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音楽で乙女は救えない  作者: ナツ
第一章 小学生編
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 前世の記憶を取り戻した私は、もちろん同時に『成田なりた こう』さまへの激しい恋心も思い出していた。

 ああ、どんなに画面越しに話しかけたことだろう。

 液晶画面に阻まれていたせいで、彼の囁き声は聴けても近づくことは出来なかった私。だけどこの世界では、リアル紅さまに会える可能性があるのだ。生きて、動いて、瞬きなんかしちゃう紅さまに。

 

 言っとくけどこの時の私は、城山 蒼という名のゲームに出てくるキャラにそっくりな子に会っただけだからね。それなのにここまで舞い上がってしまったんだから、その他のことも察して欲しい。

 

 すでに出会いを果たした蒼くんが同い年だったということは、紅さまだって同い年だということになる、と私は想像を巡らせた。小学生の紅さまか。すっごく可愛いんだろうなあ。

 お友達になりたい! なんて恐れ多いことは考えてない。主人公ヒロインだってこの世界に存在してるだろうから、きっと紅さまはその子と出会うべくして出会うのだろう。私は一人のモブ子として、そんな彼を遠くから眺められれば、それで十分。


 「いやったああ~!」


 ベッドの枕元に置いてあるテディベアの縫いぐるみを抱きしめ、愛らしい口元にキスの雨を降らせる。ふっくりとしたテディベア君、愛称べっちんの両手を握って、部屋中をくるくる回る。


 「Voi che sapete Che cosa e amor Donne vedete Sio Iho nel cor~」


 胸には憧れに満ちたものを 感じているのです

 それは時には喜びであり 時には苦しみです

 恋とはどんなものかしら 

 僕の心に恋があるかどうか どうか教えて下さい



 ――モーツァルトの歌曲『フィガロの結婚』第二幕。

 ケルビーノの歌う有名なアリア『恋とはどんなものなのか』を原曲のまま高らかに歌い上げながら、私はべっちんを捧げ持ち両膝をついた。


 べっちん君よ。

 私が教えてあげましょう! 

 この胸の高鳴りこそが恋なのだと!


 前世で大学まで受験した現役高校生だったというのに、記憶の隅から引っ張り出せるのはなぜか音楽関係の知識だけ。

 数学って何? 状態だし、難しい漢字だってもう欠片も記憶していない。化学式も、歴史の年表も忘れてしまった。

 次の生には持ち越せる記憶には限りがあるのかな?

 モーツァルトは紅さまの一番好きな音楽家だったので、私は特に力を入れてかの神童をマークした。

 どえらく長い洗礼名だって言える。まあ、だから何だって話だけど、それくらい紅さまに夢中だったってことですよ。


 思えば私は、彼とのハッピーエンドを掴む為、あの頃必死に勉強した。音楽を。

 その意味不明な情熱は、高校の音楽教師を怯えさせるほどだった。

 「この部分の和声がおかしくないかみて下さい」と自作の楽譜を持って、しょっちゅう職員室に押しかけて来るんだよ? 最後の方は怖かっただろうと思う。

 ピアノを習っているわけでもないのに、ひたすら楽典を勉強した。

 お年玉とおこずかいを注ぎ込んで、沢山のクラシックCDを買い漁った。楽譜だってすらすら読めるようになった。

 その知識の殆どを引き継いで転生できたことに、感謝を捧げなければ!

 

 今の私に必須なアイテムの残り一つ。

 ――それは『実技』


 紅さまの専攻はヴァイオリンだった。

 私ももちろん、ヴァイオリンを弾けるようにならなければならない。

 そして青鶯学院への転入を果たすのだ。

 無事転入出来た暁には、学生時代という煌めき溢れる青い春を、憧れの君と(一方的に)過ごすことが出来るだろう。ああ、夢みたい……。


 「おかあさーん」


 私は手早く着替え、ランドセルを肩にかけて階段を駆け下りた。

 朝食をテーブルに並べているお母さん、新聞を広げているお父さん、TVで今日の運勢をチェック中の花香はなかお姉ちゃんが一斉にこちらを振り返る。


 「おはよう、ましろ。朝から元気がいいなあ」

 「顔、洗ってらっしゃいね。パンがもうすぐ焼けるわよ」

 「ましろ、さっき何歌ってたの?」


 それぞれが一斉に話すものだから、何が何だか分からない。

 私はランドセルを足元に置いてすぐ、フローリングの床に這いつくばった。

 無理を通そうというのなら、土下座しかないでしょ。


 「な、なにそれ……」


 ポカンとしている両親は固まったまま。

 お姉ちゃんも非常に驚いた顔で私を凝視した。


 「お願いします! 私にヴァイオリンを習わせて下さい!」


 ヴァイオリンという楽器には、分数サイズが存在する。

 子供の成長に応じて、その体に合ったヴァイオリンを買い替えていくのだ。

 ――レッスン代プラス楽器代。

 青鸞学院は私立だから、学費や寄付金なども含めれば、私にかかる教育費用は莫大なものになってしまう。

 投資対効果をあげるべく、私は必死になって音楽家への道を歩まなくてはならない。我が家はいたって普通の中流家庭で、父さんは係長に昇進したばかりのしがないサラリーマンなのだから。


