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音楽で乙女は救えない  作者: ナツ
第一章 小学生編
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「ましろー。お友達から電話だよ」


 お姉ちゃんが部屋に現れ、保留中のメロディが流れてる子機をホイっと渡してくる。慌ててそれをキャッチした。

 電話をかけてくるような友達といえば、紺ちゃんしか思いつかない。

 小学校の同級生とはそこそこ上手くやれているものの、エリちゃん以外に特に親しい子はいなかった。


「もしもし?」

『こんばんは。コンです。今、大丈夫かな?』

「うん、平気。ノートありがとうね! 全部読んだよ」

『思ったより元気そうで良かったぁ。リメイク版というのは名前だけで、完全に別のゲームになってたでしょ? コウとのことも驚いただろうな、って気になっちゃって』


 丁寧な字で綴られたコンちゃんノートには、色々と衝撃的なことが書いてあった。

 紅さまと紺ちゃんの苗字が違う理由も分かって、スッキリした。

 紺ちゃんは4歳の時、子供のいない伯父さん夫婦のところに、養女に出されたのだそうだ。

 あれだけの量を8歳の手でまとめるのは大変だったと思う。私は心を込めてお礼を述べた。


「このノートなかったら、この先絶対に途中で心が折れてたと思う。紺ちゃんに感謝だよ」

『ううん、いいの。私も実は心細かったし、実際にましろちゃんに会えてホッとしたもの』


 24歳と云ったら、私的にはかなり大人なお姉さんイメージなんだけど、突然ゲームの世界に転生させられたら、そりゃ誰だって不安になるよね。

 私は紅さま病を発症していたので、割とすんなり受け入れちゃったけど。

 ……あれは凄まじく強力なウィルスだった。治ってよかった。


『それでね。今日はお願いがあって――』


 非常に言いにくそうに口ごもった紺ちゃんに、私はイヤな予感を覚えた。


「まさか、あのイベントに参加しろとか言わないよね?」

『お願い! ……多分、私とトビーとの出会いイベント、ましろちゃんが一緒じゃないと起こらないと思うんだ』


 トビー、というのは、山吹やまぶき とびというリメイク版で登場した隠しキャラだ。

 青鸞学院の理事長で、紺ちゃんのお相手役。名前にまず驚くが、彼の母親はイギリス人なので外国でも通用する名前をつけたのかも。

 鳶色=茶色ってわけ。メーカーさん、色の名前にこだわり過ぎ!


 隠しキャラというだけあって、鳶さんは二周目PLAYからのご登場だ。

 前作ヒロインコンちゃんリメイク版ヒロインわたしが出会い済みの場合にのみ、彼と出会うことが出来るというわけ。


 【金を生む幼木】というのが、そのイベントの名前。

 鳶ルートはえげつないストーリーであることが、出会いイベントだけで十二分に想像できてしまう。


 ハーフのトビー理事長は、非常に繊細かつ優美な容姿をしていらっしゃるそうです。

 金髪碧眼の王子様。そんなトビー王子に恋しちゃってる紺ちゃん、8歳。

 王子との年の差、なんと15歳。


 トビー王子、今はまだ理事長ではないそうだ。

 現在23歳で、留学先のオックスフォードから戻られ、お父様の経営される会社にコネ入社されて一年目。

 私達が入学する頃には、30歳……。若干30歳の若造理事長なんて大丈夫なのか、青鸞学院よ!

 紺ちゃんの前世とはそれなりに釣り合ってた彼の年齢だけど、今はヤバイ。

 私と紅さまの比じゃない気がする。とんだロリコン王子だ。


「そっか……紺ちゃんの気持ちは分からないでもないし……。じゃあ、亜由美先生に聞かれたら、行くって返事しておくね」

『ありがとう! 本当に嬉しい!』


 紺ちゃんのはずんだ声に苦笑してしまった。

 少し前の自分を見てるみたい。

 トビー病のウィルスも相当強力そう。


「でも私、紅さまのことはもう何とも思ってないから、無理にくっつけようとするのはやめてね?」

 

 紺ちゃんの乙女な目的に協力するのは、全然OKだけど、今の私の目標は『紅さまとのイチャラブ』などではない。

 

 乙女の初恋をバッサリ叩き斬ってくれやがったアイツに「あの子はすごいな。オレの完敗だ」的な敗北感を味あわせることなんですよ。

 今に見てなさいよ。ものすごく素敵な女子高校生になって、悔しがらせてやるんだから!


