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音楽で乙女は救えない  作者: ナツ
第一章 小学生編
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 私達の席は、横並びで4つだった。

 以前のオペラの時と同じく、かなりの特等席。中央から若干左側に位置したそこからは、ピアニストの手の動きがよく見える。

 私と紺ちゃんが真ん中に座り、紺ちゃんの隣に紅さま、そして私の隣に蒼くんが座った。蒼くんと紅さまは親友なんだから、並んで座ったら? と提案してみたんだけど、二人ともかなり嫌そうな顔をして断ってきた。


「何が悲しくて、男の隣でせっかくのコンサートを楽しまなきゃいけないわけ? ボンコはもうちょっと考えて物を言った方がいいね」

「あら、考え抜いて言ったとは思いませんの?」

「……ましろちゃん、キャラ変わってるよ」

「俺はマシロの隣がいい」


 蒼くん一人が相変わらずぶれない。

 開演のブザーが鳴ったので、私達は皆、口を噤んで正面に向き直った。


 第一部は、アンサンブルコンサート。

 ピアノ三重奏、弦楽四重奏、木管五重奏など、バリエーションに富んだ構成で進んでいく。息もぴったりのトッププロの演奏に、私は盛大な拍手を送った。

 30分の休憩に入ったので、パンフレットを見ながら紺ちゃんに話しかける。


「すっごいね~。当たり前だけど、CDとは全然違う! 来て良かったな~。第二部の独奏も楽しみ!」

「うん、私も。これだけの出演者を揃えるなんて、主催者側も頑張ったよね」


 パンフに載っている経歴を見るだけで、そうそうたるメンバーが揃っている。私が感心しながら頷くと、紅さまが可笑しそうに肩をすくめた。


「なに他人事みたいに言ってんだよ、コン。お前の親父さんだろ」


 トントン、と彼が指さしたパンフの裏表紙には誰もが知っている大企業の名前があった。玄田という名前。そう言えば聞き覚えがある。確か創立者で、今も経営はその一族が受け継いでいるとかなんとか。

 うわあ! 紺ちゃんってば、本物のお嬢様だよ!


「あなたの伯父さんでもあるでしょ。何を今さら」

「ってことは……」

「そう、私達の母の兄が現社長で、おじい様が会長を務めていらっしゃるの」

「へえ、すごいね」


 感嘆の溜息を洩らしながら、うっとりと紺ちゃんを見つめる。

 完璧に整った容姿、家柄、ピアノの腕。三拍子揃った完璧な女の子。

 そんなスペシャルな子が誘ってくれたからこそ、こんな特等席で素晴らしいコンサートを楽しめてる。神様、ありがとう!


「……なに、その顔。普通もっと僻んだり、羨んだりするだろ」


 何故か紅さまは不機嫌そうに眉をしかめた。

 その表情を私の隣から覗きこんだ蒼くんが、プッと噴き出す。


「残念だったな、紅。マシロはそんな子じゃないよ」

「ハッ。どうだか」


 二人の顔を順番に見比べ、私は首を傾げた。

 羨んだり僻んだりって、同レベルの相手に持つ感情じゃないのかなあ。あまりにも次元が違うと、そんな気も起きないっていうか……。

 

 それに、私は今の自分の環境に満足してる。

 紺ちゃんの立場と取り替えてあげるって言われても、答えは「NO」だ。

 私の説明を聞くと、紺ちゃんはきゅっと唇の端を持ち上げた。

 

