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音楽で乙女は救えない  作者: ナツ
ルート:紅
129/161

23.寮祭(前編)

 そしてとうとう、春冬祭当日がやってきた。

 寮生限定のお祭り、ということになっているけど、寮外の友人用にチケットを貰ってる子も多い。その場合、誰に渡すのかを先に申告しなきゃいけないという決まりです。

 音楽の小道のところと、外門の二箇所。寮へと繋がる二つの入口に係を配置し、入場者のチケットと名簿を照らし合わせてチェックする。不審者が紛れ込むのを防止する為だって。まあ、寮は私たち生徒の生活の場でもあるし、変な人が簡単に入って来られるようじゃ怖いよね。


 「ましろちゃんとこは、誰が来るん?」


 黄色のスタッフTシャツにジーンズ姿、というお揃いの格好の寮生で溢れている食堂。ひと目でスタッフだと分かるように、今日は実行委員のOBの皆さんも同じ格好をしてらっしゃいます。


 「父さんと母さんとお姉ちゃんが劇は見に来るって言ってたかな。後は、紅たち。朝から来ると思う」

 「ほんまに来るんや」


 栞ちゃんは呆れ顔で目をぐるりと回した。

 これには、あはは、と笑っておくしかない。

 内部生と外部生は、何かとお互いに対抗意識を持ってるらしく、寮祭に遊びに来る内部生は毎年すごく少ないんだって。ただでさえ目立つビジュアルしてる彼ら。院長回診! みたいにならなきゃいいけど。しかもライバル病院のね。


 「まあ、島尾と成田はここでもすでに有名カップルやし、みんな何とも思わんのとちゃうか?」


 上代くんよ。精一杯のフォローをありがとう。

 でも、あの朝のことはすみやかに記憶から消去して下さい。


 「あ、うちらはもう行かな! ましろ、食べ終わった?」

 「うん。大丈夫!」


 ロールパンの欠片を慌てて口の中に押し込み、立ち上がる。


 「ほんなら、また後でな、シン」

 「おう。お前らも頑張れよ~」


 上代くんに手を振り、栞ちゃんと一緒に持ち場に急いだ。

 私たちは、射的コーナーの午前中担当。13時から劇の始まる15時までが自由時間だ。

 

 その時に一緒に屋台を回ろうか、って紅と話してたんだけど、蒼たちはどうするつもりなんだろう。そういえば、確認するのを忘れてた。

 せっかくの寮祭なんだし、私は出来れば紅と二人で回りたい。私は、ね?

 でも紅はそうじゃないらしく、電話口でそれとなく話を振ってみたんだけど、「蒼もお前と一緒にいたいだろうから」という答えが返ってきた。

 紅の頭の中から『真白は本当は蒼が好きなんじゃないか』疑惑を追い出すには、どうすればいいのかな。何度想いを伝えても、糠に釘状態ですよ。手強い!


 


 寮の外に出てすぐのところに設けられている円状のステージからは、アップテンポにアレンジしなおしたサティのジムノペディが聞こえてきた。第1番には『ゆっくりと苦しみをもって』って意味の副題がついてるのに、楽しげに奏でられるそれはまるで『明るく軽やかに』と言わんばかり。

 亜由美先生が聞いたら、卒倒しちゃうかな。それとも笑って「こんなサティもいいわね」って言うかな、どっちだろう。

 このステージでは朝から15時まで、ミニコンサートが繰り広げられることになってる。飛び入り参加ももちろんOK。弾きたい人は係りの人が管理してるウェイテングリストに名前と楽器、そして演奏したい曲を書き込めばいいってわけ。リストにはすでに沢山の名前が書かれている。

 

 「みて、栞ちゃん。ギターの人がアランフェスでエントリーしてるよ。まだトランペットがいないみたい。栞ちゃん、参加してみない?」

 「そうなん!? うち、あの曲大好きなんやわ!」


 急いでる途中だけど、栞ちゃんも足を止めてリストを覗き込んだ。


 「んーと。順番からいって、昼からか。どないしよ」

 「名前書いてよ! 絶対聞きに来るし!」


 ワクワクしながら栞ちゃんをせがむように見つめると、彼女は満更でもなさそうに首を傾げた。


 「うーん。ほんなら、参加してみようかな」


 やった~! 栞ちゃんのアランフェス! 今から楽しみでしょうがない。どんな風に演奏してくれるんだろう。

 スキップしちゃいたいくらい上がったテンションのまま、受け持ちの屋台に到着。私たちの後すぐに、山茶花寮インヴェルノの先輩2人もやってきた。


 「今日はよろしくね。ヴァイオリン専攻の久保です」

 「クラリネット専攻の山崎です」


 会うなり、爽やかに自己紹介してくれる。

 食堂でちょくちょく見かけたことはあるかなって程度の顔見知り。直接話すのは、これが初めてだ。


 「ピアノ科の島尾です」「トランペット専攻の皆川です」


 よろしくお願いします、と声を揃えて二人で頭を下げた。


 「ははっ。一年生ってやっぱり可愛いな。いいよ、そんなにかしこまらなくて」

 「そうそう。俺のことはタクミでいいし、こいつはケンヤでいいから」


 なんて、フレンドリー! ここは外国ですか!

