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音楽で乙女は救えない  作者: ナツ
第二章 中学生編
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 コンクールの後、学校は大変な騒ぎになった。

 登校した日の放課後、さっそく職員室に呼ばれてお褒めの言葉を頂きました。次の全校集会で表彰してくれるという。


 「島尾くんなら、やってくれると思っていたよ!」


 校長先生は、頬を上気させて力強く握手をしてきた。「ありがとうございます。先生達のおかげです」とお礼を述べると、感極まったのか、そのままぶんぶん上下に振ってくる。

 うう。一応ピアノを弾いてる手なので、どうかお手柔らかにお願いします。腕の付け根が痛いよう。

 松田先生は、決勝を三井さんと一緒に見に来てくれていたので、私を取り囲む先生達からは一歩離れたところで騒ぎを眺めていた。目があうと、ふわりと微笑んでくれる。

 松田さんが穏やかな笑みを浮かべると、とっつきにくい雰囲気が一変する。そういう所が昔はすごく好きだったな、と改めて過去になってしまった自分の想いを確認した。

 そう。どんな激情でも、いずれ時間が風化していってくれる。どうにもならないことなら、じっと待つしかないんだ。

 あの頃そう気づけたら、良かったのにな。


 


 「本当におめでとう!」

 「ネットで見たけど、凄かったよ!」


 休み時間にはいつもの仲良しメンバーにもみくちゃにハグされ、私も思い切り抱き返した。


 「みんなの応援のおかげだよ。御守りも色紙も、どんなに心強かったか。ほんとうにありがとね! 大好き!」


 ぎゅう~と抱き締め合う私達を、間島くんと木之瀬くんは苦笑いをしながら見守っていたんだけど、なぜか田崎くんは女子の輪に紛れ込んでいた。


 「はい、次は俺の番ね」

 「そんなわけない」


 一刀両断して距離を取る。


 「なんだよ~。ちょっとくらいいいじゃんか、ケチ!」

 

 可愛いふくれっ面をしてみせてもダメなものはダメです。


 「見境みさかいなしか!」


 咲和ちゃんがすかさず手に持っていたプリントを丸め、スパーンといい音をさせて突っ込んでいた。


 


 校舎に掲げられた垂れ幕には、でかでかと【おめでとう! サディア・フランチェスカピアノコンクール中学生の部 第一位 島尾 真白さん(多田中学校二年)】と染め抜かれてあり、しかも同じものが役場にも垂れ下がっている。

 どんな羞恥プレイだ! 

 TVのニュースにも特集で取り上げられたので、私は一気に地元の有名人になってしまった。応援してくれたり、お祝いの言葉をかけてくれたりするのは本当に有難いと思うんだけど、同じくらい気恥ずかしい。


 「ましろちゃん! 今度おっちゃんにもピアノ聴かせてな!」

 「あはは。ありがとうございまーす」


 元酒屋さんで最近コンビニに商売替えした近所のおじさんに手を振って、ようやく家までたどり着いた。


 制服から楽ちんな部屋着に着替え、さっそく日課のピアノと勉強にとりかかろうとしたところで、扉をノックされた。

 大学4年生になったお姉ちゃんは、学校の講義が減ったのか、最近は自室で採用試験の勉強をしていることが多い。私のいない間に、アイネでバイエルも頑張っているみたいだ。


 「おかえり、ましろ。コンクール事務局から、案内が届いてたよ。記念コンサートは12月だって。」

 「ただいま。そうだ、洗濯物入れてくれてありがとね。案内も見とく」

 「うん。亜由美先生のレッスン、明日でしょ? 忘れず持っていかないとね」

 「だよね。選曲とか相談しなきゃだし」


 高校の部でも大学の部でも、青鸞学院の学生が入賞を果たしている。中学も合わせれば、三冠達成だ。マスコミにも大々的に、その快挙が取り上げられているみたい。

 トビーの敏腕ぶりが空恐ろしい。自分のとこのクリスマスコンサートには、寄付金目当てな子を出しておいて、コンクールのエントリーメンバーにはきっちり実力者を揃えてくるなんて。

 紺ちゃんの話によると、もともと現理事長よりもトビーの発言力は大きいのだとか。他の理事たちを味方につける根回しは、すでに終了してるんだろう。きっとバックについてる実家の影を、存分にチラつかせたに違いない。ふふふ。流石だよ、腹黒王子さんよ。


 完全アウェイな立場での記念コンサートか……。ドヤ顔で会場に現れるであろうトビーには、十分注意しとかないと。

 同じ入賞者の中では、富永さんだけが私の心のオアシスですよ。


 はあ、と溜息をつきアイネの蓋をあける。

 いったんピアノの練習を始めてしまえば、頭の中から全ての雑念が追い払われる。私の指と、そこから生まれる音色。そしてそれを受け止め、導いてくれる楽譜があるだけだ。

 夢中になって鍵盤を追っていると、すぐに時間は去ってしまうのだった。



 そして11月がやってきた。

 そう、一大イベント『修学旅行』のある月ですよ!

