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音楽で乙女は救えない  作者: ナツ
第一章 小学生編
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 蒼くんの家には、あれから一回だけ行った。

 すっかり敷居が高くなってしまったし、蒼くんも何かと忙しくなったからだ。歩道橋で会う回数も減った。青鸞では、学期末に実技テストが実施されるらしい。

 蒼くんはグラズノフの「吟遊詩人の歌」を弾くのだと話してくれた。

 グラズノフってヴァイオリンのイメージだった。初めて曲名を聞いた、と正直に打ち明けると、笑ってCDを貸してくれた。悲しみを帯びたメロディアスな冒頭部分にすぐに惹きこまれた。

 蒼くんなら、どんな風に弾くかな。部屋にある古いCDラジカセでじゃなくて、いつか生の演奏を聴いてみたい。

 

「マシロになかなか会えなくなって、すげーストレス!」


 完全防音の練習室でぶつぶつ文句を零す蒼くんは、年相応の幼い顔をしていて私をホッとさせた。


「まあ、まあ。もうすぐ冬休みだし、パーティも一緒に行くじゃん」

「ん。……マシロは冬休みどっか行くの?」

「お姉ちゃんが受験直前だから、家族でのお出かけは流石にないけど、学校の子たちと映画に行くつもり」

「いいなあ。俺もマシロと同じ学校が良かった」


 蒼くんは、短い冬休みもまたドイツで過ごすのだという。

 日本にいて麗美さん達に振り回されるのはご免だ、と言っていた。

 『麗美さん達』というのには、蒼くんの婚約者だという女の子も含まれるのかな。少しだけ気になった。

 いつだったか、蒼くんと連れ立って歩いていたオレンジ色の髪の女の子もいかにも良家の子女って感じだった。きっと2人が並べば、誰もが「お似合い」だと納得するような子なんだろう。

 




 20日は終業式だった。

 寒々しい体育館で、短い校長先生の話を聞くのが恒例。うちの学校だけかもしれないんだけど、びっくりするぐらい短い。

 その日も校長先生は全開の笑顔で、「行事の多い二学期、よく頑張りました。冬休みで一番大事なのは、死なないことです。大きな怪我もいけません。元気な笑顔でここに戻ってきましょう!」と声を張った。

 毎回「生きろ!」という強いメッセージを浴びせてくるので、低学年の女子なんかは真っ青になっている。私も気を付けないと。特に道を歩く時は、マンホールの蓋が開いてないか十分注意しよう。


「トモロ先生、今日も飛ばしてたね~」


 教室に入るなり、咲和ちゃんが溜息混じりに零した。


「トモロ先生のせいで、お兄ちゃんのやってるゾンビゲーム思い出しちゃった! 学校出たら急に外が異世界になってて――ってヤツなんだけど、ちょうど冬休みが舞台なんだ。生き残りをかけて必死に自宅を目指すんだけど、まだお兄ちゃん、一回も家にたどり着けてないの。殺されまくりで最悪」


 咲和ちゃんのお兄ちゃんは、どうやらホラーゲームが好きらしい。

 麻子ちゃんは「あんな寒い場所で、長い話聞かされるよりはいいじゃん」と慰めていた。


 トモロ先生というのは、校長先生のこと。英語で「明日」のことを「トゥモロー」と発音出来ず「トモロ」と言ったことで、全校にそのあだ名が広まった。小学生って本当に残酷。だけど、トモロはないよな、ってちょっと思う。


「でも本当に命あっての物種ものだねだよ。気を付けようね」


 私なんて、かなり間抜けな死に方で前世を終わらせてしまったからね。実感籠ってますよ。

 年寄り臭い口調が麻子ちゃんのツボに刺さったのか、「ましろん、うちのおばあちゃんに激似!」と笑い始めた。そんな笑ってられんのも、生きてるからなんだって。


「なんで『だよ』をつけんの? 『ものだね』でよくね?」


 近くにいた平戸少年が、突然とぼけた発言を噛ませてきたので、私と朋ちゃんは同時にブッと噴き出した。


 「命あっての物だネ! って言ったんじゃないよ。『物種』って書くの」


 冬休みのしおりの端っこに漢字を書いてやったが、平戸くんは「納得いかねー」とぼやいた。

 良かったね、小学生のうちに気づけて。木之瀬くんはちゃんと知っていたのか、頭を抱えて「もうお前、黙れよ」とツッコんでいた。

 

