表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
音楽で乙女は救えない  作者: ナツ
第一章 小学生編
35/161

Now Loading 20

 予定通り、キャンプファイアーの始まる10分前にバンガローに戻ることが出来た。

 流石は水沢さん、一分の誤差も無い。

 しかも日の落ちた山道は危ないから、と私の手を引き、きちんと元の場所まで送り届けてくれたんだよね。

 飛び抜けた美形ではないけど、こういう人って素敵だな~とふんわり憧れを覚えた。


 「水沢さんっておいくつなんですか?」

 「今年、29になります」


 29歳か~。やっぱり大人なんだな。

 落ち着いた物腰とか車の運転の上手さとか、加点ポイントも高い。

 背は175センチ越えたくらい。日頃小学生に取り囲まれているせいか、もし好きになるなら水沢さんのような人がいいな、と思ってしまった。

 俺様でもワンコでもない普通の人がいい。切実に!


 ボクメロには関わらないと決めたはずなのに、何故かイベント目白押し状態の現在いまが不安になってくる。

 紅さまはカッコいいし、蒼くんは可愛い。

 攻略キャラだけあって、ルックスの素晴らしさは群を抜いている。

 だけど、彼らとの未来で幸せになれるのかと問われれば、不安しかない。


 ――今度こそ、必ず幸せにならなくちゃ


 頭の奥にある固い決意。

 いつそんな風に決めたのか忘れてしまったけど、強迫観念のような思いが私には取りついていた。


 

 キャンプファイアーの集合場所に駆け込むと、すぐに朋ちゃんたちが見つけてくれた。


「ごめんね、朋ちゃん! 先生に何か言われた?」

「ううん、だいじょうぶ。絵里ちゃんたちと部屋でトランプしてたんだけど、見廻りもなかったよ」


 ホッとして胸を押さえる。

 勝手に抜け出してピアノ弾いてました、なんて言ったらクマジャー先生は激怒するに違いない。怒るとすごく怖いんだよね。


「……どこ行ってたの?」


 それまで黙っていた木之瀬くんに聞かれる。


「友達がたまたま上の保養所に来てたの。ピアノ貸してくれるっていうから練習してきちゃった。……先生には内緒にしてくれる?」


 嘘をつけば逆に状況がややこしくなるかも。

 そう判断して頼んでみたんだけど、木之瀬くんは苦い表情になった。

 平戸くんは非難するような目つきで私をじろじろ見てくる。


「つーか、島尾のそれ、男物じゃねえ? 友達って男?」

「え!? あ、うん、まあ一応」


 一応ってなんだよ。オカマかよ、と不服そうに言い募る平戸くんに苛々する。

 着替えてこなかった私が悪いんだけどね。着心地良かったから、うっかりしてた。


「まあ、いいじゃん。ちゃんと帰ってきたんだし」


 そんな平戸くんをいなしてくれたのは、意外にも木之瀬くんだった。

 ヤキモチ焼かれて面倒なことになったら困ると身構えていた私は、拍子抜けしてしまった。

 あれ? なぁんだ。好きって言っても友達になりたいくらいのレベルだったか。

 ごめん、ごめん。勘違いしてた――


「先生には黙ってるから、その代わり明日の昼の自由行動は、2人で遊ぼう」


 ――いや、してなかった。策士だった!


 なんでこんな小学生らしからぬやからばかりが周りに寄ってくるんだろう。

 渋々「分かった」と返事をしながら、私はがっくりと項垂れた。


 なんやかんやでキャンプファイヤーを隣に座って眺め、次の日も行動を共にし、帰りのバスではなんと疲れて寝オチしてしまった私に肩まで貸してくれた木之瀬くん。

 悪い子じゃないことは痛いほど分かりました。

 問題は年の差なんですよ~! 声を大にして彼に直接訴えたい。


「島尾、お疲れ!」


 父さんの車を待ってる間、先にお迎えが来たらしい木之瀬くんが挨拶に寄ってくれた。


「お疲れ様ー。バスではごめんね! 重かったでしょ」

「いや、全然。寝顔見れてラッキー、みたいな?」


 茶目っ気たっぷりに笑う彼に、ハハハと乾いた笑いを返しておく。

 最近の小学生って、こういう甘い台詞を標準装備してるもんなの?


「オレ、島尾のこと好きみたい。友達になってくれる?」


 そして最後の最後で、木之瀬くんは見計らったかのように爆弾を投下してきた。


 非常に上手いのは「みたい」と語尾をぼやかし、気のない相手に負担をかけないようにしつつ、「友達になれ」という断りづらい提案をしてくるところ。

 「いいよ」と答える選択肢しか残されてないやつだ、これ。


「やった! じゃあ、ましろって呼んでもいい?」


 なるほど。畳み掛ける連続攻撃なんですね。

 「別にいいんじゃない」と他人事のように返事をするのが精いっぱいだった。くたくたに疲れてるし、早く帰って勉強したいし、もうどうでもいいや。


「サンキュ。オレのこともリンでいいから」

「ばいばい、木之瀬くん」


 その手には乗るか。ニッコリ微笑み、私は手を振った。

 私と木之瀬くんの攻防戦を見守っていたイツメンからは、微妙な溜息が漏れる。

 色恋話の大好きな彼女たちには、物足りない終わり方なんだろう。


「もったいないなぁ。木之瀬くんの何が不満?」


 麻子ちゃんが唇を尖らせたので、私は「年」と即答した。


「ええっ!? じゃあ、何歳ならいいの?」


 絵里ちゃんが目を丸くしたので「とりあえず29歳」と答えると、周囲は悲鳴に包まれた。ああ、もう冗談だって~!


