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音楽で乙女は救えない  作者: ナツ
ルート:紅
118/161

12.初デート(後編)

 ヒールのある靴だったのであまり速くは走れなかったけど、それでもあっという間に外門に到着。

 息切れしてない自分に満足しながら、ワンピースの裾を軽く引っ張って整える。

 

 楽器を演奏してるって云うといかにもインドアなイメージだけど、実はしっかりとした体幹や長時間演奏する為の持久力が要求されるんだよね。管の子はそれに肺活量もプラスされるし。

 体育の授業は選択制なんだけど、大抵の子が陸上を選ぶのはその辺に理由があるのかな。ちなみに、バスケや硬式テニスなどの球技系を選ぶ子はあまりいない。ピアノ科の男子でバスケを選択しようとした一年生がいたみたいだけど、実習の先生に笑顔で「冗談やめて?」と一蹴されたそうです。こわっ。


 待ち合わせまで、まだ20分くらい時間がある。

 ぼんやり外門の前に立っていると、さっき見た光景がどうしても脳裡に蘇ってくる。


 金色の髪を風に靡かせ、トビーは一心にヴァイオリンを奏でていた。

 ――『僕は音楽を愛している』

 やっぱり、あれは嘘じゃなかったんだ。

 まるで誰かのピアノと合わせているかのように、彼はフレーズの区切りを意識していた。その弾き方も、心のどこかに引っかかる。


 うーん、と腕組みをして首を捻っているところに、紅が歩いてきた。

 ……歩いてきた!?


 「おはよう、ましろ。待たせてしまった? これでも早めに出てきたんだけど」


 黒のTシャツに革とシルバーのブレスレットの重ね付け。細身のカーゴパンツにデッキシューズですか。

 均整のとれた筋肉質の体躯に上質なシンプルカジュアルが本当によく似合っておられますわ、紅様!

 ――はっ。危うくファン化するところだった。正気を取り戻せ、ましろ。


 「おはよう。あんまり楽しみだったからかな。お休みなのに6時に目が覚めちゃったよ」 

 

 見惚れてたことに突っ込まれる前に、えへへ、と笑って誤魔化した。

 あれ、何でだろう。紅が絶句してる。

 

 「この恰好、もしかして変? き、着替えてこようか?」


 慌てて自分の恰好を見下ろしてみた。ミニに生足はやっぱりなしだったか。

 どう思うか聞いてるのに、紅は口元を押さえたまま顔を背けてしまう。


 「ちがう。ちょっと待って――不意打ち、卑怯だから」


 ん?

 よく見てみたら、耳が真っ赤になってる。

 思わず、ニヤリ、としてしまった。

 こんな風に動転する紅は、レアなんだもん! なかなか見られないデレ顔を堪能したい!


 「ねえ、変? どうなの? 紅」


 腕にしがみつくように纏わりついて、ねえ、ねえ、と返事を急かす。

 でもね。私が覗きこもうとすると逆の方を向いちゃうの。

 わあ、可愛い!


 ところが、ちょっとやり過ぎてしまったみたいで――。


 「上等。そんなに聞きたいなら、教えてあげるよ」


 私がからかってることに気づいてしまった紅が、反撃に出ようとする。

 すかさず退散しようとしたんだけど、遅かった。

 腰に右手を回され、ぎゅっと引き寄せられる。

 紅の左手は私の顎にかかり、そのまま上を向かされました。

 綺麗な瞳にまっすぐに射抜かれる。


 「可愛いよ、ましろ。すごく、可愛い」

 「……すびばせんでした」


 目を逸らそうとしても、顎をつかまれてるので思うように顔を動かせない。

 恥ずかしさで半泣き状態になったカッコ悪い私を見て、紅はクスクス笑い出した。


 「ああ、本当になんでこんなに可愛いんだろうな。俺に教えてよ」


 なんでそんなに甘い台詞が次々に飛び出てくるのか、私にこそ教えて下さい!


 

 

 待ち合わせ早々、大幅に体力を持っていかれた気がして、よろよろと紅について行く。私ってホント馬鹿。下手な挑発は厳禁ってこの間学習したはずなのに。

 女の子と出歩き慣れている紅は歩幅をちゃんと合わせてくれるから、はぐれることはないんだけど、二つ疑問が湧いた。


 「あのさ、なんで今日は車じゃないの?」

 「水沢が邪魔……というのは冗談で、たまには普通の高校生みたいなデートも新鮮かなって」


 たまには、という一言に、想像以上にぐっさりやられた。

 私は初デートですけど、紅は違うもんね。うん、知ってたけどね。


 「何、その顔」

 「たまには、が余計だと思う」


 お腹にためてうじうじ悩むのは性に合わないので、ストレートに注意してやりましたよ。

 今後、気を付けたまえ。


 「――何を勘違いしてるのかは知らないけど、たまには、だよ。お前にとってはただの送迎でも、俺はお前を車に乗せてどこかへ行く時はいつも、これがデートならいいのにって思ってたから」


