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パーティは終始和やかに進んだ。
それとなく紺ちゃんの様子を伺っていたんだけど、さっきまでの張りつめた雰囲気はすっかり消えていた。
私の考えすぎなのかな。
でも、やっぱり気になる。
ダンスホールの奥に設置されているスタインウェイのピアノで、亜由美先生が軽快なワルツを奏で始めた。トビー王子が順番に女性陣をエスコートして踊ることになったみたい。せっかくのダンスホールだからってことなのかな。広い部屋には沢山の料理が並べられていた。その場でオムレツを作ってくれたりするコーナーまである。頼んでんみたら、仕上げにクリームソースをかけトリュフを散らしてくれた。……ツッコんだら負けという気がしてくるな。
外のモミの木ほどではないけれど、端には大きなクリスマスツリーが用意され、色とりどりの砂糖菓子で飾り立てられていた。ぶら下げられた沢山の蝋燭には、ちゃんと火が灯っている。電飾じゃないところがスゴイ。
私は紺ちゃんと一緒にテーブルを回りながら、とりあえず片っ端から美味しそうなものを食べてみることにした。
蒼くんと紅くんは長椅子にくつろぎ、何か話し込んでいる。
誰も私達のことを気にしていない。
今がチャンスだ、とばかりに私は紺ちゃんに話しかけた。
「あのさ、リメイク版での紺ちゃんのお相手ってトビー王子なんだよね。でもそれにしては、紺ちゃんの態度が変っていうか……彼のこと嫌いなの?」
「ん? そんなことないよ。さっきの挨拶にはちょっと引いたけどね」
紺ちゃんは一瞬ピクリと身じろぎしたが、何でもないようにゆったりと微笑んだ。
「大丈夫。彼は条件さえ満たせば、一応のエンドは迎えられるキャラだから」
それは、どういう意味なんだろ。
更に首を捻った私を見て、紺ちゃんは笑みを深くした。
「心配してくれてるんだよね、ありがとう。詳しいことは話せないけど、これから頑張って彼を攻略するつもりだよ。恋愛イベントは、彼が青鸞の理事長に就任してから後に起こるはずだし」
きっぱりと言い切った紺ちゃんだったけど、私の疑問は深まるばかりだった。
トビー王子のことが好きか嫌いか、には答えてもらえなかったし、どうして彼の攻略にそれほど拘るのかも分からないままだ。
何か理由があるんだ、ということだけは紺ちゃんの思い詰めた瞳から伝わってきた。
それでも明るく振る舞おうとする紺ちゃんに、私は頷くことしか出来なかった。
その後、紅さまと蒼くんと合流し、お喋りしながら食事を終えた私たちに、桜子さんが近づいてきた。
「良ければ、そろそろ皆さんの演奏を聴かせてもらえないかしら」
ちょうど4人で「もうすぐかな。ましろちゃんいけそう?」「うん、多分。あー、食べ過ぎたかも」「……ボンコ、お腹が出てるよ」「うそっ!?」「紅、からかうな。大丈夫だよ、マシロ」「……」という会話を交わしていたところだったので、私たちは顔を見合わせて頷いた。
「どっちが先に演奏する?」
私が尋ねると、紅さまが「今日はましろがゲストなんだから、お前に選ばせてあげるよ」とウィンクを飛ばしてきた。いつもの偉そうな態度とのギャップを感じさせるお茶目な仕草に、一瞬胸がトキめきそうになりましたよ。あっぶね! いい加減、前世の好みを捨て去りたい。
「じゃあ、先。紺ちゃんの演奏聞いた後だと、自信なくして弾けなくなりそうだもん」
「そこは俺の演奏、と言ってもらいたかったな。まあ、いい。蒼、楽器は運ばせといたから、準備してきたら?」
「ん、分かった」
千沙子さんと桜子さんは、田宮さんやメイドさん達に指示を出して、あっという間にホールを綺麗に片づけさせた。代わりに椅子が運び込まれ、ピアノの前に人数分並べられる。
