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音楽で乙女は救えない  作者: ナツ
ルート:紅
119/161

13.新入生歓迎演奏会(前編)

 GWはあっという間に終わってしまった。

 紅とのデートはすごく楽しかったし、おかげでぎくしゃくした雰囲気は消えた気がする。

 いま一つ踏み込めてない感はまだあるけど、そこは徐々に仲を深めて信用していってもらうしかないもんね。

 

 そして、アグレッシブな嫌がらせに神経張り巡らさなきゃいけない毎日が戻ってきましたよ。

 よっしゃ! 気合入れ直すぜ! 

 自分で自分に喝を入れて学校に向かったわけですが、何故か今朝に限って下駄箱にもはやお馴染みのデス・レターはなかったし、廊下ですれ違い様に次々にぶつかられることもなかった。

 

 嵐の前の静けさかな。……なんとなく、やな予感。


 首を捻りつつも授業をこなし、迎えた放課後。

 桔梗館の小ホールで最後の音合わせを行った。いよいよ新入生歓迎会は明日だ。

 氷見先生は腕組みをして目を閉じ、私たちの演奏を聞いてくれた。


 最後の音の余韻が消えた後、ピアノの前から立ち上がり先生の前まで進む。


 「どうでしたか?」


 今回は私がプリモ、紺ちゃんがセコンドだ。

 実はこの組み合わせは初めてなんだよね。亜由美先生には及第点を貰えたけど、氷見先生からどんな風に評されるのか心臓がバクバクする。


 「入りの島尾。もっと抑えた方が後半の盛り上がりが引き立つと思う。ただ、ピアニッシモで弾けばいいって意味じゃない。分かるか?」

 「はい」

 「それから第二部の玄田。あまり重い和音にし過ぎると、プリモとの温度差が出てしまう。ただでさえ湿っぽい曲だからな。引っ張られ過ぎないように気をつけて」

 「分かりました」


 亜由美先生のスタンスが『楽譜に忠実に、作曲家の意図を読み込んで』だとしたら、氷見先生のスタンスは『聴き手を意識しろ』だと思う。

 情熱的なベートヴェンやショパンの曲を演奏する時に、特にそこは注意される。「自分だけ気持ちよくなろうとするな」というのが氷見先生の口癖だ。

 ノーミスで演奏出来たこともあり、細かな技法についてのチェックは入らなかった。

 先生はこれから他の受け持ちの生徒のリハもみないといけないから、聞いて貰えたのは一回だけ。


 「でもまあ、いいんじゃないか。俺は好きだな」


 去り際、先生はそう言って笑みを浮かべてくれた。滅多に「自分がどう思うか」は教えてくれない先生なだけに、嬉しさが込み上げる。


 「ありがとうございました!」


 紺ちゃんと揃って頭を下げて先生を見送った。


 「よし。注意されたとこに気を付けながら、もう少し詰めよっか」

 「そうだね」


 

 紺ちゃんは最近、すごく頑張っている。

 連休だって、結局一度も遊べなかった。

 美登里ちゃんとランチしに行った時、彼女からも「コンがマシロ化してて、最近つまんない」って愚痴を聞かされたんだっけ。……マシロ化って何だ。

 今年の学コンに出るって言ってたし、練習に熱中するのは悪いことじゃないよね。


 何回か合わせているうちに、外が薄暗くなってきたのに気づいた。

 携帯を確認すると、退館時間が迫っている。


 「わあ! 急いで片づけなくちゃ。帰ろう、紺ちゃん」

 「――もう、そんな時間?」


 紺ちゃんも驚いたように立ち上がる。

 それから本館まで鍵を返しにいって、音楽の小道の手前で紺ちゃんと別れた。


 「じゃあ、また明日。頑張ろうね!」

 「うん。……本当に寮の前まで一緒に行かなくても大丈夫?」

 「そんな心配しなくても、学院の敷地内なんだよ? 走ったら5分もかかんないし」

 「でも――」

 「紺ちゃんこそ、駐車場まで気を付けてよ」


 不安げに立ち止まったまま私を見つめる紺ちゃんに手を振り、スクールバッグをしっかり抱えなおして、浮き浮きとした気持ちで一歩を踏み出す。

 

 あんまり明日が楽しみ過ぎて、朝感じた違和感なんてすっかり頭から抜け落ちていた。もっと警戒するべきだったのに、数々のサインを見落としてしまったことに気づいたのは、後のこと。

 紺ちゃんの異変にだって気づけなかった。

 ただ、シューベルトの切ない旋律だけが私の心を占めていた。



 


