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音楽で乙女は救えない  作者: ナツ
第二章 中学生編
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スチル31.修学旅行(主人公・中学)

 とうとうやってきました、修学旅行!

 前世と合わせても初のフェリー乗船なもんだから、乗り込む前からものすごくワクワクしてる。見上げても全容を収めきれない大きな白い船に、はわ~とほえ~の中間みたいな声が出た。すかさず間島くんに「島尾。口開いてる」と注意されてしまいました。くっ。目敏い奴め。

  

 「フェリーのお風呂ってどんなんだろうね。夕食はバイキングって聞いたけど」

 「船の中にあるお風呂なんて、全然想像できないわ~。実は雑魚寝も楽しみだったりして」

 「分かる! こんな時でもないとなかなか出来ないもんね」


 同じ班の女の子たちとお喋りしながら、酔い止めの薬を飲んだりトイレを済ませたりしてる内に、あっという間に乗船の時間。

 船へのタラップを上がっていくと、入ってすぐの所に一人用の幅のエスカレーターがあった。ここでまずひと驚きですよ。ふおおお、と心の中で叫びながらキャリーケースを引きずり、しおりを確認して部屋に向かう。20名ほど入れそうな和室をいくつも借り切ってるみたい。

 それぞれの部屋に引率の先生が一人ずつ付いていた。


 「はーい。荷物を適当に置いたら、A班から順番にお風呂に入ってねー。貴重品は必ず荷物にしっかりしまっておくこと。先生たちが見張っておくから」

 

 女子部屋には当然、女の先生がつく。

 松田先生も参加してるはずだけど、男子部屋とは階が違うからチラとも見かけなかった。


 「ましろ、いこ! うちらからだよ、お風呂」


 咲和ちゃんに促され、慌てて着替えとタオルを持ってお風呂場に向かう。スーパー銭湯みたいな感じの浴場で、船の中にあるとはとても思えない広さだった。みんなして「おお~!!」と声を上げてしまう。シャワーからもどんどんお湯が出てくるし、これどうなってるんだろう。


 「見て! もうすぐ出航だよ!」


 お風呂に浸かったまま、大きな窓におでこをくっつけるようにして一人の子が叫ぶと、あっという間にみんなが窓際に鈴なりになった。


 「ちょ、これ外から裸が見えるんじゃないの?」

 「んなわけないでしょ~」


 待ちに待った旅行ということで、全員が軽い興奮状態にある。

 誰かが何か言うたびに他の子もケラケラ笑い出すもんだから、お風呂の中の賑やかさといったらなかった。

 これだけ大きなフェリー全部を貸し切るのは、金銭的に無理だったそうです。だから一般のお客さんも乗ってるはずなんだけど、どこにいるんだろう。平日ど真ん中という日程のせいか、どこに行ってもうちの中学のジャージ姿しかない。修学旅行生の騒々しさを避ける為に、部屋に籠ってるのかな。もしそうなら、本当に申し訳ない。

 

 「この船には他のお客様も乗ってます! 大きな声で騒いだり、甲板を走ったり、くれぐれもしないように! ――はい。では、いただきましょう!」


 学年主任のすが先生が、大きな声で注意を促してから食事が始まった。


 「スガセンの注意する声の方がでけえんだけど」


 隣のテーブルからボソッとぼやく男子の声が聞こえてきて、咲和ちゃんは口に含んだばかりのジュースを噴きそうになっていた。

 

 バイキングでの夕食を済ませ、甲板に出て白く泡立つ波しぶきや空に輝く星を眺め、消灯時間が近づいてきたので部屋に戻る。

 その途中、甲板の端っこで松田先生を見かけた。ぼんやりと海を眺めている先生はひどく寂しそうだった。花香お姉ちゃんのことを考えてるんだろうか。他に何か悩みがあるんだろうか。そうだとしても、私にはどうすることも出来ない。一教師、そして一生徒という関係を越えることはきっと出来ないだろうし、望もうとも思わない。この世界での彼との縁は限りなく薄いものだ。

 松田さん、頑張って。心の中でエールを送り、踵を返した。

 