 グッと胸が詰まる。

 返す言葉が見つからなくて黙り込んでしまった私を見下ろし、紅は寂しげに微笑んだ。


 「こんなこと言っても、ただの言い訳だな。彼女達と出かけてたのは本当のことだし。……悪い」

 「ちがう、謝らないで」


 私は足を留め、紅を見上げた。

 なかなか気持ちが伝わらなくてもどかしい。だけどそれは、紅に長い間片思いをさせてしまったからなんだ、と気づいてしまった。

 だから、紅は不安になる。

 本当に私が彼のことを好きなのか、信じきれない。

 

 だったら私は、これから一生懸命紅に向かって『大好き』を伝えていくしかないんだ。

 

 「自分の鈍感さに落ち込んでただけ。あと、もう一つ。なかなか手を繋いでくれないのはなんで?」

 「え?」

 「何かあると紅はすぐ腕を引っ張るし、せっかくのデートなのに手も繋いでもらえないのって結構寂しいんですけど」


 紅は、寂しげな微笑みの代わりに安堵の表情を浮かべた。

 安らいだ眼差しに、私まで嬉しくなる。


 「お前にとって、その手は特別だろ。だから、そう簡単には触れられないんだよ」

 「そ、そういう理由?」

 「ああ。どのくらいの強さで握れば大丈夫なのか、よく分からないし」


 いつもの『口説いてますよ』オーラは出ていない。

 ということは、素で言ってるんですね? なんという高いポテンシャル!

 ま、負けないもん。


 「紅ならいいよ。紅には、触れられたい。痛かったらちゃんと言うから」


 恥ずかしいのを我慢して、ちゃんと紅の目を見て言った。

 どうか、伝わりますように。っていうか、伝われ!


 「――はぁ。自分で何言ってるか分かってる? いや、絶対分かってないよな」


 紅は天を仰いで嘆息し、それから似合わない乱暴さで私の手を取った。

 指を絡める恋人つなぎではなく、普通の手つなぎ。


 「失礼な! ちゃんと分かってるよ」

 「じゃあ頼むから、これ以上は煽らないで。洒落にならない」


 早口でそう言って、紅は私の手を引っ張り、歩くスピードをちょっとだけ上げた。



 今日は一緒に映画を観に行くことになっていた。

 その前に、眼鏡屋さんに立ち寄る。

 ハウスブランドのメガネを扱っているセレクトショップらしいんだけど、私にはサッパリだ。値札だけ見て納得したけどね。うん、ゼロが多すぎる。


 「あれ? 紅って目が悪かったっけ?」

 「いや、そこまでは。ただ最近、視力が落ちてきてるから、家で使う用に注文しておいたんだ。待たせてごめんね」


 眼鏡か。どうなんだろう。

 ちらっと想像してみて、悶えそうになりましたよ。

 似合いそうだよね。見てみたいっ。


 「今度おうちに遊びに行った時、かけてるとこ見せてね」

 「いいけど……そんなの見て楽しいか?」


 意外と分かってないな~。

 楽しいに決まってるじゃないですか! ねえ?


 

 行こうか、と手を取られ、再び歩き出す。

 電車の中でも、それ以外でも紅はずっと手を繋いでくれた。

 私と一緒だったからか、無遠慮な視線には晒されたけど、直接声をかけてくる子はいない。たまに街を歩いてると、スカウトとかも普通にあるんだって。勝手に写真を撮られたりもするらしい。

 酷いね! と憤慨する私に向かって、紅は苦笑を浮かべ首を傾げた。


 「そうなのかな。子供の頃からだから、もう嫌とか困るとかそんな感情が麻痺してるのかもね」


 だとしたら、それは異常だよ。


 心の中に浮かんだ言葉は飲みこんで、繋いだ手に力を込める。

 これからは、この私がガードしますからね。勝手に写真撮る奴なんて見つけたら、追いかけていってカメラを地面に叩きつけてくれるわ! 

 メッセージは伝わったのか、紅は親指でそっと私の手の甲を撫でてくれた。



 そして映画館に到着。

 復讐を題材にしたアクション大作なんだけど、ふんだんにクラシックが使われているという前評判を聞いて私が見たい、って言ったんだよね。

 紅は映画館で映画を見るのは、なんと初めてだという。

 家に立派なシアターがあるからだろうし、多分人混みも苦手だからだろうな。


 「えらくご機嫌だね。どうしたの?」


 紅を通路側に座らせ、私が彼の奥にいくことに。

 これなら、知らない人の隣りにならなくて済むよね。

 飲み物とポップコーンを脇に置き、暗くなるのを待っていたら、紅が不思議そうに聞いてきた。


 「ふふ。だって、紅の初めての映画体験を頂くんだよ? 嬉しいじゃん」

 「……言い方がエロい」

 「え、エロくないし!」


 こそこそと言い合い、顔を見合わせてプッと吹き出す。

 何をしていても何を話していても、楽しくて仕方なかった。

 ただ、座ってみたらワンピの裾が思ったよりも上に上がってしまったのは、流石の紅も気になったみたい。


 「今度から、もっと長い丈にしてくれる?」

 「ごめん、見苦しいよね。膝にハンカチ広げとくね」

 「逆。2人きりなら大歓迎だけど、よその男に見せるのは、かなり気分悪いって今日分かったから」

 「私の足なんて誰もみてないよ」

 「……鈍感」


 紅の新たな一面を発見。

 こんなに独占欲が強いなんて、今まで知らなかった。

 くすぐったくて、知らないうちに顔がニヤけてしまいます!