◆◆◆◆◆◆




 乳白色の靄がかかった中を、手探りで歩く。

 誰かが泣いてる気がして、私は辺りをキョロキョロと見回した。


 「花香まで……そんな、どうして。――もう、私、生きていられない」

 「しっかりしろ! 頼むから、気をしっかり持ってくれ!」

 「どうして? ねえ、あなた……どうしてなの!?」


 聞いてる私の胸を深く抉るような慟哭の声に、頭を殴られたような衝撃を覚えた。


 ――『いやあ、本当にびっくりだよね。ちなみに前世は何歳で?』

 ――『そっかあ。……私は24歳だったから、ましろちゃんよりお姉さんだね』


 ああ、どうして今の今まで気づかなかったんだろう。

 紺ちゃんが花ちゃんだとしたら、()()()()()死んだってことだ。

 私達姉妹をあんなに愛し、慈しみ、育ててくれた両親を置き去りにして。


 「とうさーんっ。かあさーんっ」


 声を限りに叫びながら、闇雲に歩き回るんだけど、誰の姿も見えない。 

 白い闇の中に一人置き去りにされて、私は半狂乱になりながら彼らを呼び続けた。


 「里香……花香……」


 父さんの悲しげな声。


 「かえしてっ。あの子たちを返してえええええっ!!」


 母さんの泣き叫ぶ声。


 溢れんばかりの慚愧ざんきと懐かしさで、頭がおかしくなりそうだ。


 ――『今日が最後。もう前世の話はしないで。約束して、里香。これはすごく重要なことなの』


 雪の日のショッピングモールで、紺ちゃんは酷く切羽詰った顔で私に迫った。

 だから、ずっと聞けないでいる。

 私が消えた後のこと。友衣くんのこと。自分が花ちゃんだって打ち明けてくれなかったのは何故なのか。

 何か。そうきっと、何か理由があるはずだから。

 だけどこれだけは、どうしても聞きたいよ。

 

 花ちゃんの死因って、なに?





◆◆◆◆◆◆



 自分の頬が冷たく濡れている感触で、ハッと気がついた。

 慌てて起き上がろうとして、うめき声を上げる。


 あ、いたたた。

 後頭部が痛い……。どっかで激しくぶつけた後みたいな痛さ。


 「気がついた?」

 「真白ちゃんっ!」


 ズキズキする痛みをこらえて目を開くと、そこにはトビーと紺ちゃんがいた。

 一体、何がどうなってるんだっけ。


 状況が上手く掴めなくてぼんやりしてしまう。


 「……あれ、夢?」

 「ちょっと待っててね。先生を呼んでくるから」


 トビーは穏やかな口調で私にそう告げ、真っ青な顔をした紺ちゃんの肩をそっと押して部屋の外に出ていった。

 代わりに入ってきた白衣姿のお医者さんに、あれこれ問診されたり、触診されたりして、混乱は余計に深まる。


 「あの。――私、怪我したんですか?」

 「その辺も覚えていないんですね。後で、理事長から説明があると思います。今は、ゆっくり休んで下さい。頭以外の痛みはありますか?」

 「膝がちょっと痛い、ような」

 「鎮痛剤を処方しましたので、少し体を起こして、このお水で……そう、上手く飲みこめますね」

 

 優しい声で導かれるままに錠剤を飲みこみ、再びベッドに横たえられる。


 天井を見て、少し安心した。

 あ、ここ私の部屋だ。

 ぼんやり白い天井を見上げているうちに、再び睡魔が襲ってきた。

 

 そういえば、制服からいつの間に着替えたんだろ。

 今日の復習と明日の予習も終わってないや。


 うとうとと瞼を閉じながら、そんなことを考えていると、ガチャリ、と扉の開く音がした。


 「――よく眠ってるみたいだ。先生の話では、一晩様子を見て何もなければ大丈夫だろうってことだったよ。もちろん、今週末に精密検査は受けてもらうけどね」

 「理事長、明日の演奏会は」

 「出て貰う」

 「そんな!」

 「こんなことがあった後だからこそ、余計に彼女は自分の力を見せつけなければならないはずだ。どんな脅迫にも決して折れはしない、というところもね」

 

 トビーと、紺ちゃん?


 「まさか揉み消すつもりですか。真白ちゃんのご両親もですが、うちの父も母も、成田の両親も黙っていないと思います」

 「もちろん、僕もこのままにするつもりはないよ。金蔓なら他にもいるし、玄田や成田を敵に回すほど馬鹿じゃない。それに、才能がない上に、他人を妬むようなゴミはいらないしね。だけど、全ては新歓が終わってからだ。きっと、この子もそう言うだろう」