 小学生の時はあんなに行くのが億劫だったのに、今回は楽しみでしょうがなかった。

 だって、絵里ちゃんたちとこうして行事を一緒にこなせるのは、中学が最後だから。


 トビーは、コンクール後すぐにうちの両親にコンタクトを取ったらしい。

 ある晩、真面目な顔をした父さんに呼ばれて、TVの消えた静かなリビングでその話をされた。


 「山吹さんが仰るには、真白が望むなら特待生として大学まで面倒をみてくれるそうだ。色々話を聞いてみたけど、破格の申し出じゃないかな、と父さんも母さんも思ってる」

 「うん」

 「だけどね」


 父さんは、おもむろにテーブル越しに手を伸ばして、私の両手を包んだ。


 「ピアノで望まれる、ということは、裏を返せばピアノを弾けない真白はいらない、ということでもある。生半可な気持ちで入学すれば、きっと真白は傷つくだろう。父さんも母さんも、真白の若さでこれからの人生の選択を決定してしまうのはどうだろう、という不安を持ってるんだ。だから、教えてほしい。真白は、どうしたい?」


 真剣な表情に、ぐっと喉の奥が熱くなった。

 私をいつでも一生懸命守ろうとしてくれている父さんたちに、きちんと気持ちを伝えなくちゃ。前世の記憶を取り戻した7歳のあの日から、私の目標は変わっていない。


 「――ピアニストになりたい。厳しい道だって知ってるし、そんなに甘くないって思うけど、それでもやる前から諦めたくない。……青鸞学院に、行きたいです」

 「そうか」


 父さんは眩しそうに私の顔をじっと見つめ、それから小さく息をついた。


 「成田さんのところにも玄田さんのところにも、まるで我が子のように可愛がってもらえて、山吹さんにまで親身になってもらえて。真白は幸せ者だな。……そんな真白が、父さん達の誇りだよ」

 

 我慢しようと思ったのに、涙が勝手に溢れてくる。ああでも、「山吹さん」は除外しておいて。

 

 父さん、父さん。

 何もどこも変わっていない、私の大事なお父さん。


 娘2人にばかりお金をかけて、他の家のお父さんみたいにゴルフに行ったり飲みに出かけたりしない父に、つまらなくないのか、と一度尋ねたことがあった。会社と家をただ往復する働き蜂のような姿が切なくて、申し訳なくて、花ちゃんと一緒に「ごめんね」と謝った時、父さんはすごく怒った。

 二度とそんなことを言うな、と叱りつけられ、身を竦めた私たちの頭を撫でて、それからこう言ってくれたんだった。


 ――『花香と里香がいてくれて、父さんは嬉しいんだよ。すごく幸せなんだよ』


 

 それなのに、置いてきてしまった。

 ごめんね。本当に、ごめんなさい。


 泣きながら謝る私に、父さんは驚いてあたふたし始めた。

 青鸞の話だけで泣いてるわけじゃないんだけど、上手く説明できるはずもなく、涙をとめようと手の甲で頬を拭く。だけど、次々に溢れてくる家族との思い出が私を取り囲んで離してくれない。

 

 お風呂から上がってきた母さんが、泣きじゃくっている私と必死になだめようとしている父さんを交互に見て「わお! なんか修羅場ってる!」と呑気な声を上げたので、今度は2人して笑ってしまった。


 寿命いっぱいまで生きたいな。

 少なくとも、この優しい人たちを残して先にはいきたくない。

 健康管理とマンホール注意! 改めて心に刻もう。



 というわけで、私は高校は青鸞に行くことが決まっている。

 詳しい段取りは、トビーと父さん、そして亜由美先の3人でするから心配いらないよ、と言われた。学校の成績とピアノの実績は申し分ないから、簡単な面接だけで大丈夫だとトビーは太鼓判を押していたらしい。

 本決まりになったら絵里ちゃん達にも打ち明けるつもりだけど、紺ちゃんにだけはすぐに電話で報告しておいた。


 『そっか。じゃあ、高校からは一緒に通えるんだね』


 電話口の紺ちゃんは、嬉しそうな、それでいてどこか寂しそうな声をしていた。

 

