スチル7:紅(ショッピングモール)
「で、どこ行くの?」
「――そうだな。時間があるなら、ここから出ないか? またアイツらが来たら困る。地下の駐車場に車を待たせてるから、お前の好きなところに連れて行ってやるよ」
何しにここに来たんだろう、この人。
私はジロジロと無言で眺めてやった。手ぶらだし、人と待ち合わせをしてる風でもない。
「……なに。俺の顔になんかついてる?」
「用事があって来たんじゃないの? 私、お姉ちゃんと待ち合わせしてるし、そんな遠くにいけないよ」
ちょうど本屋さんの近くに紅茶専門店があった。
紅さまは「じゃあ、ここでいいか」とあっさり決定し、先にスタスタ入って行ってしまう。ポットサービスが売りの上品なお店だけど、お値段が高めなんだよね、このお店。
「ちょっと、待ってよ!」
小走りで彼に追いつき、手触りのいいジャケットの裾をつんと引いた。
「私、そんなにお金持ってない」
「は? ……あのな。俺が誘ったんだから、お前に払わせるわけないだろ」
何を偉そうに! この非労働者め!
自分の稼いだお金でもない癖に人さまに奢るとか、十年早いわ!
動こうとしない私を見下ろし、紅さまはすっと手を伸ばした。
「いいから、おいで。立ち話はみっともない」
あまりに自然に手を繋がれたものだから、私はあっけに取られてしまった。
ひんやりと冷たい紅さまの手に引かれ、入口に現われた店員さんに案内される。
座り心地のいい大きな一人掛けソファーへとおさまった後で、ようやく状況が飲み込めた。
私を奥に座らせてから、座りましたよ、この人。
なに、このレディ扱い!
地上6階の窓辺からは、綺麗な青空が見渡せる。非日常的なシチュエーションに、嫌でも胸がドキドキする。
吊り橋効果だ、と自分に言い聞かせた。
緊張による動悸を、恋のソレと勘違いさせちゃう心理の不思議に違いない。
「好みはある?」
あんまり気が動転していたので、とっさに「俺様以外でお願いします」と言いそうになった。
紅茶の話だよ。しっかりしろ!
「ダージリンのファーストフラッシュ。ストレートで」
今の時期なら間違いない筈。メニューを見ずにさっさと決めると、紅さまは驚いたように瞳をまたたかせた。
長い睫毛が目元に色っぽい影を落とす。
「ふうん。じゃあ、俺もそれにしようかな」
注文を通した後、紅さまは何かを考え込むようにソファーに深く座ったまま、一言も口を開かなかった。
ホント、何がしたいのか謎過ぎる。暇になったので、手元にあったナプキンを弄りまわした。
「蒼が言ってた通り、本当に指先が器用なんだな」
紙ナプキンは、一輪の薔薇に変わっている。真っ白のバラ。
バレンタインデーに沢山折ったからか、無意識のうちに折ってしまっていたらしい。
「んー、まあね。それくらいしか取り柄ないけど」
なんせボンコですから。
嫌味を込めて答えてやったのだが、紅さまはしげしげと紙の薔薇を見つめたままだった。う~ん。調子狂うなあ。
そのうちに紅茶が運ばれてきた。
澄んだ金色が綺麗なお茶だ。飲み口もすっきりとしていて、春の気分にピッタリだった。爽やかな後味に、思わず頬が緩んでしまう。花のような香りも好きなんだ。
「……本当は紺と待ち合わせしてたんだ。」
ぽつり、と紅さまはそう言った。私の最初の質問に対する答えだと気がつき、続きを待ったが、それ以上は何も言わず紅茶を飲み始める。
「急に来られなくなったの?」
「ああ、体調を崩したらしい。時々、あるんだ。発作みたいに咳と熱が出る」
「ええっ! だ、大丈夫なの? お医者さんとかには――」
紺ちゃんが病弱だなんて知らなかった私は、驚いて前のめりになった。
紅さまは軽く頭を振り「もちろんかかってる。色々検査もしたけど、特に異常はないって」と教えてくれた。
「それならいいけど……そっか。残念だったね」
紅さまが寂しそうだったので、思わず同情の言葉が口から転がり出てしまう。
「でも良かったよ。あの子達に紺ちゃんと一緒にいるの見られなくて。不安定なお年頃だし、思い詰めると何するか分からないとこが怖いよね」
何の気なしに続けると、紅さまは大きく目を見開いた。
「なんで、その話……。まさか、紺が話したのか?」
「うん、まあ。紺ちゃん、すっごく痛かっただろうな。成田くんも災難だったね」
前世でやってたゲーム云々と告白するわけにもいかないから、曖昧に誤魔化す。
私の言葉を聞くと、紅さまは苦々しげに顔を顰め、吐き捨てた。
「知った風に言うな。お前に分かるはずがない」
「――そりゃそうだ。人の本当の気持ちなんて、所詮本人にしか分からないよね。それどころか、自分でも分からない時もある。成田くんにだって、紺ちゃんのその時の気持ちが100%分かってるわけじゃないでしょ?」
