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午前中は、発表会の練習をしようと思ってたんだけど、そうもいかなくなった。
『誕生日』って聞いたのに、手ぶらで行くわけにもいかないし。蒼くんは甘いものはそんなに好きじゃないから、本当ならお菓子じゃない方がいいんだけど、色々準備してる時間がないんだよね。
迷いに迷って、チーズとバジルを混ぜて焼くアイスボックスタイプのクッキーにした。前に父さんに焼いてあげたら、「つまみになる」って喜んでくれたヤツ。
それから、エメラルドグリーンのとっておきの折り紙で小さな龍を折った。目の部分には銀色のビーズをくっつける。
5月の誕生石は『エメラルド』だし、龍には『運気上昇』って意味を込めてみました。
クッキーの袋を、紐をとおしたエメラルドグリーンドラゴン、略してEGDで留めて完成! ……長い英語ってつい略したくなるのって私だけ?
中々いいんじゃないの、と自画自賛してると、あっという間にお昼になってしまった。
母さんの作ってくれたサンドイッチを慌ててお腹に詰め込み、適当に着替えて出かけようとしたところで。
「ちょっと待ったああっ!」
お姉ちゃんに引き留められた。
「何? もう出ないといけないんだけど」
「何? じゃないよ。今日はボーイフレンドとのデートなんでしょ。そんな適当な恰好で行くなんて、お姉ちゃんは許しません!」
「えー。別にデートじゃ」
「いいから、ダッシュ!」
無理やり二階に連れて行かれ、早着替えをさせられる。
七分袖のプリントワンピースは、膝上20センチくらいの短さだった。大人っぽいデザインで可愛いと思うけど、足が出過ぎじゃないでしょうか。
「下にスパッツとか履かないでね。ましろは足が綺麗なんだし。まだ5月だから、ウエスタンブーツでちょっとカジュアルに崩して、っと」
目を見張るような手際の良さで、睫毛を上げられリップを塗られ、髪をアレンジされた。
その器用さの十分の一でいいから、料理に向ければいいのに。
「はい、完璧。めっちゃ可愛い! いってらっしゃ~い」
父さんの「なんだ、そんなにめかしこんで。え、デート!? 聞いてないぞー!!」という悲鳴を後に、私は「いってきまーす」と玄関を飛び出した。
家から5分くらいの大通りまで出ると、すでに蒼くんのとこの車が待機していた。BMWの最上位クラスのセダンですね。流石です。
「こんにちは。今日は誘ってくれてありがとう」
「いや、俺の方こそ無理言ってゴメンな」
外で待っていてくれた蒼くんにエスコートされて、後部座席に乗り込む。
運転手さんに会釈すると、軽く目礼されて車は静かに発進した。
座ると、ワンピースの裾が思ったより上にあがった。太腿が丸見えなんですけど! 裾を引っ張っている私を見て、蒼くんが照れくさそうに笑った。
「今日のマシロ、可愛いけど、目のやり場に困るかも」
「お姉ちゃんが張りきっちゃってさー。ごめん」
小振りのバッグからハンカチを取り出して膝にかける。これでいいかな。すると蒼くんは残念そうに私を見つめてきた。少年、そんなに女子の太腿が見たいのか。……見たいだろうな。もう11歳だし。
ついでに、持ってきたプレゼントの紙袋を蒼くんに差し出した。
「はい、これ。誕生日おめでとう!」
「サンキュ。っていうか、何にもいらなかったのに。やっぱ言わなきゃ良かったな」
一瞬瞳を輝かせた蒼くんだったんだけど、その後困ったように口を引き結んだ。
「大したものじゃないよ。クッキー焼いただけだし。あ、でも焼き立てだから美味しいと思う」
開けて開けて、と急かすと、蒼くんは目を大きく見開いた。
アーモンド型の綺麗な瞳に、きょとんとした私が映っている。
「……午前中は、ピアノの練習するって」
「うん。でも、蒼くんのクッキーを優先しちゃった。亜由美先生には絶対言わないでよ?」
手元のクッキーと龍の折り紙、そして私を順番に見比べて、蒼くんは泣きそうな表情になった。
「これで好きになるなとか、無理だろ」
蒼くんの小さな呟きは、私には届かなかった。
「無理だろ」の部分だけ聞こえたので、「絶対先生には言わないで!」と念を押した。
蒼くんは、ちょっとだけ笑って大事そうに紙袋を抱え込んだ。
遊園地は、かなりの人出で賑わっていた。
二年前くらいまでは、家族で時々遊びに来てたはずなんだけど、その頃とはすっかり様変わりしていた。沢山のアトラクションに目移りしてしまう。
「わ~、何からいっとく?」
「何でも。俺、こういうとこ来たことないし、マシロに任せる」
それはセレブだから? それとも……。
蒼くんの寂しげな表情から、家族で来たことないんだな、と伝わってきて胸が痛くなった。
よし、今日はこのましろお姉ちゃんがバッチリ一緒に遊んであげましょう!
