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音楽で乙女は救えない  作者: ナツ
ルート:紅
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2.再会

本日四話目の更新です。

明日からは、紅編の続きを投稿していきます。

 「真白様。お久しぶりです」


 田宮さんに引き続き、水沢さんにも満面の笑みで挨拶された。

 そんなに久しぶりってわけでもない気がするけど、私もつられてニッコリ笑ってしまう。相変わらず物腰が柔らかくて素敵なんだよね。大人の魅力っていうんですか。会うたびに増してる気がする。


 今日もよろしくお願いします、と頭を下げたところで、隣にいた紅にぐいっと腕を引っ張られ、後部座席に引き摺りこまれた。


 「ちょっと! そんなに引っ張らなくても、ちゃんと一緒に行くってば」

 「……前から思ってたけど、お前、水沢に愛想振りまきすぎ」


 どの口でそれを云うか。


 正直、膝詰ひざづめで小一時間ほど説教してやりたくなりました。

 この三年というもの、本意じゃないとはいえ、ファンクラブの子達といちゃいちゃいちゃいちゃしてた癖に、よく私のこと言えるよね、この人。

 

 俺様は、常人とは思考回路が一味もふた味も違うらしい。


 「黙ってないで、何とかいったら?」

 「……ふうん。言っていいんだ」


 ドス黒い笑顔を浮かべてみせると、紅はぎく、と身じろぎした。


 「自分は他の女の子と散々デートしたり、くっついたり、腕組ませたり、甘い言葉囁いたりしてたのに、それは棚に放り投げちゃって、私の一般常識内の挨拶を咎めちゃうんだ。へえ~」


 極めてにこやかに言い返してやる。紅は、きゅっと唇を噛んで黙りこんだ。

 半分はあてずっぽうに言ったんだけど、図星か。

 状況的に仕方なかったってちゃんと分かってるけどさ。

 分かってても、何故かむしゃくしゃする。


 ふん、と鼻を鳴らし、当てつけがましく窓の外に目を向けた。

 太陽は姿を隠し、深紫に染まった空にはかすかな星の光を探すことが出来る。


 この分じゃ遅くなるよね。母さんに連絡入れとかなきゃ。

 携帯をバッグから取り出そうとしたタイミングで、運転席の水沢さんから声を掛けられた。


 「真白様のお宅には、遅くなる旨、すでに連絡済みでございます」


 わあ。完全に読まれてるよ。


 「助かります。ありがとうございました」

 「いえ」


 相変わらずの手際の良さに驚きつつも、だって水沢さんですから、と納得。

 母さんも父さんも、すっかり礼儀正しい水沢さんのファンだったりする。


 これで安心して、蒼を迎えにいける。

 そこまで考えて、急に不安になった。

 

 ――蒼は、なんて言うかな。私と紅のこと。


 彼を傷つけたくはない。

 だけど、私は紅の手を取る、と決めてしまった。


 

 「……悪かった。もう、二度とあんな真似はしないから」

 

 それまで無言のまま反対側の窓にもたれていた紅が、ボソッと呟いた。


 「へ? なにが?」


 どんな風に蒼に説明するのが一番いいか、というシミュレーションで頭が一杯だった私は、ポカンとした顔で紅を振り返った。

 なに急に謝ってんの、この人、と言わんばかりの私とばっちり目が合った紅は、みるみるうちに表情を険しくする。


 「人が悩んでたっていうのに、お・ま・え・は!」


 怒った紅の腕に引き寄せられ、頭ごとぎゅっと抱きしめられた。

 ずっと黙っていたのは、私の嫌味を気にしてたからだったらしい。

 ふわん、と甘い香りが紅のシャツの胸元から漂ってきて、カッと頬が熱くなった。


 「そ、そういうのはまだ早いと思いますっ!」

 「うるさい、ちょっと黙ってろ」


 はい、すみません。

 紅は乱暴な手つきで私を抱え直し、今度はゆるく抱きしめてきた。

 すっぽりと胸元に引き寄せられ、あやすように髪を撫でられる。

 嬉しいやらいたたまれないやらで、私は抵抗も出来ず、ただそっと息をひそめていた。


 「蒼にはちゃんと説明するから。これからは、俺のことだけ考えてて」


 私が何を考えてたのかくらい、紅にはお見通しみたい。

 コクコク、と素直にうなずいておく。

 紅様、かっけええ~! とか、とてもじゃないけど茶化せる状況じゃない。

 どうにもこうにも恥ずかしくて錯乱寸前の私の耳元に、紅は更に追い打ちをかけてきた。


 「せっかく手を引いてあげようと思ってたのに、お前が選んだんだ。……色々、覚悟しとけ」

 

 最後の囁き部分は、もちろん吐息増量めのセクシーボイスでした。

 

 鼻血が出たらヤバイ。

 慌てて顔を両手で覆うと、何を勘違いしたのか「まさか照れてるの? 可愛い」などとほざいてくる。その高そうな白いシャツ。真っ赤に染めてやろうか、紅さんよ。



 

