34.誕生日プレゼント
初めての秋休みを満喫し、幸せな思い出を抱えて寮に戻った私を待ち構えていたのは、目白押しの学校行事でした。
まずは実力テスト。休み明けすぐに概要が発表され、主に一年生の悲鳴を誘った。4月からの全部が範囲だなんて、なかなかやりよるわ。過去に洗礼を受けている先輩達は、やっぱりね、という諦め顔。
「また島尾の一人勝ちやろな」
無邪気な笑顔で軽いプレッシャーをかけてくる上代くんに曖昧な笑みを返し、範囲が発表されたその日から放課後はそそくさと図書室に向かった。ついて来たがる紅や蒼たちには「一人じゃないと集中できないんで」と言い渡す。遊びじゃないのよテストは。
寮でも勉強できないわけじゃないんだけど、ついナハトに触りたくなってしまうんです。
音楽理論の授業で習った音階や調の特性を当てはめて自分でもピアノソナタを作曲できないかな、って欲が最近出てきちゃって困ってる。前世では惨敗したけど、今ならそこそこ聴けるものが作れるじゃないかなあ、なんて。
ところが実際に手をつけてみると、好きな作曲家に影響されまくりの、コピーどころか劣化版としかいいようのない楽曲が出来上がり、溜息をつくことの繰り返し。
ようやく手に入れたの憧れの玩具を使って、何とかオリジナルの遊び方ができないかと夢中になってる子供みたいだ。作曲科のジロー先輩をつかまえて、出来ればいろいろ教えてもらいたいくらい。ジロー先輩もいつも忙しそうだから、ぐっと我慢してるけどね。
なによりも今はまず、目前のテストをクリアしなきゃ。
特待生としての矜持も責任感ももちろんある。でもトップを維持したい理由は、それだけじゃない。
周りの皆がキャッキャ遊んでる小学校時代から、私はずっと勉強してきた。閃き先行の天才タイプじゃないから、とにかく地道にそれこそ解いたことのない問題がなくなるまで頑張ってきたわけですよ。
なのに、今になって苦労知らずなお坊ちゃんお嬢ちゃん方に負けるとか癪じゃないか。
「今日も図書室に行くのか。終わるの待ってたら駄目?」
「寮の子見つけて帰り一人にならないようにするから、大丈夫だよ」
同級生はあんまり見かけないけど、先輩たちとはかなりの確率で顔を合わせてる。「そろそろ帰るぞ」って退館時間を見計らって声をかけてくれるのも有難い。
「週末もずっと勉強するつもり? 良かったら、前一緒に行った図書館に」
「ごめん、無理」
私の即答に、紅は憮然とした表情になった。少し可哀想になり、立ち止まって綺麗な顔を覗き込む。
「紅と一緒だと頭に入んないもん。テスト終わってから遊ぼうよ。ね?」
「テストが終わったら、今度は特別講習のことでまた頭がいっぱいになるんだろ」
そうだった。
実力テスト明けからは、国内外からプロとして活躍してる音楽家を招いての特別講習が始まるんでした。ピアノ科生徒の人気は、サディア・フランチェスカとノボル・ミサカに集まっている。私ももちろん希望を出した。一時間の実習レッスンを二回受けることが出来るというものなんだけど、個別指導なんですよ! すっごく楽しみ。
「あーっと。じゃあそれが終わったら、って今度は紅が忙しくなるね。クリスマスコンサートとチャリティコンサートで」
「少しは寂しがれよ。なんでそんなに嬉しそうなの」
紅は呟き、大きな溜息を一つ吐く。
それはもちろん、紅のヴァイオリンが楽しみだからなんだけど……って、ああ。拗ねちゃった。
こんなに余裕がないのには、実は他にも理由がある。そう、編みかけているニットジャケットです。深夜うつらうつら船を漕ぎながらも、誕生日までに完成させようと頑張ってるところ。週末のうち一日は、美登里ちゃんたちと紺ちゃんへのプレゼントを買いに行く約束をしてるし、スケジュールはぎりぎりだ。
