表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
音楽で乙女は救えない  作者: ナツ
第一章 小学生編
45/161

スチル14.鳶(クリスマス・小学生)

「き、君が、な、成田くん? ま、ましろの同級生だと聞いてたんだけど……」


 ごくり、と喉を鳴らして父さんは、驚きに満ちた声で尋ねた。動揺のあまり、どもりまくってる。

 分かるよ、その気持ち。こんな小学生、嫌だよね!


「真白さんのお父様ですね。初めまして、成田 紅です。ええ、もちろん真白さんと同じ年ですよ? いつもお嬢様にはよくして頂いています」


 背中がっ!

 背中がかゆい~!

 もじもじ体をくねらせて、地団駄を踏みたくなる。

 外面の良さは、もはや国宝級だな、この人。


「お母様には一度ピアノ教室でお目にかかりましたね。あ、そうだ」


 紅さまは抱えていた真紅の花束に目を落とすと、優雅な手つきでその中から一輪引き抜いた。

 あらかじめ棘を抜いて短く切ってあったらしい薔薇を、しかめっ面の私の髪に丁寧に挿し込む。その拍子に独特のダマスク香が、ふわりと薫りたって私の鼻腔をくすぐった。

 あ、やっぱりすごくいい匂い。

 思わず口元が緩んでしまう。そんな私の顔を覗き込み、紅さまは目元を和らげた。


「気に入ったみたいだね。いい香りだろう。クリムゾン・グローリーという俺の一番好きな花なんだ」

 

 ……知ってたよ。

 ファンブックに載ってた情報を見て、慌てて花屋さんまで買いに行ったことだってあるんだから。

 前世の私は、完全にトチ狂ってた。


「この花は、お母様に。少し早いですが、よいクリスマスを」


 紅さまは母さんに向かって、残りの薔薇の花束をうやうやしく差し出した。

 50本以上はある大きな花束を受け取った時の母さんの顔といったら! 頬はピンク色に染まり、瞳は少女のように輝いてる。


「まあ~、素敵! お花を頂くのなんて、何年ぶりかしら!」

「すまないね、母さん……気が回らない夫で……」


 こんなに喜ぶ母さんを見たのは久しぶりだ。

 綺麗なもの全般が好きな母さんは、花も大好きなんだよね。家計の節約の為に自分では買おうとしないけど、一輪でもいいからおこずかいで買ってあげれば良かったな。

 しょんぼり肩を落とした父さんは、後で母さんがフォローしてくれるはず。

 私は紅さまに向き直り、にっこり笑って彼を見つめた。

 母さんへの心配りへの感謝を、今はただ素直に伝えたかった。


「本当にありがとう。お迎えもだけど、お花も」

 

 おや、というように眉を上げ一瞬怯んだ紅さまだったが、すぐに元の表情に戻り「こんなことくらいなら、いつでも」と微笑み返してくる。

 立居振舞から何から、完璧な王子様がそこにはいた。


 

 家のすぐ前に横付けにされているベンツに向かい、後部座席の脇に立っていた水沢さんに頭を下げる。


「いつもありがとうございます。今日もよろしくお願いします」

「しっかり務めさせて頂きますね、ましろ様。それにしても、今日は一段とお綺麗ですね」

「え? あ、ありがとうございます」


 低めの優しい声でそんなことを言われたもんだから、気持ちがふわふわと浮き立つ。

 お世辞でも嬉しいです! 水沢さん、ありがとう!

 

「いいから、早く乗れ。寒い」


 何故か少し不機嫌そうになった紅さまは、早くも王子様の仮面を外すことにしたらしい。

 変わり身の早さも国宝級ですね。彼はさっさと車に乗り込み、それから私に手を差し伸べる。


「ほら、おいで。ドレスの裾を踏むんじゃないよ」

「分かってるよ!」


 長いドレスの裾をたくし上げ、紅さまの手に掴まってようやく体を座席に落ち着かせた。

 車内には、まだ薔薇の香りが濃く残っている。

 すんすん、と鼻を動かすと、紅さまは「犬みたいな真似はやめろ」と笑って言った。

 その時の彼の眼差しがあんまり優しげだったもんだから、犬呼ばわりされたことをうっかりスルーしてしまった私。……くそー。


 