 「あれ、何かひっかかる? トビーのこと?」


 思わず問い返してしまった私に、紺ちゃんはすぐさま「違うよ」と答える。


 『……もうすぐ私達も15になるんだなって思っただけ』

 「うん。早いよね~。こんなんじゃ、あっという間に高校を卒業って感じになりそう」


 私には、明るい未来だけが見えていた。

 紺ちゃんは電話口でかすかに笑った。

 

 『そういえば、もうすぐ修学旅行じゃない? どこに行くの?』

 「九州だって。フェリーに乗って、長崎に行くんだ。あと博多と熊本をまわって帰って来るの。ね、お土産何がいい?」

 『ふふ……そうだなあ。じゃあ、長崎でビードロを買って来て欲しいな』

 「おっけー。可愛いやつを探してくるね!」


 いいよ、いらないよ、と遠慮されるかと思ったのに、紺ちゃんが素直にリクエストしてくれたことが嬉しくて、私は浮き浮きと通話を切った。

 蒼には綺麗な絵葉書を探そうかな。

 うーん。でも、蒼と紺ちゃんにだけお土産をあげたら、紅は間違いなく拗ねちゃうだろうな。かといって、好みの煩い彼に外したものをあげても、嫌味で返されるだけだろう。

 ちょっと考えてから、メールを打つことにした。


 『件名:お土産

  九州に修学旅行に行きます。お土産のリクエスト受付中。いらなかったら、返信なしでお願いします』


 よし。こんなもんかな。

 携帯をベッド脇のサイドテーブルに置いて、勉強机に向かう。

 最近は、帰って来てからすぐにピアノ。夜、お風呂に入った後に勉強という自分なりのリズムが出来ている。宿題と自分ノルマが終わったら、リビングにいって録画しておいたフランス語講座を見なくちゃ。

 そうして勉強に没頭しているうちに、自分が打ったメールのことなんて、綺麗さっぱり忘れてしまっていた。

 夜も11時を回り、そろそろ眠くなってくる。

 丁寧に髪にお休み前のヘアトリートメントを塗りこんで、ベッドにもぐりこんだ。

 花香お姉ちゃんに貰ったヘアケアグッズなんだけど、甘すぎない林檎の香りが気に入っている。べっちんにお休みのキスをして、御布団を肩までかけたところで、携帯の点滅に気がついた。


 誰からだろ。

 暗闇の中手を伸ばして携帯を取り、パカっと画面を開く。

 ……メール件数5件、着信履歴2件。

 全部、紅からだった。


 「――なんなの」


 一気に意識が覚醒する。

 ごろんと寝返りをうち腹ばいになって、眩しい光に目をしょぼしょぼさせながら画面を追った。


 『件名:無題

 九州ってどこを回るのかな? 楽しい旅行になりますように。お土産、気を遣ってくれてありがとう。せっかくだからお言葉に甘えようかな』


 毎回、紅のメールはこんな感じ。

 執事の田宮さんに代筆改め代メールさせてるんじゃないか、とひそかに疑ってる私です。

 要約しちゃうと、『ましろが選んだものなら何でも嬉しい』そうだ。

 

 おいおい、正直になれよ、とお腹の中で思いながら、次のメールを読む。

 どうやら、返信がないことを気にした田宮さん(もしくは本物の紅)が、リクエストが間に合ったかどうか尋ねたいらしい。

 5件目は『いいから、買ってこい』になっていたので、とりあえず田宮さん疑惑は晴れた。この偉そうな文章は紅で間違いない。

 メールじゃらちがあかないと、電話をかけてきたのも紅だろう。

 

 そんなに九州土産が欲しいのか! と頭にチョップを食らわせたくなった。

 あんなに色々持ってる癖にねえ。

 そういえば、小学生の時も似たようなことがあったっけ。プレゼント交換用の手作りマフラーを、頑として蒼に譲らなかった紅を思い出して、思わずクスクス笑ってしまう。ハッとするほど大人びてしまった彼だけど、こういう所は変わってないなあ。


 『件名:こわいよ

 勉強してて気づかなかった私も悪いけど、メールも着信もしつこい。次から絶対にやめて下さい。お土産、頑張って選んでくるから、気に入らなくても文句つけないでね。ではでは。おやすみなさい』


 高速で返事を打ち込み、電源を落とした。

 ふう、これでいいだろう。

 修学旅行、本当に楽しみだなあ。


 

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