表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
音楽で乙女は救えない  作者: ナツ
第一章 小学生編
40/161

Now Loading 23

 ようやく二学期が始まり、始まったと思ったら、あっという間に時間が過ぎていく。

 学校行事が多すぎるせいかもしれない。

 運動会、合唱祭、秋の遠足。こんなに忙しかったっけ?

 前世の記憶を思い出そうとしたのだけど、何一つ具体的な思い出は浮かんでこなかった。

 転生者のメリットはどこ?

 

 

 木之瀬くんは運動会の実行委員になり、学年リレーにも出て活躍していた。足の速い子って、小学生のうちはとにかくモテるんだよね。

 「ましろも一緒にやらない?」とのお誘いも受けた。もちろん、みんなにブーイングされながらも丁重にお断りした。

 涼しげな目元やまっすぐ通った鼻筋なんかは、確かにSAZEのボーカルにそっくりだ。

 高校生になったら、今よりずっとモテるんだろうな。そうは思うものの、青田買いする気持ちにはなれなかった。


 遠足は、あまり思い返したくない。

 木之瀬くんと二人きり、半ば強制的にお昼ご飯を食べさせられた。

 ニヤニヤ笑いながら見物する平田くんの口に、海岸の砂を入るだけ詰め込んでやりたい、と思ったことだけは強烈に記憶に残っている。


 ピアノは、飛躍的に上達し始めていた。

 ラヴェルのソナチネにも丸をもらえ、今は、同じラヴェルの『道化師の朝の歌』を練習中。

 紺ちゃんに話したら、目を丸くされた。


「いきなり!? ちょっとそれはキツくない?」

「うん、楽譜も真っ黒だった。半べそかきながら、ちょっとずつ進めてるの」

「ソナチネ終わって、ソナタには進んでるんだよね。セオリー通りなら、もうちょっと後で挑戦する曲だと思うけど……」


 亜由美先生曰く、私の今のテクニック的には十分弾ける、そうなのだ。


「ショパンやバッハや練習曲で基礎を固めるのと並行しながら、ましろちゃんには、どんどん難しい曲にもチャレンジしていってもらいたいの。時間はかかってもいいから、頑張りましょ!」


 確かに指先がもともと器用だったこともあって、早いパッセージや指回しはすぐにマスター出来るけど、譜読みや暗譜に苦戦してる。

 楽譜通りまずは正確に演奏すること。自分なりの解釈を打ち出すのは、全て作曲家の指示通り完璧に弾けてから! というのが亜由美先生の方針だ。

 だから、CDを流して、それを耳でコピーすることも出来ない。

 その演奏者の癖ごと、コピーしてしまうから。


「発表会の演目、ましろちゃんには物足りないんじゃない?」


 久しぶりにサロンで会った紺ちゃんは、眉をひそめた。

 ベートーヴェンの悲愴の第二楽章は、今弾いている曲たちに比べるとテクニック的には簡単な部類だ。


 亜由美先生には「ただ譜面通りに弾くんじゃなくって、発表会ではましろちゃんらしい演奏を聞かせて欲しいな」と言われてる。


 実力より下のテクニックで弾ける曲だからこそ、自分なりの曲想で弾き込めるはず、ってことなんだろうか? クラシックってまるで禅問答みたいだ。


 

 蒼くんは、あれから前みたいなペースで家に遊びに来るようになった。パーカーも無事返せました。


 10月に入ってすぐの金曜日。

 その日も、蒼くんはうちに寄っていた。

 少しだけ開けた窓から吹き込んでくる涼しい風が、蒼くんのサラサラの髪をなぶっていく。

 私が勉強している隣で蒼くんは無心に折り紙を折るのが、いつもの過ごし方だ。


「そういえば、来週から秋休みなんだ」

「ふうん。何日くらい?」

「10日。……父さんに呼ばれてるから、ドイツに行くことになってる」


 秋のドイツか。ドイツは緯度でみると、ちょうど北海道あたりに位置している。ここよりだいぶ涼しいんだろうな。

 暦の上では10月に入ったというのに、日本ではまだまだ日差しの厳しい毎日が続いている。

 長袖なんて着た日には暑くてやってられない。パタパタ、とTシャツの胸元をつまんで風を送り、私は相槌を打った。


「ドイツも日本と同じで四季がはっきりしてるっていうから、きっと紅葉が綺麗だろうね。いつか見に行きたいなあ」


 蒼くんは作りかけの花籠から目を上げ、私の方をじっと見つめた。


「その時は一緒に行こうよ、マシロ」

「うん、大人になったら案内してね!」


 脳天気に頷く私を見て、蒼くんは切なげに微笑み、作りかけの折り紙へ視線を戻した。

 帰り際、蒼くんはなかなか私の手を放そうとしなかった。

 

「どうしたの? なんか、いつもと違う」

「なあ、俺さ」

「うん」


 確か、前にもこんな会話をしたことがあった。

 あれは、歩道橋の上。ピアノが家に来た日だったっけ。

 随分昔のことみたいだ。


「今の母さんのこと、あんま好きじゃない。学校だってただ通ってるだけだし」

「うん」

「チェロを弾くのは、好きだと思う。けど……」

「蒼くん?」


 繋いだ手が少し震えている。

 蒼くんは視線を玄関のタイルに落としたまま、ポツリと呟いた。


「なんで、俺まだ子供なんだろうな」

「え?」


 急に話が変わって、ついていけなくなる。

 私が目を丸くしてると、蒼くんはようやく普段通りの明るい表情に戻った。


「ごめん、変なこと言った。――またな、マシロ! ドイツ土産、楽しみにしてて」


 手をそっと解き、蒼くんはチョンと私の額を押した。

 傍から見れば、こいつめ、なによ~ウフフアハハなやり取りかもしれない仕草だけど、直前の会話の不穏さのせいで物悲しい気持ちになった。

 友達なんだからもっといろいろ打ち明けてくれていいのにな。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