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音楽で乙女は救えない  作者: ナツ
ルート:紅
155/161

46.卒業プロム

 ようやく心の内を全て紺ちゃんに打ち明けることが出来て、私はある意味スッキリしていた。

 もちろん別れの寂しさや罪悪感がなくなったわけじゃない。そう簡単には割り切れないです。それでも、進むべき道がクリアに見えるようになった気がしてるのは、紺ちゃんのおかげだと思う。


 「ええっ!? そんなことを企んでたの!?」


 冬休み。

 成田邸のダンスホールで、じくじくと痛む足をさすりながら休憩してた時のこと。

 

 ここに集うことになった経緯もいろいろあった。が、またしても私がセレブショックに打ちのめされたとだけ述べておく。だいぶ慣れたつもりだったんだけどな。普通の家にはダンスホールなんてものはないし、普通の小学生は社交ダンスをドッヂボールの代わりにやったりもしないんですよ。

 

 二人きりになったことを確認した後、紺ちゃんは悪戯っぽく瞳をまたたかせながら、とんでもない事実をカミングアウトしてきた。


 「うん。例の人を呼び出して、真白ちゃんの私に関しての記憶を今すぐ消せないか聞いてみたの。トビーと一緒にいたんじゃないか、って尋ねられたことがあったでしょ? 学コン参加者の発表日だったかな。真白ちゃんが見たのは、トビーじゃなくてその人だよ」