「怖いの、平気? ジェットコースター系とか」
「うーん、多分」
「じゃあ、まずそっちから攻めようよ! んで、まったり系に乗って、最後は観覧車でしょ」
「了解。ましろ、めちゃくちゃ楽しそう」
「うん、こういうとこってやっぱテンション上がるもん」
蒼くんは嬉しそうに笑って「じゃあ、いこうぜ」と私の手を握った。
一回り大きなその手は、私を非常に複雑な気持ちにさせた。こっちがお姉ちゃんのつもりなのに、見た目は蒼くんの方が大きいってなんかズルイ。
細身のデニムに白いTシャツ。その上にベージュのカジュアルなジャケットを羽織った蒼くんは、行く先々で人目を引いた。
「あの子、モデルか何か?」
「連れてる子も可愛いね」
聞きましたか、みなさーんっ!
可愛いねって!! かわいいねって!! カワイイネって!!
じーんと感動を噛み締めてる私を、蒼くんが不思議そうに覗き込んだ。拍子にサラリと水色の髪が揺れて瞳にかかる。
はい、調子に乗りました。あなた、超絶にカッコ可愛いね。隣に並んでスミマセン。
どのアトラクションにも長い行列が出来ていた。
待ち時間、私と蒼くんはしりとりをして順番を待つことにした。
しりとりって言ってもただのしりとりではありませんのよ。『縛り』しりとり。今回の縛りは、ズバリ音楽です!
「じゃあ、私からね。アッフェトゥオーソ(愛情をこめて)」
「なるほど、そういう意味か。じゃあ、ソッフォカート(息をつめるように)」
「んー。トレモロ(急速的な反復)」
「ろ? ……ロンド、かな」
「どー。ドリアメンテ(悲しそうに)」
蒼くんだって、青鸞学院生。この縛りにはかなり自信があったんだけど、なかなか決着がつかない。
ヒートアップしながら言い合っているうちに、あっという間に順番が回ってきた。
ドキドキしながら安全レバーを下ろす。悲鳴を上げながら回転させられ捻られ落とされ。
元の位置に戻った時には、無性に可笑しくなって笑ってしまった。全開になったおでこに、前髪を撫でつけながら階段を降りる。蒼くんを振り返ると、彼もくすくす笑っていた。
「怖かった~、でも楽しかった!」
「思ってたより凄かったな!」
生き生きとした表情で、蒼くんは私の手をぶんぶん振り回してきた。
小学生らしい幼い仕草に、胸が暖かくなる。なんでだろう、そうやって蒼くんが笑ってると、すごくホッとしてしまう。
「マシロ、あっちのにも乗ろうぜ!」
「ようし、レッツゴー!」
笑いあいながら、私たちは次のアトラクションを目指して走り出した。
どれくらい経っただろう。
一緒にジュースを半分こして飲んだり、メリーゴーランドに乗る私を蒼くんが外から眺めて手を振ったり、嫌がる私をむりやりお化け屋敷に引っ張っていった蒼くんをポカスカ叩いたりしているうちに、すっかり夕方になってしまった。
「じゃあ、観覧車で最後だね」
「だな」
すごく大きな観覧車は、遊園地の目玉でもあるんだけど、ここに来るといつも最後は家族でこの観覧車に乗ることにしていた。楽しかった一日を振り返りながら、みんなで景色を楽しむのだ。
いつもの調子で観覧車に乗り込んだ私なんだけど、蒼くんは何故か頬を赤く染めていた。
「……どうしたの? 疲れちゃった?」
4人のりのゴンドラが、ゆっくりと上にあがっていく。みるみるうちに小さくなる遊園地の様子に見入っているうちに、ふと静寂に気がついた。
無言の蒼くんに話しかけると、彼は長い溜息をつき、外を指さした。
隣のゴンドラに視線を向けると、なんとカップルが抱き合っているではありませんか! 逆方向のゴンドラでも、ちゅっちゅちゅっちゅやっている。
こんな衆人環視で、なんてハレンチな!!
「わー、なにあれ。ひくわー」
「順番待ってる時だって、周り、カップルばっかだっただろ」
「そうだっけ?」
首を捻ると蒼くんは、もう一度深々と溜息をついた。
「だよな。マシロはそういう奴だよな」
「ん? なに?」
――ちょっとだけ、期待した
悪戯っぽくそう言って、蒼くんは私の頬に軽いキスを落とした。
「な、な、なに!?」
「イギリス式の挨拶だったっけ」
「はあ!?」
そう云えば、トビー王子がそんなこと言ってたような……。
「ここは日本です!」
真っ赤になった私が抗議すると、蒼くんは無邪気に笑って謝ってくれた。
心臓に悪い子ですよ、本当に。
順番待ちの後ろのカップル。
「……あの子たち、何言ってたの?」
「オレに聞くなよ。……なに語?」