 夏の林間学校以来、男子2人もいつの間にか私たちのグループってことになっている。

 冬休みも、このメンバーで映画を見に行くことになってるんです。

 子供だからこそ、こういう付き合いって大事だったりする。




 そして、23日の朝。

 今日は塾で受験生専用の特別講座がある花香お姉ちゃんは、すでに泣きそうな顔で食卓についていた。


「マシロ、あとであのドレスに着替えるんでしょ? 髪はまかせといてね。ばっちりお姫様にしてあげるから!」


 虚勢に満ちた張り切り具合が痛々しい。


「お姉ちゃんこそ、12時間特講とっこう頑張ってきてね。飛躍的に学力が伸びること間違いなしだよ。だって12時間ぶっつづけだもんっ!」


 親指を突き出してみると、お姉ちゃんは弱々しく微笑ながら親指を当ててきた。


 「でもきっと生きては、戻れない。私の分も、クリスマスパーティを楽しんできて……おく……れ」

 「お姉ちゃんっ!」


 テーブルに倒れ込んだお姉ちゃんに縋りついて、おいおい泣き真似をしていると「冷めないうちに早く食べちゃいなさいよ」と母さんの呆れ声が飛んできた。

 はい、すみません。パーティが楽しみ過ぎて調子に乗りました。

 お姉ちゃんも「いい加減、現実と向き合うか」とため息を吐きつつ、パンに噛り付いている。


 紺ちゃんとゆっくり会えるの、実は久しぶりなんだよね。

 週に二回は亜由美先生の家で顔を合わせてるんだけど、話せる時間は殆どなくて、挨拶と軽い世間話だけで終わってしまう。

 紺ちゃんの顔を見るだけですごく温かな気持ちになれるのは、同じ転生者という理由だけじゃない気がした。

 この世界に紺ちゃんがいてくれて良かった、としょっちゅう思う。本気のピアノ仲間っていうのも大きい。

 すっかり私の中で「大切な友達」になってしまってる紺ちゃん。今のところ嫌われてない、というより好かれてるみたいだから、このままずっと仲良しでいたいな。

 

 楽しみな事はもう一つあって、久しぶりにお姉ちゃんのお下がり以外の服を着るってこと。

 新調してもらったわけじゃない。ただでさえ、お姉ちゃんの塾やら校外テストやらで物入りの我が家だ。実は新しいドレスは、例のあしながおばさま達からのプレゼントだった。


 『私達の我儘でパーティに呼んじゃって、ごめんね☆ ましろちゃんのドレス姿を見てみたい~♪ という気持ちを抑えられず、作っちゃいました! 当日は、あなたの王子様がお迎えに上がります。千沙子&桜子より♡』


 実際のお二人は上品でマダム然とした落ち着いた物腰なのに、メッセージカードになると途端にはっちゃけたノリになるのは、何でなんだろ。

 夏に頂いた着物は、あまりにも高価なプレゼントに慌てた父さんがお返ししようとしたのだけど、ダメだったみたい。玄田家から肩を落として帰ってきた父さんの車のトランクには、持って帰ってきた着物の他に高級なハムやメロンが追加されてたんだっけ……。


 今回送られてきたのは、ノースリーブのロングドレス。

 首もとの大きなリボンは淡いベージュで、他の部分は綺麗な水色だ。ウエストから裾に向かって緩やかに広がっている。ドレスだけじゃなく、真っ白なカシミアのロングコートと銀色のサテンのパンプスまで一緒に同梱されてた。

 勝手にやったことだから、どうか遠慮してくれるな、と父さんと母さん宛てに電話もかかってきたそうだ。

 『ましろちゃんの演奏を聞かせて頂けるそうだから、ほんのお礼の気持ちです』だそう。父さんが遠い目をしていた。

 セレブマダムの軽いお礼は、結果として庶民をビビらせてしまってることに、いつか気づいてもらいたい。


 今日のパーティでは、プレゼント交換をすることになっていた。

 「そんな高いものは買えないよ!」と血相を変えた私に、紺ちゃんは「やだ、私たち今は小学生なんだし、当たり前じゃない」と笑った。

 セレブのプレゼント交換って、万単位なのかと思ってた。貧相な自分の発想に苦笑い。


 というわけで、私はカシミア・シルクの毛糸玉を奮発し、カラフルなかご編みのマフラーを編んだ。

 ベースに選んだのは淡いベージュと濃いめのキャラメル色。そしてアクセントに紺色と水色と赤色。これ、みんなの名前の色を入れてみたんだよね。紺ちゃんに当たるとは限らないから、フェミニンになり過ぎないよう気を付けて図案を考えた。

 裏も表になる複雑な編み方だったけど、私の敵ではない。猛スピードで編み棒を動かし、二日もかからずに完成させた。

 出来上がった完成品を見て「これ、高値で売れるよね」と生唾を飲みこんだお姉ちゃんにも、今度好きなデザインで編んであげる、と約束した。


 

 お迎えの約束は11時。

 先に髪だけアレンジしてもらい、その後ドレスに着替える。

 仕上げに色つきのリップクリームを塗って、父さんたちに披露しにいくと「プリンセス・マシロ、ステキよ~!」「写真撮らなきゃ!」と毎度のことながら大騒ぎになった。

 親馬鹿な贔屓目と分かっていても、褒められるのはやっぱり嬉しい。


 わいわいやってるうちに、時計の針が11を指し、玄関のチャイムが鳴った。


「時間ピッタリ。多分、水沢さんだ! 行ってくるね~」

「待って、いつもお世話になってるんだし、私達もご挨拶しとかなきゃ。ほら、あなたも」

「そうだな」


 慌ててコートを羽織り、プレゼントの入った紙袋と楽譜の入ったレッスンバッグを持って、玄関に出る。私のすぐ後ろに父さんと母さんもついてきた。ストッキングを破かないように、そうっとパンプスに足を突っ込み、ドアを開けたところで、私は自分の目を疑う羽目になった。


「こんにちは、ましろ」


 そこには水沢さんではなく、黒のタキシードに黒のロングコートを羽織った恰好の紅さまが、薔薇の花束を抱えて立っていた。

 出会った時に比べるとちょっとだけ伸びた赤い髪の毛を、ワックスで軽く流している。


「お迎えにあがったよ、俺のお姫様」


 気障すぎるセリフをサラリと口にし、嫣然と微笑んだ紅さまに、父さんは絶句した。

 背後の母さんの喉からは感嘆の溜息が洩れている。


 ――『あなたの王子様』って、この紅い悪魔のことだったんですかっ!?


 私はその場に座り込みそうになった。



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