 そして、空港に到着。

 心臓が口から飛び出そうな程緊張していた私の前に、蒼が姿を見せたのはほんの10分後のことだった。一時間は待ったような感覚でした。


 「ただいま」


 袖折りしたジャケットを羽織り、ゆるめのジーンズに長い脚を包んだ蒼は、最後に見た時よりうんと大人びていた。当たり前だけど、もう子供じゃない。

 相変わらずサラサラの水色の髪を揺らし、懐かしさで瞳を潤ませてる私の前に立って、腰をかがめる。そのまま顔をのぞきこむようにして、蒼は微笑んだ。


 「泣かないでよ。笑って、ましろ」

 「うん……おかえり、蒼」


 城山くん、ではなく、昔のように名前で呼べた。

 たったそれだけのことが、嬉しくてたまらない。

 自分が勧めたくせに、隣の紅は面白くなさそうに眉を顰めてる。


 「俺もいるんだけど、見えないの? 蒼」

 「ごめん。でも、このくらいの意地悪は許されるかな、と思って」


 蒼は元通りに背筋を伸ばし、私と紅を見比べた。


 「真白は紅を選んだってことだろ?」


 その表情は、いっそ晴れ晴れとしたものだった。

 蒼は口元を寂しげに緩め、私の頭にぽんと手を乗せる。


 「そんな顔するなって。俺は大丈夫だから」

 「蒼……」

 「それに、ましろは俺を嫌いなわけじゃない。そうだろ?」

 「当たり前でしょ! それだけはないよ!」


 思わず声が大きくなってしまった。

 ただでさえ目立つビジュアルの2人に挟まれている今の私。キャリーケースを下げて通り過ぎていく素敵なスチュワーデスさんご一行にまで、ガン見されました。

 何なの、あの子、ですよね。すみません。


 紅はおもむろに手をあげ、蒼の手を払いのけた。


 「固い友情を温めあってるところ悪いけど、移動しないか。そろそろ視線がうっとおしい」

 「だな」


 友情、のところを強めに発音した紅に突っ込みたかったんだけど、空気を読んで大人しくしておいた。

 蒼は気を悪くした風もなく、私の隣りに並んでくる。


 「紅はああ見えて、本気の相手にはすごく嫉妬深いと思うよ。気を付けてね、ましろ」


 歩いてる途中でこっそり耳うちされ、その内容に頬が赤くなるのが分かった。

 本気の相手って。……うわああ! と叫んで走り出したいくらい照れくさい。

 

 「――蒼」

 「はいはい。分かった」


 紅の心底面白くない、というような声に、二人して笑ってしまった。

 

 


 

 水沢さんも蒼に会えて、すごく嬉しそうだった。

 昔と違うのは、蒼がさっさと助手席に乗り込んでいったこと。

 紅と私が並んで後部座席に収まったのをフロントミラーで確認し、からかうように片眉を上げる。


 「あんまりイチャつくなよ、紅」

 「そこまで無神経じゃない」


 ムッとした顔で紅は、足を組み替えた。

 ハラハラしながら二人のやり取りを見守っていたんだけど、蒼はその後ずっと水沢さんと話し込んでいる。

 紅の方は……と窺ってみれば、複雑な表情を浮かべ、すっかり暗くなった窓の外に視線を固定していた。すれ違う車のライトに眩しげに目を細めてる。


 「怒ってるの?」

 「いや」


 恐る恐る問いかけてみると、意外にもすぐに返事が返ってきた。

 紅は窓越しの景色から目を逸らさないまま、何度か口を開きかけ、結局は首を振ってしまった。


 「本当に何でもない」


 言葉通りに受け止めることは出来ない、と分かってはいたけど、それ以上どう声をかけたものか迷って、結局私も黙ることにした。

 

 BGMとして流れているモーツァルトのグラン・パルティータのメロディに耳を澄ませる。

 優美なオーボエの音色が、胸に静かな感傷を運んできた。





◇◇◇◇◇



 あらかじめ予約しておいた母の行きつけの料亭で、水沢も一緒に4人で食事を取る。

 真白は、目を丸くして部屋の豪奢な調度品に見入っていた。


 料理が運ばれてくれば、美味しい! と歓声を上げ、嬉しそうな顔でもぐもぐと咀嚼している。


 そういえば、一番始めに真白を可愛いと思ったのは、美味しそうにご飯を食べる姿を見た時だったな。

 

 あの時と同じように、口の端にご飯粒をつければいいのに、と眺めていると、俺の視線に気づいた真白に目で窘められた。メッといわんばかりの親密な仕草に、胸の奥が温かくなる。

 ここにきてようやく、受け入れて貰えたんだという実感がわいてきた。

 

 目の前に並んだ料理なんかよりよっぽど美味しそうな唇の感触を想像してたところだって言ったら、怒るか?



 「紅。見てて、こっちが恥ずかしい」


 呆れた蒼の言い方に、真っ赤になったのは真白の方だった。


 「自分の彼女を眺めて、何が悪いの」

 「紅っ!」


 そうやって表情が目まぐるしく変わるところも気に入ってる。

 

 ピアノの前に座る時の怖い程真剣な眼差しも、本人からは想像できないくらい繊細なフレージングも、何もかもが俺の心を揺さぶった。

 初めて音を合わせた日のことは、今でもありありと思いだせる。あの時の俺は、それまで誰と音を重ねても感じたことがなかった共鳴に、ひどく動揺したんだった。


 食べ終わった後、真白と水沢を先に車に戻らせ、蒼を待ち構える。

 2人でどうしても話しておきたかった。


 「――そんなに警戒しなくてもいいって。ましろには、何にもしない。約束する」


 俺の言いたいことは分かっていたようで、先に牽制される。


 「日本に強引に戻ってきた理由は、あいつだろ? そこまで執着してるのに、どうしてあっさり退けるんだ」

 

 気になってたことをストレートに問いただすと、蒼はくしゃりと髪をかきあげた。


 「上手く説明できないけど、ただ側にいたいんだ。俺を選ばなくてもいい、幸せそうにしてるとこを近くで見ていたいってだけ。……それも許せない?」

 「まさか」


 蒼の抱えている孤独の深さを思えば、それで済むと言い切っている現状に満足するべきだ。


 「あいつを困らせないでくれたらいい」


 結局、そんな綺麗事を口にするのが精一杯だった。

 蒼はただ軽く頷いて、俺の隣りを通り過ぎていった。


 

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