閑話④
★紅の困惑★
三学期が始まり、久しぶりにましろを見かけた。
俺が何か言う前に、水沢は黙って車を減速させる。
コートを掴んで車を降りた。
「ましろ!」
いつものアイツなら。
うわっ、と一瞬顔を顰め、それから困ったような笑みを浮かべる。
ところが、その日は違った。
生気のないどんよりした目でこちらを一瞥したきり、俯いてしまう。
「久しぶりだな」
「……こんにちは」
「どうしたんだよ。悪いものでも食べたのか?」
わざと煽ってみたのに、無言でましろは首を振る。
「もう、行ってもいい?」
噛み付いてくるどころか、か細い声で弱々しく許可を求めるものだから、柄にもなく心配してしまった。
「送ってく」
「……」
ぐんにゃりした彼女の腕を取り、無理やり車に押し込んだ。
ましろはされるがままだった。
しばらくの沈黙の後、彼女はようやく口を開いた。
「自己の根本的な不在についてどう思う?」
「……は?」
急になんなんだ。デカルトかよ。
俺が戸惑っていると、ましろは深々と溜息をつき「いいや。忘れて」と首を振る。
「自分って何なんだろうなって思うことは、よくある」
気づけば、そんな言葉が転がり出ていた。
ましろは顔を上げ、ようやく俺の顔を認識したような表情を浮かべた。
そして、困ったように眉を下げ「ですよね」とだけ言った。
全く意味が分からない。
お前、ボンコじゃなくて宇宙人だったのか。
★蒼の困惑★
三学期に入ってからというもの。
毎朝、ましろの手編みマフラーをこれみよがしに巻いてくる紅がウザい。
ちょっと大きめのマフラーをゆるく巻き、鼻先近くまで覆っている紅に、クラスの女子たちはきゃあきゃあ騒いでいる。
マシロに愚痴ったら、「じゃあ蒼くんにも編んであげるよ」と苦笑された。
俺のこういうところが、ましろにガキ扱いされる原因なんだろうと思う。
「やっぱ、いい。最近マシロ、なんか疲れてるみたいだし」
「そう見える?」
「ん。心配」
「……ごめんね。うまく感情がコントロール出来なくて」
はあ、とため息をつく侘びしげな横顔に、胸が痛くなった。
ちょっと痩せた気がする。
俺じゃ頼りにならないんだろうか。
「気分転換に編んでみるね」
無理して笑ってくれたマシロを、ぎゅうぎゅうに抱きしめたくなった。
そして三日後。
俺は紅と色違いのマフラーを渡された。お揃いだってすぐに分かるやつ。
……ごめん。嬉しいけど。
すっごく嬉しいけど、学校には巻いていけない。
★紅と蒼のバレンタイン★
「蒼。お前、今年も誰からも受け取らなかったんだって?」
「紅は、100個越えたってな」
「――それで? ましろには貰えたの?」
「一応。紅は?」
「ましろの母親と花香さんからは貰った」
「……なんかムカつく」