「わくわくしてきちゃったな。ましろちゃん、今日は楽しんで演奏してね?」と亜由美先生が声を掛けてくれたけど……先生、それ逆効果です……。
ホント、こんな大事になるとは思ってなかったんですけど。
緊張し過ぎて、手に汗かいてきたよ。
心臓をバクバクさせている私に、調弦をすませた蒼くんが近づいてきた。
「あれ、ましろ。もしかして緊張してる?」
「もしかしなくても、してる! トチったらごめんね」
ピアノの前に座ったまま上目遣いで蒼くんを見上げると、彼は頬をほんのり染めた。
「マシロが弱音吐くなんて、なんか新鮮。……大丈夫。俺の音だけ追って?」
そしてそのまま私の右手を取り、なんと彼は、持ち上げた私の指先に軽く唇をつけたのだ。
「ちょ、蒼くん!?」
「いつも通りに弾けるおまじない」
にこっと邪気なく笑った蒼くんに、危うくピアノに突っ伏しそうになってしまう。
「おやおや、素敵なナイトっぷりだね」とトビー王子が口笛を鳴らすと、亜里沙さんまで「いいわね。こういうの好きだわ」と両手を合わせた。千沙子さんと桜子さんもキャアキャアはしゃいでいる。
「紅! 頑張らないと、蒼くんにましろちゃんを取られちゃうわよ!」
興奮した桜子さんが隣に座っている紅さまの肩をパシパシ叩いたので、彼は「母さん、はしゃぎ過ぎ」と苦い顔をした。
またそれが心底困った顔だったもんだから、思わず噴いてしまった。紅さまも桜子さんには頭が上がらないんだな、と思うと胸がスカっとした。普段は忘れがちだけど、彼だってまだ小学生だもんね。
ふたりのお蔭で、ガチガチだった肩の力がいい感じに抜けてくれた。
私はチェロを構えた蒼くんに目で合図し、鍵盤に指を落とした。
練習で合わせた時とは比べ物にならない程美しく、私と蒼くんの音は重なった。伸びやかなチェロの音しか、私の耳には入ってこない。
親密なおしゃべりをするみたいに、私たちは目を交わし、お互いの音を追いかけ合った。
最後の一音がふわりと空に立ち上り、淡く溶ける。
蒼くんが弓を下ろすと、みんなが一斉に拍手してくれた。
蒼くんはチェロを立て掛け、私のところまでやって来て、ピアノの椅子を引いてくれた。
「ありがと。すっごく楽しかった!」
「俺の方こそ、礼を言わなきゃな。ピアノと一緒にこんな風に弾けるなんて、思いもしなかったよ」
千沙子さんや桜子さんたちに口々に褒められながら、自分の席に戻る。
離れたところに座ってる亜由美先生の方を見ると、私を振りかえって「ハナマル」と笑顔で唇を動かしてくれた。ホッとして今更ながらに手先が震えた。
次は、紅さまと紺ちゃんの番だった。
彼らが選んだ曲は、モーツアルトのピアノとヴァイオリンのためのソナタ 第18番第一楽章。
やっぱりモーツアルトなんだ。
紅さまのお気に入りの作曲家だもんね。
艶のある華やかなヴァイオリンに、紺ちゃんの繊細で優美なピアノの音が重なる。双子ならではの息がピッタリあった演奏に、私はうっとりと聞き入った。
紅さまのヴァイオリンからは、紺ちゃんのピアノと合わせられる喜びが素直に伝わってくる。ト長調の明るいメロディと弾むようなリズム。私達の選んだ曲とは対照的な「動」の曲だった。
演奏が終わると、紅さまはヴァイオリンを顎から外し、優雅に一礼した。
私も蒼くんも、大きく手を叩いて彼らに拍手を送った。
「どちらもすごく良かったわ!」
「楽しい時間をありがとう」
このパーティの主催者である千沙子さんと桜子さんには、及第点をもらえたみたい。良かった、と胸を撫で下ろして席を立つ。