 「ちょっと待って。情報量が多すぎて整理できない!」


 私は紺ちゃんの言葉を遮ってから、一本ずつ指を折ってみた。


 「まず、その人って誰にでも見えるもの?」

 「いいえ。どうして真白ちゃんに見えたのか、私にも分からない」

 「……その人ってトビーのご先祖様?」


 紺ちゃんは口元に運ぼうとしていたティーカップを慌ててテーブルに戻し、お腹を押さえてヒーヒー笑い始めた。


 「なんや楽しそう~。うちも休憩したい!」

 「あかん。シオはまだカドリールを覚えてへんやろ。ちゃんとマスターしたら休憩してええから。な?」

 「ワルツだけ踊れたらええんちゃうのー。もう嫌や」

 「せっかくだから卒業生と最後のダンスを踊りたいって言い出したのはお前だろ。紅、頭から音楽流して」


 恨めしそうにこちらを見てくる栞ちゃんに、ヒラヒラと手を振ってみせる。

 上代くん、蒼、紅、そして美登里ちゃんの4人がかりでステップを仕込まれている栞ちゃんは、すでに涙目だ。休憩終わったら、次は私が泣く番だな。


 「もう! いつまで笑ってるつもり?」


 ふくれっ面になった私を見て、紺ちゃんはようやく笑いを収めてくれた。


 「ごめんね。あんまり可笑しくて。もちろん違うわよ。好きな姿を取れるんだけど、トビーを真似るのが気に入ってるみたい」

 「そっか。じゃあ学コンの時も、その人と話してたんだね」

 「ええ。でも『契約外だから駄目』ってきっぱり断られたわ。真白ちゃんが苦しんでるのを見てられなくて、先走っちゃった。ごめんね」


 ちゃんと自分で決めてくれて良かった。

 そう言ってホッとしたように笑う紺ちゃんを、責めることなんて出来ません。

 私が中途半端だったせいで、紺ちゃんのことも紅のことも傷つけていた。手遅れになる前に気づけて良かったな。

 美登里ちゃんがきっかけをくれたお陰だ。サポートキャラの役割は伊達じゃない。私の女神さまですよ。


 「さあ、次はマシロの番よ」


 女神さまの容赦ない一声で、休憩は強制終了。

 踵の高いパンプスの中にふたたび足をおさめ、私はよろよろとテーブルから立ち上がった。


 「カドリールは何とかいけそう。みんなが踊ってるの、ちゃんと見てたしステップも覚えたよ」

 「何言ってるの。マシロはまだワルツよ。もっとしっかりパートナーにくっついて踊りなさい。あんなへっぴり腰のワルツなんて、私は認めないわ」


 ま、マジですか……。

 助けを求めるように紅と蒼を見たが、二人ともにサッと視線をそらされてしまいました。そうか。みっともないっていうのは全員の総意か。

 ため息をつきながら、紅の前に立つ。


 「大丈夫だよ、真白。音楽と俺だけ感じていればいい」


 年季の入った王子様台詞と優雅な仕草のダブルコンボを決め、紅は私に手を差し伸べてくれた。

 そんなこと言ったって、生粋の日本人にはハードル高いんですよ。そんな砂糖まみれの台詞をぺろっと言えちゃう人には分かんないんですよ。

 軽快なワルツが流れ始めたのを合図に、腰に手を回され、ぐいと体を引き寄せられる。これが正しいホールド姿勢なんだと頭では分かってても、顔は真っ赤になってしまった。


 「タンゴを踊るわけでもないのに。ほら、もっとちゃんと背筋を伸ばして」


 他の人と踊った経験がないから分からないけど、紅のリードは上手なんだと思う。ステップを特に意識しなくてもくるくる踊れるし。

 でも近い! 非常に近いんだよおお!


 「そんなに照れて。可愛いな、真白。……誰にも見せたくないよ。独り占めしたい」 


 合間合間に降ってくるのは腰にダイレクトに響く低音。

 絶対わざとだ。そうに違いない。

 この状況を逆手に取り、ここぞとばかりにからかってくる紅を睨んでやろうと視線を合わせる。

 至近距離でぶつかった菫色の瞳の甘さに、私はくらりと倒れそうになった。

 もう負けでいいから! 勘弁してください!



 

 あっという間に冬休みは終わり、私たちは後期試験に追われることになった。早めにダンスレッスンしておいて良かった。

 勉強も音楽も欲張りに頑張ろうと思ったら、一日24時間ではとても足りない。

 気がつけば、卒業式当日が来ていた。


 お世話になった寮の先輩たちに手紙を書くのが花桃寮プリマヴェーラのしきたり。朝、みんなでアーチを作り、最後の登校へと先輩たちを送り出す際に手渡しするんです。

 私は先輩たち一人一人の楽器を折り紙で折って、手紙に添えることにした。

 いい意味でも悪い意味でも目立ってしまい、何かと風当たりがきつかった学院生活を今こんなに楽しく送れているのは、寮の先輩たちが陰日向となって庇ってくれたから。

 

 本当にお世話になりました。

 これから歩む道の上にも、沢山の祝福がありますように。

 寮祭の準備にはまた顔を出して下さいね。


 心を込めて文字を綴り、ぶわっと溢れ出した数々の思い出に鼻をすすりながら折り紙を折る。

 本当に優しくしてもらった。可愛がってもらった。

 春からしばらく、食堂やお風呂場、廊下、玄関、寮のあらゆる場所に彼らの面影を探さずにはいられないだろう。

 ジロー先輩は作曲科だから迷ったけど、ミニチュアの楽譜に決めた。ポップアップっていうの? 開くと繋がった音符が立ち上がってくるように工夫してみる。


 そして朝。

 先輩たちは私の折った折り紙に大げさなくらい喜んでくれた。

 タクミ先輩には髪の毛をわしゃわしゃにされたし、神崎先輩は『宝物にするね』と今にも泣きそうな顔で笑った。ジロー先輩は、楽譜をぴらっと広げたかと思うと絶句し、しばらく無言のままだった。


 「すげー! マジかよ、島尾!」

 「いいの貰ったな、ジロー」


 山茶花寮の先輩たちが脇から覗き込んで、歓声をあげる。

 気に入ってもらえたかな? 心配でじっと見つめていると、ようやくジロー先輩は顔をあげてくれた。


 「お前、いつ寝てんだよ」


 軽いチョップと共にそんな言葉がジロー先輩から飛んできたので、私はニッと笑い返した。

 ジロー先輩は本当に感情が動くと、ひどくぶっきらぼうになるんです。ちゃんと知ってますよ。


 「素直じゃないですね~」

 「ひねくれてて悪かったな。……サンキュ」


 苦笑しながらジロー先輩が私に右手を突き出す。握手に応えて、私は制服のポケットから小さなチェロの折り紙を取り出した。


 「ミチ先輩と同じ音大に行くって聞きました。頑張って下さいね」


 もう好きじゃないかもしれない。だけど私はジロー先輩の一途さに賭けてみた。

 ジロー先輩は「生意気!」と一言だけ返し、それからとっても大切そうな手つきで折り紙のチェロを胸のポケットにしまいこんだ。

 変わらないものだって、きっとある。

 嬉しいのとさよならの感傷とで胸がいっぱいになり、喉がぐっと詰まった。


 「真白ちゃん、まだ泣いちゃダメだよ。夜のプロムでも顔合わすんだから」


 おどけた口調でリホ先輩が割って入ってくれなかったら、ヤバかった。

 こんな時いつも慰めてくれる紅は、プリマヴェーラの三年生たちに取り囲まれて絶賛写真撮影会中ですよ。なにやってんすか、とは突っ込まない。今日は特別に許してあげてね、って私からも頼んだし。

 ――それにしたって、くっつき過ぎじゃない? どさくさに紛れて腕組んで、胸を押し付けないで下さい、森下先輩!