 「……ましろちゃん、ご家族のこと大好きなんだよね」

 「うん。親はもちろん、お姉ちゃんだって最高! だから、今のままでいいんだ」

 「お姉ちゃん?」

 「うん。花香お姉ちゃん。可愛い名前でしょ? ちょっと抜けたところもあるけど、ものすごく優しいの」


 遠慮なく姉自慢をし始めた私に、紺ちゃんはじっと耳を傾けてくれた。

 紅さまでさえ、黙ったまま口を挟んでこなかった。

 蒼くんが「また今度、家で2人のアルバム見せてよ」と言ったので「いいよ」と頷いた。


「……っと、ごめんね。私ばっかり喋っちゃって。みんなの好きな曲ってどれだった?」


 つい調子に乗ってしまった。反省し、違う話題を振ってみる。

 紺ちゃんはう~んと小首をかしげながら、愛らしく腕組みした。


「ニールセンの木管五重奏かな。ベルリン・フィルのメンバーだったでしょう? 圧巻だったよね。音の粒が綺麗に揃ってるだけじゃなくて、それぞれの楽器が個性的に空間を彩る感じ。一曲だけじゃなくて、もっと聞きたかったわ」


 紅さまはそんな紺ちゃんを可愛くて堪らない、といわんばかりの愛溢れる眼差しで見つめながら、口を開く。


「確かに。紺はやっぱセンスあるな。俺は、ハイドンのひばりかな。弦楽四重奏の定番だけど、息がすごく合ってて聞きごたえがあった」


 私も人のこと言えないけど、シスコン、ぱねえ。


「蒼くんは?」


 黙ったままの蒼くんに尋ねると「マシロは?」と逆に聞き返された。


「う~ん。今まで悲しい感じの曲ってそんなに好きじゃなかったんだけど、三曲目の、えーと」

「ラフマの三重奏曲第一番」


 パンフレットで曲名を確認しようとしたところで、蒼くんが教えてくれた。


「うん、それ。すごく良かった。大きくなったら、あんな風に弾いてみたいなあ」


 ヴァイオリンとチェロの歌うような主旋律を追う、煌めくピアノの音。


「ふん。俺はあの曲のセレクトはどうかと思ったがな。不吉だし、辛気臭い。同じピアノ三重奏なら、チャイコフスキーの偉大な芸術家の思い出の方がいい。第一、ラフマニノフのピアノパートは超絶技巧を駆使しないと弾けないよ?」

「そんなに突っかかるなよ、紅。マシロが弾いたら、どんな曲もきっと優しい曲になる。俺はいつか聞いてみたいな」


 紅さまの憎まれ口を、蒼くんがすかさずフォローする。

 そりゃ、今のままじゃ無理だろうけど、夢は大きく持ったっていいじゃないですか。ほんとこの人、ムカつくなぁ。


「じゃあ、その時は蒼くんのチェロと合わせてね?」

「……ああ、いいよ。俺も頑張らないと」


 きゅっと唇を噛んで蒼くんは一瞬ためらい、その後すぐに笑顔に戻った。


「それじゃ、ヴァイオリンが足りないみたいだけど?」


 からかう気満々の顔で、紅さまが身を乗り出してくる。


「頼んだら、一緒に弾いてくれるの?」


 睨み返すと、紅さまはあっけに取られたように私を見つめ返し、それからニッコリ微笑んだ。


「いいよ。お前がどこかのコンクールで入賞するくらいの実力者になったら、な」

「その言葉、覚えておいて下さいね」


 ふん。めちゃくちゃ練習して、いつか吠え面かかせてやる!

 お綺麗なその顔を屈辱に歪ませてやろうじゃないの。

 私が悪役ばりの表情でほくそ笑んだのを見て、紅さまはギョっとした。


「ふふ。これは、紅の負けね」


 ゲームの進行を知っている紺ちゃんが笑ったので、少しだけ複雑な気持ちになった。

 リメイク版主人公(わたし)がコンクールで優勝するのは、あくまでゲームの世界での話だと思ってた。

 

 私が今重ねてる努力って何なんだろう。

 誰かの指の先にはめられた操り人形。神様がひょいと指を動かすたびに、ペコペコ動く人形が私?


