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音楽で乙女は救えない  作者: ナツ
第一章 小学生編
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閑話

 ★花香お姉ちゃんの日常★


 去年から、妹の様子が激しく変。まさに激変。

 前までは、勉強キラーイ、クラシック? なにそれオイシイの? って顔で、毎日『アイレボ』の話ばかりしてた。


 「ルンちゃん、可愛いな~」なんて言いながら、ツインテールを鏡に映しては決めポーズを取っていた普通の小学生女児だったのに……。


 その日は、ラクロス部の顧問が所用で不在だったので、まっすぐ帰宅していた。

 ラクロス部を選んだ理由は『なんとなくお洒落な感じだし、ユニフォームが可愛いから』だったのだけど、予想以上に激しいスポーツに、私は早くも自分の安易な選択を後悔し始めてる。


 コンコン。

 ノックの音にのんびり返事をすると、ドアの隙間から小さな顔が覗いた。


「お姉ちゃん」

「うおっ。な、なに、ましろ」

「今から、ピアノ弾いても大丈夫? ソフトペダル踏むけど、うるさくなるかも」

「い、いいよ」


 帰宅してすぐ、妹の部屋を覗いた時、ましろは机に噛り付いてガリガリ問題集を解いていた。

 その鬼気迫る形相に、何も声を掛けられずそっとドアを閉めたんだ。


 勉強が終わったと思ったら、今度はピアノ!?


 のんびりまったり小学生ライフを楽しんでいた妹は、どこ行っちゃったの!?


「ごめんね。ありがと」


 にっこり笑ってましろは背中を向け、部屋の入口でピタ、と足を止めた。


「……お姉ちゃんも、一緒にがんばろ?」


 部屋の中を改めて見回すと、惨澹たる有様。

 全ての教科書は学校に置いてきているので、スクバは空っぽに近い。

 勉強机の上は、コスメグッズと雑誌置き場と化していた。


 制服姿でベッドの上に寝転んだまま、友達とラインで馬鹿話のやり取りをしていた私は、思わず正座してしまった。


「なーんてね! 私に言われたくないよね!」


 ましろはペロっと舌を出して可愛く手を振り、今度こそ部屋を出て行った。


 ――お母さんに説教食らうより、堪えるわ……


 お姉ちゃんも、もっとちゃんとしようかな。

 あ、でも、明日から!





 ★蒼の好きなもの★


 もともと俺は、手先の器用な人に憧れを持っていた。


 たとえば、昔から家にいるお手伝いの美恵。

 魔法のような手つきで、俺の嫌いなピーマンや人参をそれとは分からない様に料理に混ぜてくる。


「坊ちゃま。今日召し上がったテリーヌは、ほうれん草を使ったものですよ」

「うそだ。全然、そんな味しなかったぞ」

「いいえ。美恵は嘘を申しません」


 還暦を迎える美恵の目尻に、優しげな皺が寄る。

 その顔を見ると、心が和む。


 美恵は、飾り切りも得意だ。

 リンゴの皮を花に見立て、剥いてくれることもよくある。


 マシロも、美恵と同じだ。


 手先が器用で、頼まれると断れない損な性格。

 大邸宅に一人残された俺の面倒をみている美恵と、会ってせがめば必ず何か俺の好きなものを折ってくれるマシロ。


 年は全然違うけど、顔を見るとホッとするのは同じだった。


 マシロに貰った折り紙は、全部大切に取ってある。


 最初に貰ったグランドピアノは、防音室の窓辺に飾った。

 チェロを弾く時は、アイツを嫌でも思い出させるグランドピアノじゃなく、マシロの折ったピアノを見つめる。


 もっと仲良くなりたいな。


 マシロの笑顔を思い浮かべながら、俺は今日も歩道橋で時間を潰す。





 ★紅と紺の攻防戦★


「紺!」

「……」

「なんだよ。まだ怒ってんのか?」


 同い年の兄は、私の目から見ても極上の男の子だ。


 どんな酷いことを云ったって、どんな傲岸な振る舞いをしたって、それら全てを覆してしまう華やかなオーラ。

 ただその場にいるだけで、人目を惹かずに置かないとびきり魅力的な男の子。


「ましろちゃんに優しくして。お願い。もう酷いこと言ったり、意地悪したりしないで」


 だからといって、彼が決して満たされているわけじゃないことも分かってる。


 そんなあなたを救ってくれる女の子は、あの子なのに。

 自分のやってきたことへの強烈なしっぺ返しを食らって、後で苦しむのはあなたなのに。


「――どうして、そこまでアイツに肩入れする? お前、最近変だぞ?」


 紅は壊れ物を扱う様な手つきで、そっと私の髪を撫でた。


「分かれよ。紺だけが大事なんだ。他の女なんてどうだっていい。お前さえ守れればいい」

「いつか分かるよ、紅にも」


 首を振って過保護な兄の手を外す。


 ましろちゃん、ごめんね。

 私は、私の道を行く。


 でもいつでも、祈ってるよ。

 あなたの行く道が光で満ちますように、って。



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