 ジロー先輩だけがああなんじゃなかったんだ。ヴァイオリン専攻がタクミ先輩で、クラリネットの方がケンヤ先輩ね。よし、覚えた。

 4人で景品を並べたり、射的銃の確認をしているうちに、お客さんがぞろぞろ集まってくる。

 会場のあちこちに配線されているスピーカーから、実行委員長の「それでは、第31回春冬祭を始めます。皆さん、どうか楽しんで下さい」という声が流れてきたのを合図に、お祭りが始まった。

 シフトの関係で午前中がフリーの寮生やOBさんたちが、うちの屋台にも次々と足を運んでくれる。


 「女性は、この線。男性は、この線からうしろに下がって的を狙って下さいね」


 射的銃は全部で4丁。コルク玉は200個用意している。

 景品はお菓子がメイン。一番遠い場所にはクラシックCDやスコア譜が貰える的が置いてある。音楽学校って感じの景品だよね。寮祭にかかる費用は予算は決まってるものの全部、学院持ちなんだって。太っ腹!


 「うわ、なにげにムズい、これ」

 「頑張って!」


 グループやカップルで挑戦するお客さんを、手際よく捌いているうちにどんどん時間が経っていく。ちょうど一時間くらいした頃だろうか。隣に立っていたタクミ先輩が「うわ、マジか」と声を上げた。

 つられて顔を上げ、思わず何度もまばたきしてしまった。向こうから紅と蒼、そして美登里ちゃんと紺ちゃんが連れ立って歩いて来るではないですか。

 

 もうね。すごいの、周りからの注目度が! 

 彼らが歩いてるところだけモーゼの海を割るシーンみたいになってる。笑っちゃうけど、これ本当の話。

 内部生って分かる制服姿のせいだけではもちろんない。紅の気怠げな甘い容姿に、蒼の整った顔に、美登里ちゃんの愛らしさに紺ちゃんの美しさにと、4人4様の素晴らしさが余計に人目を引いてるって感じ。

 ああ、今、ようやく沢倉さん達の気持ちが心底理解出来たわ。生半可なレベルの子が隣に並ぶなんて許せない、ムキーッ! ってなったんだよね。

 完璧な四重奏に、突然ヘッポコなヴィオラ、もしくはチェロが混ざったみたいなものだろう。それは腹立つ、うん。


 「成田!」

 

 タクミ先輩が軽く手を上げ、紅の注意を引く。

 ん? なんで名前――。

 そっか、同じ専攻だから知ってるのか。なるほどね、と納得した私にタクミ先輩は片目をつぶってみせた。

 ……なんだろう、今の。かなり嫌な予感がするんですが。


 「ようこそ、春冬祭へ」

 「盛況のようですね。お邪魔してます」


 如才なく紅は答え、私の方に向き直った。


 「お疲れ様。楽しんでる?」

 「え、えっと、うん。順調ですよ」


 タクミ先輩の意味不明なウィンクのせいで、すぐに返事が出来ない。

 挙動不審になった私を見て、紅は訝しげに眉をひそめた。


 「ましろって、成田と仲いいの?」

 

 どういうつもりなんだろう。紅が食堂に乗り込んできたあの朝、タクミ先輩たちだってその場にいたよね。うん、絶対にいた。


 「ええ、まあ」


 意図が読めないので曖昧に笑ってお茶を濁そうとしたんだけど、タクミ先輩の『ましろ』呼びを紅が聞き逃すはずもなく。


 「ましろと俺は付き合ってるんですよ、久保先輩」


 にっこり微笑んではいるものの、目が笑っていない。

 蒼の顔にもでっかく「誰、この馴れ馴れしい男」って書いてある。うう、胃がキリキリします。


 「知ってた。ちょっとからかっただけ」


 そんな二人の神経を逆なでするようにタクミ先輩はニヤリと笑い、おもむろに二丁の射的銃を紅と蒼に掲げてみせた。


 「で? もちろんやってくよな、王子さま方」

 「タクミ。揉め事起こすなって、草野さんに言われてるだろ」

 

