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音楽で乙女は救えない  作者: ナツ
第一章 小学生編
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 その日は、ちらほらと雪が舞っていた。

 登校途中のみんなの吐く息が白い。


「おっはよー、ましろん。あ、学校で渡してクマジャー先生に見つかっちゃうといけないから、今渡してもいい?」

 

 ランドセルとは別に下げているサブバックの中から、よいしょ、とチョコを取り出すエリちゃん。いびつな形のトリュフが透明の袋に収まり、ピンクのリボンで可愛くラッピングされている。


「わーい、友チョコだ。ありがとね。私も作ってきたよ!」


 昨日は平日だったので、お姉ちゃんが学校から帰ってきてすぐに一緒にチョコを作り始めたのだけれど……。

 案の定、お姉ちゃんとお菓子作りは致命的に相性が悪かった。

 まず、レシピ通りに分量を量らない。適当にアレンジを加えようとする。

 

 このままだといつまで経っても終わらないじゃん! 

 焦った私に、洗物係に任命された花香お姉ちゃんは、えへへと恥ずかしそうに笑っていた。我が姉ながら非常に可愛い。

 父さんとお姉ちゃんの彼氏さん用には「フォンダンチーズショコラ」というチーズとチョコとクラッカーを使ったケーキを用意した。初めて作ったわりに、かなり上手に出来ました。

 お姉ちゃんは味見をして、物凄く喜んでいた。私もホッとした。


 エリちゃんと、あとクラスで仲良くしている女の子数名とは、友チョコの交換を約束していた。

 そっちは簡単なブラウニーにしてある。久しぶりに折り紙で、薔薇の花束も作ってみた。

 大きな薔薇は簡単に折れるんだけど、サイズを小さくしようと思うと結構難しい。ミニミニブーケを5人分折って、ラッピングした袋をそのブーケで留めた。

 おお~、なかなか可愛い!

 勉強とピアノ漬けの毎日だったので、久しぶりに息抜き出来た気がした。もちろん、その後しっかりと予定分のノルマは果たしたけどね。

 おかげで今日は、ものすごく眠い。


 エリちゃんは渡したチョコに、かなり驚いていた。


「もしかして、ましろん、これ自分で作ったの?」

「うん。味見はしたから、美味しいと思うよ」

「すごいー! バラもすごく可愛いし、食べるのもったいないなあ」


 無邪気に喜ぶエリちゃんを微笑ましく見守っているうちに、学校に到着。

 今年も担任は武光 伸夫先生だ。

 クマジャー先生からは「不要なものは学校に持ってきてはいかん!」との通達が出てるんだけど、ほとんどの女子は休み時間にこそこそチョコを配っていた。

 いっちょ前に、男子がソワソワしているのも可愛らしい。

 例のたっくんが、今年も一番人気のようだった。


「ましろんは、好きな子いないんだっけ? せっかくこんなにスゴイのつくったのに、男子にはあげないの?」


 昼休み。クラスで同じグループにいるマコちゃんが、ワクワクした顔で聞いてきた。


「だめだめ。ましろんの恋人はピアノなんだから。ねー?」


 放課後はピアノの練習があって遊べない。いつも彼女たちのお誘いを断っている私をからかって、サワちゃんがそんなことを言う。


「そうだよ。もっと大きくなって、いつか音楽学校で出会うだろうイケメンにあげるまで、誰にもあげないもんね」


 私が胸を張ると、みんな一斉に笑った。

 いや、本気ですよ。ボンコですが高望みしてます。

 いいもん、その頃にはお姉ちゃんみたいに可愛くなってるかもしれないし!