 心なしか、紅もまんざらじゃない顔してる気がする。

 むくむくと嫉妬心が顔を出し、ブーブー文句を言い始めた。うん、今日は許す。でれでれし過ぎ。


 やきもきしながら遠巻きに見守っていると、それに気づいたタクミ先輩が私の隣に並んできた。


 「おーい、ケンヤ。番犬いない今がチャンスだ。俺とましろのツーショット撮って!」

 「はいはい」


 人のいいケンヤ先輩が頼まれるままカメラを構えて、私たちの前に立つ。


 「笑って、ましろちゃん」


 離れた場所でハーレム状態の紅が、ちらりとこちらを見たのが視界の端にうつる。

 えーい、懲らしめちゃえ!


 ぴと。タクミ先輩の肩に頭をもたれかけさせ、満面の笑みでピースサイン。

 悪乗りした私たちに、やんややんやの喝采が飛ぶ。

 慌てて飛んできた紅にはこってり絞られたけど、私も負けずに言い返しましたとも。


 「どういうつもり? 正直、気分悪いんだけど」

 「あら、気が合いますねえ。私もです」

 「はあ。勘弁しろよ。真白が言ったんだろう? 今日は断るなって」

 「必要以上に愛想を振りまけとは言ってません」

 「それは……ハラハラしてるお前が可愛くて、つい」

 「そ、そんな上手いこと言ったって、誤魔化されないんだからね!」


 「ほら、そこの馬鹿っプル。そろそろエスターテハウスに移動せな」


 上代くんに注意されるまで、私達はどっちが何割悪いのか協議していた。栞ちゃんの談によると、先輩たちの殆どが遠い目になっていたそうです。すみません。



 無事卒業式が終わり、一旦寮に戻ってから露草館へと向かうことになった。

 私のドレスはセレブママーズからのプレゼントだ。去年頂いたドレスを着るから大丈夫です、と一度は断ったんだけど、異星人を見るかのような目つきで見られた。

 

 「去年と……同じドレスで……年に一度の、卒業プロムへ、ですって?」


 息も絶え絶えに呟いた桜子さんは卒倒寸前だったし、千沙子さんはハンカチでしきりに目元を拭い始めてしまう。

 ええ。勝てるわけがありません。大人しく寸法計りから生地選びまで、ご一緒させて頂きました。

 いつもなら怒って止めに入る紺ちゃんも、黙って好きなようにさせていた。彼女たちを見つめる紺ちゃんの眼差しの切なさに、ハッと息を飲む。お別れの準備に入ってるんだとようやく気づいた。


 「……ごめんね」

 「馬鹿ね。どうして真白ちゃんが謝るの」


 辛くないはずがない。

 彼女にとってはこちらの世界が仮初のものだとしても、親子の情愛に違いはないはずだから。そして花ちゃんは、誰より愛情深い人だった。


 「私の方こそ謝らなくちゃ。母様たちをお願いね。こんなこと頼むのは真白ちゃんの自由を狭めてしまうみたいで心苦しいけど、兄と別れても気にかけてやってくれる?」

 「別れません!」


 カッと目を見開いた私を見て、紺ちゃんは鈴を転がすような声で笑った。

 こういうところ、いつも敵わないなって思うんだ。

 私が後々あとあと自分を責めないように、先回りして逃げ道を作ってくれる。

 でも、もう大丈夫だよ。

 私もあの頃より、ちょっとだけかもしれないけど、強くなったよ。


 

 

 ドレスに着替えたあと、栞ちゃんの部屋でお互いの髪をアレンジしあった。


 栞ちゃんのドレスはクリーム色のオーガンジードレス。肩紐がないタイプでボディスの部分は薔薇モチーフで飾られてる。とってもロマンティックだし、凹凸のある大人っぽい体型の栞ちゃんにぴったりだ。