 私が念を押すと、紺ちゃんはしばらく何かを迷うように口ごもったあと『……分かった』と了承してくれた。何だろ、今の。不安。


 紺ちゃん&トビー王子とのウフフアハハは、リメイク版ヒロインとは完全に切り離された、いわば前作からのプレイヤーに対するご褒美ルートらしい。

 トビーとの出会いイベントさえ済ませてしまえば、私はもう紺ちゃんの『ボクメロ』の攻略からは、手をひける。



 さて、そういうわけで。

 私はダイアリーを広げて、これからの出来事をチェックし直すことにした。

 紺ちゃんノートからすでに、主な情報は書き写し済みなのよね。


 まずは、ピアノ。せっかく習えることになったんだから、全力で頑張る。

 そして勉強。これもやっておいて損はないから、今のままのペースを守っていこう。


 余談だけど、勉強の努力と学習効果は「べき乗」の関係にあるそうだ。

 単純な比例関係じゃなくて、途中から急カーブで上昇するってこと。

 頑張っても大して成績が上がらないなーなんて落ち込むことはない。諦めずに勉強し続けることによって、ある日突然、目の前が開けたように沢山のことが腑に落ちる、分かる、解ける! 状態になると、前世の高校で教わった。

 

 その話を聞いた日は興奮してしまい、帰ってすぐにお姉ちゃんにも話したっけ。

 『ダイエットと同じだね。停滞期を乗り越えたら、一気に減るじゃない、体重って!』

 そう云って笑ったお姉ちゃんの顔を思い出してしまい、鼻がツンとした。

 一つ違いのお姉ちゃんとは、すごく仲が良かったんだよね……懐かしいな。

 

 小学校を卒業するまでに、難関高校らくらく合格! くらいまでの学力に持っていきたい私としては、その理論を信じて努力を続けるのみ。

 出来れば、大学受験できるレベルまで到達できたらいいけど、流石に問題集や参考書が手に入りにくい間は無理かなあ。

 

 前世では、将来の夢、とか特になかった。

 漠然とお給料のいい会社に就職したいな、くらいのことしか思ってなかった。

 でも、せっかくもう一度チャンスを貰ったわけだから、今世では色んなことにチャレンジしてみたい。


 そんなことを夢想しながら、私はノートに目を走らせた。


 私が中学二年の時に行われる、ジュニアコンクール。

 ゲーム通りの進行だと、島尾真白はこのコンクールで優勝するらしい。その実績を買われて、青鸞学院の特待生に選ばれる流れだ。

 学費免除で高い教育を受けられるなんて、素晴らしすぎるじゃないですか!


 よーし、夢に向かってがんばるぞー!



 それから三ヶ月後。


 私は亜由美先生に引率され、紺ちゃんと手を繋いで、とある芸術劇場にやって来ていた。

 

 今日は、ここの大ホールで音楽鑑賞なんです。

 ヨーロッパから来日した有名なオーケストラによる『蝶々夫人』ですよ!

 

 プッチーニのオペラをDVDではなく、生で鑑賞できる日が来るなんてね……感無量。

 チケット代は、溜めていたお年玉から出した。

 いつもは「無駄遣いはダメ!」と使い道に厳しい両親も、今回は快く許してくれた。父さんは全額出してあげるよって言ってくれたんだけど、これ以上甘えるのは心苦しい。バイトしたい。


 ロビーは大勢の人でごった返していた。

 先生は私たちを席まで連れて行ってくれた後、挨拶しないといけない人がいるからと言い残し、ロビーへ戻っていった。

 「絶対にここを動かないでね」と心配そうに念を押していったけど、私達の中身は24歳と18歳だ。流石に迷子にはならない。


「ねえ、ここってかなり良い席だよね? 先生って何者? すごくない?」

「亜由美先生は私とコウの又従姉になるの。今回の協賛会社、パンフに載ってるでしょう? その会社の専務さんが、亜由美先生のお父様。コネで席を押さえたんだと思うわ」


 紅さまの家は、かなりのお金持ち。

 養女に出された紺ちゃんだけど、その伯父さんちの方がより資産家らしい。

 蒼くんもそんな感じだし『ボクメロ』って金持ち率が高すぎる! 

 行き過ぎたセレブ感を緩和する為に、ヒロインは普通の家の子なのかな。

 今の家に不満なんて全くないから別にいいけど、他にいてもよくない? 求む! 庶民仲間。


 まさか亜由美先生まで、いいところのお嬢様とはね。

 あの大邸宅から、薄々察してたけどさ。


 私がぼやくと、紺ちゃんは可笑しそうに微笑んだ。

 そして「あのピアノ教室は、別宅だよ。亜由美さんの為にお父さんが建てた家」と続けた。


 はあ~。思わず知らず、大きな溜息が漏れた。

 お金って、あるところにはあるんだな。


「だから気にせず、ましろちゃんも先生のご招待を受けちゃえば良かったのよ」

「そんなわけにはいかないよ! オペラのチケットって高いじゃない。紺ちゃんは親戚だからいいけど、私はただの生徒だもん。よくないよ」


 先生には家に余裕がないことはバレバレだ。

 なので、今回のコンサートも「誘ったのは私だから、チケット代は気にしないで」と最初に言ってくれた。

 でもそういうの、本当によくないと思う。お尻の座りが悪い。こんな良席を取ってくれただけで有難いです。


 さて、人生初の生オペラ。

 心おきなく楽しむぞー!


 眩いシャンデリア。オーケストラピットからは、調弦の音が響いてくる。

 ここに来ることが決まってからというもの、ワクワク度マックスが止まらない状態だった私は、抜かってしまった。

 この後に起こるイベントの詳細を、紺ちゃんにきちんと確認してくるのを忘れてしまったんです。


 まあ、紺ちゃんの出会いイベントだし、私は関係ないでしょ。

 気楽にのほほんとついて来た私は、またもや心の準備なしで、赤い悪魔に会ってしまう羽目になる。




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