 でも、その覚悟は出来ている!

 

 ところが私の並々ならぬ決意は、ようやく我に返った母さんに一笑に付されてしまった。


 「やだあ。あんなお金のかかる道楽させられる程、うちに余裕ないわよ」

 「……うう。ごめんな、ましろ。父さんが不甲斐ないばっかりに……」


 項垂れる父さんのしょんぼりとした顔を見て、冗談抜きで我が家の経済にゆとりがないことが分かった。


 ――そっか。私はモブキャラだから、そんなに都合よく物事が運ぶわけないんだ。


 せっかく乙女ゲーの世界に転生してきたというのに、紅さまとの接点ゼロの人生なんて侘しすぎるよ……。


 よろよろと立ち上がり、「ごめんね、我儘いって」と両親に謝り、食卓についた。

 パンもハムエッグも、味がしない。会いたい。何としてでも、紅さまに会いたい。取りつかれたように、私はひたすら紅さまとの邂逅を願った。


 なけなしの気力を振り絞って顔を洗い、歯磨きを済ませて家を出る。

 よろよろ歩きながら『どうすれば成田 紅との接点を持てるか』とひたすら考えていた私は、かなりおかしな人だった。

 気絶したり熱を出したりする代わりに、私はおかしな人に成り果てていた。

 

 「おっはよー」


 近所に住んでいる幼馴染の絵里ちゃんが、後ろから追いかけてきて軽く体当たりしてくる。「おはよう」私は気を取り直して挨拶を返した。

 

 「ねえ、見た? 昨日のアイレボ!」


 エリちゃんのすべらかなほっぺが、興奮で赤く染まっている。

 

 アイレボ、というのは今、小学生女子の間で大流行中のアニメのこと。

 『アイドルレボリューション☆キラキラステージ』というタイトルで、ツインテールの平凡な少女がある日突然アイドルになっちゃう! という夢物語。

 ライバルも数名登場し、ヒーロー役には事務所のマネージャーが適用されていた。

 よくある一種のシンデレラストーリーなのだが、大手玩具メーカーが強力にバックアップしている為、ローティーンの女の子とその保護者は巨大な市場として多額のお金を吸い上げられている。

 かくいう私も、ショッピングセンターに連れて行ってもらう度に、お母さんに渋い顔をされながらトレーディングカードゲームに夢中になった。 

 ――ああ、今思えばなんてもったいないことを。あれで、楽譜何冊買えたかな。


 「見るの忘れちゃった」


 昨日はそれどころじゃなかった。

 水色くんのことが頭に引っ掛かり、晩御飯の間もお風呂の間も、ずっと上の空だったような気がする。

 おかげで紅さまのことを思い出せたんだけどね。


 「うっそー! ましろん、ヤバいって!」


 確かに今までの私ならそう思っただろう。アイレボのアニメを見逃すなんておわってる~って。

 でも中身が18歳までジャンプした今の私にとってみれば『アイレボ? なにそれ、まじウケル』くらいのものなのだ。

 もちろんそんなことを考えてるなんて、誰にも気づかれるわけにはいかない。どう説明しようと入院確定な気がするし。


 「そうなんだよ。どんな話だったか、学校に着くまでに教えて!」


 いかにも残念、という表情を作ってみせると、エリちゃんは勿体ぶりながら「昨日は、ルンちゃんのステージ衣装の早着替えが凄かったんだよ。あの新作衣装のカード欲しい」などと教えてくれた。

 ルンちゃんというのは『アイレボ』の主人公、間宮 ルンのこと。

 ……キラキラネームにも程がないか。


 昨日まで、私は確かに能天気な小学二年生だった。

 ルンちゃんみたいになりたくて、ツインテールにさえ挑戦していた。

 たった一晩明けただけなのに、目に入るもの全てが今までとは違って見える。 


 今、まだ7歳か。

 あと11年待たないと元の年齢に戻れないって、かなりキツイな。



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