 ごろんと畳に横になり毛布をかぶったんだけど、まだ誰も寝ようとしない。

 薄暗い部屋の中で始まったのは、そう、修旅定番のコイバナです。

 

 うちのクラスでは、間島くんと田崎くんが人気を二分してる。

 まあ、間島くんと絵里ちゃんの仲良しっぷりは周知の事実なので、田崎くんの一人勝ちのように思えるんだけど、女の子全員に愛想を振りまいてる彼に告白しようとする猛者はいなかった。他校に彼女がいるという噂もそれを後押ししている。隣の学校の女バスの子と付き合ってるんだってさ、と誰かが言うと残念そうな溜息があちこちから漏れた。


 「はあ、彼氏欲しいなあ~」


 咲和ちゃんがぼやいたのをきっかけに、みんな口々に賛同し始める。しまいには、どんな男の子がいいか、という話になり。


 「背が高くて、もちろんイケメン」

 「声が素敵で、彼女に一途」

 「頭も良くてスポーツも万能」


 次々に上がるハイスペックな条件に、結局「そんな奴は三次元にはいない」というオチがついた。「鏡みようぜ」と言う子までいて、そりゃそうだ、と思わず笑ってしまう。


 「あ、でもほら。ましろのTVの特集に出てた人達がそんな感じだったよね?」


 同じ班の子が、突然そんなことを言い始めた。

 その特集、実は見てないんですよね。

 父さん達は大興奮で録画までしてたけど、動いたり喋ったりしてる自分を客観的に見るなんて恥ずかしくて無理。私が紺ちゃんみたいな美少女だったら、がっつり画面にかぶりついちゃうけどさ。

 結局、コンテスタントの演奏だけを集めたネット動画で一人反省会をしました。それでも映像いらない、音だけでいいんです頼みますって気持ちになったっけ。


 「そう!! あの赤い髪の人、マジでヤバくない? カッコ良過ぎて鼻血出るかと思ったんですけど!」

 「ハーフっぽい金髪の人も素敵だったよね~。リアル王子様だよ」

 「その2人もいいけど、私はオレンジの髪の子だな。ほら、ましろと同率一位だったキリっとした感じの人!」


 どうやら紅、トビー、富永さんの話をしてるらしい。


 「ましろが羨ましいよ~。そりゃ、うちの学校の男子を次々に振るはずだわ」

 「私もピアノを習っておくんだったなあ」

 「三日でギブに一票!」


 ドッと湧いた瞬間、扉をノックして先生が入ってきた。


 「こら、うるさい! 早く寝ないと、明日が辛くなるよ!」


 やば、とみんなが毛布をかぶって寝たふりをし始める。

 私も目をつぶってぎゅっと縮こまった。

 一体どんな風にTVには映っていたんだろう。確かに3人ともルックスいいもんなあ。これで蒼が日本にいて会場に来てたら、紅とのツーショットがえらい騒ぎを呼んだだろうな。

 

 紅と蒼が揃ってるところを想像するだけで、ツンと鼻の奥が痛くなる。

 それが当たり前だったあの頃が懐かしい。

 もう二度と3人で馬鹿みたいに言い合ったりすることはないんだな、と思うと切なかった。


 

 そして、翌日。

 長崎に降りたった私たちは、船酔いでぐらぐらする頭を抱えながら平和公園、グラバー邸、大浦天主堂などの観光地を回った。昔からの貿易港があるせいか、街並みにはほのかな異国情緒が漂っている。眼鏡橋に来た時なんて、本当に眼鏡みたいに見える、と感動してしまいましたよ。

 グラバー邸では、三浦 たまきとプッチーニの像の前で写真を取ってもらった。これも帰ったら紺ちゃんに見せてあげよっと。お土産もついでに物色したかったんだけど、班行動のスケジュールはかなりタイトだ。仕方ないので、次の日の自由行動で買い物することに決めた。ハウステンボスにもきっと色々売ってるよね。

 

 その日の宿泊先は有名なホテルだった。

 旅館でのまくら投げが出来ないことにがっかりしていた私達なんだけど、高台にある綺麗なホテルに泊まるのも悪くない。班で夕食を済ませ2人一組で部屋に分かれた後、私は夜景を眺めようと窓のカーテンを開けてみた。

