紅さまの手を外し、「いつか後悔するわよ」と謎めいた台詞を投げつけた。
しばらく経つと、沢山の料理が運ばれてきた。
屋久杉の無垢の一枚板だという大きなテーブルは、あっという間に美しく盛りつけられた小鉢や平皿で一杯になった。トビー王子と桜子さんは、江戸切子のグラスに注がれた冷酒を口に運んでいる。亜里沙さんと千沙子さんは、下戸なのだそうだ。
ドーン。
突然鳴り響いた鼓膜が震えるほどの振動音に、私は飛び上がりそうな程驚いた。
一拍遅れて、ようやく花火の打ち上げが始まったのだ気がつく。
「始まったわね!」
桜子さんのはしゃいだ声につられて、開け放たれた窓の外を見てみた。
暗闇に一瞬花開いては、薄い煙を残して消えていく眩い光の造形。
次々に打ち上げられていく大きな花火に目を奪われた。
菊先、と呼ばれる日本の代表的な花火に、トビー王子と亜里沙さんは歓声を上げている。閃光がひらめくと同時に金色の火の粉が尾を引き、その先が紅や青に変化していくのだ。
気がつけば、私は箸を持ったまま陶然と花火に見入っていた。
「ボンコ。行儀が悪いよ」
「あ、ごめんなさい」
隣に座った紅さまに見咎められ、慌てて箸置きに戻す。
みんなそれぞれ歓談中で、ボンコ呼びには気づかれなかった。花火の音で聞こえないっていうのもある。
それにしても、いつまでこのあだ名って続くんだろう。呼ばれ慣れたような気もするけど、誰かに聞かれた時に由来を説明するのが嫌過ぎる。
「いい加減、その呼び方やめない?」
「そうだな」
紅さまは思案気に顎に指をやり、いいことを思いついた、というように瞳を輝かせた。
「お前が俺を呼び捨てにするなら、今後一切あだ名では呼ばないっていうのはどう?」
「却下。そのネタでまた蒼くんをからかうつもりなんでしょ」
「バレたか」
そういう勘のいいところ、ホントに好きだよ。
紅さまは唇だけを動かして私を見つめ、悪戯っぽく笑った。
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本日の主人公の成果
攻略対象:成田 紅
イベント名:花火の夜に
前作主人公の成果
攻略対象:山吹 鳶
イベント名:経過観察
クリア