だけどそんなこととは夢にも思っていない紅は、きゅっと唇を引き結んだ。
「――真白は昔から俺たちを子供扱いしてたな。まさか今でもそう思ってるの?」
「え」
長身を屈め、紅は私と視線を合わせる。険を帯びた目つきに射抜かれた。
「18の真白から見たら子供だった俺も、あと少しで昔のお前の年に追いつく。いつか真白の方から、一緒にいたいってせがませてやるからな」
吐息混じりの低音ボイスが、耳朶をかすめる。
思わず膝から崩れそうになりました。
私をノックアウトした当の本人は、ふん、と鼻を鳴らしスタスタと立ち去っていく。
図書室の個別ブースでワークブックを広げてからも、彼の囁きは私を悶えさせた。思い出すまいとしても、壊れたテープレコーダーみたいに勝手に再生されるんです。
ずいぶん前から、子供だなんて思ってないよ。紅の馬鹿。
のぼせ上がった熱を冷まそうと、ペチペチほっぺを叩いてたら「なにやってんの?」と通りかかったタクミ先輩達に笑われてしまった。
そしていよいよテスト開始が明日へと迫った水曜日。
露草館の大食堂で、私たちは紺ちゃんにプレゼントを渡すことにした。
「今日は紺ちゃんと成田くんの誕生日やんな。おめでとう」
「おめでとう」
「おめでとさん」
口火を切った栞ちゃんの音頭にあわせ、みんなが口々にお祝いを述べる。紅はわずかに肩をすくめて「ありがとう」と微笑み、紺ちゃんは瞳を輝かせながらフォークを置いた。
建前では学用品以外の持ち込みは禁止ってことになってるんだけど、持ち物検査のない青鸞。結構みんなこっそり色んなものを持ってきてる。
持ち上がり組の間で今日という日は祝日になっているに違いない。朝から紅への貢物の列はすごいことになっていた。SHRに現れた後藤先生の、あのポカンとした顔が忘れられません。
「ごめんね。受け取れない」
瞳にはっきりとした拒絶を浮かべ、にべもなく断った紅に、女子生徒達はしぶしぶ引き下がっていった。「気持ちだけでも受け取って欲しい」そんな風に食い下がる猛者も中にはいたけど、紅は揺らがなかった。
がっかりして立ち去っていく子達から、それは恨みのこもった目つきで睨まれましたよ。まあ、仕方ないよね。去年まではきっと、胡散臭い笑顔つきで受け取ってたんだろうから。
でも今年からは違う。きっぱり諦めて貰おうじゃない。ほら、散った散った!
自分の中の猛々しい独占欲に気づかされ、何となく負けたような気分になったのはここだけの話。
栞ちゃんはもったいぶった手つきで、お財布の入った手提げトートから小ぶりの箱を取り出した。
「これはうちら3人から、紺ちゃんへ。気に入ってくれると嬉しいな」
はい、と手渡されたプレゼントを、紺ちゃんはまじまじと見つめている。
これまで沢山の誕生日プレゼントを貰ってきただろうに、まるで生まれて初めてプレゼントを目にした人みたいに、紺ちゃんは感激していた。
「皆で、選んでくれたの?」
「うん。なかなか意見が合わんくって、困ってもうたわ。まず予算で美登里が暴走するし」
「だって、elegantなコンに安物は似合わないんだもの」
「うちらまだ高校生やで? 友達へのプレゼントに札束積むとか、ガチで引いてまうわ」
「そうだよ。お小遣いをやりくりしてる私の身にもなってよ!」
本当に大変だったのだ。隙あらば超高級ブランド店に入ろうとする美登里ちゃんを止めるのは。
「あと、真白がな。あーでもない、こーでもないって面倒くさかったわ~。プレゼント選びにまで完璧主義とかもう、めっちゃしんどい!」
「ええっ? そんなことなかったでしょ」
「いいえ、あったわ。コウに同情するわね。あなたのステディの買い物に付き合うのはとっても大変よ」
「いつもはもっと早いんですー! 紺ちゃんへの贈り物だし、一番ぴったりくるのを選びたかったんだもん」
だって喜んで欲しかった。
