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音楽で乙女は救えない  作者: ナツ
第二章 中学生編
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スチル32.選択(紅&蒼)

 結局8月の終りまで日本にいた美登里ちゃんに連れ回され、遊園地、美術館巡りに花火大会。『これホントに受験生か!?』というようなお出かけ三昧の夏休みを送った。

 美登里ちゃんは生まれて初めてファーストフード店に入ったそうです。お小遣いの範囲内で遊びたいと私が主張した結果、彼女達はトレイにハンバーガーとジュースを乗せ、そろそろとプラスチックの椅子に腰を下ろす羽目になった。

 一目で高級ブランドと分かるお洋服に身を包んだ紺ちゃんと美登里ちゃんは、周りからめちゃくちゃ浮いていた。ガン見されてたし。うん、ごめん。

 ちなみに味はあんまりだったらしい。

 

 こんなに遊んだことって今までないかも。

 美登里ちゃんは「だって、マシロとコンの3人で思いっきり遊べるのも今年が最後かもしれないでしょ」などと意味不明の返事をしてくる。

 

 「なんで? 来年もその次もあるじゃない」

 「だって高校でマシロにステディが出来たら、そっち優先になるに決まってるもの。デートを邪魔したりしたら、後が怖いし」


 そんな出来るか出来ないか分からないエア彼氏に遠慮しなくても、と一笑に付した私を見て、美登里ちゃんと紺ちゃんは意味深に目配せしあっていた。


 「どっちを選んだとしても、ましろちゃんは独占されちゃうだろうね」

 「あー、それ言えてる。独占っていうか、完全監視?」


 ……なんだろう、ひそひそ声に背筋がゾクっとしたんですけど。


 

 秋は静かにやってきた。

 最後の体育大会、そして文化祭と学校行事が目白押し。日頃の受験ストレスを発散させるかのように、皆は真剣に取り組んでいた。ええ、真剣過ぎるほど、真剣に。

 円陣を組んで「3組、ファイオー!!」なんて気炎を上げるクラスメイト達のテンションといったら凄かった。まあ、対象が何であれ一生懸命取り組む方が楽しいに決まってるよね。

 男子の棒倒しを女子がチアの恰好して応援して異様に盛り上がったり、合唱コンクールの為に朝6時に学校に集まって朝練したり。これぞ青春、という毎日を送りましたよ。

 去年に引き続き、文化祭でピアノを弾くことになったんだけど、今回は先生たちのリクエストもあって、ショパンの華麗なる大ポロネーズ、そしてリストのため息を披露した。

 クラシックだけの演目で大丈夫かな? という心配は杞憂でした。静まり返った体育館の中、私の奏でるシロヤマの音色だけが立ち昇っていく。盛大な拍手に包まれて、ミニリサイタルは幕を閉じた。

 


 あっという間に冬。

 テスト漬けの毎日が再び始まり、学校は受験一色ムードへ突入。私も年明けの推薦入試に向けて、ソルフェージュを強化することになった。

 簡単な面接だけだよとトビーは言ってたけど、準備を万全に整えておくにこしたことはない。だってトビーの言うことだよ? 鵜呑みにするなんて危険な真似、とてもじゃないけど出来ません。初見の練習も重ねておく。

 音楽学校の試験には必ずと云っていいほどある『初見』

 やり方としてはまず、調性、拍子、テンポを確認した後、ざっと音符の並び方を見る。このくらい離れてたら5度の和音だなとか、読み慣れてくると目を通しただけで音の並びが頭に入ってくるようになる。

 本番は受験生全員が知らない曲じゃないとダメだから、学校の先生の手書きの楽譜であることが多いんだって。ずらりと並んだ面接官の見守る中、楽譜を読む時間を何分か与えられ、はいどうぞ、と弾かされる。楽譜を素早く読み取る技術だけじゃなくて、心臓の強さも試されそうだ。

 幸いなことに、私は初見も暗譜も苦手ではなかった。



 