 栞ちゃんも私のドレスをよく似合ってると褒めてくれました。

 私のは薄いピンク色のノースリーブドレス。ウエストの金糸の縫い取りと裾の流れるようなカッティングが綺麗な一着だ。ドレス作りは男子禁制とばかりに、セレブママーズが締め出しちゃったもんだから、紅がこのドレスを見るのは今晩が初めてなんだよね。

 デートの邪魔をされたと大層お怒りでしたけど、喜んでくれるといいな。


 最後に紅から届けられたクリムゾン・グローリーの髪飾りを結い上げた髪に差して、完成です。

 他の学校はどうか知らないが、学院のプロムでの女生徒の髪飾りには『ワルツの相手がいますよ』と周りに知らせる役割もある。

 去年のプロム、紺ちゃんと栞ちゃんは髪飾りをしてなかったもんだから、ワルツタイムは困っていた。

 紺ちゃんはもちろん、栞ちゃんも大勢の男の子に申し込まれ、断るに断りきれなかったんだろう、ずっと踊り通しだったっけ。

 美登里ちゃんは「よく知らない男の子とダンスなんて冗談でしょ!」と蒼から髪飾りをもぎ取っていた。今年も花のカタログを見ながらどれがいいか考えてたから、多分大丈夫なはず。蒼が美登里ちゃんの本気のお願いを断ることは滅多にない。


 「えっと、うちのも差してくれへん?」


 栞ちゃんはもじもじしながら、冷蔵庫から大輪の黄色の薔薇で作られた髪飾りを取り出してきた。


 「うわあ、綺麗。黄色っていうより、金色みたいだね。ドレスにぴったりじゃない!」


 驚いたせいで思わず大きな声が出て、ますます栞ちゃんを照れさせてしまった。


 「う、うん」

 「上代くんから?」

 「うん」

 

 頬を上気させ、コクコク頷く栞ちゃんの愛らしさと言ったらなかった。

 この様子を目の当たりにしたら、いつも飄々としてる上代くんだって間違いなく野獣化するな。代わりに押し倒したいくらいだもん。


 「黄色のバラの花言葉って知ってる?」


 私にもようやく紅の気持ちが分かりました。

 これはからかいたくなる。もっと可愛い顔が見たくなるよ。


 「え? なんなん?」


 キョトンとした栞ちゃんの艶やかな髪へ、丁寧に髪飾りを差しながら私は囁いた。


 「――何をしていても可愛らしい」


 途端、ボッと音が出そうなほど栞ちゃんの顔が真っ赤になる。


 「ましろのいけず! あんた、成田くんに似てきたで!」

 「それは嫌だな」


 紅をまねてキザったらしく肩をすくめてみせると、栞ちゃんは唇を引き結び懸命に笑いを噛み殺した。


 3月といってもまだ外は寒い。

 ショールを巻きつけ、華奢なヒール靴を履いて寮を出ると、あたりはすっかり暗くなっていた。

 音楽の小道の森の向こうに、煌々とライトアップされた学院が浮かび上がる。幻想的な風景と、かすかに聞こえてくるオーケストラの音色。

 これでワクワクするなって云う方が無理!


 今日に限っては薄いお化粧が許可されている。だけどチークなんかはたかなくても、私も栞ちゃんのほっぺも興奮でピンク色になっていたことだろう。

 外で待っていてくれた紅も上代くんも、制服から着替えていた。

 タキシードをビシっと着こなせる高校生なんて、うちの学院生くらいのもんじゃないだろうか。


 紅は私と目が合うと、感嘆の眼差しでたっぷり10秒は見つめてくれた。

 それだけで心拍数が跳ね上がる。


 「いつものお前も可愛いけど、今夜は特別綺麗だよ。ドレス選びの間、お預けをくらった甲斐があったな」


 こんな状況じゃなかったら、すぐにでも草むらに駆け込んで思う存分転げ回りたい。奇声をあげて走り回りたい。恥ずかしいやら、嬉しいやらで頭がおかしくなりそうです。

 落ち着け、落ち着くんだ。

 理性を司るもう一人の私にお出まし願い、片手に鞭を握らせた。これで舞い上がりそうになったら容赦なくぶってやって下さい。

 