 ケンヤ先輩が実行委員長の名前を持ち出してやんわり諌める。

 栞ちゃんは、どうしていいのか分からない、というように両手を揉み絞り私たちを見比べた。胃がさらにギリギリと痛む。


 「いいじゃない。やってよ、ソウ。私、あの可愛い編みぐるみが欲しいわ」

 「はあ? なんで俺が――」


 あっけらかんと言い放った美登里ちゃんが欲しがったのは、小さなパンダの編みぐるみストラップ。景品が足りないと困るから、とミチ先輩に頭を下げられ、急遽夜なべして作った動物シリーズだ。キリンとライオンとクマ、そしてペンギンもいます。


 「それ、私が編んだんだよ。褒めてもらえて嬉しいな」


 一触即発の空気をどうにかしたくて、明るい声を上げてみた。ちょっと、わざとらしかったかな。

 

 「じゃ、やる」


 ところが急に気が変わったらしい蒼は、無造作にタクミ先輩から銃を受け取った。そのまま、大して狙いも定めずに引き金を引く。

 パン、と乾いた発砲音がしたと思った次の瞬間、コテン、とチビパンダは後ろに倒れた。


 「わお! You're cute!!(カッコいい!)」


 大喜びしてる美登里ちゃんにパンダのストラップを渡し、蒼は「ましろが作ったんだから大事にしろよな」と念を押す。美登里ちゃんは「はいはい、分かってるって」と聞き流し、パンダを早速スマホにぶら下げた。うふふ、嬉しそう。

 やっぱり伊達に長年付き合ってないんだよね。蒼の柔らかな表情を見れば、言うほど美登里ちゃんを嫌ってないんだってすぐに分かる。戦友、って言葉がぴったりの二人だ。


 「お見事!」


 自分が挑発した癖に、タクミ先輩はなんと拍手まで送ってる。

 はあ~。単に紅達をからかいたかっただけなんですね……。

 細められた瞳は、悪戯っ子のように輝いているではないか。脱力。


 「タクミ先輩、あんまり趣味よくないですよ」


 小声で窘めると、先輩はわざと私の肩を抱き寄せてきた。


 「一応、俺らのテリトリーじゃん、寮祭って。だから、余所者に軽く挨拶しただけだよ」


 私の耳の傍でこれみよがしに囁く。ケンヤ先輩が「調子に乗んな!」と拳骨を落としてくれたので、本当に助かった。ぞわわ、って鳥肌立ったよ。ケンヤ先輩が殴らなかったら、思いっきり脛を蹴り飛ばしてたとこです。

 呻き声を上げたタクミ先輩は、よっぽど痛かったのか涙目になってる。


 「成田はやるの、やらないの?」


 頭をさすりながら、それでも射的銃を突きつけてくるタクミ先輩のしつこさに逃げられないと悟ったのか、不機嫌そうな顔のまま紅も銃を受け取った。


 「紺は何か欲しいものないの?」


 私を視界にいれないようにしながら、隣の紺ちゃんに優しく話しかけてる。

 あらら。これは、だいぶご立腹ですね。

 多分、私やタクミ先輩にじゃなくて動転しそうな自分自身に、だろう。紅はカッコつけだから。


 「じゃあ、私もましろちゃんの編みぐるみが欲しい。あのペンギンさん」


 紺ちゃんは可憐な細い指で、景品を指さした。

 ペンギンさん、だって! 可愛いっ。


 「了解」


 紅も難なく一発目で編みぐるみを倒してしまった。

 言っとくけど、かなり難しいんだよ。景品は小さいし、離れた距離から撃たなきゃだし。

 紅も蒼も、苦手なことってないのかな。こうなったら、意地でも探したくなってくるわ。万能セレブイケメンめ。

 タクミ先輩もケンヤ先輩も私と同じ気持ちだったらしく、しょっぱい顔つきになっている。


 「つまらないなあ。もういいよ、はい行った行った! 次のお客さんどうぞ~」


 追い払うようなタクミ先輩の手つきに思わず苦笑い。

 それまで紅たちを見物していたお客さん達も、その声で一気に散らばって行った。


 「また後でね、ましろ」


 上機嫌の美登里ちゃんに手を振り、4人を見送る。


 「もう! そんなに拗ねないの」

 「拗ねてないよ、何言ってるの」


 紺ちゃんが紅の脇をつついてます。私たちに挨拶しないまま行こうとするのを咎めてのことだろう。いや、拗ねてるよね、絶対。ぶっきらぼうに否定する紅の可愛さにキュンときました。ヤキモチ妬いてくれたのかな、なんて想像して嬉しくなってるって知ったら、どんな顔するだろう。


 「終わったら電話するね、紅」


 声をかけると、「ん」と短い返事。

 だけどさっきよりうんと機嫌がよくなったって、私には分かった。


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