 ……そんなの、嫌だな


 この時初めて、私はこの世界に疑問を持った。

 世界、というより転生してきた自分に。


「ねえ、紺ちゃん。私がコンクールに出なかったら、世界は崩壊しちゃったりするの?」


 【バッドエンド】でゲームは終わる。

 でもこの現実は、どうなるんだろう。

 タイトル画面に戻るみたいに、全部リセットされてしまったらどうしよう。


 形のいい小さな耳に口を近づけて、ひそひそ声で話しかける。

 紺ちゃんは、ゆるく首を振った。


「そんなことない。ピアノだって、続ける必要ない。ましろちゃんは、自由なんだよ。どうとでも好きに生きていける」


 紺ちゃんの声は、とても小さくそして静かだった。

 強く張りつめた糸をその穏やかな表情の下に隠そうと懸命になっているんだって、どうしてなんだろう、分かってしまった。

 トビー王子に向けられた紺ちゃんの台詞を、再び思い出す。


「――何か隠してるんだね、紺ちゃん」

「全部は言えないってだけ。……信じて、ましろちゃん。あなたは自由に選べるんだって」


 ましろちゃん『は』。あなた『は』。

 繰り返す紺ちゃんの言葉に、私は頷くことしか出来なかった。


 


 そして始まった第二部。

 私が一番楽しみにしていたのが、とりを務めるヴァイオリニストだ。日本人なんだけど、活動拠点はNYに移している。お父さんもお兄さんも音楽家、というサラブレッド。

 ヴァイオリンを顎の下に挟んで構えた姿を見ただけで、膝が震えてくる。本当にカッコイイ!


 声にならない溜息をつきながら、うっとりと舞台を見つめる私の手の上に、蒼くんがそっと手を重ねてきた。


 ――ん?


 横目で確認してみれば、明らかに拗ねていらっしゃる模様。

 か、かわいい。なんだろう、この生き物は!

 曲に集中できなくなるから、やめて欲しい。


 24のカプリース~24番

 パガニーニの作曲したヴァイオリン曲の中でも難曲中の難曲とされている一曲だ。

 出だしからとても力強い。抒情的に弾くヴァイオリニストもいるけど、私はこの人の硬質で挑戦的な弾き方がすごく好きだった。


 最後の音が、高いホールの天井に吸い込まれるように消える。

 耳が痛くなるほどの拍手で会場が包まれた。

 私も思いっきり手を叩いた。

 蒼くんの手はいつの間にか外され、固い拳の形になって彼の膝の上に押し付けられていた。


 そして、ホールの外。

 会場の車どまりまで迎えの車が来るはずだから、という紺ちゃんについて行く。


「城山くんも良かったら、一緒にどう?」

「そうしたいんだけど……ごめん、待ち合わせしてて」


 蒼くんは気乗りしないんだけどな、とぼやき、私に小さな箱を握らせた。


「ん? なあに、これ」

「後で開けて。一日遅れちゃったけど、お返し」


 照れくさそうに笑って、蒼くんはポン、と私の頭に手を置く。


「じゃあね、マシロ。今日は一緒にいられて、嬉しかった」


 蒼くんは甘すぎる台詞を平然と残し、颯爽と去っていく。

 彼の背中を呆然と見送る私に、紺ちゃんが恐る恐る声を掛けてきた。


「……もしかして、蒼くんにチョコあげた、の?」

「えっ、ちがっ。いや、違わないのか、な?」


 動揺し過ぎてしどろもどろになってしまった私を見て、紅さまが意地悪な表情になる。


「蒼にはあげて、俺にはくれなかったってわけ?」


 欲しくもない癖に、よく言うよ!


「来年もまだ知り合いだったら、義理は果たしますわ」

「ふうん。手作りはマジで勘弁しろよ。ゴディバより、ピエール・エルメがいいな」

「あははははは。――ふざけんな」

「お前こそ、ふざけるな。この俺がそこらへんのちゃちな駄菓子を食べると思ってんのか?」


 私達の舌戦に、紺ちゃんはとうとう笑い出してしまった。


「紅ってば、ものすごくましろちゃんのこと気に入ったのね」

「は?」

「……笑えないな、紺」


 紅さまはプイと顔を背けた。

 そんな彼の耳はほんのり色づいてて、心底寒気がした。

 

 こんな見た目の割に、好きな子ほど苛めるという例の小学生気質は持ってる、とかじゃないよね! 違うと言って!




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