 「紅もかっこいいよ。髪、ちょっと切ったんだ」

 「正装すると、襟足がさすがにうっとおしくてね。嫌い?」

 「ううん。似合ってるし、いつもと雰囲気違うからドキドキする」


 ビシッ。ビシッ。

 何度も鞭のうなる音がした。その都度、正気に戻って何とか会話を続ける。


 「――あんなん、俺にはムリや」

 「大丈夫。うちも言えへん」


 ぼそぼそと背後で声がしたけど、正直なにも耳に入らなかった。紅がかっこ良すぎて! ビシッ。




 美登里ちゃんの鬼特訓のおかげで、何とか恥をかかずにワルツを踊ることが出来ました。

 紅の力強く典雅なリードに誘われた周囲のため息は、そりゃあもう凄かった。気持ちは分かる。私も鼻息を抑えるのに苦労したからね。

 プロムの最後を締めくくるカドリールは、男子生徒側が3年生の時は、相手の女子生徒側は下級生。女子生徒が3年生の時はその逆と決まっているので、私と紅はその時初めて別行動になった。


 「紅も踊るの?」

 「いや。ヤキモチ焼きの恋人にまた拗ねられても困るから、ここで見てるよ」


 紅が手にしてるグラスの中身は普通のペリエのはずなのに、言動的にワインが入っててもおかしくない気がする。

 蒼と上代くんも紅の近くで、のんびり飲み物を口にしていた。

 美登里ちゃんは、紺ちゃんと一緒にデザートを取りに行っている。


 「じゃあ、行ってくるね!」


 栞ちゃんと手をつなぎ、私たちはクスクス笑いながら参加者の輪に加わった。

 テンションが上がりきってるから、何をしてても笑っちゃうの。お料理が美味しいといっちゃ笑い、ダンスが上手くいったといっちゃ笑い。笑いに厳しいはずの関西ペアも、蒼さえも終始笑顔だったんだから、場の雰囲気って怖い。

 そしてカドリールで私のペアになったのは、なんと富永先輩でした。

 驚きすぎて、ようやく私は真顔に戻った。


 「すごい偶然ですね。先輩と踊れるなんて光栄です」


 式の後に声を掛けようと思ったんだけど、かなりの人に取り囲まれてて結局お祝いを伝えることが出来なかったんだよね。 

 万感の思いを込め「卒業おめでとうございます」と寿ことほいだ私の手を取り、富永さんはにっこり笑った。


 「ありがとう。実は偶然じゃなくて、君の隣になるよう順番を入れ替えてもらったんだ」

 

 こ、これはどう捉えるべきなんだろうか。

 ポカンとした私をおいて、音楽が始まってしまう。

 あまりの衝撃に全部のステップが頭から消去されたかと危ぶみましたが、何とか思い出して最後まで踊ることが出来ました。

 

 「えっと、先輩?」

 「ああ、ごめん。さっきのはそういう意味じゃないよ。君は僕にとって多分ずっと特別だから」


 ダンスが終わり、紅の待ってる場所までエスコートしてくれた富永先輩は、途中そんなことを言って私の度肝を更に抜いた。

 

 「と、特別!?」

 「うん。向井さんとのコンチェルト聞いたよ。これからももちろん、ピアノを続けるつもりだろ?――だから、特別。君は今日から後輩なんかじゃない。僕のライバルだ」


 きっぱりと爽やかに言い切った先輩は、初めて会った時と変わらないまっすぐな目をしていた。

 私も大きく息を吸って、お腹に力を込める。


 「はい。よろしくお願いします!」

 

 だけど、先輩。

 異性を相手にする時は、もっと言葉を選んだ方がいいと思います。


 戻ってきた私の顔を見て、紅は首をかしげた。


 「楽しそうっていうより、心ここにあらずって感じだったけど、どうしたの?」

 「うん……富永先輩ってちょっと天然入ってるよね」

 「ああ。それは俺も前から思ってた」


 すぐに同意してくれてありがとう。

 ライバル宣言されたこともついでに話すと、紅は堪えきれないように噴き出した。


 「プロムで、女の子とダンスを踊った直後にライバル宣言か。……すごいな」

 「笑わないで! 私は感動したんだから」

 「怒るなよ。もしかして口説かれてたんじゃないかって、これでも心配してたんだぜ」


 甘い声を伴って私の頬に手を添えた紅の熱い眼差しに、胸が高鳴り、そのまま魅入られてしまう。

 どうしよう。こんな場所ではさすがにまずくないでしょうか! ああ、でもカッコいい!


 「紅、真白ちゃんも。そこまでです」


 タイミングよく戻ってきた紺ちゃんに思い切り足を踏まれ、紅は低く呻いた。

 鞭、いらなかったわ。



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