 そして到着した成田邸。

 まず手始めに、玄関前に設えられた巨大なモミの木に度肝を抜かれた。

 テーマパークのクリスマスイルミネーションか! ってくらい大きいし、飾り付けも豪華だ。


「うわ~、すごい~」


 思わず声を上げてしまった。うっとりとモミの木を見上げる私の背中に、紅さまがそっと手を回す。


「帰りは暗くなってるだろうから、点灯されたツリーがもっと綺麗に見えると思うよ。今は中に入ろう。ましろが風邪でも引いたら大変だ」


 自然な形でエスコートされ、私は内心びくびくした。

 紅さま、だよね? 本人ですよね?


「お前、また失礼なこと考えてただろ」

「いや、ここにいるのはホントに紅くんかなって」

「……それ、どういう意味」


 眉間に皺を寄せた紅さまは、「全く、人がせっかく親切にしてやれば……」と文句を言いながらも、壊れ物を扱うような丁寧な手つきで私を中に導いてくれた。



 玄関ホールも応接間も、全てが完璧に飾り付けされていた。

 クリスマス仕様らしく、使っている色は赤と緑。あと、本物の暖炉って初めて見た。パチパチと薪のはぜる音が、否応なく気分を盛り上げてくれる。

 

「まあ、まあ! なんて可愛らしいの!!」


 挨拶もそこそこに、私は桜子さんと千沙子さんに取り巻かれた。

 興奮状態のお二人を見て、紅さまは苦笑を浮かべながら壁際のソファーに移動していってしまう。

 コートと手荷物はドアマンっぽい男性が預かってくれた。


「本日は、お招きありがとうございます。こんな素敵なドレスまで……」

「何言ってるの! 我儘を聞いてくれたことにお礼を言わなくちゃいけないのは私達の方だわ」

「本当よね。それにしても、すごくよく似合ってる! あそこで注文して正解だったわね、桜子さん」


 ……今、千沙子さん『注文』って言わなかった?

 まさか、このドレスってわざわざオーダーメイドで作らせた、とか?


 引き攣る顔に何とか笑みを浮かべてると、紺ちゃんと蒼くんが近づいてきた。


「もう、お母様たちばかり、ずるい! 私と城山くんだってましろちゃんのこと待ってたんだから、そろそろ代わって欲しいわ」

「あら、ごめんなさいね。もっとましろちゃんと話していたいけど、怒られちゃうのも嫌だし、先に行ってるわね」


 何でも、一階にあるダンスホールが今日のパーティのメイン会場なのだとか。

 ダンスホール、という言葉に耳を疑ったのはここだけの話だ。

 また後でね、と桜子さんに軽くハグされ、千沙子さんにはギュっと手を握られた。

 はい、と笑みを浮かべて答えるより他ない。異様に気に入られている気がするのは何故だろうか。


「いらっしゃい、ましろちゃん。母さんたちがテンション高くてごめんね。ここ最近、ずっと今日のことでうるさくて……」

「ううん、全然! それより、もしかして紺ちゃんのドレスと私のドレスってお揃い?」


 紺ちゃんは肩過ぎまである茶色の髪をゆるく巻いて下ろしていた。お人形さんみたいという表現じゃ追いつかないほど、綺麗で可愛い。こんな子には屈強なボディガードが必要だと思います! 

 紺ちゃんのドレスの大きなリボンは淡いシャンパンゴールド。他の部分は目の覚めるような真紅だった。

 

「そうなの。今日の余興の話を聞いて、母たちの方が張り切ってしまって。ましろちゃんは城山くんと演奏するから、水色のドレス。私は紅と演奏するから真っ赤なドレスにしましょう、って勝手に決めたのよ。でも、母様たちに任せて正解だったわ。ましろちゃん、すごくよく似合ってるもの」

