スチル6:鳶(セカンドイベント・紺)
日曜日は、快晴だった。
起きてすぐにカーテンを開け、澄み渡った空を見上げてみる。それから真新しいワンピースとボレロのかかったハンガーを振り返り、その場でくるりと一回転。
正直に白状してしまうと、コンサートも新調してもらったお洋服も、物凄く楽しみだった。
今日という日が待ちきれなくて、早起きしてしまったくらいだ。……5時半は、早過ぎたな。
待ち合わせは13時。
開演は14時なのだけど、今回のコンサートのパンフレットは有料なんです。出演者のCDも同時に販売され、購入者特典としてのサイン会まで予定されている。
早めに行ってパンフ買いたいよね、と紺ちゃんと話し合い、待ち合わせ時間を決めた。
まだみんな寝てそうなので、とりあえず勉強することにした。
もうすぐ四年生。時はちゃくちゃくと進んでいる。ベッドを綺麗に整え、机に座って問題集を取り出した。
今やってるのは「三年間の総復習~超難関高校対策問題集」だ。
お姉ちゃんのもろ過ぎる基礎を中学時代から遡って強化する為に買った一冊なんだけど、お姉ちゃんには強すぎた。
しょうがないので、まだ歯が立ちそうな問題をノートに写し、本体は私が使っている。
オール手書きの手作り問題集に、お姉ちゃんは感激と有難迷惑で泣きそうになってたっけ。
ガリガリと机に向かっていると、軽いノックの音と共にお姉ちゃんが顔を覗かせた。
「ましろ、おっはよ~。いよいよ今日だね……って、げっ! あ、朝から何してんの!?」
「おはよ、お姉ちゃん。なにって勉強だけど――」
「やだああああああああ!」
お姉ちゃんは寝起き頭を掻き毟り、階段を駆け下りていった。
そんなに慌てて逃げなくても、一緒にやろうって言わないのに。
日曜日の朝ごはんは遅め。
普段家事と仕事を両立させてる母さんをゆっくり寝かせてあげようね、と父さんが代わりに台所に立つ。
私も手伝いたいんだけど、まだ食器洗いしかやらせて貰えない。
普通にいろいろ作れるのになあ。前世でも家事全般、嫌いじゃなかったし。
お姉ちゃんは、うちの台所に出入り禁止を食らっている。
卵をレンジで爆発させたり、パンを徹底的に炭化させたりと前科が多すぎるからだ。皿を洗ったら、必ず割る。
……よくバイト出来たな。
10時過ぎに朝昼兼用のご飯を食べて、今度はピアノの練習をすることにした。一時間みっちり練習した辺りで、再びお姉ちゃんが覗きに来る。
「そろそろ、準備して出なきゃいけないんじゃないの?」
「うん。じゃあ、着替えるね」
「髪の毛はやってあげるから、着替えたら洗面所においで」
お姉ちゃんは自分のことみたいに張り切ってる。
今日着るのは、小さな襟つきの白いノースリーブワンピだ。
ウエストには愛らしいサテンのリボンベルトがついている。スカート部分は上品なパープルボーダーだ。色のメリハリが効いていて、すごく可愛い一着だった。
パニエ付きでふんわり裾に向かって膨らんでいるのも、お姫様気分を盛り上げてくれる。
それだけだと寒いので、ファー付きのボレロを上に羽織った。ピカピカに磨いた黒のワンストラップシューズは、昨夜から玄関に並べてある。
父さんと母さんは着替えた私を見ると、「可愛い」だの「最高」だの大げさに褒めてくれた。
父さんはカメラまで持ち出して、シャッター音を響かせてる。もうその辺で勘弁して下さい。
会場まで送ってくれた母さんに手を振り、パンフ売り場を目指す。
確か入口の右側だったよね。紺ちゃん、もう来てるかな。
歩き始めたところで、「マシロ!」と声を掛けられた。
――この声は
ゆっくり振り向くと、やっぱり蒼くんだ。
チャコールグレーのスーツがこんなに似合う小学生が他にいるだろうか。どこのブランドかはもう聞くまい。憎らしいくらい、カッコよく決まっている。
「……成田くんに誘われて来た、とかじゃないよね?」
「当たり。来るつもりなかったけど、マシロが来るって聞いてさ。良かった、会えて!」
蒼くんは、いつもと変わらない無邪気な顔で笑っている。
昨日のオレンジ色の髪の子はいいの?
喉まで出かかったけど、飲みこんだ。
「そっか。もしかして、席も近いのかな」
「多分な。紅の妹も来るんだろ? 顔合わせんの、初めてだ」
「紺ちゃんっていうんだよ。私と同じピアノ教室なんだ。めちゃくちゃ上手なんだよ」
「ふぅん。……マシロも続けてるんだ、ピアノ」
蒼くんの声のトーンが、少しだけ下がる。
「うん。いけることまで行きたいなって思ってる。目指せピアニスト! なーんてね」
冗談めかして答えると、蒼くんは顔を顰めた。
ほんの一瞬だったけど、とても苦しそうに見えた。
「どうしたの? どっか痛い?」
「……ううん、俺は平気。マシロが優しいから」
思わず砂糖を吐きそうになる。も、もしかして、今日って蒼くんのイベントデー!?
にっこり微笑み、蒼くんは私に手を差し出した。
「今日のマシロ、すっごく可愛い。俺にエスコートさせてよ、お姫様」
無理無理無理!!
この子は、本当に怖い子だ。
9歳でこれだったら、高校生になったらどうなっちゃうんだ!