 

 

 肝心の映画は音楽も画も本当に美しくて、いつの間にかすぐ隣に紅がいることも忘れて熱中してしまう。


 あらすじ自体はそんなに捻った話じゃないんだけどね。


 最愛の人を奪われた男が復讐を決意して、あらゆる悪事に手を染めるんだけど、途中でその恋人に似た少女に出会ってしまうの。

 偶然の逢瀬を重ねるうちに、少女に惹かれていく自分に気づいてしまった男。

 だけど、もう後には戻れない。年も違い過ぎるし、そもそも住んでいる世界が違う。

 最後の決着をつける為の準備をする男のもとに、少女がやってきて、黙ったまま傍にいる。

 恋人を失った日からずっと酒がないと眠れないのに今日は飲めない、明日に触るから、と自嘲する男に、少女が子守唄を歌ってあげるという場面がクライマックス。

 

 壮大なオーケストラの音楽が鳴り響き、そこからしばらく登場人物の台詞が無音のシーンが続く。流れるチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲だけが、否応なく感情を揺さぶってくる。

 

 膝枕をした男の髪を撫でながら、何かを歌う少女。幸せそうに目を細め、聴きいる男。やがて、男の目は静かに閉じられていって、少女は彼に屈みこみ額に一つキスをする。

 そこでカメラは少女をアップに。

 滅多に感情をあらわにしない少女が、顔を歪めてしゃくりあげ、ポタポタと涙を落とす。落ちていく涙が、次のシーンでは雨に変わり、男は銃撃戦のさなかに飛び込んでいく。



 気づいたら、私もボロボロ泣いていた。

 しゃくりあげないよう必死に嗚咽を噛み殺し、ハンカチで震える唇を押さえる。

 なんだよ。

 ハッピーエンドじゃないのかよ。


 

 水たまりの中に倒れ込んだ男は、最後の力を振り絞って、胸に下げていたロケットを開く。震える血塗れの指が開いたそのロケットの中には、かつての恋人ではなく少女の無愛想な写真が入っていた、というところでエンドロール。


 ちゃんと話の筋を調べてくれば良かった、と私は泣きじゃくりながら盛大に後悔しました。

 いや、映画自体は良かったよ? 俳優さんたちの演技も、音楽も言うことなしですよ。

 ただ、初デートでこれはない。



 「落ち着いた?」

 「うん。――本当にすみません」


 結局、映画館のロビーでしばらく落ち着くのを待ってもらう羽目になりました。紅がハンカチを濡らしてきてれたので、それで目元を冷やして腫れを取る。

 そろそろいいかな。


 「ハンカチ、綺麗にして返すね。ありがと」

 「いいよ。じゃあ、何か食べに行く?」

 「うん! もうだいぶお昼回ってるもんね。お腹すいた」


 立ち上がって再び手を繋ぐと、紅は一端足を止め、私をじっと見つめてきた。


 「な、なに。まだみっともない顔してる?」

 「いや。たとえ映画だとしても、あんな風にお前が悲しそうに泣くのを見るのは、嫌なもんだな、と思って」


 時の流れって、すごいね。

 クソ生意気だったあなたに泣かされた昔の遺恨は、この際水に流してあげようじゃない。

 なんてね。

 照れ隠し、ごめんなさい。


 「……気を付けます」

 「それは、俺の台詞」


 紅は笑みを浮かべ、私の頭のてっぺんに軽く口づけた。


 「俺は泣かさないよ。約束する」

 「私もだよ」


 指切り。繋いでない方の小指を差し出すと、紅は「はいはい」と笑って指を絡めてくれた。


 「ゆーびーきーりげんまーん、紅が嘘ついたら」

 「ついたら?」

 「私がOK出すまで、さっきのヴァイオリン協奏曲のソロ部分を弾き続ける」

 「殺す気か」


 大真面目な顔つきの紅のツッコミに、笑い出さずにはいられない。


 「私が嘘ついたら、どうする?」


 紅が私のせいで泣く、なんて想像もつかないけど、どちらかだけの契約なんて不公平でしょ?

 そう言うと、紅は切なげに目を細めた。


 「じゃあ、俺がいいって言うまで抱きしめてて」

 「いいよ。そのくらい、いつでもやってあげる」


 迷いなく答えた私に、紅はちょっとだけ笑って頷いた。



 

チャイコンで映画、といえば「オーケストラ!」

未見の方は是非! 突っ込みどころはちょいちょいある映画ですが、ラスト15分の演奏&回想シーンは圧巻です。

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