すでに沢山のものを持っている紺ちゃんだからこそ、プレゼントできる品物の選択肢もおのずと狭くなるしさ。私が唇を尖らせて反論したのと、紺ちゃんがテーブルに突っ伏したのは同時だった。
「え……ちょ、なんで泣くん!?」
栞ちゃんが慌てて向かい側の紺ちゃんにハンカチを投げつける。気が動転したせいか、決闘の申し込みのようになっていた。
「ほら、紺。みんな驚いてるよ」
紅が苦笑を浮かべそう言うと、紺ちゃんはようやく顔をあげた。弾みで涙の粒が白い頬を転がり落ちていく。しゃくりあげる紺ちゃんに、私の胸まで締め付けられた。
「……ごめんね。嬉しくて。――本当に、嬉しくて」
紺ちゃんはごめんね、ありがとうと何度も繰り返しながら、震える手で包みを丁寧に開けた。ビロードの箱に華奢な指がかかる。
「うわあ、可愛い!」
私たちが最終的に購入したのは、陶器製のアクセサリーケース。
ピアノを弾くウサギをかたどったデザインで、グランドピアノの蓋を開けると中が指輪とイヤリングの収納スペースになっているというもの。見つけた瞬間、可愛いよね、と三人で盛り上がった一品だ。ピアノモチーフってとこも素敵。
中にいれる指輪もついでに買って驚かせようよ、と美登里ちゃんは興奮していた。プロポーズか! と栞ちゃんが突っ込んでいた。
「もしかして、オルゴールにもなってるの?」
「当たり。ピアノの裏のネジを回してみて」
嬉しそうな紺ちゃんに釣られ、私までニコニコしてしまう。
彼女はそんな私をじっと見つめ、それから目を細めた。全てを焼き付けておこう、といわんばかりの凝視に、少し恥ずかしくなる。
「わ、私じゃなくて、オルゴールを見てよ!」
「ふふ。そうだね」
紺ちゃんはようやく視線を外し、ゆっくりとねじを巻いた。
澄んだオルゴール音が、たどたどしくメロディを奏でる。ドビュッシーの『亜麻色の髪の乙女』。紺ちゃんの艶やかな髪色から連想して、この曲を選んでみたんです。
「きれい……」
深々と溜息をもらし、紺ちゃんはポツリと呟いた。
「私、ずっと忘れないわ」
◇◇◇◇◇◇
放課後、久しぶりに紅と帰ることになった。
帰り際を狙って突撃してくるファンの子たちがいるので、傍に居て欲しいと頼まれたんです。しょうがないな、って顔を必死で取り繕う。寮まで送って欲しかったのは、本当は私のほうだ。そこでプレゼントを渡すつもりだった。
少女漫画のお話では、よく下駄箱にプレゼントが突っ込まれてたりするけど、青鸞のお嬢様方はそういう真似はしないらしい。冷静に考えてみたら、靴が入ってる場所だもんね。汚いか。
その代わり、アイドルの出待ちのように玄関先で待っている子達がいました。上級生も半分以上混じってる。
「お誕生日、おめでとうございます!」
「紅さま、おめでとうございます!」
紅が玄関を出た途端、黄色い声が一斉に飛び交った。耳がキーンと鳴るくらいの嬌声。
予想以上の取り巻きの数にまず驚いた。宮路さんたちの事件があったから表立っては活動してなかっただけで、ファンクラブは健在だったらしい。誕生日というイベントに奮い立ち、決起したのだろう。
あっけに取られた私の肩をすばやく抱き寄せ、紅は強引に女子軍団の間を通り抜けようとする。半ばヒステリー状態の彼女らは、盛大な悲鳴をあげた。うわあ、もう何が何だか。
「ごめん。来年からは、勘弁して!」
紅も負けじと強めに声を張っていたけど、聞こえたかどうかは怪しいところ。私を庇うようにして、紅はようやく彼女らを振り切った。
あれ。……ほら、あれみたいだった。スクープされた女優を守るマネージャーさん。
音楽の小道の入口まで来ると、諦めたのかそれ以上は追ってこなかった。
寮生しか通らない道だし、心理的な結界か何かがあるのだろうか。