 「教育者としても最低なのね……それに、知ったような口をきかないでくれる? あなたに真白の何が分かるの」

 「ふふ。――僕はね。ずっと不思議なんだよ、コン。どうして他人のマシロを、君がそこまで気にかけるのか」

 「あなたにはきっと一生分からない」

 「いいね。その目、ぞくぞくする」


 衣擦れの音が聞こえる。

 トビーの忍び笑いも。


 紺ちゃんとトビーのただならない親密さに驚いているはずなのに、上手く頭が働かない。さっきまでの痛みは消えてくれたけど、強烈な眠気で意識を保っていられないのだ。


 「お礼をしてはくれないの? 僕がタイミングよく中庭に行かなかったら、君の大事なこの子の指は、使い物にならなくなっていたかもしれないよ」


 不穏な台詞を最後に、トビーの声も紺ちゃんの声も聞こえなくなった。



 


 朝起きたら、えらく気分が良かった。

 まるで何十時間も睡眠を取った後みたいな爽快さ。


 ベッドから降りて、枕元に用意されていた水差しから冷たいお水を飲む。誰が準備してくれたんだろう。入れたてなのかな、氷もそんなに溶けてないや。

 

 んーと。

 私って、昨日何してたっけ?


 空白の記憶を取り戻すべく腕組みして天井を睨みあげているところに、ノックの音が響き、紺ちゃんと栞ちゃんが入ってきた。

 

 栞ちゃんはまだ分かるけど、紺ちゃんまで!?

 ここって寮生以外、立ち入り禁止のはずだよね。


 「ましろちゃん、おはよう。良かった、すっかり元気そう」

 「おはよ、って。あ、あれ。紺ちゃん、何でここに? ……っていうか、栞ちゃん、どうして泣いてるの?」

 

 紺ちゃんのすぐ後ろで、悔しそうに顔を歪めポロポロ涙を零している栞ちゃんは、私と目が合うなり、いきなり飛びついてきた。


 「うち……うちが、待ってたら良かった……んや。ごめん。ましろ、ごめんやで」


 背の高い栞ちゃんにぎゅうっと抱き締められて、私は目を白黒させた。

 もしかしてここは、なんで謝んねん! ってツッコむとこ?


 ひくひくしゃくり上げてる栞ちゃんと並んでベッドに腰掛け、紺ちゃんからの説明を受けることに。


 どうやら、昨日の帰り道。

 私は沢倉さんと宮路さん達に囲まれ、紅と別れて学院から出て行け、と迫られたらしい。覚えてないけど、私のことだ、ピシャリとはねつけたんだろうね。

 逆上した沢倉さん達に抑え込まれ、指を折られそうになったんだって。


 「そ、そこまでやる!? 何かの間違いじゃ――」


 びっくりして思わず声を上げてしまい、栞ちゃんに「お人よしもええ加減にせえ!」って一喝されてしまいました。

 あ、はい。すみません。


 まあ、そこにタイミングよくトビーが姿を見せ、彼女達が怯んだ隙に死にもの狂いで逃げ出そうとした私は、足をもつれさせた挙句、噴水の台座の角で頭を強く打って昏倒したそうです。

 

 ……なんて恥ずかしい。結局、自分でこけたんじゃん。


 「だから今日の演奏会は、辞退してもいいんだよ。なんなら、これから一緒に病院に行きましょうよ」

 「なんで? 出るよ」

 「はあ!?」


 あんた、正気か!? と栞ちゃんに揺すぶられたけど、ほらね、何ともない。いつもより頭がスッキリしてるくらいだ。


 「その話が本当なら、このままおめおめと引き下がりたくない」


 本音をそのままぶつけると、紺ちゃんは額に手を当て深々と溜息をついた。


 「アイツの言う通りなんて、しゃくだわ」

 「え?」

 「……ううん、こっちの話。それなら、そろそろ着替えて朝ご飯を食べに行かないと間に合わないわね」


 私の我儘を紺ちゃんが苦笑いで許してくれたので、ホッとした。

 心配してくれてるのに、ゴメンね。

 でもせっかくここまで仕上げてきたんだもん、御披露目したいよ。

 

 両手を広げてニギニギしてみたけど、手は何ともないみたい。

 頭に包帯を巻かれてるのも、大げさな気がして嫌だなあ。後で取っちゃおう。


 「そいえば、理事長さんって何しに中庭に来たんやろうね?」


 先に食堂で待ってるね、と言い置き、部屋を出て行こうとした2人なんだけど、途中で栞ちゃんが立ち止まり、不思議そうに首を傾げた。


 「言いにくいけど、ヴァイオリンを弾きに、だと思う」


 私の言葉に、紺ちゃんも栞ちゃんも驚愕の表情を浮かべる。

 

 「理事長が、中庭の君だったの」


 栞ちゃんは「ホンマに!? っていうかなんで、わざわざ寮の中庭に弾きに来るん?」ともっともな疑問を叫び、紺ちゃんは「……中庭の君?」と語尾を上げた。


 うん。

 改めて問い返されると恥ずかしいね、そのネーミング。



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