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「さて、ランチはどうする? いつものところでいいの?」
優雅に足を組み替え、紅さまは紺ちゃんを優しい眼差しで見つめた。
本日の彼のお召し物は、長袖のシャツに黒のパンツ。アクセントに焦げ茶色のベルトを締めて、ショートブーツを合わせている。薄いピンストライプが爽やかなシャツの第二ボタンまで外し、色っぽい首筋を見せびらかすのは、もはや定番なんですね。
贅沢なレザーと木目の色合いの調和が美しい車内に、私はちんまりと腰を下ろした。
ロールスロイスのファントムになんて一生乗ることないと思ってたよ。
ラウンジシートに収まった他の小学生三人が、当たり前の顔してることにムカッ腹が立ってくる。ええ……庶民の僻みですがなにか。
車が静かに発進すると、さっきまで紅さまが聞いていたんだろう、ベートーヴェンのヴァイオリンソナタが流れてくる。
スピーカーとアンプってどうなっちゃってるの? 最高質のサウンドが全身を包み込むように響いてくるんですけど!
「私にじゃなくて、ましろちゃんに聞いて。もう、ホント非常識なんだから!」
「そんなに怒るなよ。この間キャンセルされた分の埋め合わせをして貰おうと思っただけだ」
紺ちゃんはかなりご立腹の様子。
さすがの紅さまも、ちょっと困った顔をしている。
見慣れない表情に、新鮮さを感じた。いや、あえて言おう。スカっとした。
「……マシロも俺たちに怒ってるの?」
蒼くんが心配そうに私のすぐ隣から、顔を覗き込んできた。
黒曜石みたいな瞳ですがるように見上げられて、うっと言葉に詰まる。水色の髪が揺れ、不安げな表情に影を作った。
「えーっと」
「……割り込んでゴメン。でも最近、ずっと会えてなかったから」
そうなんだよね。
梅雨の時期で雨が天気の悪い日が続いたものだから、歩道橋で会えなくなったし、たまに会えても家に呼ぶことが出来なかったのだ。
洗濯物がカーテンレールに全部ぶら下がってるリビングには、誰も呼べない。
「今日はいいよ。でも、女の子同士の楽しいデートを邪魔するのは、これっきりにしてね」
「うん、分かった。サンキュ、マシロ」
嬉しいのは分かったけど、ナチュラルに手を繋ごうとするのは止めて欲しい。
私はやんわりと蒼くんの手を外し、場の雰囲気を変えようと紺ちゃんに話しかけた。
「ショッピングモールのとこでご飯食べようかと思ってたんだけど、いつものとこってどこ?」
紺ちゃんの挙げた超有名な高級ホテルの名前に、軽く引いた。ほんと勘弁して下さい。小学生の子供4人で行くとこじゃないんだって。
「この辺りで停めて。ここからは歩くから」
大通りに出てしばらくしてから、紺ちゃんは水沢さんに声をかけた。
気づけば、駅の周辺まで来ている。
「かしこまりました」すぐに答え、水沢さんは見事なハンドルさばきで大きな車体を動かし、狭い路肩の駐車スペースにピタリと停めた。
歩道を行く人たちが、ぎょっとしたような表情でこちらを振り返る。
そりゃ、そうだよね。
蒼くんにエスコートされながら、車を降りた。私一人が完全に浮いている。
こんな辱めを受けるとは思いもしなかった。
こうなるって分かってたら、もっとよそ行きの服を選んだのに!
「じゃあ、いこっか」
紺ちゃんはニッコリ笑って、私の隣に並んできた。
「ましろちゃんの服って、いっつも可愛いよね。自分で選んでるの?」
七分袖のドット柄のチュニックに、ショートパンツ。足首をリボンで結ぶタイプのミュールというカジュアルな自分の格好を見下ろし、首をかしげる。
普通だと思うけど、セレブ的には新鮮なのかな。
「ううん、お姉ちゃんのお下がりがほとんど。前に話したよね。9つ上の花香お姉ちゃん」
「……うん。すごく優しくて可愛いんでしょう?」
「そうなの! お姉ちゃんは小柄だから、そんなに古くない服が回ってくるんだよね」
154センチで身長が止まったお姉ちゃんは、ぐんぐんと伸びていく私の背を非常に羨ましがっている。
「え? もうその服着られるの? いいなぁ。ましろは足も長いよね、ずるくない?」と今朝もブーブー言っていた。
「マシロは何着てても、可愛いよ」
前を歩いていた蒼くんは、ちらりとこちらを振り返り、当然といわんばかりの顔で言った。
この子の将来が恐ろしくてしょうがない。ホストとかになったらどうしよう。
「まあ、ボンコにしては悪くないんじゃないの」
蒼くんの隣に並んでいた紅さままで甘い声でそんな事を言うもんだから、私はいたたまれなくなった。
なんだろう。褒め殺し的な意地悪なんだろうか。
お昼は和食のお店に入ることにした。
値段が高めの店の方が静かでいい、と紅さまが主張したからだ。
和食は好きだけど、お財布大丈夫かな。メニュー表を眺め、顔を顰めた私に、紅さまは呆れたように言った。
「また値段の心配じゃないだろうな。いい加減学習して、素直に奢られろよ」
「いやだ! 前だって、結局成田くんに払ってもらったのに」
「紅でいい。気持ち悪いんだよ、お前にそんな風に呼ばれるの」
紅さまが名前呼びを許可した途端、蒼くんがパタンとメニューを閉じた。
「マシロの好きなように呼んでいいだろ。っていうか、今まで通り苗字で呼べば? あと、何。払ってもらったって。俺、その話聞いてないんだけど」
紺ちゃんはうんざりした顔つきで、メニューを睨んでいる。
私は大声で叫びだしたいのを、必死に我慢した。
どうしてこんな状態になってんの?