「ましろんは中学、お受験するんだっけ?」


 学校で一番成績がいいのは、もちろん私。

 18歳が小学校に通ってるんだから、当たり前だ。違ったら泣ける。

 その次に賢くて、いつも落ち着いた物腰のトモちゃんが尋ねてきた。


「いや、それは無理。青鸞学院って、中等部までは家柄のいい子しか受け入れてないんだよ。学費も馬鹿高いし、うちではとてもとても。トモちゃんは? 私立受けるの?」

「私は狙いたいんだけど、お母さんがダメだって。はあ……。世の中、お金だよね」

「分かる」


 学区内の公立中学は、かなりレベルが低いって話なんだよね。頭のいいトモちゃんは不安みたい。

 他のメンバーは苦手な勉強の話になったのを察知したようだ。そそくさと私達から離れ、昨夜の歌番組の話で盛り上がっている。


「でも、ましろんも公立なら、ちょっと安心かも」

「あ、私も思ってた。トモちゃん、中学校行っても一緒に勉強がんばろうね!」


 小学生女子にとって、バレンタインとは女の友情を深める日なんだな。

 しみじみとそんなことを思いながら、その日一日を過ごした。


 そして、帰り道。

 習字の日のエリちゃんと別れ、一人でてくてくと歩いていく。

 雪、積もらないのかな。まだチラチラと舞っている白い欠片を眺めながら、歩道橋に差し掛かった時だった。


 水色の髪が視界に飛び込んできた。

 この寒い中、コートも着ないで手すりにもたれ掛かっている。


「蒼くん?」


 私が呼びかけると、彼は弾かれたように身を起こした。


「マシロ! よかった、会えて」


 形のいいほっぺが、寒さで赤くなっている。鼻の先も赤い。それなのに蒼くんは、今日もカッコ良かった。

 顔の造作がいいと、どうしたってさまになるのか。私の頬と鼻先が赤くなろうものなら、かなりみっともないことになる自信があるのに。


「もう、薄着過ぎ! 見てるこっちが寒いよ!」


 巻いていたマフラーを外し、彼の首にぐるぐる巻きにしてやった。

 去年の冬に自分で編んだ焦げ茶色のマフラー。先に付けたフワフワのぼんぼりが乙女チックだけど、我慢してもらおう。


「はあ。あったかー。……サンキュ、マシロ」

「朝から天気悪かったのに、コート忘れちゃったの?」

「去年まで着てたやつが、小さくなって着れなくなってんだよな」


 言われてみれば、随分骨格がしっかりしてきている。

 ここ一年で、背もかなり伸びたんだろう。でも気になったのは、蒼くんの伸びた身長ではなかった。

 

「小さくなった、って――」


 微かに笑った蒼くんの表情を見て、ズキンと胸が痛んだ。諦め切った乾いた笑みだった。小学生が浮かべていい表情じゃない。

 

 もう、2月……だよね? お母さん、準備してくれないの? 

 もちろん声に出しては聞けない。

 私の顔色が変わったのを見て、蒼くんは軽く肩をすくめた。


「あれ? マシロは知らなかったっけ。うちの母は、父さんの再婚相手。出て行った母さんそっくりの俺のこと、あの人はあんまり好きじゃないんだ」

「――だからなに? だから、子供のコートすら新調しないの?」


 カッと頭に血が上る。

 血の気が引いた蒼くんの唇は、小刻みに震えている。

 私はグッと拳を握りしめた。これ、虐待って言わない? まさか、暴力ふるわれたりはしてないよね?

 恐る恐る確認すると、蒼くんは鼻で笑った。

 

「まさか。そんな度胸、アイツにあるもんか」

「お父さんに言わなきゃだめだよ。そしたら、きっと――」


 蒼くんを守ってくれる、と続けようとした私の言葉を、蒼くんは何でもないように遮った。


「父さんは今、ドイツにいる。もう何年も家には帰ってきてない」


 私は、あまりのショックによろよろと膝をつきそうになった。


 蒼くんの家庭環境が、ひど過ぎる。

 『ボクメロ』で一度も遭遇しなかった蒼くんに、そんな背景があったなんて、今の今まで知りませんでした。


「……なんでマシロが泣くんだよ。ほんっと、お人よしだな。まあいっかって思ってたけど、コートを買ってくれるようにあの人に言うよ。言えば、ちゃんとしてくれるんだ。父さんに怒られるのは嫌みたいだし。ただ、俺に無関心なだけ」


 お人よしはどっちだ。

 私を気遣い、声を明るく張る健気な姿に涙が止まらない。


 「泣いてないよ! ……雪が、目に入ったんだよ」


 蒼くんに対して、今までどういうイメージを持ってた? 

 お金持ちで、カッコいい。彼の上っ面だけ見て、羨んでた。前にピアノの話をした時の蒼くんに、私はなんて。


 ――『何でも手に入る恵まれた蒼くんには分からない』


 自分を思いっきり殴り飛ばしたくなった。

 なんにも知らなかった癖に、偉そうに! 

 恵まれてるのは、私の方じゃないか。


「もう、早く家に帰りな。こんなところにいつまでも居たら、肺炎になっちゃうよ」

「うん。でも今日は、どうしてもマシロに会いたくて」


 これ以上、私の罪悪感をグリグリ抉るのは勘弁して下さい。

 なんでこの子、こんなに私に懐いてくるんだ! 

 折り紙か。無類の折り紙好きか!

 

「分かった。じゃあ、うちに行こう」

「……え?」

「立ち話、無理。寒いし。私の家、この近くなんだ。……あ、もしかして、もう帰らなきゃダメな感じ?」


 これ以上見ていられなくて、とっさに提案すると、蒼くんはパアッと笑顔になった。

 うっ。む、胸が! 胸が痛い。お願いだから、そんなに喜ばないで!

 

 『ボクメロ』の彼のイメージは、こんなんじゃなかった。

 もっとツンツンしてて、自己防御の壁をぐるりと張りめぐらせているって設定だった。小学校の頃は、違ったのかなあ。なんせ情報ゼロなもんで、何も分からない。

 紺ちゃんがくれたノートにも、蒼くんについては一切触れられていなかった。

 紺ちゃんが紅さまの妹に転生済みであるこの世界。私達の未来に蒼くんはあまり関係ないってことだと解釈してます。


「ううん! 行く。俺、行きたい!」

「じゃあ、急いでかえろ。ダーッシュ!」


 私は蒼くんの意外に大きな手を取り、一目散に駆け出した。

 冷え切った彼の手は、氷のようだった。帰って、鍵開けて、ストーブつけて。

 あ、そうだ。残りのブラウニーをおやつにすればいいかも。


 蒼くんが私の手を握り締め、ぐす、と鼻を鳴らす。

 私は視線をまっすぐ前に向け、彼の涙に気づかない振りをした。


 

 

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