ようやく辺りが静かになって、私は心底ホッとした。紅も同じ気持ちだったみたいで、そっと手を離してくれる。抱き寄せられていた肩が少し痛かった。
「……すごかったね」
「悪い」
「バレンタインデーが今から怖いね」
「何か手を考える」
そんな会話をぽつぽつ交わしているうちに、寮の前に到着。
私の頭の中は「プレゼントを取ってこないと」という一点に占められていたので、そのまま玄関に入ろうとしてしまった。
「ちょっと、待てよ」
慌てた感じの紅に引き止められる。
「なに?」
早く取ってきて渡しちゃいたいんですけど。
「――本当に、何もなし?」
本気で一瞬言ってる意味が分からなかった。
怪訝そうな顔になった私を見て、紅の表情がみるみるうちに曇る。明らかに傷ついた、というその眼差しに、私はああ、と手を打った。
「ごめん。あるよ、もちろん。そのプレゼントを取ってこようと思ったの」
「――ほんっと。腹立つ!」
吐き捨てるように言って、紅は長い前髪をくしゃりと握りこんだ。余裕のない彼の態度に、不覚にも胸が大きく弾んだ。
「紺ちゃんにだけあげるわけないじゃん。サイズも測らせてもらったのに、疑う紅が悪い」
ドキドキしていることに気づかれたくなくて、わざとそんな憎まれ口を叩いてしまう。
「俺が? 秋休み明けから、ずっとほったらかしにされてたのに、疑うなって?」
そこを突かれると、辛い。
「ちょっと待ってて。急いで取ってくるから」
私は脱兎のごとくその場を逃げ出した。
あんな顔するなんて、反則だ。俺様なら俺様らしく「さっさとプレゼント寄越せよ。貰ってやるから」って上から目線で言えばいいじゃん。実際言われたら腹立つけどさ。
息を切らせながら部屋に飛び込み、机の上にきちんと乗せておいた包みをむんずと掴んで、また駆け戻る。つっかけたローファーのつま先をトントン地面に打ち付けつつ、紅の胸元にプレゼントを押し付けた。
「はい、これ。お誕生日おめでとう」
もっとスマートに渡す予定だったのに、うまくいかないもんだ。照れくさいやら緊張するやらで、ぶっきらぼうな言い方になってしまう。
「ありがとう。早速、開けてもいい?」
「えっ!? ここで?」
「だって、今すぐ見たい」
傾いた夕陽の最後の光が眩しい。私は目をしばしばさせながら、こくんと頷いた。
大きな袋の口を縛った飾り紐を丁寧に解き、紅は中からニットジャケットを取り出した。完璧に目が揃うまで何度も編み直した自信作だ。部屋に遊びに来た栞ちゃんはこれを見て「真白……あんた今すぐ店が開けるで」って褒めてくれました。
ところが紅はかすかに身動ぎしたかと思うと、そのまま黙り込んでしまった。お気に召したのかそうじゃないのか、逆光で表情がよく見えないから判定できないよ。
「わりと上手く出来たんじゃないかと自分では思うんだけど、どうかな」
「……うん」
「あったかそうでしょ? 家で着る分にはいいよねって」
「……うん」
さっきからコイツ『うん』しか言ってねえ!
なんなの、もう。気に入らないなら、返して貰おうかな。自分で着よう。そうしよう。
ムッとして口を開きかけたその時。
突然紅は手を伸ばして私の目元を覆ってしまった。反射的に悲鳴を上げそうになったものの、小さな声が聞こえた気がして、私はすんでのところで息を止めた。
「――――と」
「え、なに?」
掠れたその声は、紅のものだった。
「ありがとう。すごく嬉しいけどうまい言葉が今は出てこないから、今日は許して。ごめん」
一息で言い切るとそのままクルリと踵を返し、足早に来た道を戻っていってしまう。ちらりと見えた耳は真っ赤だった。大事そうにニットジャケットを抱え直し、途中から紅は走り出した。私はその場に立ち尽くしたまま、彼の背中を見送った。
もしかして急に目隠ししたのは、照れた顔を見られたくなかったから?