思ったことをそのまま言ってやった。
無神経な言い方かもしれないけど、構うもんか。
紅さまはいつも本音で私に接してくるから、私もその場限りの慰めを言うつもりなんて最初からなかったのだ。
キレられてもいいよう、体を固くして身構える。一発くらい叩かれるかな。
ところが紅さまは、怒らなかった。
それどころか、目元を和ませ笑みすら浮かべたのだ。
「なかなか言うじゃないか、ボンコ」
その時の笑みがあまりに綺麗だったので、私は一瞬魅入られてしまった。
悔しいけど本当にカッコいい人だなあ。改めて思う。
これで9歳ですよ。蒼くんもそうだけど、こんな小学生嫌すぎる。
「……言い過ぎたし、立ち入り過ぎました。謝らないけど」
「なんだよ、それ。矛盾してるだろ」
紅さまはとうとう、声を立てて笑い始めた。
震える肩に合わせて、艶やかな赤い髪がサラリと揺れる。口を引き結んだまま二杯目の紅茶を注ぎ、彼から視線を外した。
今目が合ったら、気持ちが動きそうで怖い。
もうすぐ三時になってしまう。
私はお先に失礼させてもらうことにした。
「慌ただしいヤツ。今度はゆっくりお茶に付き合えよ」
「……ご馳走様でした。美味しかったです」
今度、という言葉に複雑な気持ちが込み上げる。
そんな優しい言い方、しないで欲しかった。
胸がざわざわと落ち着かなくなる。私は頷くことも、二度と嫌だとも断ることも出来ず、ただお礼を言った。
「紺に会えなかったのは残念だけど、代わりにお前に会えたし、暇つぶしにはなったな」
さすがは紅さま。最後はきちんとオチをつけてくれる。
いつも通りの憎まれ口にホッと安堵し、いーだ、と顔を顰めてやった。お店の外に出て、本屋に戻ろうとする。
私にはファン心理というものがよく分かっていなかった。
お店の入口で、「そこのあなた。ちょっと待ちなさいよ」と突然声を掛けられた時には、飛び上がるかと思うほど驚いた。
嫌な予感を覚えながら、その声の主を確かめる。
うわぁ、勘弁して。
「そう、そこの貴女よ。紅さまのお友達でいらっしゃるのでしょう?」
「いえ、大した知り合いではありません」
先手必勝、とばかりに即答してやる。
紅さまの取り巻き集団のボスらしき女の子が、ぐいと一歩前に出てきた。
まだ、いたんだ。そして犯人は現場に戻ると踏んで、ここで張り込んでたんだね!
真っ黒な長い髪と勝気そうな黒い瞳が魅力的な女の子。せっかくエキゾチックな美人顔してるのに、歪んだ口元が全てを台無しにしている。
こういう人達って、漫画の中にしかいないと思ってた。実在することにまず、びっくりだ。
「わたくし、青鸞学院の宮路 璃子と申します。紅さまとは同じクラスですのよ」
こちらが自己紹介をしたのだから、さあ名を名乗られませ! とでも言いたげに彼女はそこで口を噤む。内心、盛大な溜息をついた。
やっぱりあの時、赤の他人を押し通すべきだったのかも。脳内一人反省会を始めつつ。
「島尾 真白です。成田くんとは、ただの顔見知りです」
ここはあくまで彼とは全く親しくないアピールに徹しよう。
彼女たちは、頭のてっぺんからつま先まで私を眺めまわし、「相手をするに及ばず」と判定したらしかった。フン、と鼻で笑われる。
「そうですか。紅さまはお忙しい方。あまりお邪魔するのは如何なものかと思いますよ」
婉曲的かつ嫌味っぽく注意してきたのは、璃子さんの右隣の天然パーマちゃんだ。ふわふわの緑色の髪の毛を高価そうなリボンで片側にまとめている。
「その通り。迷惑がってる人に付き纏うなんて真似は、非常に見苦しい」
一歩も引かず受けて立った私の言葉に、お嬢軍団は顔色を変えた。
売られた喧嘩は買う主義です。
年下の子に年上面されるの、正直気分悪いし。
「分かっていらっしゃらないようですけど、貴女のようなパッとしない方が紅さまの近くにいること自体、私たちを不愉快にさせるのですわ」
璃子さんの左隣に控えていたショートヘアの女の子が悔しそうに言い募る。
「それは大変失礼しました。ではその文句は、直接成田くんへどうぞ。私からは一切近づかないので」
軽く会釈をして、踵を返す。
大人げなかったな、とちょっぴり反省。
……はあ、なんだか散々な一日だ。
更には、書店で私を探し回っていたお姉ちゃんに半泣きで「どこに行ってたの!? 心配したでしょ!」と叱られ、踏んだり蹴ったりだった。
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本日の主人公の成果
攻略対象:成田 紅
イベント名:春摘み紅茶をあなたと
無事、クリア