 



 林間学校の次の日は土曜日だった。

 

 二日分のノルマの遅れを取り戻すべく、私はピアノと勉強に必死で取り組んだ。

 

 ピアノは、やっぱりちょっと指が重くなっていた。

 普段は毎日4時間、休みの日は8時間くらい練習している。

 それでも、たった一日休んだだけで大きく後退してしまった。

 残酷な事実に、泣きたくなる。林間学校でこれなら、修学旅行はどうなっちゃうんだろう。


 練習嫌いのピアニストも世間にはいて、一日一時間以上は弾かない、と公言してたらしい。

 天賦の才を持ち合わせていない私は、上手くなりたいなら練習するしかない。


 べそをかきながら、ひたすらスケールとアルペジオの練習を繰り返した。

 手の甲を固定せず、柔らかく手の平全体を使う。指の力は強い方だけど、左手の薬指と小指がちょっと弱いかな。全ての調を滑らかに同じ音で弾けるまで、頑張る。次はアクセントをつけて。その次はスタッカートで。最後はテンポを速めて。


 コンコン。


 基本練習を始め3時間くらい経ったところで、部屋の扉がノックされた。


「ましろー。紺ちゃんから、電話だよ」


 子機を渡す時、お姉ちゃんは心配そうな瞳で私を覗き込んだ。


「焦ることないよ、ましろ」

「うん……ごめんね、お姉ちゃん。勉強してるのに、うるさくして」

「私は大丈夫! ほら、イヤホンしてるし」


 耳にかけたイヤホンを持ち上げ、花香お姉ちゃんはニカっと笑ってくれた。

 携帯音楽プレイヤーの中には「頭の良くなるクラシック」という名のCDがインストールされている。お姉ちゃんなりに、受験に向けて頑張っているのだ。


 そんなお姉ちゃんに笑みを返し、私は子機の保留ボタンを押した。


「こんにちは、紺です」

「こんにちは。今日は、どうしたの?」

「あのね、紅から聞いたんだけど、ましろちゃん、成田の家に行ったんでしょう?」


 言いにくそうに躊躇した後、紺ちゃんは意を決したように口を開いた。


「でね。うちにも来てくれないかな、と思って。うちのピアノはベヒシュタインだけど、弾き比べるのも面白いよ」

「うわ~! いいの!?」


 思わず大きな声が出てしまう。

 紅さまのとこのベーゼンドルファーと合わせたら、三大ピアノを制覇だ!


「うん。……でね、うちの母達が、ましろちゃんに会いたいって言ってるの。すごく気さくな人達なんだけど、ちょっと変わってて……。どうかな」


 紺ちゃんが言ってるのは、紺ちゃん達の産みのお母さんとそのお義姉さん、ってことだよね?

 

 ――ええっ!?


「もしかして、私、紅くんの家で何か粗相を……」


 ちゃんと行儀よく振る舞ったつもりだったけど、所詮は庶民。

 マナーとか全然分からないし、気づかないうちに何かやらかしてしまったのかな。

 出されたクッキーって全部食べちゃダメだったのかな。

 帰り際に若いメイドさんを見かけたので、珍しさのあまり色々話しかけちゃったのが良くなかった?


「違うよ~! どっちかと云うと逆で……。と、とにかく、そんなに時間は取らせないから! すぐに追い払うから。あとね。リメイク版『ボクメロ』での城山くんのことで話しておきたいこともあって」


 電話口では話しにくいのか、紺ちゃんは口籠ってしまった。

 そういえば、紺ちゃんとゆっくり二人で話すことってなかった。常に誰かに邪魔されてる。

 ちょうどいい機会かも。

 私は腹をくくることにした。マナーブックって家になかったっけ。紺ちゃんママたちに嫌われたくない。


「いいよ。いつにする?」

「ホント!? えっと、じゃあ8月の最初の土曜日は?」


 カレンダーで確認するまでもない。

 春休みの時と同じく、何も予定は入れていなかった。


「オッケー」

「ふふ、即答なんだね」


 紺ちゃんは嬉しそうにクスクス笑った。

 「朝の10時くらいに迎えに行くから。お昼ごはんはうちで食べるってお母さんに伝えておいてね」と念を押され、電話を切る。


 紺ちゃんの楽しそうな声を聞くと、不思議と心がほんわか温まる。

 

 今度こそ、紅&蒼コンビに邪魔されませんように!


 さっきとは打って変わった明るい気持ちで、私はアイネの元に戻った。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