 クリスマスは、紺ちゃんと一緒にランチクルーズに出かけることになった。

 クリスマスクルーズって響きだけで、舞い上がってしまいましたよ。しかもなんと弦楽四重奏の生演奏付き。


 「船の上で美味しいご飯を食べながら、シューベルトを聴けるなんて最高!」

 「ふふ。本当だね」


 光沢のあるクリーム色のワンピースを着た紺ちゃんは、いつにも増して綺麗だった。

 流れるような茶色の髪をさらりと耳にかけ、優雅な手つきでお肉を切り分けている。眼福だなあ。


 「ましろちゃんは、協奏曲はやらないの?」

 「来年あたり、亜由美先生が準備してくれるって言ってたけど、紺ちゃんは?」

 「青鸞の大学オケとか何度か合わせたことはあるわ」

 「うわ~、いいなあ~」


 近くで聴いてみたかったな、とうっとり夢想する私に、紺ちゃんは微かに微笑んでくれた。

 そのまま、まるで目に焼き付けようとするかのようにじっと見つめてくる。


 「……えーと。流石に恥ずかしいんですけど」


 こっちが見る分にはいいんだけど、美少女に凝視されるのってつらい。耐え切れなくなって降参すると、紺ちゃんは口元をナプキンで押さえて笑い出した。


 「普段は飄々としてるくせに、変なところで照れ屋なんだから」


 ひとしきり笑った後で、紺ちゃんは晴れやかな表情で学院の話をしてくれた。

 最近紅は、ファンクラブの子達と一線を引いているのだそうだ。苗字は違うけど2人が双子だってこと、ようやく学院中に浸透したのかな。紅との仲に嫉妬して、紺ちゃんを攻撃しようとする人がいなくなったと聞いてホッとした。


 

 「帰りたくないな」


 船から降りる時、紺ちゃんは急に立ち止まってそんなことを呟いた。


 「どうしたの、急に」


 人の波を避ける為に端に寄り、立ち尽くした紺ちゃんを振り返る。

 コートの前を右手でかきあわせ、寒そうに身を縮こまらせた紺ちゃんは、今にも消えてしまいそうな儚さを漂わせていた。何度か口を開いては閉じ、を繰り返し、ぎゅっと目をつぶって絞り出すようにこう言った。


 「このまま時間が止まればいいのに」

 「珍しいね、紺ちゃんがそんなこと言うなんて。寂しくなっちゃった?」


 すごく素敵なクルーズだったから、名残惜しいのかな。


 「きっとこれからだって楽しいことはいっぱいあるよ。4月からは同じ学校に通えるんだし、またこうやってお出かけしよ?」

 「――うん。そう、だね」


 何も分かっていなかった私は、陳腐な慰めの言葉を口にし、紺ちゃんの背中をそっと撫でた。

 

 思えばそれは、彼女が口にしたたった一度の弱音だった。



 


 そして、カレンダーが新しくなり一月。

 青鸞の特待生推薦入試は、本当にあっけなく終わった。

 面接官の一人に学院に入ってからの抱負を尋ねられ、「とにかく上手くなりたいです」と答えた私に、ドッと皆が笑う。な、なんで? 

 ずらりと並んだ面接官の中央に座り、テーブルに両肘を乗っけて手を組んだ偉そうな(まあ、実際に偉いんだろうけど)トビーから「期待してるよ」とのお言葉を賜り、面接は終了。

 他の受験者達はこの後、初見と聴音、実技のテストがあるみたい。特例なのか、私はそのまま帰された。


 案内に同封されていた学院内の簡単な見取り地図を片手に、ようやく玄関まで辿りつく。青鸞学院というのは、とにかくだだっ広い学校なのよ。街中の一等地に建っているとは思えないくらいの敷地面積を誇っている。

 学院の歴史は古いから、建物の外観は非常にクラシックで瀟洒な感じ。打って変わって学校の内部は、耐震補強ばっちりな近代仕様でした。あちこちに業務用サイズのエレベーターも完備されてるみたい。楽器を運搬するのに使うのかな? せっかくだし、あちこち探検してみたかったなあ。

 後ろ髪をひかれる思いで、駐車場で待っていてくれた母さんの車に駆け寄った。


 「お待たせ!」

 「本当に早かったわね~。もういいの?」

 「うん、いいみたい。入学案内は来月送付します、だって」


 拍子抜けしたような母さんの表情に、思わず笑ってしまう。

 朝から父さんも緊張してたんだよね。お姉ちゃんだけが「ましろが落ちるわけない」と自信満々だったっけ。あの自信はどこから出てきたんだろう。


 


 そして迎えた2月。

 その日は朝から雪がちらついていた。電気ヒーターで足元を暖め、ピアノの練習をしていたところへ、珍しく紅から電話がかかってきた。


 「もしもーし。どうしたの?」


 手を止めて、点滅する携帯を取りあげる。着信の表示を見て、首を傾げながら電話に出た。


 「こんにちは。今日、何も予定がないなら家に来ないか」

 「なんで?」

 「会いたいから」

 

