閑話②
★蒼と紅の日常★
青鸞学院初等部の通学風景は、この辺りの名物だった。
広大な学校前の駐車場は、朝と夕方、高級車の見本市のようになっている。
「おはよ、紅」
無造作に学校指定のカバンをぶら下げた蒼の姿が現れるや否や、クラスのあちこちから微かな溜息が漏れる。
四年に進級してから、ただでさえ整った容姿に大人っぽさが加わったと、女子の間でますます人気が上がっていることを蒼は知らない。
「おはよう、蒼。今日は機嫌いいね」
先に登校していた紅は、片手にしていた文庫本をパタンと閉じ、蒼に視線を向けた。
校則違反すれすれに着崩した制服は、紅がやるからこそ決まる。
同じようにシャツの第一ボタンを外し、ネクタイを緩め、腰の位置でベルトを締めたとしても、他の男子がそれをやれば、ただだらしないだけだ。
華やかな美貌の紅が微笑むと、うっとりと彼に魅入っていた取り巻きが、途端に色めきたつのもいつもの風景。
彼らが属するのは、Aクラス。
青鸞の中でも、特に優秀な子供が集められるクラスだ。もちろん親の財力もそこには含まれる。
「うん、昨日はマシロに会えたからな」
「また、あいつに会う為に先に車を帰したのか? よくやる」
「いいだろ、別に」
ぼそぼそと交わす会話の内容が気になって仕方ない女子たちも、流石に2人の間に割って入ることはしない。
「紅だって、気に入ってるんだろ? 聞いたぜ、マシロから。スーパーの帰りに助けてもらったって」
蒼の意味深な眼差しに、紅は軽く肩をすくめてみせた。
「あれは、偶然だよ。流石に、見て見ぬふりは出来ないだろ。紺も気に入ってるヤツだしな」
「だといいけど」
何に対しても執着を見せなかった親友の変化に、紅は首を傾げた。
「どうして、そこまでアイツにこだわる? どこにでもいる普通な子だろ。確かに頭は悪くないし、努力家だとは思うけど」
「紅には教えない」
蒼は口元を緩め、何かを思い出すように視線を空に向けた。
「マシロのいいとこなんて、俺だけが知ってればいいんだ」
「ふうん。ますます気になるね。今度、ましろに直接教えて貰おうかな」
紅のからかうような台詞に、蒼は答えなかった。
代わりに無言でガツ、と脛を蹴られ、紅は顔を顰めた。
「まあ、見ました? 先程のお二人のやり取り」
「ええ、なんて仲睦まじいんでしょう……」
「蒼さま、怒った顔もなんて素敵なのかしら」
「あら、紅さまの笑顔の方が素敵ですわ!」
蒼と紅をそれぞれ支持する二つのグループに分かれた女子たちのどうでもいいやり取りが、今日もAクラスを賑わせている。