――あ、俺様蒼様になるんだっけ。
「そこまで。……なにやってんの、蒼。しっかり目を開けろよ。こいつのどこがお姫様だ」
気づけば、紅さまと紺ちゃんが近くに来ていた。
蒼くんの澄んだ瞳に魅入られてしまい、2人の気配に気づかなかった私。もう少しで石にされちゃうところだった。
「紅! あ、もしかして、その子が?」
「ああ、俺のお姫様だよ。どこぞのボンコよりよっぽど綺麗だろ?」
「馬鹿ね、紅。妹相手になに言ってるの」
どこぞのボンコって。それ、私しかいないじゃん。
蒼くんも紺ちゃんも、ちゃんと突っ込んでよ!
「こんにちは、紺ちゃん。今日はお招き、ありがとう」
負けじと紅さまをガン無視して、紺ちゃんだけに話しかけた。
紅さまは黒のスーツ姿だ。以上。絶対それ以上コメントしてやんない。
ネクタイ緩めんな。シャツの第一ボタンが開いてるの、無駄に色っぽいんだよ。
今日の紺ちゃんは、バーバリーの素敵なワンピースを着ていた。こういうクラシカルな恰好が、ピタッとはまるんだよね。なんせほら、正統派美少女だから。
私が褒めると「なに言ってるの、ましろちゃんの方がずっと可愛いよ! 髪もいつもと雰囲気違うんだね。大人っぽくて素敵!」と褒め返してくれた。
褒められたら褒め返す。女子の礼儀作法の一つです。
「――いい度胸だな、ボンコ。俺は無視か?」
「ごめんなさいね。なんせ平凡なもので。見たいものしか、視界に入らないんですよ」
「ふふ。面白いこと言うじゃないか」
「あら~、成田くんのお笑いセンスには及びませんわ~」
にこやかに笑いあいながらお互いを牽制している私たちを見て、紺ちゃんは額を押さえた。蒼くんもあっけに取られている。
「気が合ってるとこ悪いんだけど、ボンコって?」
「――蒼くん。それ聞いたら、絶交だからね」
私の目付きがよほど恐ろしかったのか、蒼くんは「もう二度と聞かない」と両手を挙げた。
4人で連れ立ってパンフを買い、開場したばかりのロビーに入った。
行く先々で、あちこちから視線を感じる。
「ねえ、見て」「かっわいい~」「ナイト2人のレベル高いね!」「何言ってるの、女の子もすごく綺麗じゃない」
……女子を単品で数えるのは止めようか。
ホールに入ろうとしたところで、紺ちゃんが何かに気づいたように足を止めた。真っ白なスーツに身を包んだトビー王子が金髪ゴージャス美女を隣に従え、こちらに近づいてくる。
「おや? 久しぶりだね。僕のこと、覚えてる? 可愛いピアニストさんたち」
一歩間違えたらとんでもない大惨事になりそうな白スーツが、トビーには怖いくらい似合ってた。
白馬の王子さまだよ、この人本当に。
連れのブロンド美女は、日本語が分からないのか小首を傾げている。180センチを超えるトビー王子と同じくらいの高身長。モデルさんかな? ウエストなんて、折れそうなくらい細い。
「もちろんです。こんにちは、山吹さん」
紺ちゃんはにこやかに挨拶を返した。
張りつめた紺ちゃんの雰囲気に圧倒され、私はかろうじて会釈だけした。
一体、どうしたの?
なんで、そんな怖い顔してるの、紺ちゃん。
「コンの事、ちょっと調べさせて貰ったよ。将来有望な芸術家は、早めにチェックすることにしてるんだ」
トビー王子は悪戯っぽい笑顔で、紺ちゃんだけを見つめている。流石の紅さまも黙ったままだ。
蒼くんは私の手をしっかり握ってくれた。
「光栄です。中等部からは私も、ここにいる兄と同じ青鸞に進むつもりなんです」
「――は? おまえ、何言って」
「I think you made a good choice. いいね。ますます楽しみだ」
紺ちゃんは驚きに目を見開いた紅さまを片手で制し、トビー王子に流暢な英語で話しかけた。
「A wise girl kisses but doesn’t love, listens but doesn’t believe, and leaves before she is left. 私を貴方の駒の一つにするつもりかもしれませんが、簡単にいくとは思わないでくださいね」
「――ははっ。これは、いい」
紺ちゃんの挑発するような台詞に一歩も引かず、トビー王子は華やかに笑った。
「では一日も早く、僕がキスしたくなるようなレディになっておくれ」
紺ちゃんは泣きそうに瞳を歪めた。
トビー王子は見せつけるように隣の美女の頬にキスを落とし、「またね」と去って行く。
最初から最後まで、わけがわからない。
今の殺伐としたやり取りが、前作ヒロインのイベントだっていうの?
「なんなんだ、あいつ」
「もういいわ。行きましょう」
不満げな紅さまを促し、紺ちゃんはホールへ向かった。すかさず紅さまが重たい扉を開ける。
蒼くんは私の手を握ったまま「さっきの英語、なんて言ったんだ?」と首を捻っている。
言えなかった。
――賢い女の子は、キスはするけど愛さない。話は聞くけど信じない。そして捨てられる前に捨てる
紺ちゃんが、わずか36歳で生涯を閉じた有名な女優さんの言葉を引用しただなんて。
トビー王子ルートって、一体どういうルートなんだろう。
すごく聞きたかったけど、きっと紺ちゃんは教えてくれない。そんな気がした。
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前作主人公の成果
攻略対象:山吹 鳶
イベント:いつか王子様が
クリアエラー
新イベント:宣戦布告