 その手ラブゲームには引っかかりませんよーだ。


 ――おっけー。じゃあ4月に学院で会いましょう。

 そう言って切ろうと一瞬思ったんだけど、紅の声の調子がいつもと違っていたので、気になった。


 「……もしかして、何か話したいことでもあるの?」

 「ハハッ。お前は本当に、そういう所だけは勘がいいよな」


 やっぱさくっと電話切っちゃおうかな。

 半分呆れながら了承し、水沢さんのお迎えで成田邸に到着。

 着くなり、どこぞの三ツ星レストランか! というような厨房に連れていかれ、そこでチョコケーキを作らされることになった。ええ、もちろん俺様紅さまに強要されたんですよ。


 「わざわざ来て下さったお客様に、ケーキ作らせるとか、もう。信じらんない!」

 「そのお客様って誰のこと」

 「私に決まってるでしょうが!!」


 泡だて器で卵を固く泡立て、ふるっておいた小麦粉とココアパウダーを混ぜ込む。木べらでさっくりと混ぜ合わせた後、溶かしたバターと牛乳も加えて、丸いケーキ型に流し込んだ。

 

 紅は、厨房に置いてあったイスを自分に引き寄せ、背もたれを前にするようにクルリと半回転させると長い脚でまたぐ。そのまま腰をおろし、背もたれの上部に両腕を乗せ、私を観察してきた。

 普段の紅には似つかわしくない乱暴な仕草に、不本意ながら胸が高鳴った。はっはーん。さてはギャップ萌え狙いだな。そうはいくもんか。


 「しかも、高みの見物とか。ちょっとは手伝おうと思わないの?」

 「ましろがあんまり手際いいから、邪魔になるかな、と思ってさ」


 ちょこんと首を傾げると、それに合わせて赤い髪がさらりと流れる。

 くうううう~!! 何をやってもいちいちさまになるって本当に腹立つわ~。


 オーブンに入れて40分待ちましょう、という段になって、ようやく紅は用件を切り出してきた。


 「3月の半ばに、蒼がドイツから戻って来るよ」

 「――え」


 作業中じゃなくて良かった。途中だったら、耐熱ガラスボウルに入ったケーキ生地を床にぶちまけていたに違いない。

 

 

 今、蒼が帰ってくるって、聞こえた。

 


 「いきなり学院で蒼と再会、なんてことになったら、お前が心臓発作でも起こすんじゃないかと思ってさ。先に心の準備をさせておいてやろうと思ったわけ」

 「そう、ですか。それは……どうも」


 膝に力が入らない。

 近くにあった丸椅子に、よろよろと座った。


 もう二度と日本には帰ってこられない、的なことを言ってなかったっけ?

 だからこそ、私はあの日――。


 「蒼に向かって城山くん、なんて酷な呼び方はしてくれるなよ。……お前はけじめのつもりだろうが、あいつは傷つく」

 「……しょうがないじゃない。あの子に私は、めちゃくちゃ酷い言葉を投げつけちゃったんだよ? 大っ嫌いだって。重荷を乗せてくるな、とまで言った。もう昔みたいには呼べないよ。そんな資格、ないじゃん!――大体、こんなに早く帰って来られるのなら、蒼だってあんなに思い詰めなくても」


 パチン。

 急な知らせにパニックになってしまった私の頬を、紅は両手で挟んだ。

 いつのまにか彼が立ち上がり、すぐ傍まで来ていたことにも気づかないくらい、私は動揺していた。


 「……痛い」

 「お前だけは言うな。蒼はお前に心酔してた。たった3年? あの時のあいつにとっては、それは永遠に等しい長さだったんだよ」


 紅の言葉に、グッと胸倉を掴まれた気がした。

 身勝手な軽率さを責める低い声が、耳の奥に突き刺さる。

 

 「――ごめん。……ごめんなさい」

 「いや。――悪い、そんなに強くしたつもりはなかったけど、痛かったか」


 紅は近くのシンクに歩み寄ると、真新しいお絞りを濡らして私の頬に当ててくれた。

 ほっぺは大して痛くないよ。

 蒼への罪悪感で、心がズキズキ痛むだけ。


 「教えてくれて、ありがとう。帰国の日って分かる?」

 「ああ。どうせなら、空港まで出迎えに行ってやれば」


 紅は羽織っていたジャケットの内ポケットから小さく畳んだメモを取り出し、私にポイと投げてきた。落としたら大変とばかりに、慌ててキャッチする。そんな私を見て、紅はかすかに溜息をついた。