 

 「うわあ!!」


 思わず歓声をあげてしまう。

 港を中心に浮かび上がる美しい光、光、光。まるで耀かがやく浮遊都市を見てるみたいな幻想的な眺めに、興奮を抑えきれない。


 「咲和ちゃん! ほら、早く来てみて!!」

 「はいはーいっと。……おお~、これはスゴイね!!」


 咲和ちゃんとくっつくようにして、しばらく無言で眼下の絶景を眺める。綺麗だなあ。

 音楽に例えるなら、そう、高音のトレモロ。トリル。アルペジオ。耳の奥で鳴り始めるピアノの音色にそっと聴き入る。

 どれだけもしないうちに、ピンポーンと部屋のチャイムが鳴った。


 「開いてるよー」


 すぐ隣で響いた咲和ちゃんの声に弾かれ、意識が現実に戻ってきた。ピアノが弾きたいな、と無性に恋しくなる。指が無意識のうちに動いていたみたいで、咲和ちゃんに「ましろの恋人はピアノだね」と笑われてしまった。


 「あ、やっぱり夜景見てたんだ」


 絵里ちゃん、朋ちゃん、そして麻子ちゃんが満面の笑みを浮かべながら中に入ってくる。思いがけない来訪に目を丸くしてる私を見て、絵里ちゃんが小首を傾げた。


 「フェリーでも今日の観光でも、全然ましろと咲和ちゃんに絡めなかったでしょ。だから押しかけてきちゃった」


 てへ、と言わんばかりの仕草に、倒れそうになりました。

 この可愛い生き物を独り占めしてる間島くんに、改めて理不尽な怒りが湧いてくる。マジで大事にしないと許さないからね。

 

 「世界三大夜景らしいじゃん。それ聞いた時はさ、世界って! ってちょっと思ってたけど、うん、世界だわ」


 麻子ちゃんの感心したような呟きに、みんなで一斉に笑った。

 世界、やばい!! と騒ぎながら写真撮影に突入。

 携帯電話を持ってくるのは禁止だったので、みんなデジカメを持参してきていた。

 それぞれのカメラをオート撮影に設定して、思い思いのポーズでフレームにおさまる。そして急いで画像を確認。しっかりカメラ目線でとっておきの余所行き顔を決めてるみんなに、大笑いしてしまった。


 「ねえ。大きくなったら、このメンバーで残りの2大夜景も見に行けたらいいよね」

 「香港とモナコ、だっけ? ――モナコってどこの国にあるの?」

 「モナコ公国じゃん! 麻子、やばいって、それ」

 「だって、地理苦手なんだもん~!!」


 朋ちゃんの提案に、麻子ちゃんが素でボケて、すかさず咲和ちゃんにツッコまれている。

 小学校からの長い付き合いの仲良しメンバーとの掛け合いが、たまらなく楽しかった。それなのに、なぜか泣きたくなるような感傷が押し寄せてくる。


 「ましろ、どしたの? 疲れた?」


 絵里ちゃんの優しい笑みに、私は勢いよく首を振った。

 すごく楽しくて楽しくて。

 だけどずっとこのままじゃいられないことも分かってるから、悲しいんだよ。

 心に浮かんだ泣き言をグッと飲みこみ、絵里ちゃんの腕に自分の腕を絡める。


 「ずーっと忘れないからね、みんなのこと。離れ離れになっても、ずっと」

 「……泣かすな、バカましろ」


 絵里ちゃんの瞳に、小さな涙の粒が浮かんだ。

 青鸞に行くことを打ち明けたわけじゃないけど、みんな私が公立の高校に進まないってことに薄っすら気づいてるみたいだ。何かというと、名残を惜しむかのように私のところに集まってきてくれる。