紅さまと紺ちゃんのところに行って、「いや~、やっぱ上手いね! 聞き惚れました!」と白旗を上げると、紺ちゃんは「やだ、ましろちゃん達も上手だったじゃない」と嬉しそうに私に飛びついてきた。
「ね、紅もそう思ったでしょ?」
「まあね。悪くなかったんじゃないか。……それより、蒼。どんな心境の変化だよ」
「別に。マシロのピアノが良かったんだろ」
蒼くんはそっけなく肩をすくめた。
「他人事みたいに言うな。学校でも、あれくらい本気出せよな」
「嫌だ、めんどくせえ」
紅さまの呆れ声に、蒼くんは顔を顰めている。
どうやら、普段は適当に手を抜いて演奏してるみたい。
困った子だな、と苦笑していると、桜子さんが「ねえ、紺」と声を掛けてきた。
「亜里沙さん達は、この後予定があるそうだから、お見送りしてくるわ。私と千沙子さんは席を外すけど、ましろちゃん達にはゆっくり寛いでもらって頂戴ね」
「分かったわ」
紺ちゃんは頷いて、扉付近で帰りの支度を始めているトビー王子に近づいて行った。
「今日は本当にありがとうございました。また、いつでもいらして下さいね」
「こちらこそありがとう。とても楽しめたよ」
にこやかに挨拶するトビー王子に、紺ちゃんは目の眩むような微笑を見せた。
「いつか心からそう言って貰えるように、頑張ります」
「It's up to you.……じゃあね、コン」
――それは君次第だよ
トビー王子は意味深な台詞を残して、扉の向こうに消えていった。
それから、帰るまでの時間はあっという間に過ぎ去っていった。
楽しい時間っていつも短い。
プレゼント交換では、紅さまが私の編んだマフラーに当たった。
「へえ、洒落てるね。どこのブランド?」
お気に召したらしく、手に取ってじっくり触っている。
「私が編んだの」
「……ウソだろ」
「なんでそんな嘘つかなきゃいけないのよ」
「こんなレベルのものが、子供の手作りなわけないだろ!」
「褒め方が回りくどい!」
ぎゃあぎゃあ言い合ってると、蒼くんが羨ましそうに紅さまを見た。
「俺も欲しかったな」
「あ、じゃあ替えっこしたら? 蒼くんには紺ちゃんのが当たったんでしょう?」
ちなみに、紺ちゃんのプレゼントはデンツの手袋だった。私達まだ小学生だって言ってたのにっ!! と中身を見た瞬間、倒れそうになった私ですよ。セレブの感覚、舐めてたわ。
私が当たったのは、蒼くんのプレゼント。「パッヘルベルのカノン」「ラ・カンパネラ」の2曲が入ったそのウォールナットのオルゴールも、かなり高級そうだった。音がその辺のオルゴールと全然違うんだもん。
紺ちゃんが当たったのは紅さまのプレゼントで、すごく可愛いスノードームだった。教会の周りで雪合戦をする子供たち。紺ちゃんがさかさまにするのを一緒に覗き込む。くるり。元に戻すとふわふわと雪が子供たちに降りかかった。
クリスマスっぽいし、何より値段をそれほど心配しなくて済む良いプレゼントだ。紅さまが3人の中で一番常識ある気がしてきた。
「だーめ。もしかして、紺のチョイスが気に入らないとか言わないよな? 蒼」
「これはこれで気に入ったけど、マシロのマフラーも欲しいんだ」
我儘を言う蒼くんに、紅さまはてっきり折れると思っていた。
私の手作りだと判明した今、たいして欲しくもなくなったはず。
「あげたらいいじゃん。紅くんなら、もっといいマフラー持ってるでしょ」
「……嫌だ」
珍しく怒ったように紅さまは私のマフラーを握りしめ、ふいとそっぽを向いた。
「ほらー。ましろちゃんが意地悪言うから、コウが拗ねちゃったじゃない」
面白そうに瞳をきらめかせ、紺ちゃんがからかうもんだから、私と紅さまは声を揃えて「変なこと言わないで」「おかしなこと言うな」と叫ぶ羽目になった。