心臓がせり上がってきて、口から飛び出るかと思いました。
てくてくと部屋に戻り、ベッドに腰掛ける。
近くにあったクッションにきつく顔をうずめ、そこでようやく心ゆくまで奇声を発した。なにあれ、可愛い。可愛すぎる。萌え死ぬ。死んでしまう。
次の日の朝。
紅は見事に態勢を整え直し、にっこり笑ってお礼を言ってくれた。すごく気に入った、大事に着るよ、とも言ってくれた。
「車の中でも帰ってからもすごく機嫌がよくて、父様や母様が散々からかったのだけど、それも上の空だったそうよ」
紺ちゃんがその後すぐにこっそり教えてくれたので、私の心臓はまたもや暴れだした。
平常心でテストを受けなくちゃと思うのに、すぐに昨日の紅を思い出してしまう。真っ赤になって照れてた。声がほんのちょっと上擦ってた。
ああ、このままじゃダメだ! 自分を戒めようとシャーペンを太ももに刺してみる。たまたまそれを目撃した林先生に後から呼び出され、「テストの点だけが人生じゃない」と諭された。
ようやく実力テストが終了。
早々に返された答案用紙は満足のいくものだったので、ゆったりした気分で渡り廊下へ向かった。張り出された順位を確認し、心の中で小さくガッツポーズを決める。
「やっぱり島尾の一人勝ちやないか。ほぼ全教科満点とかありえへん」
掲示板の前で呆れたような声を上げた上代くんの膝裏を、すぐ隣にいた蒼が蹴ったので、私は驚いてしまった。
「なにすんねん!」
私が咎めるより先に、上代くんが蒼の足を蹴り返す。
「当たり前みたいに慎が言うからだろ。真白の努力を一言でくくるな」
「別に悪口とちゃうやろうが、このえせシスコンが」
「へたれは黙ってろ」
喧嘩、ではないみたい。まるで小さい頃の蒼と紅のようだ。二人はお互いを小突き合いながら、口喧嘩を繰り広げている。
「悔しかったら次のテストで俺を抜いてみたら?」
「おお、やったろうやないか。学期末のテスト見とけよ」
「じゃあ、俺が勝ったら慎は皆川に」
「わーわー! ちょ、なんなん、自分!? それは禁じ手ですよ!」
騒がしいこと、この上ない。
周りの子が迷惑がってるんじゃないか、と心配になって視線を巡らすと、涎を垂らさんばかりに彼らを見つめている女子生徒数名が目に飛び込んできた。見てはいけないものを見てしまった気分に襲われ、慌てて掲示板に向き直る。……なかったことにしよう。そうしよう。
会話にチラッと名前が出た栞ちゃんが「うちに、なんなん?」と口を挟んだので、上代くんの頬からは血の気が引いた。それを見た蒼は意地悪そうにほくそ笑んでる。
「あの2人、いつの間に仲良くなったの?」
こっそり紅に耳打ちして聞いてみた。
「――さあ。でもいい傾向じゃない? 人見知りの激しい蒼が学院で友人を作るなんて想像もしてなかったけど、俺は大歓迎だよ」
もしかして、淋しいの? とついでのように聞き返され、慌てて首を振った。
蒼が幸せなのが一番だ。それに淋しいのは紅の方でしょ。そんな顔しちゃって。
「私がいるからね」
皆に気づかれないよう前を向いたまま、こっそり大きな手を探り当て、指を絡めて強めに握る。
紅はびっくりしたように一瞬体を強ばらせ「バーカ」と小声で返してきた。「なんにも分かってない癖に、ホントずるい」と続けられた言葉に、思わず笑ってしまう。
分かってるよ、ちゃんと。私の気持ちにも不安になったこと。
素直じゃないところは全然変わってない。淋しいの? なんてカッコつけず、蒼のことなんか気にするなって言えばいいのに。子供の頃の彼を形作ってた欠片を見つけることが出来て、心のどこかでホッとした。
あんまりドキドキさせないで欲しい。ゆっくり高校生のあなたに馴染ませて欲しい。
私が知ってると思い込んでた『青鸞学院生の成田 紅』はあくまでゲームのキャラだったんだな、って痛感してるところだから。