私がピアノを頑張ってるから?
パラメーター補正で勝手に攻略キャラがデレてくる仕様じゃなかったはずだよね、『ボクメロ』は!
深呼吸を繰り返し、結局一番安いセットを頼むことに決めてから、私は口を開いた。
「じゃあ、紅くんって呼ばせてもらうね。あと、蒼くん。私、前に紅くんに偶然会って、紅茶を奢ってもらったことがあるんだ。それだけ。今日は自分で払います。以上、食事ののち、すみやかに解散!」
「解散なのかよ」
紅さまの素早いツッコミに、紺ちゃんは恨みがましい視線を向けた。
「もうっ。すっごく今日を楽しみにしてたのに! ひどいよ、紅」
「俺だけ? 蒼だって邪魔してる」
「城山くんを誘ったのは、紅でしょ!」
紅さまが自分の名前を出したので、蒼くんは目をぱちくりさせた。
さあ、蒼くん。君も紺ちゃんに言うんだ。
『俺のことはソウでいいよ』って!
紺ちゃん、美少女だよ。すごく可愛いよ。
見かける度に違う女連れてるトビー王子より、蒼くんの方が紺ちゃんには似合ってる気がするんだよね。身体年齢も家柄も釣り合ってるし。
じーっと目で訴えかけると、蒼くんは何を思ったのか照れくさそうに俯いてしまった。
だめだ、何一つ伝わってる気がしない。
攻略キャラには関わらず、全然違うタイプのイケメンに出会うはずの私の人生設計が……。
がっくりしつつ、ほどなく運ばれてきたご飯を食べた。
胸が重くて味が分からないかも、と思ったけど、そんなことなかった。すごく美味しくて、がつがつ食べました。
そんな私を見て、紅さまは小さく笑った。トントン、と自分の口元を人差し指で叩く。
あ、口の端にご飯粒ついてるのか。
舐めとろうとしたんだけど、紅さまは紙ナプキンを渡してきた。
なるほど、見苦しいからこれで拭けと。
ところがきちんと拭いた後も、紅さまは私から視線を外さない。
「……なに? まだ他にもついてる?」
「いや。新鮮だな、と思って」
意味不明な発言に首を傾げると、蒼くんが「あ~あ」とぼやいた。
「紅、すげえ邪魔」
「だって、こんなに面白いとは思ってなかったんだ。ゴメンね、蒼」
「面白がってるだけなら、手ひいて。暇つぶしの玩具が欲しいなら、余所を当たれよ」
「蒼には言われたくないな。お前だって、こいつに代わりを求めてるだけだろ?」
蒼くんの顔色がサッと変わった。
紅さまも、目は笑っていない。
「……取り消せよ」
「さあ、どうしようか」
一触即発な空気に驚き、紺ちゃんは食後のお茶を片手に固まっている。
これは、私の為に争わないで系なんかじゃない。
2人にしか分からないトラウマの応酬合戦の、ただのきっかけ。
私をダシに喧嘩するのは、心底止めてほしい。迷惑だから。
「2人とも、いい加減にして」
ごちそうさま、と手を合わせ、私は立ち上がった。
「紺ちゃん、行こう。紅くんも蒼くんも、仲良く出来ないなら目障りだから、もう帰れば?」
冷たい目で見下ろしてやると、気まずそうに彼らは視線を逸らす。
私と紺ちゃんの友情デートを邪魔しに来た挙句、せっかくの美味しい御飯を味わってる時にケンカ始めるなんて、絶対に許しません!
「……ごめん、マシロ」
「悪かった」
案外素直に謝ってきたので、まあいいか、とそのまま4人で店内をぶらつくことにした。子供相手に毎回大人げない私です。
先生への差し入れは、フルーツの香りのハンドクリームとバスソルトに決めた。どっちも容器のデザインがすごく洒落てるの。先生、喜んでくれるといいな。
散々、女の子向けの雑貨屋さん巡りに付き合わされた紅さまと蒼くんは、最後はぐったりとしていた。こんなに長くかかるとは思ってなかったんだろうな。
気の毒だけど、自分で蒔いた種だからね。
「ましろちゃん、今日はすごく楽しかった! ありがとう」
例のロールスロイスで家まで送ってもらい、満面の笑みを浮かべた紺ちゃんに手を振る。
蒼くんと紅さまにも挨拶し、私は上機嫌で家に戻った。
いろいろあったけど、私も楽しかったな。
あの2人はさておき、紺ちゃんといるとホッとする。
次の日、ゴミ捨てに出た母さんは、ご近所中のおばさま方から「お宅のましろちゃんの交友関係って、どうなってるの!?」と質問責めにされたらしい。
間違いなく、存在感凄すぎるあの車のせいです。