「それはこっちの台詞! 紅くんが喜んじゃって大変だったんじゃない? 『流石は俺のお姫様だね。とても綺麗だよ、紺』とかさ」


 私が紅さまの物真似を披露すると、紺ちゃんは目を丸くして驚き、それから盛大に噴いた。

 蒼くんも口元を抑えて肩を震わせている。

 蒼くんは、白いタキシード姿だった。水色の髪によく映えている。くらくらするほど、美少年っぷりが上がっていた。


「でも、ほんとに綺麗だよ、マシロ」


 俺がエスコートしたかったな、と蒼くんは眩しそうに私を見つめた。


「蒼くんもとってもカッコいいよ! 似合ってる!」

「ほんと? マシロに言われるとすげー嬉しい」


 三人で談笑しているところへ、飲み物を片手に持った紅さまがやってきた。


「随分楽しそうじゃないか。俺の悪口で盛り上がってた、とか言わないよな」

「あれ、聞こえてた?」


 私が満面の笑みで答えたのを見て、紅さまはやれやれと首をすくめた。



 応接間の大きなテーブルに準備されていたスイーツをつまみながら、4人で温かな紅茶を飲んでいると、新しいお客さまが到着したのか、玄関ホールの方から賑やかな出迎えの声が聞こえてきた。


「他にもお客様が?」


 私が気になって尋ねると、紅さまがにんまりと口角を上げた。


「せっかく演奏するんだ。ゲストは多い方がいいだろう?」

「……それ、どういう意味? 私は聞いてないわ」


 紺ちゃんが訝しげに小首を傾げ、紅さまを問い正そうとした瞬間。

 応接室の大きな両開きのドアが開いた。


「こんにちは、紺。ましろちゃん。本日はお招きありがとう」


 ――亜由美先生と、あと二人。


 ハニープラチナの碧眼美女とトビー王子が連れ立って現れた。


「久しぶりだね、小さなピアニストさんたち」


 紺ちゃんは、なぜか急に体を強張らせた。

 トビー王子が現れる度、いつも紺ちゃんは挙動不審になる。


 彼のルートって一体どんなものなの? 

 以前にも感じた疑問が、不安と共に湧いてきた。


「前にも紹介したわよね。こちらは山吹 鳶さんと、その姉で私の親友の亜里沙ありさよ」

「はじめして、亜由美の可愛い生徒さんたち。いつも亜由美からあなた達のこと聞かされてたのよ? 会えて嬉しいわ!」

 

 亜里沙さんの方は人懐っこい笑みを浮かべて、私たちに近づいてきた。

 すっと白い手を出され戸惑っていると、紺ちゃんが先にその手を握った。


「初めまして。今日は来て下さってありがとうございます」


 あ、握手をするのね。

 見よう見まねで私も手を出すと、それが英国式のやり方なのか、すごく力強く握手された。

 亜里沙さんの後に続いたトビー王子は、「もう会うのは三回目だから、こっちの挨拶でもいいかな?」と謎の台詞を吐き、長身を屈めて私の頬に軽く唇を触れさせた。

 

 あまりの衝撃にかちこちに固まった私を、蒼くんがそっと脇から支えてくれた。

 

 き、キスしやがりましたよ、この人!

 

 トビー王子を指さそうとしたのにいち早く気付いた紅くんが、私の指を素早く押さえて握り込む。

 背の高い二人に挟まれ、連行されるエイリアン状態の私が口をパクパクさせているうちに、トビー王子は紺ちゃんの頬にも軽いキスをした。

 紺ちゃんはきっぱりと「ここは日本なので、この挨拶は今日限りにしてもらえると嬉しいですね」と答えていた。

 ああ、紺ちゃん。あなたカッコいいよ。


 「それは残念。こんなに可愛い天使たちを前にして、頬へのキスさえ許されないなんて、私は不幸だな」

 

 トビー王子が大仰に天を仰ぐと、亜里沙さんが「あなたの不幸はいつも軽いわね、トビー」と茶目っ気たっぷりに言った。すかさず亜由美先生も「珍しいじゃない、百戦錬磨のあなたが振られるなんて」とからかったので、紅さまも蒼くんさえも、クスクス笑っていた。


 笑ってないのは紺ちゃんと。

 そんな彼女の冷えた眼差しに、言い知れない戸惑いを覚えた私だけだった。

 

 紺ちゃん。

 あなたが私に言えない秘密って、なに?



 


◆◆◆◆◆◆



 前作主人公の成果


 攻略対象:山吹 鳶

 イベント:クリスマスの再会


 クリア。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