 あと、一年とちょっと。

 部活や受験で忙しくなっちゃうだろうけど、沢山思い出をつくれるといいな。



 二日目は、雲一つないいい天気だった。

 咲和ちゃん、麻子ちゃん、玲ちゃん、そして美里ちゃんの5人ではしゃぎながらハウステンボスをまわっていく。11月のひんやりとした冷たい風が心地いいくらい、みんなのほっぺは上気して赤くなっていた。アクティブ系のアトラクションは、万が一の怪我が恐くて見学させてもらったんだけど、大喜びしながら迷路をクリアしたりワイヤーロープを滑走する咲和ちゃん達を見てるだけでも楽しかった。

 ホラーハウスを見つけた玲ちゃんが、怖がる美里ちゃんを無理やり引きずって入っていこうとするのは流石に全力で止めました。無理強い、ダメ、絶対。

 じゃあましろが代わりに付き合って、とせがまれ、本格的な廃病院のアトラクションに入ってみる。……ええ、ショック死するかと思うほど怖かったです。

 入口付近で見かけた田崎くんの「一緒にまわってあげようか、ハニーちゃん達」というふざけた申し出を一蹴しなきゃ良かった、と思わず後悔しかけたもん。


 


 「はあ~、大満足」

 「玲ちゃん……涙目になってるよ」

 「き、気のせいだし! ねえ、そろそろお土産見に行こっか」


 移動中もお喋りは止まらない。

 可愛い雑貨やお菓子を中心に、次々とお店を見て回った。

 

 「男の子って、何が欲しいのかなあ」


 ポツリとこぼした私の言葉に、メンバー全員が食いついてきたのには困ってしまった。


 「だれ!? ましろをとうとう射止めたラッキーボーイはどこの誰なの!?」


 わざと大げさに驚く玲ちゃんを肘で小突いて黙らせる。

 わくわくした表情でみつめてくる無邪気な美里ちゃんから目を逸らし、ゴホンと一つ咳払い。


 「腐れ縁的な友達なんだけど、とにかく好みがウルサイんだよね。ここはやっぱ無難にお菓子にしとくべき?」

 「そんなの面白くないじゃん!」


 麻子ちゃんがぶーぶーとブーイングし始めたので、手にもっていたサブレは棚に戻しました。

 確かにね。紅が庶民的な銘菓を食べるとこなんて、想像もつかない。


 「その人が携帯持ってるなら、無難なところでストラップとかは? ほら、トンボ玉のこれなんて綺麗で洒落てるよ?」


 困り切って店内をうろうろしてる私を見かねたのか、美里ちゃんがアドバイスしてくれた。

 彼女が指差す先には、すごく綺麗なトンボ玉。

 うわ、可愛い!

 

 色んなデザインの中から、それぞれの名前に合わせて探してみることにした。

 紺ちゃんには、濃紺のガラスの中に白い花びらが浮いてるもの。紅には、薄紅のガラスの中にシックなストライプが入ってるもの。そして蒼には、水色のガラスに可愛い水玉の模様が入ってるものを選ぶ。気に入ってくれるといいな。

 あんまりそのストラップシリーズが可愛かったので、自分用にも一つ買ってしまった。

 ピンク色のガラスに金粉が混じってるやつ。4人でお揃いになるの、私は結構嬉しいけど、紅には幼稚だって笑われちゃうかな。

 もし馬鹿にしてこようものなら、奪い返して水沢さんにあげよう。うん、そうしよう。


 「すごく大事な人達なんだね」


 私がレジを済ませるのを待っててくれた麻子ちゃんが、穏やかに微笑んだ。


 「え?」

 「そのストラップ。選んでる時のましろ、めちゃくちゃ幸せそうだったよ」

 「うん。――そうかも。麻子ちゃん達とはまた別のところで、すごく特別な人たちなの」


 声に出してみると、ストンとまっすぐに心の中に落ちてきた。

 紺ちゃんはもちろんだけど、紅も蒼も私にとって大事な人なんだな、と素直に思えた。

 攻略キャラとかそんなんじゃなくて、同じ時間を積み上げてきた仲間であり友人であり、幸せになって欲しい人。

 この先どんな運命が待ち受けていたとしても、途切れることのない縁でありますように、と切に願うよ。



 

◆◆◆◆◆◆


 本日の主人公ヒロインの成果


 イベント名:思い出作り


 攻略対象:なし




 

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