 


 「ケーキ、焼けたらどうすればいい?」

 

 紅の質問の意味が分からない。


 「冷ましてから、ガナッシュクリームを作って塗るつもりだけど」

 「そうか」


 紅は私の腕を引いて立たせ、華やかな笑みを浮かべた。


 「取り出して冷ますまでの作業を、誰かに頼んでおけばいい。2時間くらいは待ち時間があるんだろ?」

 「そうだけど……」

 「それまで、二階で合わせないか?」


 紅の申し出に、私はまたしても腰が抜ける程驚いた。

 合わせるって、合奏ってことだよね。

 紅の方から合奏の申し出!?


 ――『いいぜ。お前が何かのコンクールで入賞するくらいの実力者になったら、な』


 遠い日の約束が、一気に蘇ってくる。


 「コンクールで優勝したら、合奏してくれるって。そういえば、昔言ってたね」

 「覚えてたか」


 紅があんまり嬉しそうに笑うもんだから、何故か泣きたいような気持になった。


 「じゃあ、お言葉に甘えて。是非、お願いします!」

 「――ああ」


 二階の音楽室に入り、さっそく楽譜を見繕おうとした私に、紅は首を振った。


 「愛の悲しみ。あれにしないか」

 「うわ! 懐かしいね~。あ、でも紅んちにあった楽譜、私が貰っちゃったじゃない」

 「ネットでDLしておいた。……練習時間が必要?」


 からかうような声色に、眉を上げて抗議の意を示す。


 「まさか。がっつりマスターしてありますよ。あの時弾けなかった音符も、今では全部弾けるもんね」

 「それは良かった。じゃあ、お手並み拝見といこうか」


 ケースの中からヴァイオリンを取り出し、紅は手慣れた様子であっという間に調弦を済ませてしまった。私はベーゼンドルファーの前に楽譜を立て、いつでもいいよ、というように紅を見る。あの頃は難しかったピアノ譜が、今では簡単過ぎるくらいだ。

 紅はおもむろにヴァイオリンを顎に当て、弓を構えた。 

 凛とした立ち姿に、一瞬見惚れてしまう。


 艶やかなヴァイオリンの甘い音色がふわっと空間に満ちていく。

 完全に暗譜済みなんだろう、紅は楽譜も手元も見ることなく、ただ私だけを見つめていた。クライスラーの紡いだ音楽に集中しようとすればするほど、紅の眼差しに胸が苦しくなる。


 


 その時、唐突に私は理解した。

 

 ――紅は私を好きなんだ。

 

 訴えるようなヴァイオリンの切ない響きが、別れを惜しむような紅の瞳が、雄弁にそれを物語っている。

 言葉で伝えられても信じられなかっただろう。だけど、紅のヴァイオリンの音色は、彼の心を切り開いて私に見せつけてきた。

 

 今日は2月15日。

 わざわざ私を呼びつけ、どうしてもチョコケーキじゃなきゃ駄目だと言い張って作らせたのは、バレンタインチョコが欲しかったから?

 一日遅れなのに、馬鹿じゃないの。

 蒼の帰国の話をして、日程のメモまでくれたのは、私に選ばせる為?

 あなたか、蒼かを。


 なんて分かりにくい、不器用な男なんだろう。


 ――『好きだよ。俺には、マシロだけだ』


 かつて蒼が贈ってくれた真っ直ぐな告白が、耳の奥で繰り返される。

 彼からの絵葉書と手紙の束は、一通残らず大事にしまってあった。

 

 


 答えを出さなきゃいけないんだ。

 紅も蒼も大事だから選べない、なんておためごかしは、許されない。

 

 本当はずっと前から分かっていたのかもしれない。

 『ボクメロ』に関わりたくない、という大義名分を掲げ、自分の気持ちから目を背けていただけ。


 私が好きなのは――――。




◆◆◆◆◆◆



 本日の主人公ヒロインの成果


 攻略対象:城山 蒼 & 成田 紅

 イベント名:分かれ道


 無事、クリア



 

これにて中学編(共通ルート)は終了です。


◇紅に絆される ⇒ 紅ルート

◇蒼に絆される ⇒ 蒼ルート


このお話の続きから個別ルートに分岐します。


それぞれ独立したお話です。

どちらか片方だけ読まれる方は、目次に戻ってご確認下さい。

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