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音楽で乙女は救えない  作者: ナツ
第一章 小学生編
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 春休み直前のレッスン日。

 私は上機嫌で、亜由美先生の家を訪れた。

 自分で作ったレッスンバッグには、あの日蒼くんから貰った音符型のチャームがついている。

 シルバーの上品なデザインで、ト音記号の先端にキラキラ光る模造ダイヤがついてる一品。チェーンを変えればネックレスにも出来そうだけど、小学生の私にはまだ早いので、バッグにつけたのだ。


「こんにちは、ましろ」

「うわ」


 サロンには先客がいた。

 紅さまが長い脚を組み、ソファーにもたれて音楽雑誌をめくっていらっしゃる。

 コンサートの帰り際、意味不明な態度を取った彼に、私の警戒度はレベルMAXだった。可愛いチャームに浮かれていた気持ちが急降下する。


「あのさ……まあ、いいや」


 私のこと好きなの? ともいきなり聞けず、語尾をぼかすと、紅さまは怪訝そうに眉を上げた。


「なんだよ。言いたいことがあるなら、最後まで言え。あと、きちんと挨拶しろ」

「こんにちは。ごきげんよう。まさかと思うけど、成田くんって私に興味があるの?」

「…………は?」


 青天の霹靂、という表情で紅さまは私を見つめた。

 この様子だと、それはないのか。


「とうとう頭まで……。今度は、どんな妄想に取りつかれたんだ。きちんと話してみろ」


 気の毒そうに言って、紅さまはポンポンと自分の隣を叩いた。

 来い、の合図らしい。しぶしぶそこに座った。


「だってコンサートの帰り、耳まで赤くなってたじゃん。紺ちゃんに私とのこと、からかわれてさ。あと、『今度は』って何よ!」

「一番最初に会った時、『私の運命の王子様』って顔で俺のこと、涎たらして見てたヤツが偉そうに言うな」


 そこを突いてきちゃうわけ!? 

 あれには色々事情があったの! 主に二次元系の。

 私は真っ赤になって「さすがに涎は垂らしてなかったよ!」と言い返した。


「否定すべき部分はそこじゃないだろ。……あのね、ボンコ」


 紅さまは艶やかな笑みを浮かべ、悠々と足を組み替えた。

 腕をソファーの背もたれ部分に伸ばし、王様のように私を眺める。


「紺とは滅多に会えないんだ。あの時は、久しぶりに会った妹の屈託ない笑顔に見惚れてたんだよ。俺の可愛いお姫様は最近沈みがちで、滅多に笑ってくれなくてね」


 真性のシスコンですよ、この人。

 紺ちゃん大丈夫か。私はじり、と後ろに下がった。


「それを自分への好意だと勘違いするなんて、真白はバカだね」


 台詞だけを取りあげてみると、かなりムカつくんだけど、その時の紅さまの口調があまりに優しかったので、私はあっけに取られた。


「でもそうやって、自分の思ってることを隠さない馬鹿正直な部分は好きだよ。そんなところに蒼は惹かれたのかな」


 そう言って、紅さまは私のレッスンバッグに手を伸ばす。

 チャームに触れ「これ、蒼からのプレゼントだろ? それにしても、入れ込み過ぎだけどな」と呟く。


「……もしかして、これって高価なものなの?」


 紅さまの口ぶりに、私は青ざめた。

 入れ込み過ぎって、どういう意味!?


「本当のことを言ったら、お前、蒼につき返しそうだからな。受け取ったんだし、大事にしとけば」


 意地悪なことを言って、紅さまはチャームから手を放した。

 模造ダイヤですよね。もしくはスワロフスキー的なアレですよね、この輝きは!


「ましろちゃーん? どうぞ?」


 亜由美先生の澄んだ声が聞こえてくる。

 レッスン前に、なんだかとっても疲れてしまった。そのせいかミスを連発し、その日のレッスンは鬼と化した先生にしごかれまくった。うう……。紅さまめ!

 私もメンタルもっと鍛えなきゃ。


 


 そして終業式が終わり、いよいよ春休みに突入。

 この長期休暇で、更なるレベルアップを目指しちゃうもんね。


 私はうきうきと、まずは部屋の片づけから始めることにした。

 綺麗になった部屋で、紺ちゃんノートを久しぶりに取り出し、もう一度じっくり読んでみる。


 紅様ルートのことだけが、詳しく書かれたノート。

 トビー王子も蒼くんも、まるでこの世界に存在してないみたいな書き方で、紺ちゃんは起こるイベントを綴っていた。


 途中、気になる記述を見つけ、「ん?」ともう一度目を走らせる。


 ――――三角関係モードは、やったことがないから省くね


 三角関係モード?


 私がプレイしたことのある前作には、そんなのなかった気がするんだけど。リメイク版の追加要素かな。

 紺ちゃんが未プレイなら、いくら考えても分かるわけがない。


 私は諦め、小学生時代の回想モードで起こりそうなイベントだけをチェックすることにした。

 紅い悪魔のフラグだけは、徹底的に潰さなければ!


 怪しいのは、【古都での再会】

 6年の時の修学旅行で起こるイベントが、とりあえずは要注意っぽい。


 旅行先の京都で、紅さまと偶然鉢合わせするという何ともご都合主義的、もとい運命的なイベントだ。

 すでにエリちゃんには蒼くんを目撃されている。あの後、すさまじいまでの質問攻撃に晒された。そこに紅さままで加わったら、目も当てられない。

 人目のある場所だと、嫌がらせを兼ねて馴れ馴れしく振る舞ってきそうだよね、紅さまって。だんだんヤツのパターンが読めてきたぞ。


 先に知っていれば、イベントを潰すのなんて楽勝だ。

 私は、ボクメロ世界の強制力を甘くみていた。

 

 ――数日後、お姉ちゃんと連れ立って買い物に出るまでは。


 引き籠りの妹を哀れに思ったのか、その日はお姉ちゃんに強引に連れ出されてしまった。いっぱいやることあるのに。勉強だってピアノの練習だって、楽しんでやってるのに。

 前世では滅多に味わえなかった達成感が、今の私には与えられている。なんせ努力すればしただけ、成果に現れるんだもん。面白くてたまらない。


「なに買うの? 私、特に用事ないんだけど。欲しいものもないし」

「いいじゃない、たまには。ましろも髪の毛伸びてきたし、ヘアアクセなんてどう?」

「んー。安いやつなら欲しいかな」


 そんなことを話しているうちに、駅前のショッピングモールに到着。

 コスメショップとチープなアクセのお店の梯子はしごに飽きた私は、早々にモール内の書店に避難することにした。


「3時になったら迎えにくるから、絶対にここを動かないでよ? 知らない人について行くのも絶対ダメ」

「分かってるって」

「あー、でもなあ……やっぱ心配。お姉ちゃんと一緒に行動しようよ、ましろ」

「やだ、もう無理。絶対、本屋から出ないから。ね?」


 何度も私を振りかえりながら去っていくお姉ちゃんに手を振り、ぶらぶらと平台を見て回ることにした。

 今日は軍資金もないし、参考書コーナーはパス。

 文庫の新刊チェックして、話題のハードカバーを一通り見て回ろうかな。


 本屋さんが大好きな私は浮かれた気分で、大きなフロアをうろついた。

 一冊の本が目に留まったので、興味本位で冒頭部分を立ち読みしようと手に取った時、場違いな黄色い嬌声が鼓膜を叩いた。


「私たちも一緒に回らせて!」

「ねえ、お願い。いいでしょう?」

「邪魔しませんからぁ」


 一切しゃべるなとは言わないけど、書店や図書館では声のボリュームを極力しぼって欲しい。若干イラっとしつつ、目を上げる。

 視線の先には、ブランド品のお洋服をお召しになったお嬢様軍団と、彼女らに取り巻かれてる紅さまがいた。

 コットンジャケットに細身のパンツを合わせ、足元はごつめのエンジニアブーツで崩してる。随分カジュアルな格好だけど、お金はかかってるんだろうなあ。


 ……ってファッションチェックしてる場合か。

 早くどこかに隠れなきゃ!


 ところが、時すでに遅し。


「ごめんね。友達と待ち合わせてるから、遠慮してくれる?」


 私としっかり目の合った紅さまは、そう言ってニッコリと人たらしな笑みを浮かべ、彼女らを追い払った。

 

 友達……? その方はいずこに?


 念のためキョロキョロ辺りを見回してみたが、それらしい人物は見当たらない。

 私の隣で同じく立ち読みしてる、ゴルフスタイルのおじさんじゃないよね?


「ごめんね、待たせて。何、読んでたの?」


 紅さまは爽やかに髪をかき上げ、私の持っていたハードカバーのビジネス書をちら、と覗き込んだ。


 【元銀座のママが教える他人を操る25の方法論】


「……くっ」


 なにがツボだったのか、急に肩を震わせ紅さまは俯いた。

 そのまま必死に笑いを噛み殺している。私はムスっとしながら、その本を丁寧に平台に戻した。


 人が何を読んでいようが、いいでしょ、別に!


「誰かとお間違えでは?」


 遠くから殺気の籠った眼差しを投げつけてくるお嬢軍団が怖すぎる。

 小声で「いいから、早くあっちに行ってよ」と言ってやると、紅さまはようやく笑いをおさめ、フンと鼻を鳴らした。


「いいから、黙って話を合わせろ。どうせ、暇なんだろ?」


 でた、上から目線。

 助けて欲しいなら欲しいって素直に言えばいいのに、ホント何様?

 紅さまか。いや、許さん!


 怒りを込めて睨みつけた。

 「この人、あなた達を撒きたいだけですよ~」ってお嬢様軍団に言いつけてやる。私の本気を感じ取ったのか、渋々紅さまは言い直した。


「……そんなに怒るなよ。ごめん、助けてくれ」


 不本意感丸出しの棒読みだったけど、私は仕方なく頷いてあげた。


 紅さまのトラウマを考えると、本当は逃げた方がいいのかな。

 痴情のもつれで刺されるのは嫌だ。しかも誤解とか泣ける。

 でも本気で困っているらしい彼の表情に、少しだけ。ほんの少しだけ同情してしまった。


 ――あの子たち、凶器ハサミ持ち歩いてないよね。


 横目で警戒しつつ、私たちはとりあえず移動することにした。





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